小説用倉庫。
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「酒星!」
声に呼ばれて振り返る。
今の自分はこの名前で呼ばれていた。
称号のようなそれは本名ではない。
「これから仕事?」
目の前に歩いてきたのは、この島にある唯一の町、シンズィスに居着いた薬師の薄氷。
腰まで届く黒髪と、深海のような深い青の目をもつ。
ユーディリス大陸の方で標準的な色合いだが、本人に確かめたことは無く、また本人も何も言わないので本当のところどうなのかは知らない。
まぁここではどうでもいいことだろう。
細い身体に、寒さのためか薄い青の上着を何枚かかけていた。
薄氷は手に持っていた袋を目の前に掲げると、それを左右に振ってみた。
「これ、新しく調合できたんだけど、試してみる?」
「いえ、怖いんでよしときますヨ。アタシはまだ死にたくないですからね」
軽く笑って流す。薄氷は残念そうに呟いて、袋を見た。
「死にはしないと思うんだけどな……」
か弱そうな外見だが、彼が作るのはほとんど毒薬だ。
反対に治療薬は作れないらしい。
「……おまえ、また新しいの作ったのかよ」
げんなりとした声を発して、またひとり近づいてきた。
日に明るい茶色の髪と、赤に近い茶の目をしている。
踏青という名で通っているが、やはり本名ではないそうだ。
以前はトゥーディス大陸にいたと聞く。
彼もこの街に居着いた薬師だ。
薄氷と違って治療薬専門だが。
「平気だろ。どうせ何か作っても踏青が解毒できるし」
「その俺の苦労を考えろッ!」
「何で考えなくちゃならないんだ」
びしりと指を突きつけて叫ぶが、薄氷は冷笑でもって答えただけだった。
「まぁまぁ。お二方、その辺でよいじゃありませんか」
苦笑して間に入るが、このふたり、決して仲が悪いわけではない。
「それじゃァ、アタシはもう行きますんで」
「おう、気をつけてな!」
「土産、よろしく」
元気に片手を挙げる踏青と、にやりと含み笑いをする薄氷に見送られて、船着場に向かう。
定時に出る船に乗って、ヴァイサーシアーの大陸に渡るのだ。
島国であるこの島では、船が無いとどこにも行けない。
声に呼ばれて振り返る。
今の自分はこの名前で呼ばれていた。
称号のようなそれは本名ではない。
「これから仕事?」
目の前に歩いてきたのは、この島にある唯一の町、シンズィスに居着いた薬師の薄氷。
腰まで届く黒髪と、深海のような深い青の目をもつ。
ユーディリス大陸の方で標準的な色合いだが、本人に確かめたことは無く、また本人も何も言わないので本当のところどうなのかは知らない。
まぁここではどうでもいいことだろう。
細い身体に、寒さのためか薄い青の上着を何枚かかけていた。
薄氷は手に持っていた袋を目の前に掲げると、それを左右に振ってみた。
「これ、新しく調合できたんだけど、試してみる?」
「いえ、怖いんでよしときますヨ。アタシはまだ死にたくないですからね」
軽く笑って流す。薄氷は残念そうに呟いて、袋を見た。
「死にはしないと思うんだけどな……」
か弱そうな外見だが、彼が作るのはほとんど毒薬だ。
反対に治療薬は作れないらしい。
「……おまえ、また新しいの作ったのかよ」
げんなりとした声を発して、またひとり近づいてきた。
日に明るい茶色の髪と、赤に近い茶の目をしている。
踏青という名で通っているが、やはり本名ではないそうだ。
以前はトゥーディス大陸にいたと聞く。
彼もこの街に居着いた薬師だ。
薄氷と違って治療薬専門だが。
「平気だろ。どうせ何か作っても踏青が解毒できるし」
「その俺の苦労を考えろッ!」
「何で考えなくちゃならないんだ」
びしりと指を突きつけて叫ぶが、薄氷は冷笑でもって答えただけだった。
「まぁまぁ。お二方、その辺でよいじゃありませんか」
苦笑して間に入るが、このふたり、決して仲が悪いわけではない。
「それじゃァ、アタシはもう行きますんで」
「おう、気をつけてな!」
「土産、よろしく」
元気に片手を挙げる踏青と、にやりと含み笑いをする薄氷に見送られて、船着場に向かう。
定時に出る船に乗って、ヴァイサーシアーの大陸に渡るのだ。
島国であるこの島では、船が無いとどこにも行けない。
「あれ、酒星、仕事?」
船着場で忙しく指示していた少女が振り向いて片手を挙げる。
「そうですヨ。この船、ヴァイサーシアー行きですよね。ちょっと乗せてもらおうと思って」
「そう。……しかし不便だよね。船使わなきゃでらんないんだもん」
「東旭サン、そんな事言うもんじゃありませんヨ。その船のおかげで生活できるやつだっているんですから」
そう言って船着場を見回す。
現在そこにいる船は3艘だけだった。
ここには確かあと5艘くらいはあったはずだ。
「皆は仕事ですかい?」
「うん。何か大きな船が通るからってさッ!」
伸びをして笑う。
出て行った船はほとんどが大きなやつでどうやら「仕事」らしい。
この島は他の船の荷を奪うという海賊行為をよくしている。
それは島の収入源のひとつでもあった。
この少女は東旭といって、その海賊たちを束ねる統領のような者だ。
小さいながらなかなか要領がよく、またムードメーカーとしてもがんばっている。
「そういえば姐さんの姿が見えませんね」
「船についてったよ。今回はあたしには合わないだろって」
「そうですか」
うんと言って、東旭は海を眺める。
潮風が吹いて髪を、額に巻いたバンダナをなびかせる。
「あと少しで出航だよ」
「この船ですか?」
「あたしはついていけないけど、気をつけて」
「ありがとうございます」
細い目をさらに細めて東旭に笑いかけ、船に乗り込む。
乗り込んでしばらくしてから、船が動き始めた。
波の揺れがダイレクトに伝わるほどの小さな船だが、5人乗っても結構スペースはある。
遠ざかっていく東旭の小さな白い手が見え、それもやがて見えなくなった。
船着場で忙しく指示していた少女が振り向いて片手を挙げる。
「そうですヨ。この船、ヴァイサーシアー行きですよね。ちょっと乗せてもらおうと思って」
「そう。……しかし不便だよね。船使わなきゃでらんないんだもん」
「東旭サン、そんな事言うもんじゃありませんヨ。その船のおかげで生活できるやつだっているんですから」
そう言って船着場を見回す。
現在そこにいる船は3艘だけだった。
ここには確かあと5艘くらいはあったはずだ。
「皆は仕事ですかい?」
「うん。何か大きな船が通るからってさッ!」
伸びをして笑う。
出て行った船はほとんどが大きなやつでどうやら「仕事」らしい。
この島は他の船の荷を奪うという海賊行為をよくしている。
それは島の収入源のひとつでもあった。
この少女は東旭といって、その海賊たちを束ねる統領のような者だ。
小さいながらなかなか要領がよく、またムードメーカーとしてもがんばっている。
「そういえば姐さんの姿が見えませんね」
「船についてったよ。今回はあたしには合わないだろって」
「そうですか」
うんと言って、東旭は海を眺める。
潮風が吹いて髪を、額に巻いたバンダナをなびかせる。
「あと少しで出航だよ」
「この船ですか?」
「あたしはついていけないけど、気をつけて」
「ありがとうございます」
細い目をさらに細めて東旭に笑いかけ、船に乗り込む。
乗り込んでしばらくしてから、船が動き始めた。
波の揺れがダイレクトに伝わるほどの小さな船だが、5人乗っても結構スペースはある。
遠ざかっていく東旭の小さな白い手が見え、それもやがて見えなくなった。
この船はこのままヴァイサーシアー大陸の、ヴェリィサという港町に行く。
そこから馬か何か使えば、2週間ほどでロスウェルにつくはずだ。
物思いに沈んでいると、船が大きく揺れた。
どうやら波が高くなってきたようだ。
「酒星、もしかしたらヴェリィサに着かないかも知れねぇぞ」
「どうしてです?」
「あれ、見てみろよ」
話し掛けてきたのは船に乗っている他の4人のうちのひとりで、額に大きな傷のある親父だ。
シンズィスでは酒場を切り盛りしている。
指差したのは大陸の方。
薄暗くなっている。
「嵐、起こりますかねェ?」
「いやな予感がするな」
顔をしかめて彼は他の仲間のところに行く。
「嵐……ね……」
呟いて、黒い雲の方を見る。
瞬間、雷が落ちた。
突然の落雷に船が大胆に揺れる。
同時に雨が降り出した。
先が見えない程の豪雨。
船員たちはみな振り落とされまいと船の縁にしがみついている。
何かを言い合っているが、風と雨の音が大きいためよく聞き取れない。
唐突に始まった嵐に、船員のほとんどがうろたえてしまっている。
そのとき誰かが叫んで、ひとつの方向を指差した。
皆がそちらを見る。
一瞬、壁かと思った。
それほどの大きな波だった。
小さな船は何の抵抗も無く飲み込まれた。
そこから馬か何か使えば、2週間ほどでロスウェルにつくはずだ。
物思いに沈んでいると、船が大きく揺れた。
どうやら波が高くなってきたようだ。
「酒星、もしかしたらヴェリィサに着かないかも知れねぇぞ」
「どうしてです?」
「あれ、見てみろよ」
話し掛けてきたのは船に乗っている他の4人のうちのひとりで、額に大きな傷のある親父だ。
シンズィスでは酒場を切り盛りしている。
指差したのは大陸の方。
薄暗くなっている。
「嵐、起こりますかねェ?」
「いやな予感がするな」
顔をしかめて彼は他の仲間のところに行く。
「嵐……ね……」
呟いて、黒い雲の方を見る。
瞬間、雷が落ちた。
突然の落雷に船が大胆に揺れる。
同時に雨が降り出した。
先が見えない程の豪雨。
船員たちはみな振り落とされまいと船の縁にしがみついている。
何かを言い合っているが、風と雨の音が大きいためよく聞き取れない。
唐突に始まった嵐に、船員のほとんどがうろたえてしまっている。
そのとき誰かが叫んで、ひとつの方向を指差した。
皆がそちらを見る。
一瞬、壁かと思った。
それほどの大きな波だった。
小さな船は何の抵抗も無く飲み込まれた。
誰かに呼ばれた気がして振り返った。
突き刺すような痛み。
胸から短剣が生えていた。
呼んでいたのはそれだった。
鮮やかな、金の柄。
迸る血とともに、身体から力が抜けていく。
死にたくない
「死んでるのかな?」
「どうかな」
「動いてないよね」
「ないね」
子供の笑い声と、明るい光に目を開けると、間近に顔があった。
3人の子供。
ほとんど差異はないように見えるほどに似通っていた。
「あ」
「目を開けたよ」
「生きてたね」
口々に言い合う子供たちを順に見て、身体を起こす。
どうやら生きているようだ。
身体のあちこちを触ったり曲げてみたりして異常が無いか確認する。
刺された。
あれは
(夢)
傷はどこにも無い。
異常もなさそうだ。
「ねぇどこから来たの?」
「どうして倒れてたの?」
「海で何か、あったの?」
ほとんど同時に口を開いた子供たちに、とりあえず聞いてみる。
「えぇと、すいませんココはどこでしょう?」
「知らないの?」
「ここは北だよ」
「北の果てだ」
順々に言ってくれているのだが、少しわかりにくい。
ふと気になった言葉を聞き返す。
「北の果て?」
「そう」
「大陸の北」
「北の果て」
「……この、近くの町の名前は……」
「イーアリーサ」
3人が口をそろえて言う。
その町はヴァイサーシアー最北にあるという町の名前だった。
突き刺すような痛み。
胸から短剣が生えていた。
呼んでいたのはそれだった。
鮮やかな、金の柄。
迸る血とともに、身体から力が抜けていく。
死にたくない
「死んでるのかな?」
「どうかな」
「動いてないよね」
「ないね」
子供の笑い声と、明るい光に目を開けると、間近に顔があった。
3人の子供。
ほとんど差異はないように見えるほどに似通っていた。
「あ」
「目を開けたよ」
「生きてたね」
口々に言い合う子供たちを順に見て、身体を起こす。
どうやら生きているようだ。
身体のあちこちを触ったり曲げてみたりして異常が無いか確認する。
刺された。
あれは
(夢)
傷はどこにも無い。
異常もなさそうだ。
「ねぇどこから来たの?」
「どうして倒れてたの?」
「海で何か、あったの?」
ほとんど同時に口を開いた子供たちに、とりあえず聞いてみる。
「えぇと、すいませんココはどこでしょう?」
「知らないの?」
「ここは北だよ」
「北の果てだ」
順々に言ってくれているのだが、少しわかりにくい。
ふと気になった言葉を聞き返す。
「北の果て?」
「そう」
「大陸の北」
「北の果て」
「……この、近くの町の名前は……」
「イーアリーサ」
3人が口をそろえて言う。
その町はヴァイサーシアー最北にあるという町の名前だった。
並んで案内される道すがら名前を聞かれた。
「名前何ていうの?」
「どこから来たの?」
「酒星って言います。皆さんは?」
右端にいた子が先に答えた。
「ウェル」
深い青の目をしている。
「リィ」
真ん中の子はそれより少し薄い色。
「ラナ」
この子はリィよりも緑に近い色の目だ。
3人を区別するための見分け方を覚えておく。
ラナは女の子、他のふたりは男の子のようだ。
「おじいちゃんがつけてくれたんだ」
「いい名前ですね」
「ありがとう」
3人そろって同じ笑顔で笑う。
微笑ましく思ってそれを見ながら歩いていると、遠くに町が見えた。
「あれだ」
「イーアリーサ」
「僕たちの町だよ」
町に入ると、年配の女性が近づいてきた。
「こら、おまえたち、また海へ行っていたね?」
「ごめんなさい、お母さん」
どうやら母親らしい。
ウェルが目を輝かせながら彼女に言う。
「でも人を拾ったんだ」
「犬猫じゃぁないんだから、拾ってきたなんて言うもんじゃないよ」
「はぁい」
腰に手を当ててしかりつけるように言うと、3人の子供はおとなしく返事をした。
「それじゃ、長のところに行ってきな。さっきから呼んでるからね」
「はい」
「それじゃ、またね」
手を振って駆け去る子供たちに手を振り返す。
「名前何ていうの?」
「どこから来たの?」
「酒星って言います。皆さんは?」
右端にいた子が先に答えた。
「ウェル」
深い青の目をしている。
「リィ」
真ん中の子はそれより少し薄い色。
「ラナ」
この子はリィよりも緑に近い色の目だ。
3人を区別するための見分け方を覚えておく。
ラナは女の子、他のふたりは男の子のようだ。
「おじいちゃんがつけてくれたんだ」
「いい名前ですね」
「ありがとう」
3人そろって同じ笑顔で笑う。
微笑ましく思ってそれを見ながら歩いていると、遠くに町が見えた。
「あれだ」
「イーアリーサ」
「僕たちの町だよ」
町に入ると、年配の女性が近づいてきた。
「こら、おまえたち、また海へ行っていたね?」
「ごめんなさい、お母さん」
どうやら母親らしい。
ウェルが目を輝かせながら彼女に言う。
「でも人を拾ったんだ」
「犬猫じゃぁないんだから、拾ってきたなんて言うもんじゃないよ」
「はぁい」
腰に手を当ててしかりつけるように言うと、3人の子供はおとなしく返事をした。
「それじゃ、長のところに行ってきな。さっきから呼んでるからね」
「はい」
「それじゃ、またね」
手を振って駆け去る子供たちに手を振り返す。
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