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2012/02/05 (Sun)
 空いてる客室にでも入れるか、と思いながら歩いていると、前方からリーヴァセウスが歩いてきた。

 頭痛がする。
 どーしてこいつは護衛もつけず一人でふらふらと出歩くのか。
 いくら城内とはいえ、入り口に近いという事は侵入者に出会う確立も高くなるってのに。
 自分が王だって言う自覚がないんだろうか。

「お客さん?」
 リーヴァセウスが笑顔で聞いてくる。
「侵入者だ」
 あっさりと返すと、相手の動きが止まった。
 それからゆっくり顔を傾けると、怪訝そうに問う。
「危険は無い、ということ?」
「その点についてはルシェイドが……」

 保証する、と言いかけて、傍らの様子に気づく。
「……おい」
 声をかけるが返事が無い。
 そのくせ、魔法は未だ持続している。
 顔は俯いているので分からないが、足元は今にも倒れそうだ。

「ルシェイド、『離せ』」
 言葉に乗せた魔法で強制的にルシェイドの魔法を停止させる。
 途端、担いだ肩に侵入者の重みがのしかかった。
 まぁこの程度は支えられる。
 一応鍛えてはいるからな。

 ルシェイドの身体がぐらりと傾ぎ、それを支えようとリーヴァセウスが手を伸ばすが、片手では支えきれなかったらしくそのまま一緒に倒れた。
 子どもの体重も支えられないって魔族としてというか男としてどうなのか。
 常々鍛えろとは言ってあるが、効果はないらしい。

「……適当なところにこいつ放り込んだら戻るから、それまでそこで大人しく待ってろ」
 言い捨てて、空き室へと急ぐ。
 もう一人持てない訳ではなかったが、二人も持つと著しく行動が制限される。
 不安はあるが、直ぐに戻れば問題はないだろう。
 それまで大人しくしていてくれるといいんだが。
2012/02/05 (Sun)
 空き室に放り込み、いくつかの魔法を部屋にかけてから二人のところに戻る。

「もう……良いよ」

 リーヴァセウスの声だ。
 疲れたような、諦めたような、声だ。
 滅多に見せない、響き。

「何が良いんだよ。僕は嫌だ」
「子どもみたいな駄々をこねるなよ」
「この世界で過ごした年月を計算すれば、僕は君よりずっと年下だよ」

 どういう意味だろう。
 なんとなくその場で立ち止まってしまう。
 盗み聞きなんてあんまりしたくはなかったが、入っていけない深刻さがある気がした。

「まぁそうかもしれないけど……でも、やっぱり無茶はして欲しくないよ」
 溜息交じりの声。
 そこへ。


「何が無茶なんだよッ!」


 突然の怒鳴り声に身が竦む。
 俺が怒鳴られてるわけじゃねぇのに。
 しかし、ルシェイドの大声なんて初めて聞いた。
 こんな、苦痛に満ちた声なんて。

「何か……何かあるはずだよ! このままなんてあるはずない……ッ」
「……これは、もう仕方ないよ。私が、選んだ事だから」
「どうして其処で諦められるんだよ! 結果なんて知りもしなかったくせに!」
「でも、私は、その所為で君が倒れるところは見たくないよ」

「……知らなかったの? リィズのおかげで僕は死なないって」
 ルシェイドの声に自嘲の響きが混ざる。

 これ以上は限界だ。
 俺はわざと足音を殺さずに歩いた。
 といっても大きい音を立てて歩いたわけじゃない。
 そんな事をすれば聞いてたってのが分かり易すぎるからな。
 角を曲がり、二人の姿が視界に入るようになってから速度を緩める。

「テメェ倒れるくらいなら魔法なんざ使わずにさっさと休めよ」
 毒づくのはルシェイドに向かって。
 彼は、あー、とか言いながら視線を泳がせた。
「……ごめんね? 大丈夫だと思ったんだよ」
「けど全然大丈夫じゃなかったと」
 じと目で言うと、図星だという顔で黙り込んだ。
 実に分かり易い。
 実年齢は知らんがこの辺は見た目相応だな。
2012/02/05 (Sun)
「……まぁ、その辺で良いんじゃないかな。大事無かったんだし……」
 リーヴァセウスが割って入るが、俺としては二人ともに言いたい事があるわけで。

「それで、お前は何でこんな所に居るんだ?」
「え?」
「部屋で安静にしてろって言っておいたよなぁ?」
「でもずっと寝てるのって退屈なんだよ」
「昨日まで起き上がれないほど衰弱してたのは何処のどいつだ」

 言った途端、リーヴァセウスではなくルシェイドが身を強張らせた。
 さっきの会話に関わることだろうとは思ったが知らない振りをする。

「……リーヴァセウス」
 どこか咎めるようなルシェイドの口調に、リーヴァセウスが苦笑する。
「大丈夫……」
「……じゃねぇだろ」
 言いかけた言葉を否定させる。
 顔色はいまだ青白い。
 初めて会った頃より、確実に、彼は衰弱していた。
「お前ら、いいからもう部屋で大人しく寝てろ」
「えー」
 二人の声がハモる。
「ざけんなよ。倒れられたらこっちがいい迷惑だ。分かったらとっとと部屋に戻れ!」

「彼はどうするの?」
「俺が話を聞いておく。対処はそれからだろ」
 二人はしぶしぶ立ち上がり、部屋へと向かった。
 脱走を謀らないようにあとで誰か送り込んでおこう。
 見送りながら誰を送ろうかと迷う。


 その時、聞こえない音が響いた。
 空気を震わす無音の声。
 侵入者が起きた時に分かるようにと、仕掛けておいたものだった。
 もう起きたのか。
 先ほど行って来たばかりの客室に急ぎながら、舌打ちしたい気分だった。
 もう少し人がいれば楽なのに。

 ふと。
 昔はまだ人が居たはずだ。
 いつからだ。
 いつからこんなに人が居なくなった。
 記憶に靄がかかったようで思い出せない。
2012/02/05 (Sun)
 客室の前で足を止める。
「……」

 数瞬の間を置いて、一気に扉を開け放つ。
 風を切る音に反射的に上体を反らせると、目の前を鉄の刃が通り過ぎていった。
 まぁ予想通りではあるんだが。
 相手が体勢を立て直す前に一歩踏み込み、振り下ろされた鎌の刃を蹴り飛ばす。
「……ッ!?」
 鎌が部屋の隅まで飛ばされる。
 侵入者の男はそれを驚きに目を見張って視線で追う。
 相手の驚きなんざ知ったことじゃないが、こういう立会いで視線をそらすなんて余程の馬鹿だ。
 視線の反対側から側頭部を殴りつけ、床へと引き倒す。
 足で身体を固定し、片手で目元を覆うように頭を押さえつけた。
 一応手加減はしているが、予想よりぐったりしている気がする。
 強く殴りすぎたか?
 まぁ心配したってしかたねぇだろうけどさ。
 というより自業自得だろうがな。

「何が目的だ?」
 低く囁く。
 抵抗があったがあまりに弱々しいので放置。
 さらに押さえつける必要も無い。

「……は、なせッ……!」
 第一声がそれかい。
 半ば呆れつつ、威嚇の為に頭を押さえる手に力を込める。
「質問に答えろ。返答如何によってはこのまま握りつぶすぞ」
 手の中で、頭蓋がみしりと音を立てた。
 やってやれないこともないが、脳髄の感触はあまり好きではない。

 さてどう出るかな。

「……痛ッ……! 言、う、からッ! ……離せよ!」
「……」
 ゆっくりと片手を離す。
 案外簡単に従うのか。
 身体はまだ押さえたままだから、容易には動けないだろう。
2012/02/05 (Sun)
 彼は不機嫌そうに青い目を眇めて、俺を見返してきた。
「……重いんだけど」
「俺が軽そうに見えるのか?」
「そうじゃなくて! どけって言ってんの!」

 憤慨されようが聞く義理は無い。
「嫌なこった。後ろから攻撃されるのはごめんだからな」
 わざとらしく転がったままの鎌に視線をやると、抵抗が止んだ。

「もうやらない。あんた強いから」
「……名は?」
「ウォルファー」
 短く溜め息をついて、解放してやる。
 驚いたようにウォルファーは俺を見上げた。
 こいつこんな顔ばっかりだな。
 ぽかんとして。
 阿呆のようだ。
 まぁこれが俺だったとしても驚くだろうが。

「……何で……」
「テメェが離せって言ったんだろが」
「そ、それはそうだけど……」

「名前を聞いたからな」
 いつまでも床に座り込んでるのもあれなので手近な椅子を引き寄せて座る。
 ウォルファーとやらはまだ床に座ったままだ。
 引きつったような笑みを浮かべて彼が言う。
「……偽名だったらどうすんだよ」
 自嘲気味な、歪んだ笑み。

 何だろう。
 似合わねぇな。
 その顔。

「偽名だろうが関係ねぇよ。俺がテメェを認識する為の名前さえあれば、強制の魔法が使えるからな」
 にやりと笑うと、ウォルファーは呆気にとられた顔をしてから、酷く情けない表情になった。
「何だよ、それ……。それじゃ俺が馬鹿みたいじゃないか」
「……何だ、自覚があるわけじゃないのか」
 食って掛かるかと思いきや、不貞腐れたようにそっぽを向いてしまった。
 子供か。
 噴出しそうになるが、今は尋問の最中だ。

 まぁこれでも一応。
 笑うわけにもいかない。
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