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2012/10/19 (Fri)
 頬に柔らかな風を感じて、ルシェイドは薄く目を開けた。
 静かな場所だったけれど、明るい光に満ちた空間だと思った。
 風が流れていくのがわかる。
 前に居たところに比べて此処はいろいろなものが活発に動いている気配がしていた。
 ゆっくりと身体を起こす。
 壁の一つは大きく窓が取られ、外の鮮やかな青空が見渡せる。
 それをぼんやりと眺めて、体重をかけた際に走った痛みに僅かに顔を顰めた。
 白い包帯はいたる所に巻いてあったが、最初に比べると痛みは殆ど引いていた。
 困惑したように腕の包帯を見下ろし、ベッドから滑り降りる。
 扉に視線を向けたところで、それが音も無く開いた。
 紫がかった黒髪を風に靡かせながら、セイラスが部屋に入ってくる。
「……寝ていろと言ったはずだが」
 ベッドの脇に佇んでいるルシェイドを一瞥して、セイラスが低く言う。
 ルシェイドは困ったように首を傾げた。
「もう、平気」
 言って、セイラスの傍まで歩いてみせる。
 眉間にしわを寄せたその表情が苛立たしげに見えて、ルシェイドは不安そうに彼を見上げた。
 セイラスは溜め息をつくと、ルシェイドと視線を合わせた。
「歩けるのか」
 問われて、反射的に頷く。
「わかった。そんなに寝ているのが嫌ならついて来い」
 言い放つと踵を返し、部屋を後にする。
 ルシェイドは慌てて彼を追って部屋を出た。
 身長はセイラスの胸の辺りまでしかない。
 ぶつからないように気をつけて、セイラスの横を歩く。
 半ば小走りになっているのに気づいたのか、セイラスが何も言わず歩調を緩めた。

 まともに廊下を歩いたのはこれが初めてだ。
 前回はセイラスに担がれていたし、意識もあまりはっきりしていなかったので記憶に無かった。
 見たところ建物自体がロの字型をしていて、中央が庭園になっているようだった。
 庭に面した方は壁ではなく柱が林立している。
 そのおかげで廊下は光が溢れていた。
 思わず見とれていると、ついてこないのに気づいたのかセイラスが立ち止まって振り返った。
 さっさと来いと怒られるかと思ったが、彼は特に何も言わず、ルシェイドが追いつくのを待っていてくれた。
 追いついたところで、賑やかな声が聞こえて視線をまた中庭に向ける。
 そこにはリィーナがいた。
 周りにいるのはリィーナよりさらに背の低い、少年たちだ。
 彼女が空中に手を翳すとそこから炎が生まれ、少年たちの間を飛びまわる。
 興味深そうに凝視したままのルシェイドを見て、セイラスは中庭に向けて声を上げた。
「リィーナ!」
 彼女はその声に振り向くと少年たちに何か言い、セイラスたちの方に駆けてきた。
2013/03/12 (Tue)
 飲み込まれそうな漆黒の瞳をしている彼女は、セイラスの隣りに立っているルシェイドを見て首を傾げる。
「セイラス、どうしたの?」
 綺麗とは言えないが、良く通りそうな声だ。
「教えてやってくれ」
 端的に言うと、リィーナにはわかったらしい。
 首をかしげたままルシェイドを見て、一つ頷く。
「そうね。よろしく。ルシェイド」
「教えてくれるの?」
 聞くと、リィーナは微笑んで頷いた。
 顔を輝かせるルシェイドに、セイラスが言う。
「だが、まだ駄目だ」
 不満そうな顔をしてセイラスを見上げると、セイラスは微かに眉を寄せてルシェイドを見ていた。
「おまえ、怪我人だろう。無理だ」
「怪我してたの?」
「重体だといって良い」
 驚くリィーナに、セイラスは平然と言った。
「じゃあ、駄目ねぇ」
「怪我なら平気だ!」
 ルシェイドが言うと、リィーナは間近まで顔を寄せていった。
「怪我を甘く見たら駄目よ。同時に、魔法もね」
 強く言われ、ルシェイドは迷った末に頷く。
 リィーナはにっこりと笑った。
「怪我が治ったらいらっしゃい。歓迎するわ」
 そう言って少年たちの方に戻って行った。
 セイラスに促され、その場から歩き出す。
「セイラス」
 呼びかけると、セイラスは意外そうな顔をしていた。
 そのまましばらく黙っているルシェイドの頭に手を乗せる。
「何だ?」
「セイラスは、剣を扱うんでしょう」
「……まあな」
「魔法は使わないの?」
「使えるが……それがどうかしたのか?」
 ルシェイドは少し考えて言った。
「怪我してると魔法は使えないの?」
「……使えないことはない」
 苦虫を噛み潰したような表情でセイラスが答える。
「じゃあ、どうして駄目なんだ?」
「おまえが素人だからだ」
 言われて、目の前が暗くなるのを感じた。
 傷の所為ではなく、何か。
『素人だから』
 駄目なのだと。
 過去。
 あの時の。
 言い知れぬ悔しさ。
 焦燥。
 何の?
2013/03/12 (Tue)
「……ルシェイド?」
 心配そうな声に目を開けると、目の前にセイラスの顔があった。
「傷が痛むか。戻るか?」
「平気」
 何か言いたそうだったが、部屋には戻らないでくれた。
 言いたいことを、分かってくれる。
 この人は。

「あ、あの」
 中庭を後に歩き出したセイラスに、ルシェイドが話し掛ける。
 セイラスは振り返ると、無言でルシェイドを見つめた。
 その沈黙が先を促すものだと気づくのに少しかかったが、聞きたかったことを聞こうとして口を開き。
 そこで凍りついたように動きを止めた。
 あまりに唐突な停止の仕方に、セイラスが訝しげに眉を寄せる。
「……おい?」
 不安に思ったのだろう、躊躇いがちに声をかけるが、ルシェイドが微動だにしない。
 ルシェイドの視界の中で、セイラスの姿が大きく歪んだ。

 同時に風を切るような音が周囲を圧して響く。
 平衡感覚が失せる。
 立って居られない。
 ぐらりと倒れこむように視界が揺れ、それを耐えるように瞼をきつく閉ざす。
 だが全身に強い風を感じて目を開けると、眼下に町並みが見えた。
 さっきまで廊下に居たはずだ。
 混乱して辺りを見回す。
 右手に高い山がそびえ、左側には町並みと、少し高台に城のようなものが見えた。
 その城に、少し見覚えがあった。
 ロの字型。
 石造りの其処に、さっきまで居たのだと妙な確信があった。
 視界で赤い色がゆれた。
 城のさらに向こう、いくつかの森と草原の彼方に動く赤い色。
 段々大きくなっていく。
 近づいてきているのか。
 それとも自分が近づいているのか。
 嫌な気配がする。
 ざわりと髪が逆立つほどの、不快感。
 あれは排除すべきもの。
 取り除かなければ役目に反する。
(役目?)
 耳慣れない言葉。
 世界を正しく動かす為に。
(何の、話を)
 その声は耳に聞こえるものではなく、内から響いているようだった。
 淡々とした、感情を感じさせないまるで機械のような。
 激しくかぶりを振る。
(そんなものは知らない)
 強くそう思っても声は消えない。
 あれを排除するのだと。
 方法も理由も告げずにただそれだけを繰り返す。
 けれど、あの赤いものが自分や、自分が今居る場所にとっても危険なのだと、何故かわかった。
 それでも。
(そんなもの、僕は知らない――!)

「ルシェイド!」
 切り裂くような鋭い声に、ルシェイドは目を瞬いた。
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