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2024/05/01 (Wed)
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2012/02/05 (Sun)
 その日、俺はいつものように巨木の根元にいた。
 寝起きの重い瞼を開けてぼんやりと周囲を見回しても、目に入るのは鬱蒼と繁った森ばかりだ。
 俺が今いる巨木は、この辺り一帯の森でも群を抜いて大きい。
 上に登れば見晴らしは良いし、根元には一人分くらいの隠れ場所もある。
 何より少し離れたところで、よほどの方向音痴でもない限りは迷うことなく戻れるだろう。
 だからといって俺は方向音痴なわけじゃねぇんだが。

 森はいつものように薄暗く、静まり返っていた。
 まぁこの世界は常にうっすらと曇ってるから、薄暗くない森とかは俺は知らない。
 太陽も月も常に隠れていて、見たことはない。
 ただ知識としてそこにあることを知っているだけだ。
 光が欲しいと思うこともないし、無くても支障はない。
 この世界はそれで、問題なく機能しているのだから。


 ふと気づくと、奥の方が何やら騒がしかった。
 興味を引かれたので行ってみる。
 近づくにつれて、鉄錆の匂いが鼻をついた。
 思わず眉をひそめる。
 明らかな血の匂いは、そこで戦闘が起きている事を示していた。
 この辺りには、知性の低い獣じみた奴や、南の方から見たことの無い生き物がくる所為で、腕に自信があるか何も知らない馬鹿以外は殆ど近寄ってこない。
 だからどんな奴が来たのか興味を持った。
 何せ此処には話の出来る奴がいないからな。

 少し開けた場所に出ると、血臭が酷くなった。
 獣と、人。
 その、黒い獣の中心に人がいた。
 獣の方は見たことがある。
 ずいぶん前に南からきた奴らだ。
 鋭い牙や爪を持っているが、敵意を示したり縄張りに入ったりしなければ害はない。

 相手の方は見たことが無かった。
 どこか儚い印象がある気がした。
 袖は破れ、細い手足についた傷からは血が溢れていた。
 そいつは少し困った顔をして、手に持った杖で獣を退けていた。

 ……杖?

 これは珍しい。
 杖といえば魔法の媒介だが、俺たちはそういうものに頼らない。
 魔法は自らの内にあるもので、それを引き出したりするのは呼吸と等しい程に簡単な事だからだ。

 髪は白に近い薄い青。
 これは別に珍しくないし、むしろ俺たち魔族にとっては普通の色だ。
 あんまり濃い色の髪の奴はいないから。
 ふと自分の髪が目に入る。
 基本的に銀だが、何故か毛先だけが異様に鮮やかな緑をしている。
 薄い色が基本の魔族にしては、至極珍しいといえる。
 だから何だって訳でもないが。

 考え事をしている間にまたひとつ、そいつは傷を負った。
 俺は軽く息を溜めると、吐き出す息を圧力に変えて獣に放った。
 まともに食らった何匹かが弾かれたように吹き飛ぶ。
「大人しくしてろよ、獣ども。怪我したくないならな」
 言いながら近づく。
 獣の半数が俺に対して唸り声を上げた。
 怪我をさせるつもりはないが、大人しくさせるには仕方ないだろう。

 だが獣はそれ以上立ち向かってこようとしなかった。
 一匹が後退を始めると、残りがそれに倣い、森の中へ消えていく。
 最後の一匹まで完全に姿が見えなくなって、俺は溜め息をついた。
 文句のひとつも言おうと振り返る。

 そいつを目にして、俺は僅かに目を見開いた。
2012/02/05 (Sun)
 少し警戒するように俺を見ているその顔は、恐ろしく整った顔をしていた。
 それ故に氷の結晶のような、冷ややかさが漂っている。
 思わず見とれていた事に気づくと、それを誤魔化すように不機嫌そうな顔を作った。
「こんな所で何やってんだ、アンタ。自殺志願なら他でやれよ」
 そいつはきょとんと首をかしげて言った。
「散歩をしていたのだけれど、此処は何処だろう?」

 声を聞いて驚いた。
 女だと思ってた。
 この顔で男ってか。
 しかも迷子。

「此処は南の森だ。まともに戦えねぇような奴が来るとこじゃねぇぞ」
 不機嫌そうに言うと、不思議そうに俺を見てきやがった。
「……君は、なぜ此処に?」
「此処に住んでる」
「どうして」
「別に、他に行くところもねぇからな」

 嘘だ。
 気が付いたらこの森にいた。
 捨てられたのか、自分で来たのかも分からないが、他の奴がいるところに住まないのは、この髪の所為だった。
 何処へ行っても奇異の目で見られ、まともに扱ってもらえないなら、いっそ誰もいないとこの方が楽だと思って此処に住み着いている。
 慣れればこの暮らしも楽なんだがな。

 そいつは少し俯いていたかと思うと、顔を上げ、にこりと微笑んだ。
 氷の結晶のようだった印象が氷解していく。
 夜闇に灯る明かりのような笑顔で、彼は言った。
「行くところが無いなら、私の所に来ないか?」
 そんな事を言われるとは思っていなかったから、面食らったのは確かだ。

「……アンタの、所?」
「そう。私の名前はリーヴァセウス。君のような力のある人に来てもらえると私も助かるのだけれど」
 どうかな? と首を傾げてくるが、俺としてはそれどころじゃなかった。

 リーヴァセウスといえば魔族の頂点に立ち魔界を統べる王の名だ。
 普通おいそれと会えるものじゃない。
 それに杖を持っている事が解せない。
 王なら杖なんていらないはずだ。
 魔族の誰よりも強い力を持っているんだから。
 だが王の名を騙る事などできるはずもない。

 半信半疑で、俺はつい聞いていた。
「……本当に?」
 彼は苦笑して、それから手に持った杖を上げて見せた。
「あぁ、これ? これは借り物なんだ。魔力を使わない魔法を習ったんだけど、これが無いと制御が難しくてね」

 魔力を使わない、魔法?
 そんなものがあるなんて聞いたことは無い。
 怪訝そうに、ただ黙っているとそいつは残念そうな顔をして言った。
「やっぱり駄目……かな?」
「いや」
 俺は反射的にそう応えていた。

 何故か、と問われても理由は無い。
 ただ、放っておいてはいけない気がした。
 単調な森の生活に飽きていたってのもあるかもしれない。

 なんにせよ、俺はこの時、彼についていくことに決めたのだ。
 差し出された手を取ると、彼は笑って問い掛けた。
「君の名前は?」
「……ライナート」
「そう、じゃあ行こうか。ライナート」
 そうして俺は、久しぶりに、そして永遠にその森を後にした。
2012/02/05 (Sun)
 俺がそいつを見つけたのは、城内での見回りの最中だった。

 俺がリーヴァセウスに連れられて城に来てから、既に十年近い年月が過ぎていた。
 リーヴァセウスが王だってことを認識するのは難しかったが、まぁこれだけ一緒にいればどうでもいいっつーか順応してしまうものだ。
 この城に来ていろいろあったが、俺は二年程前から城の管理者になっていた。
 他の魔族から見れば破格の出世だろうが、他に適役がいなかったんだからしょうがない。
 警護も兼ねているから、害を成そうと入ってくるどっかの馬鹿が居ないかどうか見回るのも一応俺の役目だ。

 何かが落ちているのに気がついたのは、正門を出たときだった。
 それは正門脇の壁にあった。
 最初はなんだか分からなかった。
 薄茶色の布の塊と、その上に乗った薄水色の髪。

 ゴミか?
 警戒しつつ進み、途中で足を止めた。
 その塊の近くで何かが光を反射したからだ。
 布の傍に置いてあるそれは、鎌だった。
 背丈と同じくらいはあろうかという、大きな鎌だ。
 重さも相当なものだろう。
「おい」
 いくつかの魔法による障壁を築きながら、普通に呼びかけてみるが返答が無い。
 というか動きが無い。
 起きていて動かないのか、寝ているのか、それとも死んでいるのか。
 少し離れた位置に居るので判別できない。
「起きろッ!」
「えっ……わ!」
 怒鳴ると、がばっと勢い良く頭が上がった。
 よし、少なくとも死んではいなかったな。
「お前は誰だ? こんな所で何してる」
 そいつは目を瞬かせ、ぽかんとした顔で俺を見た。
「答えろ。返答によっては強制的に排除するぞ」
 青い大き目の目を見開き、俺を見つめたまま。
 返答が無い。

 風に吹かれ、そいつの髪についている色とりどりの小さな石がちりりと鳴った。
 というか何だあの石。
 この辺では見かけない装飾だ。
 しかしこのままでは埒があかない。

「何やってるの?」
 このままこうしていても仕方ないので強制排除を実行しようとしたら、背後から別の声が響いた。
2012/02/05 (Sun)
 聞き覚えのある声に、振り返らずに答える。
「何って見りゃ分かるだろ。侵入者を排除しようとしてるんだ」
 ひょい、と視界の隅に頭が見えた。
 珍しい青緑の髪。
 魔族ではないらしいが、では何かと問うといつもはぐらかされてしまう。

 名を、ルシェイドという。
 何処から来てるのか知らないが、最近は割合良く来る。
 リーヴァセウスの客だ。

「ふーん……?」
 ルシェイドはしゃがみ込むとそいつと視線を合わせた。
 そいつはやはりきょとんとした表情でルシェイドを見返している。
「んー……」
 間延びした声を出しながら、彼は手に持っていた杖で侵入者を殴った。
 いきなりの事に発動しようとしていた魔法の構成が一瞬で崩れる。
 勢いがあったのだろう、そいつは後ろの壁にも頭をぶつけた。
 ガン、といい音がする。

「起きた?」
「……つーかそれ以前に目、回してんぞ」
 起こそうと殴ったらしいが、むしろ逆効果だ。
「お前そいつに何か恨みでもあんのか」
「え、別に無いよ。初対面だし」

 ……初対面の相手にこの仕打ち。
 半ば虚ろな目で視線を動かしていると、でも、と呟く声が聞こえた。
「害は無いと思うよ」
「何だそりゃ。勘か」
「まぁそうだね」
 俺は溜め息をついて倒れこんだ奴の傍にしゃがみ込んだ。
「……それは、信用していいんだな?」
「うん。良いよ」
 にこりと、ルシェイドが笑って返す。
「こんな所に置いといても邪魔だし、運んじゃおうよ」
 とは言うものの、中身は知らないがルシェイドは見た目子どもだ。
 腕だって俺より随分細い。
 運ぶのは俺の役目だ。
 だが俺だって人一人担げば行動に支障が出る。
 子供ならまだしも、そいつはまだ若そうだが、俺と同じくらいの体躯だ。

「ルシェイド、重さのかけてくれ」
 言いながらそいつに手を伸ばし、担ぎ上げた。
 特に重さは感じない。
 ふと見ると、ルシェイドが侵入者の服の裾を掴んでいた。
 今、ルシェイドに頼んだのは、重さを制御する魔法だ。
 俺の知る限りでは、ルシェイドが最も魔法に長けている。
 本人にどのくらい使えるのか聞いてみたところ、およそ現存する魔法はすべて使えるらしい。

 嘘か本当か知らねぇけど。
2012/02/05 (Sun)
 空いてる客室にでも入れるか、と思いながら歩いていると、前方からリーヴァセウスが歩いてきた。

 頭痛がする。
 どーしてこいつは護衛もつけず一人でふらふらと出歩くのか。
 いくら城内とはいえ、入り口に近いという事は侵入者に出会う確立も高くなるってのに。
 自分が王だって言う自覚がないんだろうか。

「お客さん?」
 リーヴァセウスが笑顔で聞いてくる。
「侵入者だ」
 あっさりと返すと、相手の動きが止まった。
 それからゆっくり顔を傾けると、怪訝そうに問う。
「危険は無い、ということ?」
「その点についてはルシェイドが……」

 保証する、と言いかけて、傍らの様子に気づく。
「……おい」
 声をかけるが返事が無い。
 そのくせ、魔法は未だ持続している。
 顔は俯いているので分からないが、足元は今にも倒れそうだ。

「ルシェイド、『離せ』」
 言葉に乗せた魔法で強制的にルシェイドの魔法を停止させる。
 途端、担いだ肩に侵入者の重みがのしかかった。
 まぁこの程度は支えられる。
 一応鍛えてはいるからな。

 ルシェイドの身体がぐらりと傾ぎ、それを支えようとリーヴァセウスが手を伸ばすが、片手では支えきれなかったらしくそのまま一緒に倒れた。
 子どもの体重も支えられないって魔族としてというか男としてどうなのか。
 常々鍛えろとは言ってあるが、効果はないらしい。

「……適当なところにこいつ放り込んだら戻るから、それまでそこで大人しく待ってろ」
 言い捨てて、空き室へと急ぐ。
 もう一人持てない訳ではなかったが、二人も持つと著しく行動が制限される。
 不安はあるが、直ぐに戻れば問題はないだろう。
 それまで大人しくしていてくれるといいんだが。
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