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2012/02/05 (Sun)
 微かに眉を寄せながら、彼は口を開いた。
「……あのね。これは歪みなんだ」
 静かに言われた言葉に、フォリィアが眉間の皺を深くする。

「今回の式典は正常に行われるはずだった。でも何かの歪みがあって、今回ルークが乱心した。エディウスを、神界の王を今、死なせることできない。それは僕の役目に反する。だけど僕が此処に居て、起こってしまったこの出来事をすべて無かった事には出来ないんだ」
 淡々と言葉を紡ぐルシェイドは、視線をフォリィアに据えたまま一歩、彼に近づいた。
 表情は無い。
 ガラス玉のような金の目だけが、フォリィアを映している。
「僕は今回の歪みを最小限に止めなくちゃいけない。神界の業務はディリクが代行できるからエディウスはまだ良いんだけど、僕にとってはルークは邪魔なんだよ」
 きっぱりと告げられ、フォリィアが目を眇める。

「どういう意味だ」
「殺したほうが早いってことさ」
 表情も変えずに言い切ったルシェイドの後ろで、ディリクが僅かに顔を歪めた。

「……ルークを、殺すというのかッ!」
「それが嫌なら」
 憤怒に声を荒げたフォリィアを遮って、ルシェイドが語調を強める。
「別の、犠牲が必要だ」
「何……?」
「歪みを正すには、それ相応の犠牲が必要なんだ。人によっては、対価、とも言うんだけどね」
 ふいと視線を逸らし、ルシェイドが呟く。
「それ相応の、犠牲だと……?」
 険悪な声を出すフォリィアには頓着せず、彼は腕組みをして頷いた。
「そう。……ただ、まがい物で歪められた程度にもよるんだけど……みたところ、かなり酷い。彼だけで支えきれるかどうか……」
「……フォリィア、ルークに荷担したやつらは、まだいるのか?」
 突然そう言ったディリクに、瞬きをしながらフォリィアは答えた。
「あ、ああ、まだいるはずだ」
「ルシェイド」
 ディリクが表情も変えずにルシェイドを呼ぶと、彼は驚いたような表情をして、それから微笑んだ。
「……そうだね。……そうしようか」
 その笑顔に何か薄ら寒いものを感じて、フォリィアは一歩下がった。
「何の話だ、ふたりして……」

「因果応報ってね」
2012/02/05 (Sun)
「何の用ですか、こんな時間に……!」
 突然に部屋に入ってきたフォリィアを見て、部屋の主たちは慌てたようにふり返った。

 部屋の中央の椅子に3人、窓際に1人。
 そのうちのひとりが持っていたカップを落としてしまう。
 カシャン、と、陶器の割れる音が響いた。
 けれどそれを咎める者はいなかった。

「ルシェイド、彼らだ」

 背後に声をかける。
 顔を見せたルシェイドに、部屋の主たちは戸惑いを隠せない。
 あたりまえだろう。
 主であるフォリィアよりも小さい者が、悠々と姿を現したのだから。
「フォリィア様、一体どうしたというのです。そちらの方は……」
 じっとルシェイドは彼らを見つめ、小さくフォリィアに呟いた。
「……窓際にいる彼以外の3人」
「ちょっと来てくれるか」
 無造作にフォリィアが言う。
「ですから、何故です。こんな夜中に。せめて訳を教えてくださいませんか」
「それは自身でわかっていることと思うが?」
 冷たく突き放すように言うと、彼らは一様に口をつぐんだ。
 心当たりでも、あるのだろう。

 その時、窓際にいた青年が動いた。
 ルシェイドが除外した者だ。
「あの、どうかしたんですか?」
「ああ、おまえはいい」
「ちょっとお待ちください。一体何なんですか!」
 3人の中で一番年かさの人物がフォリィアに異を唱える。
 ルークの、従者であるミナヴァスだった。
「良いからおまえらは来い」
 表情を険しくさせて再度言う。
 けれど彼らは顔を見合わせたまま動かない。

 その時ルシェイドが腕を一振りした。
 不意に彼らはギクシャクと歩き出す。
「この方が早い」
「……何をした」
「身体の自由を奪って傀儡にする術。意識は残してあるけど」
 低く問いただしたフォリィアに、ルシェイドは何でもないことのようにさらりと言ってのけた。
「……魔法って便利なんだろうな」
 腑に落ちないような顔をして、フォリィアが呟く。
「使えるものは使ったほうがいいでしょ。……もちろん、限度はあるけどね」
 そう言って、ルシェイドは3人を引き連れて部屋から出た。
「おまえはもう自室に帰れ」
 フォリィアは窓際に残った青年に言い残すと、扉を閉めた。
2012/02/05 (Sun)
「おまえ地下の行き方わかるのか?」
「伊達に昔からここにいないよ。……建物が少し綺麗になって、土地が広くなっただけだからね」
 あっさりと言い放って、どんどん進んでいく。
 確かに道順的には合っているので、フォリィアも黙ってついていく。

 暫く進み、やがて地下牢に出た。
「……ルーク……」
 そこにいた彼はいつもの不敵な人物ではなかった。
 虚ろな目をして、頬はげっそりとやつれている。
 言葉はない。
 まるで、廃人のような。

「何で、……こんな……」
「副作用だよ」
 ため息とともに言って、ついてこさせた城の者を見やる。
「ディリク、用意は?」
「まあ何とかなるだろう」
「じゃあ、始めようか」

 いつもと違う真剣な表情で、ルシェイドはルークの傍らに行く。
 ディリクはその反対側に。
 そして傀儡は彼らを囲むように。
 ルシェイドとディリクは深呼吸をして、両の手をルークに向ける。

 低く流れ出したのは知らない言葉。
 聞いたこともない旋律。
 ふたりで交互に、時には一緒に言葉を紡いでいく。
 うめくような声がそれに唱和する。
 何の声かと思ってみると、それは城の者が出している言葉だった。
 苦しげなその声。
 不安に駆られてルシェイドのほうを見る。
 彼の足元からディリクの足元に、光る線が延びているのが目に入った。

 綺麗な。
 それは何かの模様のようだった。
 円と四角で構成された、絵のような何か。
 それらで構成されていて、意味などはフォリィアにはさっぱりわからなかった。

 ひときわそれが輝くと同時に、城の者からも悲鳴のような声が
(断末魔)
 あがった。
2012/02/05 (Sun)
 とたん、彼らの足元が崩れていく。
 足先から、膝に、腰に。
 徐々に砂と化していく。
 表情など見えず、ただ崩れていくことに悲鳴をあげているだけのような。
 一瞬目をそらした瞬間に、彼らは跡形も無く消え去った。
 塵も、残らない。

 何か重いものが倒れる音がしてそちらを見ると、ルークが倒れていた。
 ルシェイドのほうへ視線を寄せる。
 彼が頷いたので迷わず駆けつけた。
「ルーク……!」
 顔色が良い。
 少なくとも先ほどの死人のような顔色ではない。
 そのことに、少なからず安堵する。

「……とりあえず、……まだ成功とは言えないから、時間を置いてまた、様子を見ないといけないかなぁ」
 長いため息をついてルシェイドが言う。
 先ほどからしゃべらないなとディリクのほうを見ると、彼は壁に寄りかかって目を閉じていた。
 表情は険しい。
「ディリク……?」
 怪訝そうに呼びかけると、ルシェイドがこともなげに言った。
「ああ、疲れたんでしょ。……さて、ここから出ようよ。何か気が滅入る」
「そりゃ牢だからな」
 フォリィアはルークを牢の寝台に横たえ、ディリクを背負った。
 思ったより軽い。
「ルシェイドは、平気なのか?」
「きついけど、彼よりはまし」
 恨めしそうにディリクを見て、ルシェイドが答える。
 歩き出したルシェイドにあわせて、フォリィアが後を追う。
 向かった先はフォリィアの部屋だ。
「とりあえずここで寝かして。疲れた」
 部屋につくなりルシェイドがソファに倒れた。
 声をかけようと思ったが、すでに寝息を立てていたのでそのままそっとディリクをもうひとつのソファに横たえる。

 フォリィアは寝入った二人を見て、どうしようか途方にくれていた。
2012/02/05 (Sun)
 ふかふかした布の手触り。
 目蓋に触れるのは柔らかな光。
 緩やかな時間が過ぎていく感覚。
 久しぶりに良く寝ていた気がする。
 うん、と伸びをして、ルシェイドは目を開けた。

「何だ、起きたのか?」
「……? 何でフォリィアがいるのさ?」
 目に入った金の光に向かって疑問を投げる。
 かすれた視界を何度か瞬きしてはっきりさせ、視線を向けた。

 帰ってきたのは怪訝そうな答え。
「ここは私の部屋だ。居たら悪いか」
「……ああ、そうだっけ」
 頭を振って周りを見る。
 確かにそこは日ごろ見慣れた場所ではなく、ヴァイサーシアーの大陸、そこを治める現界の王の部屋だった。
 ある意味では、とても見慣れた部屋ではあるのだけれど。
 ふと視界の隅に入ったものを見て、ルシェイドはフォリィアに問い掛ける。
「ディリク、どうしたの?」
 フォリィアは徐にディリクの側に行くと、ずり落ちた掛け布を直してやる。
 緩く寝息を立てるだけで、身動きひとつしない。
「お前と同じだ。ただし、こいつのほうが体力が無かったようだが?」
「まるで僕が怪物並みの体力持っているような言い方だね」
 違うのか、といわんばかりの表情で、ルシェイドを見る。
「まぁ魔法なんぞ使えないからな。よくわからん」
 ぶっきらぼうに答えるが、ルシェイドが起きたことにほっとしながら机の上に載った書類を手に取る。
 未処理はあと少しだ。

「ディリク、起きろー」
 ルシェイドが呼びかけるが、ディリクはぴくりとも動かない。
 此処に運んで、横たえた時と同じ状態だ。
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