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2012/02/05 (Sun)
「おまえは、どうしたいんだ?」
 一歩踏み出す。
 闇が薄れてきた気がする。
「過去あったことをなかったことにしたいのか。それともこのままそれを見続けて、そして目を逸らしていたいのか」
(こわい)
「何が」
 ぼんやりと聞こえてきた思念。
「また同じようなことが起きると思って、そこにいるのか。……そうやっておまえがそこにいる所為で、もう一度同じことが起ころうとしていることに気づかないのか」
 戸惑う気配が感じられる。
 どうやらこの場所それ自体がヴィオルウスの意識を反映しているようだ。

「おまえの、父親に会ったよ」
 動揺。
 怯えているのか。
「おまえは、あの人を攻撃していた。あと獣の耳の……アレンも。……それでも、おまえはそこにいるのか?」
(傷つけたくない)
「なら、俺が止める」
 断言すると、困惑したように闇が薄れる。
(そんなこと)
「できないと思うのか?」
 ゆらりと、闇が薄れた。
 前方に人影が映る。
 蹲ったそれは。

「ヴィオルウス……」

 近づくと、ゆっくり顔を上げる。
 少しやつれた顔。
 青ざめて、どこか弱っているように感じた。
「……本当に?」
 かすれた声で
「……ああ……」
 笑って、頷く。
 手を差し伸べるとそれに掴まってヴィオルウスは立ち上がった。

「……ようやく、か」
 背後から、もうひとりのヴィオルウスが姿を見せた。
 そのまま歩を進めると、アィルと手を繋いだままのヴィオルウスに向かって手を伸ばす。
「もう、平気だな」
 こくりと頷き、手を握り返す。
 とたん、もうひとりのヴィオルウスは掻き消えるようにいなくなった。
 ヴィオルウスがこちらを見て微笑む。
 弱々しい、けれどしっかりしたそれに、アィルも笑い返す。

「さぁ、皆が待ってる。帰ろう」
2012/02/05 (Sun)
 消えてから半刻ほどしか経っていないのに、長い時間が経っているように感じる。
 半分いらいらしながら、倒れたままのヴィオルウスを見る。

「落ち着け、グラディウス」
「……だって……」
「動かないでくれ、怪我が治せない」
 腕を強く握られて、うめきをあげる。
「……治療じゃないの……?」
「動くからだ。おとなしくしていろ」
 ゆっくり、時間をかけての治療。
 怪我した腕は暖かな光に包まれている。

 ルシェイドはアレンを治療しに階下に降りている。
 もう一度ヴィオルウスの方を見る。

 軽い足音がして、アレンとルシェイドが走ってきた。
「……ヴィオルウスは?」
「まだだ」

「あ……」
 アレンが声をあげる。
 その声に4人がヴィオルウスの方を見た。
 ゆっくり、目が開く。
 以前より青に近づいた紫の眼。
 まるで夢遊病者のような動作で立ち上がると、両手を前に差し出すようにしてまた目を閉じる。
 柔らかな光が溢れる。
 その光の中から、黒い髪の青年が出てきた。
 光が収まると目を開け、ヴィオルウスの方を見て笑う。
 ヴィオルウスの方も少しはにかんだように笑い、4人の方を振り向いた。

「……ヴィオルウス!」
 グラディウスが駆け寄る。
 ため息をついて苦笑して、ルシェイドはディリクと顔を見合わせた。
 疲れたように、アレンは髪をかきあげる。
「一件落着、か?」
「まぁ、今のところはね」
 ルシェイドが微笑む。
「それじゃ、退避させたやつら呼び戻さないとな」
 うん、と伸びをしてアレンがぼやく。
「そうだね。ここも修復させないと……」
 これからの相談をはじめた3人を残し、グラディウスは心配げに、けれどどこか安心したようにヴィオルウスの頭を柔らかくなでた。
「……良かった……ヴィオルウス、もう、大丈夫?」
「……平気。ごめん」
「ああ、怪我? 大丈夫だよ、ディリクに治してもらったから」
 ほらと言って腕を振る。
 それからアィルのほうを見て笑った。
「ありがとうな。感謝してもし足りないくらいだよ」
 笑みをもって答え、アィルはディリクのほうに向かう。

「ディリク、これ、借りてたやつ」
 そう言って石を差し出す。
 それは、ディリクの差し出した手に触れる前に砕け散った。
 驚くアィルに、ディリクは笑って言った。
「これはおまえの身を守るように作ったものだから、役目を終えたんだ」
「そうか……」
 グラディウスとヴィオルウスが皆のところに来る。
「これから、どうするの?」
 ルシェイドが静かに聞く。

「俺は帰るよ」
 その言葉に、ヴィオルウスは少し戸惑ったような表情を見せた。
「おまえは?」
「わ、わたし、は……」
 ヴィオルウスはグラディウスを振り返る。
「行っておいでよ」
 彼は笑って、背中を押す。
「たまに帰ってきてくれればいいからさ」
「……うん」

「じゃあ決まりだな。……ところでどうやって帰ったらいいんだ?」
2012/02/05 (Sun)
「……あの扉って便利だよな」
 エールに戻ってきたアィルが呟く。
「でもそうでもない場合も多いから」
 苦笑するヴィオルウスは、エールの町を眺めてため息をつく。
「どうかしたか?」
「ううん。綺麗だなって思って」

 視線を回りにめぐらせながら微笑む。
 夜の暗闇を払拭するかのように、今は光が溢れていた。
 いつもより人が多い。
 賑やかな。
 光と音。

「あぁ、宵闇祭っていうんだ。この時期にやる祭りだよ」
「へぇ……」
「今日はこのまま祭りを見て、それから……シオンに帰ろう」
 アィルはヴィオルウスの肩を押して、喧騒に紛れ込んだ。



 よく晴れた日だった。
 村までのんびり歩く。
 ふと、前方に人影が見えた。

「あれ?」
 アィルがきょとんとした声を出して、小走りにそちらに向かう。
 置いていかれないようにヴィオルウスも続く。
「アリアじゃないか、どうしたんだ? こんなとこで」
 人影は男女ふたりいた。
 そのうち女性の方がアィルを見て微笑む。
「待っていました」
 追いついたヴィオルウスに視線を向け、アリアは膝をついた。
「ヴィオルウス……」
「え……?」
 困惑して、ヴィオルウスが少し離れたところで止まる。
「私たちはこの地を守り、貴方が、帰ってくるのを待っていたんです」
「どういうことだ?」
 アィルが口を挟む。
「おまえたち……たしか兄弟って……」
「ある意味兄弟ではあるのよ」
 アリアはアィルに視線を向け、立ち上がった。

「これを。帰ってきたら渡すように言われていた物です」
 今まで黙っていた青年の方が、手を差し出す。
 その手に乗っていたもの。
「これ……」
「わたしの、石……?」
 渡されたのは石。深い青色。
 手に握ると、ゆっくりと、心が落ち着くのを感じる。
「私達の役目は、これで一段落です」
 安堵の表情を見せてアリアが言う。
「……レーウィス……?」
 ヴィオルウスが戸惑いがちに青年に声をかける。
 そこで初めて、彼は笑みを見せた。
「お帰りなさい、ヴィオルウス。やっと、帰ってきてくれましたね」

「さぁ、シオンに帰りましょう」

 4人は太陽の光の下。
 シオンの村への道のりを歩き出した。
2012/02/05 (Sun)
 むしろどうでもいい事とか。
 そういう事だけはやけにはっきり覚えているものだと思う。

 蔑むような目でこちらを見下ろしてくるあの可笑しな顔が。
 赤く染まったことでさえ昨日のよう。
 もうすでにそのことで何を思うわけではないのだけれど。

 それでも。
 ほんの。
 少しでも。
 この心に何かが残っていたとしたら。

 後悔などしなかったかもしれないと思いながら。
2012/02/05 (Sun)
 依頼があった。

 大陸中央の王都ロスウェルにいる現王の継承者を。

『消去』

 すること。


 ――暗殺。


 それが、自分の仕事だ。




 この仕事に誇りを持ったことも無い。

 ただ、気がつけばそうなっていただけのことだった。
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