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2012/02/03 (Fri)
 世界はいくつか存在していた。

 知識と知っていても。
 実際行った事も見た事も無かったけれど。

 彼がいたのはそのうちのひとつ。
 そこは光に満ちた場所。
 争いも無く穏やかに。
 そして緩やかに時の進む場所。
 神を中心に秩序の整った、そこは天界と呼ばれていた。
 血と肉をそなえ、仮初の箱庭で人間の生と死を運営するのは、大きな羽根をもった天使だった。
 純白の羽根はわずかに光を放ち、周囲を照らし出す。
 穏やかなそこはずっとそのままでいるはずだった。

 異変を感じ取ったのはほんのわずかだった。
 その日はいつもと変わらない一日で。
 私は気づかなかった。
 そして知らなかった。
 何が、起きていたのか。
 何が起きようとしていたのか。

 そう、あの日、神の御前に呼び出されるまでは。
2012/02/03 (Fri)
「呼び出しに応じ、参上いたしました」

 荘厳な扉を開けて、中に入る。
 目に痛い白の色。
 視線を落としながら前に進み、玉座の前で膝をつく。
「本日の呼び出しは……」

「お前がそうか」

 なぜ呼び出そうとしたのか聞こうとしたところで、その言葉は遮られた。
 落ちてきた言葉。
 神の声ではない。
 低く耳に残る声。
 不審に思ったが、一介の天使であるこの身で、顔をあげることが出来ようはずも無い。
「顔を上げろ」
 またも声が響く。
「聞こえねぇのかよ」
 どこかうんざりしたような響きで、声が言う。
 頑なに頭を下げた状態でいるその視界に、誰かの靴が映った。
 擦り切れた布地。

「おい」
「私は神に従います」
 小声で、けれどきっぱりと拒絶を示す。
「強情だな。……おい、何とかしてくれ」
『……アルファル、顔を上げなさい』
 呆れた声に従い響いたのは神の声。
 何の感情も込めず、それはただ淡々と響く。
 渋々、顔を上げる。
『立ちなさい。頭をたれる必要は無い』
 続けて言われ、速やかに立ち上がった。
「……お前らって、あいつの言うことだけは聞くんだよな……」
 視線を、そちらにやる。
 立っていたのは金髪の、男だった。
 羽根も無く、旅装束のようにマントを着ている。
 目の色は、金の色。
 意志の強そうな目だと、思った。
2012/02/03 (Fri)
 天界の者には無い色。
 ここに住む者の大半は緑か青のはずだ。
 アルファル自身も、深い青色の眼をしている。

「神様……。私を呼んだ理由は何でしょう」
 その男の視線に耐えられず、無理に神に視線を合わせる。
 神はそれ自体光を放っているかのようで、体の輪郭ぐらいしかわからない。
 顔の陰影もわからない、その口にあたる場所が動く気配も無い。

 けれど、声は響く。
 『その者が、お前に会いたいと』
 「……何故」
 信じられないというように目を見開く。

 神を従わせる?
 この男が?

 驚きに目を見開いたまま男を見ると、彼は不敵な笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「俺の名前はアルジェンテウス。お前の名は……アルファルか。面白い名前だな」
 からかうような口調に、アルジェンテウスを睨み付ける。
「ははッ! そう怒るなよ」
 両手を挙げて笑うと、彼は神を振り返った。
「とりあえずこいつ連れてくぜ。じゃあな」
 軽く手を振り、アルファルの腕をつかむと扉のほうに向かって歩き出す。
「ちょ……ッ! 離してください!」
 腕を振り解こうとするが、思いのほか強い力で掴まれているらしく、びくともしない。
 半ば引きずられたまま、外に連れ出されてしまう。
「神さ……ッ……!」
 振り返るが、無常にも扉は閉じられた。
「別に取って食おうってんじゃねぇんだから、そこまで拒否することねぇだろ?」
「……手を……離してください!」
 精一杯睨み付けて言う。
「じゃあついて来い」
 そう言うとあっさりと腕を開放してくれた。
 背を向けて歩き出す。
 このまま反対方向に行ってしまおうかと思ったが、それも何か釈然としない。

「おい、さっさとついて来いよ」
 肩越しに声をかけられ、意を決して後についていく。
 何も目算があったわけではない。

 神を従わせるこの男に、興味がわいたのかもしれない。
2012/02/03 (Fri)
「どこまで、行くんですか?」
 長い長い回廊を迷うことなく進んで行く彼の背に向かって、怪訝そうに聞いてみる。
「見晴らしのいいとこ」
 答えを返され、けれどアルファルは今向かっている方向には行ったことが無かった。

 そしてまた沈黙が落ちた。
 不意に彼が振り返る。
「怖いか?」
「まさか」
 反射的にそう答えていた。
 実を言えば、このまま進んでいくことが良いことなのかわからなかった。
 進めば、戻ってこられないような。
 そんな気がしていた。

「……おい?」
 怪訝そうな声にはっとして顔を上げると、目の前に男が立っていた。
 こちらよりも少し目線が高い。
 あわてて一歩下がる。
「そんなびびんなって。着いたぜ。ここだ」
 顎で指し示すのはひとつの扉。
 彼は一歩下がって、道を譲る。

 開けろと、いうことか。
 戸惑いながら、アルファルは扉に手を伸ばした。
 少し重いその扉は、深い緑の色をしていた。
 今までの場所にそぐわない、暗い色だ。

 恐れと戸惑いと。
 恐怖のほうが強かったかもしれない。

 そんな心で扉を引こうとすると、勢いよく閉じられた。
 目の前にアルジェンテウスの手がある。
 繊細そうには見えない、細いけれど無骨な手。

「それじゃ駄目だ」

「……え……?」
「もうちょっと軽い気持ちで開けろよ。別に変なもんは出てこねぇから」
 そう言うと手を離す。
 不思議に思いながらも、気持ちを落ち着けるために深呼吸をする。
 落ち着け、と言い聞かせ、脳裏に天界の広場を思い浮かべる。
 年中花が咲き乱れ、笑い声が耐えないその場所を。
「笑い声はちょっといらねぇけど……まぁいいか」
 心の中で思い浮かべただけなのに言葉を返され、驚いてそちらを見る。
「あ? 気にすんなって、ほら、開けろよ」
 手を引かれ、扉に手をかけさせられる。
 余計なことは考えないようにして、一気に開け放った。
2012/02/03 (Fri)
「目を開けてみろよ」
 笑いを含んだ声に、自分が目を閉じていたことに気づく。
 目を開けると、そこは天界の広場だった。
 色とりどりの花も、輝く光も。
 記憶と大差ないほどの。
「何……」
 あっけにとられて景色に見入っていると、アルジェンテウスはさっさと中に入ってしまう。
「ま、上出来、かな」
 顎に手を当ててぐるりと見回している。
「何が……ここは……?」
 混乱する頭で問いかけると、彼は笑って歩いてきた。

「ここなら誰も来ない」

「そうではなくて、……ここはどこなんですか?」
「ここは『深遠の間』。まぁ簡単に言うとお前の頭ん中だな」
 実にあっさりと言い放ってくる。
「そんなことより話があるんだ」
 彼はそう言うと扉を閉めた。

「単刀直入に聞く。お前、死にたいか?」
「……え?」

 問われた言葉の意味を図りかねて、思わず聞き返す。
 天使に厳密な、『死』というものは存在しない。
 あるのは消滅だけ。
 それも特殊な場合以外は適用されない。
 その天使である自分に、何を聞くのだろうこの男は。

「死にたいのか、死にたくねぇのか、どっちだ」
「何を……言っているんです。私は法を犯すつもりはありませんよ」

 特殊な場合。
 それは天界で定められた法を犯すことだった。
「そうじゃねぇ。お前……法を犯すことだけが死に繋がる訳じゃねぇんだぜ?」
 一瞬よぎった、悲しみの表情に息を呑む。
「何……」
「……まだ、そういう目にはあってねぇんだな……。まぁいい。それじゃ、俺の力を半分与えよう」
 呟くように言うと、強い力で手首を掴む。
「痛……ッ!」

「俺の名前はアルジェンテウス。すべてにおいて最初の契約者。人ならざりし彼の者が作り上げた世界の器。世界の運営を司るこの力を、今は半分だけ、こいつに譲る。この者の名はアルファル。2代目の……ルシェイドだ」

 吐き捨てるように言われた言葉のほとんどは聞こえていなかった。
 掴まれた手首から、何か暖かな力が流れ込んできて。
 頭がふらふらする。
「……おい、しっかりしろ」
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