忍者ブログ
小説用倉庫。
59  60  61  62  63  64  65 
2024/11/23 (Sat)
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

2012/07/24 (Tue)
 次に目が覚めたとき、外は明るいようだった。
 時間の感覚はすでに無い。
 そこでふと、時間の数え方に疑問を持つ。

 そもそも、此処はどこだろう。

 疑問符に埋められた頭で周りを見ると、寝台の足元に近い所に青年がいた。
 稲穂の様な金の髪は流れるように肩に落ち、紺色の衣服の上に光を落としている。
 手には何かの書類。
 真剣な表情で字面を追っている。
 身を起こすと、彼はこちらに気付き、手に持った書類もそのままに立ち上がった。
「やぁ、起きた? と、まだ無理はしないほうが良い」
 鈍く痛む胸に顔を顰めた途端、青年は気遣わしげに顔を歪めた。
 問うように顔を向けると、手に持った書類を枕もとの机に置く。
「私の名前はルヴィア。君は北の草原で倒れている所を見つけてきたんだよ。……君の、名前は?」
「……ッ」
 名前。
 頭が一瞬空白になった。
 思い出せないことはないはずなのに。
 あるはずだ。
 自分の、名前が。
「……ルシェイド」
 ぽつりと。
 浮かんだ名前を、特に何も考えずに呟く。
 声は初めて出したかのようにかすれていた。
 子供のような少し高めの声。
 ルヴィアはそれを聞いて笑んだ。
「そうか。ルシェイドは、どうして草原で倒れていたんだ? 見つけたとき、酷い怪我をしていたよ」
「……怪我?」
 首をかしげると、ルヴィアは手を伸ばし、ルシェイドの手を取った。
 その手には白い包帯が巻かれていた。
 だから随分体が痛かったのかと、思う。
「……覚えてない?」
 怪訝そうにルヴィアが聞く。
 覚えていない。
 最初の記憶は暗いこの部屋だったから。
「此処、は?」
 ルシェイドが聞くと、ルヴィアは首をかしげた。
 訝しげな表情。
「……此処は」
2012/07/25 (Wed)
 言いかけたところで扉が開いた。
 足音は聞えなかった。
 戸を叩く音もなかった。
 それは突然開かれた。
 ふたりは扉に目を向けた。
 入ってきたのは最初に出会った青年だ。
 紫がかった黒髪と、紫闇の瞳。
 ルヴィアは立ち上がって近づく。
 青年はルヴィアに視線を合わせ、唐突に口を開いた。
「セレイアが呼んでいる」
「わかった。……この子はルシェイド。こいつはセイラスだ。無理はさせるなよ」
 簡単に名前だけ紹介して、ルヴィアは書類を手に部屋を出て行った。
 去り際に釘を刺され、肩をすくめながらセイラスが来る。
 ルヴィアが座っていた椅子に腰掛けると、暫くの逡巡の後に口を開いた。
「……ルシェイドと、いうのか」
 確かめるように言われ、反射的に頷いた後に首をかしげた。
「……多分……」
「……?」
 訝しげな顔。
「何処から来たのか言えるか?」
 問いに首を左右に振る。
「ならば此処が何処だか分かるか?」
 もう一度首を振る。
 何もかも分からない。
 全ては闇の中。
 ただ、正さなければならないという想いが強い。
 何を正すのか、どうすれば良いのか。
 そういうものは何一つわからないのだけれど。
「記憶がないのか……」
 顎に手を当てて考え込むと、不意に立ち上がる。
「少し待て」
 言い捨てて出て行ってしまう。
 止める間もない。
 止めたところで何を言えば良いのか分からなかったけど。
 どうして記憶がないのだろうと考えてみても、答えは出なかったし、何も思い出せなかった。
 最初の記憶は暗い部屋。
 と、不意に思い出した。
 暗闇の中、響いていた声を。
 ルヴィアの声ではない。
 セイラスの声でもない。
 一度だけ顔を見た、女性の声でもない。
 見た覚えのない、聞き覚えのある声。
 何と言っていたか。
 とてもとても強く、唯一つを願う声だった。
 最後に叫んだ、『彼女』の名前は――。
2012/07/25 (Wed)
 そこまで考えたところで扉が開いた。
 セイラスは、何かの紙を持って戻ってきた。
 何も言わずに寝台の上に広げる。
 それはどうやら地図のようだった。
 真ん中と、左右に大陸があって、小さな島がいくつかあるようだ。
「見たことは?」
 返事は否。
「地理は、分かるか?」
 もう一度同じ答え。
 セイラスは特に表情を変えずに地図の一点を指した。
 それは真ん中の大陸の、中心よりやや右下の位置だった。
「此処が、今居る場所。王都ロスウェル」
「……王都?」
「今、この現界を治める王が居る都だ」
 きっぱりと断言する声は、少し誇らしげな響きがあった。
 相変わらず表情はあまり変わらなかったが。
「大陸は、昔は4つあったらしいが、今は3つだ。ユーディリス大陸と、トゥーディス大陸、ヴァイサーシアー大陸」
 左、右、真ん中の順で指差す。
 聞き覚えがあるような気がする。
 実際に行った事があるのかもしれない。
「4つ目の大陸は、何処にあったの?」
 不意に聞くと、セイラスは少し考えて、地図の上を指した。
「この辺りにあったと聞く。今はもう地図も残っていないから、名前も一部にしか伝わっていない」
 ヴァイサーシアー大陸の、上。
 地図から消された島。
「レイヴァント大陸、という名前だったそうだ」
 どくん、と一瞬心臓が大きく脈打った。
 知らない場所のはずだ。
 古い大陸だから。
 なのに何故。
 こんなにも懐かしい気がするのだろう。
「……講義はこれまでにしよう。これは此処に置いておくから、後で見るといい。今はまた暫く眠れ」
 寝台に開かれた地図を畳むと、枕もとの机に置く。
「眠くない」
「駄目だ。寝転がっているだけでも、体力は回復する。……焦らなくて良い」
 肩を押されて寝台に寝ながら、少し不満そうに地図に目をやる。
「また次に、教えてやる」
 不承不承、といった感じで素直に布団を肩まで上げ、目を閉じる。
 衣擦れの音がして、扉が開閉する音が聞えた。
 眠気は暫くして訪れた。
2012/09/07 (Fri)
 扉を開くと、そこには見慣れた姿があった。
 漆黒の髪。
 滑らかな肢体をドレスに包んだ彼女は、入ってきたルヴィアに気付くと椅子から立ち上がった。
「セレイア。何かあったのか?」
 呼びかけると、彼女は深刻な顔をして告げた。
「西の境に配置しておいた兵のところで、小規模の戦闘が2度起きたと報告が来てるわ」
「2度? この間の報告から3日経ってないぞ」
 驚愕の声をあげつつ、セレイアが差し出した報告書に目を通す。
 戦闘の規模、動員した兵の数、損傷程度、その他諸々が書いてある。
「……」
 被害の欄を見て、表情を険しくする。
 例え小規模の戦闘だったとしても、被害は大きい。
「……全兵数の、約半分か」
「治療者の数が足りないの。……この状態で更に戦闘を続けさせるなら、全滅することも考えないといけないでしょう」
「だけど、撤退するわけにはいかない」
 強い意志をこめて断言する。
 例え勝ち目が薄くても。
「分かってるわ。けれど、最悪の状態も常に考えておかないといけないのよ」
 セレイアが諭すように首を振る。
 一つ頷くと、ルヴィアは窓の外に視線を向けた。
 そこには、戦争とはかけ離れたのどかな風景が広がっていた。



 気持ちが悪い。

 軽い吐き気と、身体の倦怠感で意識が目覚める。
 胃の辺りが重い。
 寝ていられなくて身を起こすと、眩暈に襲われた。
 深呼吸をして掛け布をどかす。
 ひんやりとした石の床に足を下ろすと、少し気分が良くなった気がした。
 まだ少し痛む身体を引きずって、扉まで歩く。
 前回よりは息が切れていない。
 扉を開ける。
 そこは部屋と同じような石でできた廊下だった。
 頬に少し冷たい風が当たる。
 何処から風が入ってくるのか、それは外の匂いがした。
 風の吹くほうに足を向けた。
 廊下の所々には、蝋燭が灯っているので躓く心配がなさそうだ。
 少し歩くと、階段が見えた。
 だいぶ息が切れていたのでそこで少し休む。

「……ルシェイド?」

 声はいきなり振ってきたように感じた。
 見上げると、明かりを背にして誰かが立っていた。
 逆光で顔は見えない。
 けれど声で判断はついた。
「……セイラス?」
「何をやっている。こんな所で」
 怪訝そうな声には心配も含まれているようだ。
 体重を感じさせない猫の様な動きで近くまで下りてくると、傍らに膝をついた。
「寝ていろと、言っただろう」
 手を差し出し、抱えていこうとするのを拒否し、ルシェイドは首を振った。
「何故だ?」
 問う声は感情があまり入っていない分、冷徹に響いた。
 怯えたように更に首を振るルシェイドを見て、セイラスはため息をついた。
「……理由が、あるのか?」
 上手い言い方が見つからなかったらしく、先程と同様の質問を繰り返す。
 けれど理由が上手く説明できず、ただもう一度首を振った。
 気持ちの悪さはかなり酷くなっている。
 座っているだけなのに息は切れ、手足が細かく震えている。
 さぞ、具合が悪く見えるだろうと何処か客観的に見ていると、頭上で靴音がした。
2012/10/19 (Fri)
 階段の上に、更に人影が入ってきたところだった。
「何をしているの?」
 聞えた声は今まで聞いたことのない声だった。
「リィーナ」
 セイラスが呟く。
 足音を立てて降りてくる彼女は、裾の長いローブを纏い、手に長い杖を持っていた。
「……大丈夫?」
「……ッ!」
 そっと、リィーナが頬に手を触れると、バチッと衝撃が走った。
 彼女は驚いたように目を見開くと、おもむろに杖で床を叩き、低く何かを呟いた。
 途端、周囲を風が舞った。
 セイラスが心持ち眉をひそめる。
 気持ちの悪さが少し減ったような気がして、ルシェイドは改めてリィーナに視線を合わせた。
「少しは楽になった?」
 こくり、と頷くとリィーナが微笑む。
「どういうことだ?」
 怪訝そうにセイラスが問う。
「感受性が強いようだから、魔法の気にあてられたのね。最近は相手も魔法師を投入したみたいだから、中和させないと辛いわよ」
「今までは大丈夫だったようだが?」
「本人にもよるのよ。魔法の素質があるようだし」
 そう言ってリィーナが片目を瞑って笑った。
「それで、こんな所で何してるの?」
 首をかしげて問われ、更にセイラスからも視線で促されてルシェイドが答えを探す。
「……気持ちが、悪かったから、風のあるほうに……」
「なら、もうあの部屋じゃないほうが良いわね。ルヴィアに言ってくるわ。あとよろしくね、セイラス」
 さらりと言って踵を返し、階段を上がっていく。
 ルシェイドは訳が分からず、答えを求めてセイラスを見上げた。
 苦虫を噛み潰したような顔で、セイラスは返事をせずにルシェイドを抱えあげた。
 驚きに身を強張らせると、ぼそりと呟かれた。
「部屋を変える」
 どうやらこの状態で運ばれるらしい。
「……歩ける」
「大人しくしてろ」
 小声で抗議するも、一蹴されてしまう。
 仕方なく、そのまま運ばれた。
59  60  61  62  63  64  65 
HOME
Copyright(C)2001-2012 Nishi.All right reserved.
倉庫
管理者:西(逆凪)、または沖縞

文章の無断転載及び複製は禁止。
カレンダー
10 2024/11 12
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
最新記事
[長編] Reparationem damni  (03/12)
[長編] Reparationem damni  (03/12)
[長編] Reparationem damni  (10/19)
[長編] Reparationem damni  (10/19)
[長編] Reparationem damni  (09/07)
忍者ブログ [PR]
PR