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2024/05/01 (Wed)
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2012/04/13 (Fri)
「歌姫?」
「そう! あんた知らないのかい。一度歌い始めれば人も動物も聴き惚れるっていう、あの歌姫さ。南の戦争も止めたっていう噂もあるんだよ」
「へぇ……知らなかったな」
「あんた南に向かうんだろ? なら、運が良かったら歌が聞けるかもしれないよ」
「……楽しみにするよ」
 豪快に笑う商人に苦笑して、その場を後にした。
 風に舞う砂に少し咳き込んで、引き下げていた布を鼻まで上げる。
 道行く人も皆同じように顔や頭に布を巻いている。
 石畳も、建物も、四方を舞う砂で黄色くくすんで見えた。
 砂漠の端に位置するこの町にも、砂は容赦なく吹き込んでくる。
 もう五年もすれば、ここも砂漠の中の町になるか、寂れて誰も住まない土地になるだろう。
「歌姫、ね……」
 ぽつり、と呟く。
 砂漠の入り口である、町との境には人影は殆どない。
 大抵の者は隊商と共に砂漠を渡るため、一人で立っているのは彼だけだ。
「それが本当なら、殺しに行かないといけないかもしれないな」
 ぼんやりと呟いて、砂漠に歩を進める。
 向かう先は南の国。
 砂漠に飲まれ、滅びるはずだった、名高い神都だ。
「約束は反故になるけど、選択によっては、仕方ないよね」
 ふふ、と笑う。
 さくさくと砂を踏んで進む姿は、砂嵐に飲まれてすぐに見えなくなった。

 頭に布をかぶっていても、頭上から照りつける太陽は容赦なく水分を奪っていく。
「あっつ……」
 ため息をつきながらぼやく。
 すでに汗はでなくなっている。
「このあたりで水って……集められないな」
 周りは酷く乾燥しているため、湿気は限りなく零に近いだろう。
「まぁ、もうすぐ着くか」
 視線の先には、目指している町が見えていた。
 ふと、風に乗って微かに歌声が聞こえた。
 僅かに目を細めると、ため息を付いて足を早めた。

 その町も、他の砂漠の町と同じように石造りの町並みで、白い神殿を中心に家が広がっていた。
 歌声は、町に入ってからはっきりと聞こえてきていた。
 歌に惹かれるように歩を進める。
 周りの住人たちは、作業の手を止めて歌の聞こえる方向に顔を向けていた。
 それを指針に進んでいくと、広場に出た。
 人だかりのできた中心から、歌が溢れるようにきこえている。
 伴奏はない。
 高く低く、砂に染み渡る水のように、歌が耳に入ってくる。
 それを振り払うように頭を振り、足を進めた。
 集まった人々の間をすり抜け、歌姫が見える場所に移動する。
 流れるような金の髪をした少女が、そこにいた。
 両目を閉じ、薄く微笑みながら歌を紡ぐ。
 広場に集まった全ての人が、少女の歌に聞き惚れていた。
 囁き声一つ聞こえない。
 その少女の姿を見て、一人顔を顰める。
 できれば違っていて欲しかった。
 別人だったなら、まだ良かったのに。
 長いような短いような時間の後、歌が終わり頭を下げた少女に、広場の皆が盛大な拍手を送った。
 傍らにいた少年が少女の腕を引く。
 少女は少しよろけながら少年についていく。
 その時に、気づいた。
 彼女は目が見えないのだと。
 生まれつきではないのは、動作で分かった。
 はぁ、とため息を吐く。
「……恨むよ、二代目」
 広場の人々は散り散りになり始めていて、彼に注意をはらうものは誰もいなかった。
2012/04/16 (Mon)
「僕は先見ができるんだ」
 少女の前に現れた青年が出し抜けにそう言った。

「……貴方は?」
 暗闇に覆われた視界には、青年の姿は見えない。
 声に宿る楽しげな色と、深みのある声で青年だと判断できただけだ。
「僕はルシェイド。君は、レゼリナーダだね?」
 確かめるような声に、頷くことで答える。
 自室に誰かが入ってくることなどめったにない。
 盗賊に遭遇してからは、危険だからと、少女の護衛を買って出ている少年が誰も通さないようにしているからだ。
 けれど、あっさりと入り込んだ青年は、声の位置からして手を伸ばせば届きそうな位置にいる。
 少年が見たら血相を変えるだろうな、と考えながら、危険だとは思わなかった。

「――マルヴェーリの、妹」

 続いた言葉に絶句する。
 マルヴェーリは彼女の兄だ。
 誰からの記憶にも残っていなかったのに。
「兄を、覚えてるんですか?」
「ん?」
 怪訝そうにルシェイドが問う。
「……兄を覚えてる人は誰も居ないんです。貴方は――」
「あぁ、そういうことか。覚えてるよ。直接会ったことはないけど」
 あっさりと言って、ルシェイドが額に触れる。
 冷やりとした、冷たい手だ。
「……目を開けてごらん」
 言われるままに、目蓋を震わせる。
 目は、ずっと見えなかった。
 あの時から。
「視えるでしょう?」

 久しぶりに目に飛び込んだ色彩に、何度も瞬きをする。
 そして、目の前には予想した青年が立っていた。
 窓からの月明かりに浮かび上がった姿は噂される夜の魔物のようで、体が一瞬震えた。
 その様子に、ルシェイドが目を細める。
 金の、目を。

「――!」

 がたり、と、思わず椅子から立ち上がる。
 この砂漠の町でも、近隣の国でも見たことがないほど鮮やかなその金の目は、過去に一度だけ見たことがあった。
 彼女の兄を、連れていってしまった青年と同じ色。
「兄を……兄が何処に行ったか、知っているんですか」
「……君の兄はもういない。座りなよ」
 レゼリナーダの頬に手を当て、ルシェイドが囁く。
 その声に押されるように、椅子に腰を落とした。
「いな……い……?」
「そう。僕は彼らと面識はないけれど、何があったか、何が起こるはずだったのか知ってるよ」
「え……」
 ルシェイドの言葉に頭が追いつかない。
「言っただろう? 僕は先見ができるんだよ。……否、この場合は過去視、かな」
 首をかしげてルシェイドが笑う。
 何でもないことのように。
 たとえその目が笑っていなくても。
2012/04/17 (Tue)
「あの時この町は大規模な砂嵐に飲まれるはずだった。君の兄は彼自身と引換に、砂嵐を鎮めて去った。……そのまま終われば、僕はここに来る必要がなかった。意味がわかるかい?」
 混乱したまま、食い入るようにルシェイドを見つめる。
 ルシェイドは目を細めて言い放った。
「君が余計なことをしなければ、この町は滅びずに済んだのに」
「私……が……?」

「歌姫なんてこの世界に……この町に、存在しないはずだった。吟遊詩人ではない、歌姫。――君に話が来ているだろう。隣国から」

 ぎくり、と体を強張らせる。
 隣国からの話は、レゼリナーダに対するものだった。
 素晴らしい歌声だと。
 その声を王がご所望なのだと。
 だから、自分たちのために歌え、と。
 それも、両隣の国から。
「君はどうするんだい?」
 聞かれなくても、答えは出ていなかった。
 どちらにも行きたくはない。
 けれど。
「君がどちらに行っても、此処に留まっても、結果は変わらない。彼らは君を手に入れるために互いに攻撃を仕掛けるだろう。君が此処に留まれば、この町が最初の標的だ。君の帰る場所を奪うために。君の寄る辺がなくなるように」
 歌うようにルシェイドが言う。
 残酷な現実を。
「逃れるすべは」
「無いよ」
 あっさりとした返答に、視線を落とす。
「君が姿を眩ませば、君を探すためにこの町は蹂躙される。別の町に逃げても追ってくるだろう。君を巡って、殺し合いが起きるんだ」
「どうしたら……良いんですか……! 私はただ、歌を歌っていただけなのに……」

 居もしない兄を探しているのだと、気が触れてしまったのだと敬遠されながら、彼女に残されたのはただ歌だけだった。
 歌を歌えば、周りの皆は彼女に優しかった。
 諍いを起こしていた人も、彼女の歌を聞いてくれた。
 歌を歌っていれば、嫌なことも忘れられた。
 ただ、それだけだったのに。

 ふぅ、とルシェイドがため息をつく。
「……まぁ、こういう事態になるのは僕も予想外だったし、そもそもあの人達の尻拭いなんだけど」
 嫌そうに吐き捨てた後、ルシェイドがレゼリナーダを見据える。
 強い、射ぬくような視線で。
「君に選択肢をあげよう。どちらかの国について、片方を滅ぼすか、両隣の国を滅ぼすか、この町を含めて全て滅びるか、……それとも、歌を捨てるか」
「歌を……捨てる?」
「そう。君の、その歌声は僕らが魔法と呼ぶものを含んでいる。だから、強い影響力がある。その歌声を捨てるなら、人死が最小限になるよう、僕も努力するよ」
 苦笑と共に言われ、躊躇う。
「人が、死ぬんですか」
「うん。それは仕方ない」
 ルシェイドが頷く。
「でも、君の目はもう見えなくなることはないから、できることは増えるはずだよ」
「目を……どうして」
「君があの時……マルヴェーリが去る時に居合わせたのは予定外だった。だから、力の余波をまともに受けてしまったんだよ。でなければ僕も治せないからね」
 少女は顔を覆って俯く。
 いつもの暗闇が戻ってくる。
 けれど。
「……わかりました。歌えなくなるのは、辛いけれど……」
「歌えなくなるわけじゃないよ」
 搾り出すような声で言った言葉を、ルシェイドが否定する。
 はっとして顔を上げると、微笑みながらルシェイドが言った。
「君の歌は君のものだ。僕はただ、その歌から魔法を――……周りに対する影響力の元を、消すだけだからね」
 レゼリナーダは椅子に座ったまま、深く頭を下げる。
 膝の上で握りしめた手に、涙が一滴落ちるのが見えた。













「……こんなものかな」
 少女から魔力を落とし、隣国の強硬派を始末して、ルシェイドはため息を付いた。
 少女の歌は、魔力を抜きにしても素晴らしい歌声だ。
 けれど、争いのもとになるほどではない。
 これで、この砂漠の町は滅びることはないだろう。
 少なくとも、彼女が生きている間は。
「アルファルも大雑把だったからなぁ。もうちょっと考えてくれれば良いのに」
 今はいない彼に毒づく。
「何のフォローもしてないあたり、めんどくさかったからとか言いそう」
 ふ、と笑う。
 姿は知っていても、直接会ったことはない。
 お互いが、同じ時間には存在できないから。

 振り切るように顔を上げると、太陽の眩しさに目を細める。
「さて、久しぶりにシェセルディのところにでも戻ろうかな」
 言って、目を閉じる。
 砂の混じった風に押されるように、ルシェイドの姿はその場から消え失せた。
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