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2012/02/05 (Sun)
 遮断されているにも関わらず聞こえてくる鳴き声に紛れるように、ルシェイドがぽつりと呟く。
「この近くに住んでいた君なら分かると思うんだけど、見たこと無い生き物が多いと、思わなかった?」

 言われてみれば、昔リーヴァセウスと会った時にいた獣も、見慣れないものだった。
 何処から流れてくるのだろうと不思議に思っていたことも確かだった。

「……まさか、此処で作られているのか? 魔族を材料に?」
 愕然と呟く。
 見慣れない獣。
 それも知り合いだったと彼は言った。
 町の子だと。

「魔族だけじゃない。人族も、数は少ないけど神族もだよ」
「何で……そんなものが存在するんだ……!」
 呻くように言って、地に付いた手を握り締める。
 怒りで目が眩む。
 どうかしそうだ。
「お前……それを知ってて、何故何もしない! お前なら、こんな施設跡形も無く壊すくらい出来るだろうがッ!」
 思わず、叫んでいた。
 犠牲になっているのは、何も知らない人々だ。
 誰かの都合で、摘み取られて良い命ではないはずだ。
 ルシェイドは相変わらず背を向けたまま、予想通りの答えを言う。

「出来ない」

 ぎり、と歯を食いしばる。
 いつもと変わらない口調が、今は癇に障る。
「知っているはずだよ。ライナート。僕は、そういうことが、出来ないんだと……」

 誰よりも強大な力を持ちながら。
 その力故に制約がある。
 それは。
 世界を調整する為の力だから。
 バランスを欠くことを、出来る筈がない。

「……ライナート。ごめん……もう、保ちそうに……ない――」
 ぐらりと、ルシェイドの身体が傾ぐ。
 慌てて抱きとめた途端に、耳を聾せんばかりの鳴き声が響き渡った。
「くっ……!」
 最初に比べればまだ覚悟が出来てた分耐えられるが、それでもともすれば意識が刈り取られそうになる。
 腕の中のルシェイドは意識を失っている。
 顔色が酷く悪い。
 そういえば今日はかなり無理をしているようだった。

 しかしこの状態では休ませる事など到底出来ない。
2012/02/05 (Sun)
 俺はルシェイドをその場に横たわらせると、ゆっくりと立ち上がった。
 立ち上がるのにもかなりの気力がいる。
 だがここで寝ていれば確実に死ぬ。

「……さっきから、うるせぇんだよッ!」
 叫びざま、短刀を投げつける。
 それは狙い違わず、口と思しき穴に吸い込まれるように突き刺さった。

 黒塗りの剣。
 刃には死を招く呪いを。
 そして。
 名前は。

「黒死の剣! 『弾けろ』ッ!」

 叫ぶと同時に鳴き声は耳を劈く悲鳴へと変わった。
 それは巨体を激しく震わせると、手当たり次第に壁や床を叩きつけた。
 そのあまりの振動に思わず膝をつく。
 威力が足りなかった。
 それなら、もう一度。
「『弾けろ』ッ!」
 投げつけざま、叫ぶ。
 激しく暴れている為いくつかは逸れたが、他はまた内部で弾けた。
 飲み込んだのか、腹の部分が醜く肥大する。
 ぐぅ、と呻いて、それは緑色の体液を吐き出した。
 かからないように、ルシェイドを抱えて背後に跳躍する。
 液体が触れたところが白く煙をあげるのを見て、眉をひそめる。

 酸か。
 あたるわけにはいかない。
 緑の中に所々黒いものが混じっているのは、短剣の名残だろう。
 袖から別の短剣を取り出す。
 今の所反撃は無い。
 だがこのまま一気に仕留めた方が良いだろう。
 鳴き声は耳障りだ。
 短剣を投げつける。
 それの身体に。
 床に。
 周囲を覆うように。

「赤朱の色は炎を示す。『燃えろ』!」

 ばち、と火花が飛び散り、それを合図に短剣から炎が噴出す。
 焼け焦げる異臭。
 何度も嗅ぎたい臭いじゃない。
 悲鳴と苦鳴の混ざった絶叫を響かせ、それは炎の柱となって蠢いた。
 これ以上火力をあげるとこちらにまで被害が出る。

 燃え尽きろ、と念じながら、ルシェイドに火の粉が及ばないように庇う。
2012/02/05 (Sun)
「ライナート!」

 それの姿が崩れ、動きが弱まり、やがて動かなくなった頃、自分を呼ぶ声が聞こえた。
 動かない事を確認して、背後に視線を送ると、ウォルファーが走ってくるのが見えた。
 無事な姿を見て正直ほっとした。

 応えようとした時、ウォルファーの表情が変化した。

 驚愕。
 怖れ?
 何だ。

 瞬間、熱気を感じて身を捩る。
 左肩に灼熱の激痛。

 驚いて視線を落とすと、所々焼け焦げた触手が蠢きながら再度こちらに向かってきた。
 ほぼ反射的に、袖口から少し長めの刀を取り出して触手を切り伏せる。
 視線をそれに戻すと、黒く炭化した所を突き破って、白い腕や触手が蠢きながら出てきていた。
 黒く蠢く塊から、長く突き出た腕や触手はぬめりを帯びているかのように光っている。
 吐き気がする。

 手持ちの短剣は少ない。
 あれの名前さえ分かれば、息の根を止める事も可能なのに。
 だが定義はないと言った。
 つまり名など意味がないのだ。
 本来存在しないものだから。

 新しく向かってくる触手を切り落としていく。
 だが数が多い。
 右手はルシェイドを抱えている。
 左は先程の攻撃で上手く動かない。
 このままでは捌ききれない。

「ライナートッ!」
 叫び声に、はっとする。
 目の前に触手が迫っていた。

 避けきれない。

 だが、触手は届く寸前でウォルファーの鎌に一閃されていた。
「大丈夫か!?」
「……あぁ、助かった」
 ウォルファーの鎌に、触手が次々と切り落とされていく。
「あいつ、何なんだよ!」
「知るか。俺が聞きたいくらいだ」
 答えながら、視線はそれの弱点を探ろうと必死に見ていた。
 大雑把に焼いても触手が残っている。
 吹き飛ばそうにも威力が足りないし、下手をすれば酸の体液が飛び散る事になる。
 一撃で、周りに被害を出さずに倒すには、核となる部分を壊せば良い。
 ただそれがどこかわからない。
 触手の間隙をついて、ウォルファーが本体に切りかかる。
「体液に触れるな! ウォルファー!」
 忠告が聞こえたのか、切った後すぐに後ろに下がった。
「くそ、切っても切っても再生してくるぞ!」
 ウォルファーが悪態をつく。
2012/02/05 (Sun)
 ふと、ルシェイドが身動きをした。
「無茶はするな」
 俺の声には答えず、ルシェイドは蠢く触手だらけになったモノを見て、ゆっくりと右手を上げた。

「……核……」

 聞き取りにくいほどの小声で。
 掲げた右手は淡く光り、指差した先も同様の光を放ちはじめた。
 それは本体の中ほど、ともすれば見落としそうな白い小さな石だった。

 その石を隠そうというのか、触手がいくつか戻っていく。
 だが、隠されるわけにはいかない。
 懐から針を取り出す。
 長さは手の平ほど。
 薄い青色をした、透明な針だ。
 ウォルファーの動きを妨げず、触手の間隙を縫うようにして針を投げつける。
 石を囲うように突き刺さった針はいくつかを触手によって叩き落されたが、あの程度ならば問題は無い。

「薄氷の霧! 『凍れ』!」
 突き刺さった針を中心に次々と氷が形成され、同時に本体の動きも弱くなった。
「ウォルファー!」
「おう!」
 勢いよく答えて、走り出す。
 阻もうとした触手は悉くウォルファーの鎌に両断されていった。
「これで終わりだ!」
 叫びと共に鎌が振り下ろされる。

 彼は氷に包まれた核を綺麗に打ち砕いた。
 破片を撒き散らしながら、乾いた音を立てて石が落ちた。
 中を傷つけた為に鳴き声はもう出ない。
 けれど口を大きく悲鳴の形に開けたまま、それは融け崩れていった。

 直視は、したくない。

 ほう、と安堵の息が漏れる。
「ウォルファー、他の人は」
「全員外に逃がした。無事だよ」
「そうか……」

 ならばもう、目的は達したという事だ。
 もう一度、息を吐く。
 思っていたよりも、気を張っていたようだ。
 腕の中のルシェイドはまた意識を失っている。
 抱きかかえると、そのまま立ち上がった。
「行くぞ。長居は無用だ」
 踵を返しかけたとき、ウォルファーの切羽詰った声に動きが止まる。

「避けろ! ライナートッ!」


 警告は、一瞬遅かった。
2012/02/05 (Sun)
 どこから忍び寄ってきたのか、振り向いた先には漆黒の獣の爪があった。

 驚きに目を見開いた後、視界は赤に染まった。

 痛みは後からきた。
 片膝をつく。
 頬を流れる液体の感触。

 熱い。
 痛みよりも、熱さが先にたつ。

「こ……のォ!」
 ウォルファーの声が聞こえる。
 何かを切る音。
 重い物の落ちる音。
 目を開ける。

 視界は痛みの所為で赤みがかっていたが、数回瞬きを繰り返すと何とか晴れた。
 ルシェイドの白い頬に赤い雫が数滴落ちていた。
 あれは俺の血か。
 視界にはまだ違和感があって、最初何故か分からなかった。
 けれど、直ぐに思い至った。

 片目が、開いていない。
 否、開いているのかもしれないが、見えていない。
「ライナート! 大丈夫か?」
「痛い。それより早く出るぞ」
 立ち上がると少しふらついた。
 舌打ちをして歩き出そうとした時、腕をつかまれた。

「……ウォルファー?」
 問うような呼びかけには答えず、強く腕を引かれたと思ったら浮遊感があった。
 気がついた時にはルシェイドごとウォルファーに抱えられていた。
「……おい。俺は歩けないわけじゃねぇんだが?」
「こっちの方が早い」
 顔をしかめながら言うが、一言で返されてしまった。
 抱えたまま、ウォルファーが走り出す。
 二人抱えて鎌も離さない。
 力持ちなんだなとぼんやり思いながら、揺れに少し吐きそうだった。

 背後では、あれは既に跡形もなくなっていた。
 まるで最初から何も居なかったかのように。

 ただ、先程ウォルファーが切り捨てた獣の死骸があるだけだ。
 それも直ぐに視界から外れてしまう。

 暗い廊下を抜け、外に出る頃には、痛みはだいぶ耐えがたいものになっていた。
 施設からだいぶ離れたところで下に降ろされた。
 思ったより降ろす手つきが優しかったのはやはり怪我人だからだろうか。

「……ッ……」
 ルシェイドを横たえ、顔に手をやって、痛みに怯む。
 どこかに痛み止めって無かったかな。
 探すと丸薬がいくつか見つかったので口に含む。
 おかげで左腕の痛みも少し治まった。
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