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2024/11/23 (Sat)
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2012/02/05 (Sun)
「……う……」
 小さく身動ぎをして、ルシェイドが目を開けた。
 ぼんやり周囲を見回し、そして俺に目を留めて跳ね起きた。
「ライナート! その傷……!」
「あぁ、今痛み止めを飲んだから問題はない」
「ないわけないでしょう! 左目……」
「もう見えない」

 感覚は痛みだけだ。
 視界は暗い。

 宣言すると、ルシェイドは深い溜め息をついて肩を落とした。
「……君はどうしてそういつもあっさりしてるのかな。片目が見えなくなったってのに」
「両目が見えなくなったわけじゃねぇだろ。見えれば良い」
 傷を追った当初より足元はしっかりしてる。
 ふらつくのは視界が慣れてない所為だ。
 ふと、ウォルファーが何か物言いたげに見ていたので、目線で問いかける。

「ごめん」
 いきなりの謝罪に眉をひそめる。
 何の事だか分からない。
 何を謝ってんだこいつは。

「怪我……俺が気をつけてれば平気だったのに……」
「……あ?」
 つい間の抜けた声が出てしまう。
「何がだ。俺が油断してたのがいけないんだろうが。お前が俺に謝る必要はない」
「……でも!」
 めんどくさいなと思いつつウォルファーを見て、ぎょっとした。

 彼は泣いていた。
 拳を握り締め、肩を震わせて。
 ルシェイドが俺に視線を送る。
「あー、泣かした」
「俺の所為か!?」

 困った。
 まさか泣くとは思わなかった。
 物問いたげなルシェイドの視線。
「あー」
 ガラじゃない。
 けどこのままにするわけにもいかない。

「……お前の所為じゃないよ」
 ぽん、と細かな石のついた髪を撫でる。
 ちりり、と石が小さく鳴った。
 一瞬止まったウォルファーは、直ぐに表情を歪ませ、更に泣き出してしまった。

「どうしろって言うんだよー……」
 げんなりと呟く俺の横で、ルシェイドが微笑ましそうに見ていた。





 その後、何とかウォルファーを宥めて泣き止ませ、救出した皆が既に自分の場所へ戻っている事を知ると、その場を後にした。
 それ以降、その施設には二度と行かなかった。
 行きたくはなかった。
 あんなもの、係わり合いになんざなりたかない。
 町には戻りにくいと言ったウォルファーは、人手不足もあって城に居着くようになった。
 後で知った事だが、どうやら町では異端として扱われていたらしい。
 それで助けに行こうとしたんだから、ずいぶんなお人好しだ。
 そうからかったら、酷く情けない顔をしていた。

 それから暫く後、リーヴァセウスが逝った。
 あの時から、随分無理をしていたらしい。
 戻った時に魔族としては短い寿命の理由を知ったけど、俺にとってそれは大した問題じゃなかった。

 ただ、悔しかった。
 今際の際、ありがとうと言った彼に、俺は一体何を返せただろう。
 あいつが俺を森から引きずり出した。

 居場所を、くれた。
 礼を言ってもらえる、何が返せたのか。

 答えは出ないまま、今日、新しい王としてグラディウスが即位する。
2012/02/05 (Sun)
 がくり、と膝から力が抜ける。
 視界がゆっくりと上に堕ちていく。
 否。
 堕ちているのは自分の身体か。

 意識が遠ざかっていく。
 手足は冷たく、感覚は無い。

 動かせない。
 動かない。

 倒れる行為を止められない。

 痛みは無い。
 何も感じない。
 どうして。

 オレは、倒れようとしているんだろう。

 視界が揺れる。

 衝撃。
 倒れたと判ったのは、視界に緑が入ったからだ。


 あぁ、でも。
 起き上がる力も、ないみたいで。

 意識を手放す時に、聞きなれた、声を聞いたような。


 気がした。
2012/02/11 (Sat)
 一歩、前へと進み出る。

 踏みしめた靴の下は、爪先を覆うほどの長さの草が生い茂っていた。
 街道を少し外れた森の中、そこだけが開けた草原になっている。
 一陣の風が吹いた。
 項で一つに纏めた髪が、後へとなびく。
 ぐ、と僅かに左手に力を込める。
 構えた剣の切っ先は、正確に相手を捉えたまま、揺るがない。

 対峙するのは薄茶色の大きな獣。
 見た目は大型の犬、といったところか。
 だが長く伸びた尾は二つに分かれ、爛と輝く瞳は三つあった。

 じり、と双方が円を描くように動く。
 張り詰められた空気。
 その場には息をするのも憚られるような気迫が満ちていたが、双方の表情は平静を保っていた。

 風が足元の草をなぎ倒していく。
 風が凪ぐ、一瞬の後、双方は同時に動いた。
 弧を描き迫る刃を爪で弾き、獣が踊りかかる。
 身を捻って牙を躱し、鞘で打ち払う。
 獣は喉の奥で低く唸ると、僅かに距離を開けた。
 距離をとって飛び掛るのだろうか。
 それ以上は深く考えずに踏み込んでいた。

 剣を振るう。
 だが獣は敏捷な身のこなしで避けた。
 それを追うように、もう一歩、強く踏み込む。
 振りぬいた勢いのまま身体を半回転させ、逆手に持っていた鞘で獣の胴を打った。

 手加減はしていない。
 すれば自分が怪我をするだけだ。

 呻き、よろめいた獣の鼻先へ切っ先を突きつける。
 獣は虚を突かれたような顔をし、視線を上げて唸った。


「――勝負あったな」


 冷静に告げる。
 その声音は突きつけた刃のように、揺ぎ無く響いた。
2012/02/11 (Sat)
 獣は再度視線を切っ先へと戻し、ゆっくりと目を伏せた。
 体中に漲っていた覇気が、薄れていく。
 それを感じ、彼は剣を退いた。

「……段々勝てなくなってきたなぁ」
 しゃがれた声は獣から。
 剣を鞘に収め、鋭い眼差しを獣に向ける。
「当たり前だ。その為に訓練してるんだからな」
「理由は……教えちゃくれねぇんだろ?」
 眼差しが鋭さを益す。
 赤い瞳に射竦められて、獣が少し怯えたように首を傾げた。
「そんなに睨まなくったって無理に聞きゃしねぇよ。それより、もうそろそろレインが帰ってくるぞ」

 少しして、草を踏む騒々しい音を立てて人影が現れた。
 その人影はこちらに気づくと顔を輝かせて駆け寄ってきた。
「ルベア、オルカーン、ただいまー」
 近くまで来たところで、彼はきょとんとした顔をした。
「どうかしたの?」
 オルカーンは喉の奥で低く唸ると、ちらりとルベアを一瞥して言った。
「何も無かったよ。なぁ? ルベア」
 ルベアは返事をしようと口を開き、獣の目に面白そうな色が浮かんでいるのに気づいて口を閉ざした。
 憮然として視線を逸らす。
「ま、それより何かあったか?」
 笑いを堪えるような口調でオルカーンが聞く。

「うん。いくつかあったよ」
 苦虫を噛み潰したような表情で黙り込むルベアに、レインが座るように指示する。
 彼は背に負った荷物から紙を取り出し、草の上に広げた。
 それは。

「地図……? 何処で手に入れたんだ?」
 上から覗き込み、怪訝そうに問うルベアに、レインが誤魔化すように笑う。
「まーその辺はいろいろ。……それより、いい? まずはね――……」
 レインは楽しそうに、説明を始めた。
2012/02/11 (Sat)
 地図は貴重品だ。
 一つ一つが手書きな上にそもそも書く人物が少ない。
 基本的に市場に出回っているのは近隣を記した簡単なものだけだ。
 それより細かく、また広範囲なものはかなり値が張る。
 今、レインが持っているのはそんなものではなかった。

 それは、三つの大陸が描かれた、世界地図だった。
 街道はもとより、他の細かな部分まで書き込まれている。
 これだけのものを手に入れるには、かなりの額が必要なはずだ。
 だがレインはそんな大金は持っていない。
 彼はいつもと変わらない表情で、現在地や町との距離を説明している。

 此処から近いのは、エールという町だ。
 湖の町として有名で、市場はいつもかなりの賑わいを見せている。
 東大陸各地から様々な物が集まるので、何かないかとレインは情報収集もかねてその町に行っていた。

「レイン、どうやってこの地図を手に入れた?」
 説明の途中で唐突に質問を投げると、彼はきょとんとして顔を上げた。
 先ほどと似た問いだ。
 だが。
「誤魔化すなよ」
 まず釘をさしておく。

 レインは困ったように眉間に皺を寄せると、地図に手を這わせた。
「買ったんじゃなくてもらったんだけど。……条件付きで」
 最後の一言は小声だったがはっきりと聞こえた。
 オルカーンが鼻を鳴らす。
「……まぁそんな事だと思ったよ」
「……何だ、その条件とやらは」
 不機嫌そうな声でルベアが問う。
「えぇと、欲しい物があるから取ってきて欲しいって」
 睨み付けるようなルベアの視線から目をそらしながら、レインが答える。

 その答えに、オルカーンは首を傾げた。
 きょとんとした表情は酷く人間くさい顔に見える。
「欲しい物って……そいつが取ってくれば早いんじゃないか?」
「うーん……そうなんだけど、何かね、今忙しいんだって。だから、イーアリーサに行く時に……帰りでも良いって言ってたけど、取ってきてくれないかって」
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