小説用倉庫。
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「……う……」
小さく身動ぎをして、ルシェイドが目を開けた。
ぼんやり周囲を見回し、そして俺に目を留めて跳ね起きた。
「ライナート! その傷……!」
「あぁ、今痛み止めを飲んだから問題はない」
「ないわけないでしょう! 左目……」
「もう見えない」
感覚は痛みだけだ。
視界は暗い。
宣言すると、ルシェイドは深い溜め息をついて肩を落とした。
「……君はどうしてそういつもあっさりしてるのかな。片目が見えなくなったってのに」
「両目が見えなくなったわけじゃねぇだろ。見えれば良い」
傷を追った当初より足元はしっかりしてる。
ふらつくのは視界が慣れてない所為だ。
ふと、ウォルファーが何か物言いたげに見ていたので、目線で問いかける。
「ごめん」
いきなりの謝罪に眉をひそめる。
何の事だか分からない。
何を謝ってんだこいつは。
「怪我……俺が気をつけてれば平気だったのに……」
「……あ?」
つい間の抜けた声が出てしまう。
「何がだ。俺が油断してたのがいけないんだろうが。お前が俺に謝る必要はない」
「……でも!」
めんどくさいなと思いつつウォルファーを見て、ぎょっとした。
彼は泣いていた。
拳を握り締め、肩を震わせて。
ルシェイドが俺に視線を送る。
「あー、泣かした」
「俺の所為か!?」
困った。
まさか泣くとは思わなかった。
物問いたげなルシェイドの視線。
「あー」
ガラじゃない。
けどこのままにするわけにもいかない。
「……お前の所為じゃないよ」
ぽん、と細かな石のついた髪を撫でる。
ちりり、と石が小さく鳴った。
一瞬止まったウォルファーは、直ぐに表情を歪ませ、更に泣き出してしまった。
「どうしろって言うんだよー……」
げんなりと呟く俺の横で、ルシェイドが微笑ましそうに見ていた。
その後、何とかウォルファーを宥めて泣き止ませ、救出した皆が既に自分の場所へ戻っている事を知ると、その場を後にした。
それ以降、その施設には二度と行かなかった。
行きたくはなかった。
あんなもの、係わり合いになんざなりたかない。
町には戻りにくいと言ったウォルファーは、人手不足もあって城に居着くようになった。
後で知った事だが、どうやら町では異端として扱われていたらしい。
それで助けに行こうとしたんだから、ずいぶんなお人好しだ。
そうからかったら、酷く情けない顔をしていた。
それから暫く後、リーヴァセウスが逝った。
あの時から、随分無理をしていたらしい。
戻った時に魔族としては短い寿命の理由を知ったけど、俺にとってそれは大した問題じゃなかった。
ただ、悔しかった。
今際の際、ありがとうと言った彼に、俺は一体何を返せただろう。
あいつが俺を森から引きずり出した。
居場所を、くれた。
礼を言ってもらえる、何が返せたのか。
答えは出ないまま、今日、新しい王としてグラディウスが即位する。
小さく身動ぎをして、ルシェイドが目を開けた。
ぼんやり周囲を見回し、そして俺に目を留めて跳ね起きた。
「ライナート! その傷……!」
「あぁ、今痛み止めを飲んだから問題はない」
「ないわけないでしょう! 左目……」
「もう見えない」
感覚は痛みだけだ。
視界は暗い。
宣言すると、ルシェイドは深い溜め息をついて肩を落とした。
「……君はどうしてそういつもあっさりしてるのかな。片目が見えなくなったってのに」
「両目が見えなくなったわけじゃねぇだろ。見えれば良い」
傷を追った当初より足元はしっかりしてる。
ふらつくのは視界が慣れてない所為だ。
ふと、ウォルファーが何か物言いたげに見ていたので、目線で問いかける。
「ごめん」
いきなりの謝罪に眉をひそめる。
何の事だか分からない。
何を謝ってんだこいつは。
「怪我……俺が気をつけてれば平気だったのに……」
「……あ?」
つい間の抜けた声が出てしまう。
「何がだ。俺が油断してたのがいけないんだろうが。お前が俺に謝る必要はない」
「……でも!」
めんどくさいなと思いつつウォルファーを見て、ぎょっとした。
彼は泣いていた。
拳を握り締め、肩を震わせて。
ルシェイドが俺に視線を送る。
「あー、泣かした」
「俺の所為か!?」
困った。
まさか泣くとは思わなかった。
物問いたげなルシェイドの視線。
「あー」
ガラじゃない。
けどこのままにするわけにもいかない。
「……お前の所為じゃないよ」
ぽん、と細かな石のついた髪を撫でる。
ちりり、と石が小さく鳴った。
一瞬止まったウォルファーは、直ぐに表情を歪ませ、更に泣き出してしまった。
「どうしろって言うんだよー……」
げんなりと呟く俺の横で、ルシェイドが微笑ましそうに見ていた。
その後、何とかウォルファーを宥めて泣き止ませ、救出した皆が既に自分の場所へ戻っている事を知ると、その場を後にした。
それ以降、その施設には二度と行かなかった。
行きたくはなかった。
あんなもの、係わり合いになんざなりたかない。
町には戻りにくいと言ったウォルファーは、人手不足もあって城に居着くようになった。
後で知った事だが、どうやら町では異端として扱われていたらしい。
それで助けに行こうとしたんだから、ずいぶんなお人好しだ。
そうからかったら、酷く情けない顔をしていた。
それから暫く後、リーヴァセウスが逝った。
あの時から、随分無理をしていたらしい。
戻った時に魔族としては短い寿命の理由を知ったけど、俺にとってそれは大した問題じゃなかった。
ただ、悔しかった。
今際の際、ありがとうと言った彼に、俺は一体何を返せただろう。
あいつが俺を森から引きずり出した。
居場所を、くれた。
礼を言ってもらえる、何が返せたのか。
答えは出ないまま、今日、新しい王としてグラディウスが即位する。
がくり、と膝から力が抜ける。
視界がゆっくりと上に堕ちていく。
否。
堕ちているのは自分の身体か。
意識が遠ざかっていく。
手足は冷たく、感覚は無い。
動かせない。
動かない。
倒れる行為を止められない。
痛みは無い。
何も感じない。
どうして。
オレは、倒れようとしているんだろう。
視界が揺れる。
衝撃。
倒れたと判ったのは、視界に緑が入ったからだ。
あぁ、でも。
起き上がる力も、ないみたいで。
意識を手放す時に、聞きなれた、声を聞いたような。
気がした。
視界がゆっくりと上に堕ちていく。
否。
堕ちているのは自分の身体か。
意識が遠ざかっていく。
手足は冷たく、感覚は無い。
動かせない。
動かない。
倒れる行為を止められない。
痛みは無い。
何も感じない。
どうして。
オレは、倒れようとしているんだろう。
視界が揺れる。
衝撃。
倒れたと判ったのは、視界に緑が入ったからだ。
あぁ、でも。
起き上がる力も、ないみたいで。
意識を手放す時に、聞きなれた、声を聞いたような。
気がした。
一歩、前へと進み出る。
踏みしめた靴の下は、爪先を覆うほどの長さの草が生い茂っていた。
街道を少し外れた森の中、そこだけが開けた草原になっている。
一陣の風が吹いた。
項で一つに纏めた髪が、後へとなびく。
ぐ、と僅かに左手に力を込める。
構えた剣の切っ先は、正確に相手を捉えたまま、揺るがない。
対峙するのは薄茶色の大きな獣。
見た目は大型の犬、といったところか。
だが長く伸びた尾は二つに分かれ、爛と輝く瞳は三つあった。
じり、と双方が円を描くように動く。
張り詰められた空気。
その場には息をするのも憚られるような気迫が満ちていたが、双方の表情は平静を保っていた。
風が足元の草をなぎ倒していく。
風が凪ぐ、一瞬の後、双方は同時に動いた。
弧を描き迫る刃を爪で弾き、獣が踊りかかる。
身を捻って牙を躱し、鞘で打ち払う。
獣は喉の奥で低く唸ると、僅かに距離を開けた。
距離をとって飛び掛るのだろうか。
それ以上は深く考えずに踏み込んでいた。
剣を振るう。
だが獣は敏捷な身のこなしで避けた。
それを追うように、もう一歩、強く踏み込む。
振りぬいた勢いのまま身体を半回転させ、逆手に持っていた鞘で獣の胴を打った。
手加減はしていない。
すれば自分が怪我をするだけだ。
呻き、よろめいた獣の鼻先へ切っ先を突きつける。
獣は虚を突かれたような顔をし、視線を上げて唸った。
「――勝負あったな」
冷静に告げる。
その声音は突きつけた刃のように、揺ぎ無く響いた。
踏みしめた靴の下は、爪先を覆うほどの長さの草が生い茂っていた。
街道を少し外れた森の中、そこだけが開けた草原になっている。
一陣の風が吹いた。
項で一つに纏めた髪が、後へとなびく。
ぐ、と僅かに左手に力を込める。
構えた剣の切っ先は、正確に相手を捉えたまま、揺るがない。
対峙するのは薄茶色の大きな獣。
見た目は大型の犬、といったところか。
だが長く伸びた尾は二つに分かれ、爛と輝く瞳は三つあった。
じり、と双方が円を描くように動く。
張り詰められた空気。
その場には息をするのも憚られるような気迫が満ちていたが、双方の表情は平静を保っていた。
風が足元の草をなぎ倒していく。
風が凪ぐ、一瞬の後、双方は同時に動いた。
弧を描き迫る刃を爪で弾き、獣が踊りかかる。
身を捻って牙を躱し、鞘で打ち払う。
獣は喉の奥で低く唸ると、僅かに距離を開けた。
距離をとって飛び掛るのだろうか。
それ以上は深く考えずに踏み込んでいた。
剣を振るう。
だが獣は敏捷な身のこなしで避けた。
それを追うように、もう一歩、強く踏み込む。
振りぬいた勢いのまま身体を半回転させ、逆手に持っていた鞘で獣の胴を打った。
手加減はしていない。
すれば自分が怪我をするだけだ。
呻き、よろめいた獣の鼻先へ切っ先を突きつける。
獣は虚を突かれたような顔をし、視線を上げて唸った。
「――勝負あったな」
冷静に告げる。
その声音は突きつけた刃のように、揺ぎ無く響いた。
獣は再度視線を切っ先へと戻し、ゆっくりと目を伏せた。
体中に漲っていた覇気が、薄れていく。
それを感じ、彼は剣を退いた。
「……段々勝てなくなってきたなぁ」
しゃがれた声は獣から。
剣を鞘に収め、鋭い眼差しを獣に向ける。
「当たり前だ。その為に訓練してるんだからな」
「理由は……教えちゃくれねぇんだろ?」
眼差しが鋭さを益す。
赤い瞳に射竦められて、獣が少し怯えたように首を傾げた。
「そんなに睨まなくったって無理に聞きゃしねぇよ。それより、もうそろそろレインが帰ってくるぞ」
少しして、草を踏む騒々しい音を立てて人影が現れた。
その人影はこちらに気づくと顔を輝かせて駆け寄ってきた。
「ルベア、オルカーン、ただいまー」
近くまで来たところで、彼はきょとんとした顔をした。
「どうかしたの?」
オルカーンは喉の奥で低く唸ると、ちらりとルベアを一瞥して言った。
「何も無かったよ。なぁ? ルベア」
ルベアは返事をしようと口を開き、獣の目に面白そうな色が浮かんでいるのに気づいて口を閉ざした。
憮然として視線を逸らす。
「ま、それより何かあったか?」
笑いを堪えるような口調でオルカーンが聞く。
「うん。いくつかあったよ」
苦虫を噛み潰したような表情で黙り込むルベアに、レインが座るように指示する。
彼は背に負った荷物から紙を取り出し、草の上に広げた。
それは。
「地図……? 何処で手に入れたんだ?」
上から覗き込み、怪訝そうに問うルベアに、レインが誤魔化すように笑う。
「まーその辺はいろいろ。……それより、いい? まずはね――……」
レインは楽しそうに、説明を始めた。
体中に漲っていた覇気が、薄れていく。
それを感じ、彼は剣を退いた。
「……段々勝てなくなってきたなぁ」
しゃがれた声は獣から。
剣を鞘に収め、鋭い眼差しを獣に向ける。
「当たり前だ。その為に訓練してるんだからな」
「理由は……教えちゃくれねぇんだろ?」
眼差しが鋭さを益す。
赤い瞳に射竦められて、獣が少し怯えたように首を傾げた。
「そんなに睨まなくったって無理に聞きゃしねぇよ。それより、もうそろそろレインが帰ってくるぞ」
少しして、草を踏む騒々しい音を立てて人影が現れた。
その人影はこちらに気づくと顔を輝かせて駆け寄ってきた。
「ルベア、オルカーン、ただいまー」
近くまで来たところで、彼はきょとんとした顔をした。
「どうかしたの?」
オルカーンは喉の奥で低く唸ると、ちらりとルベアを一瞥して言った。
「何も無かったよ。なぁ? ルベア」
ルベアは返事をしようと口を開き、獣の目に面白そうな色が浮かんでいるのに気づいて口を閉ざした。
憮然として視線を逸らす。
「ま、それより何かあったか?」
笑いを堪えるような口調でオルカーンが聞く。
「うん。いくつかあったよ」
苦虫を噛み潰したような表情で黙り込むルベアに、レインが座るように指示する。
彼は背に負った荷物から紙を取り出し、草の上に広げた。
それは。
「地図……? 何処で手に入れたんだ?」
上から覗き込み、怪訝そうに問うルベアに、レインが誤魔化すように笑う。
「まーその辺はいろいろ。……それより、いい? まずはね――……」
レインは楽しそうに、説明を始めた。
地図は貴重品だ。
一つ一つが手書きな上にそもそも書く人物が少ない。
基本的に市場に出回っているのは近隣を記した簡単なものだけだ。
それより細かく、また広範囲なものはかなり値が張る。
今、レインが持っているのはそんなものではなかった。
それは、三つの大陸が描かれた、世界地図だった。
街道はもとより、他の細かな部分まで書き込まれている。
これだけのものを手に入れるには、かなりの額が必要なはずだ。
だがレインはそんな大金は持っていない。
彼はいつもと変わらない表情で、現在地や町との距離を説明している。
此処から近いのは、エールという町だ。
湖の町として有名で、市場はいつもかなりの賑わいを見せている。
東大陸各地から様々な物が集まるので、何かないかとレインは情報収集もかねてその町に行っていた。
「レイン、どうやってこの地図を手に入れた?」
説明の途中で唐突に質問を投げると、彼はきょとんとして顔を上げた。
先ほどと似た問いだ。
だが。
「誤魔化すなよ」
まず釘をさしておく。
レインは困ったように眉間に皺を寄せると、地図に手を這わせた。
「買ったんじゃなくてもらったんだけど。……条件付きで」
最後の一言は小声だったがはっきりと聞こえた。
オルカーンが鼻を鳴らす。
「……まぁそんな事だと思ったよ」
「……何だ、その条件とやらは」
不機嫌そうな声でルベアが問う。
「えぇと、欲しい物があるから取ってきて欲しいって」
睨み付けるようなルベアの視線から目をそらしながら、レインが答える。
その答えに、オルカーンは首を傾げた。
きょとんとした表情は酷く人間くさい顔に見える。
「欲しい物って……そいつが取ってくれば早いんじゃないか?」
「うーん……そうなんだけど、何かね、今忙しいんだって。だから、イーアリーサに行く時に……帰りでも良いって言ってたけど、取ってきてくれないかって」
一つ一つが手書きな上にそもそも書く人物が少ない。
基本的に市場に出回っているのは近隣を記した簡単なものだけだ。
それより細かく、また広範囲なものはかなり値が張る。
今、レインが持っているのはそんなものではなかった。
それは、三つの大陸が描かれた、世界地図だった。
街道はもとより、他の細かな部分まで書き込まれている。
これだけのものを手に入れるには、かなりの額が必要なはずだ。
だがレインはそんな大金は持っていない。
彼はいつもと変わらない表情で、現在地や町との距離を説明している。
此処から近いのは、エールという町だ。
湖の町として有名で、市場はいつもかなりの賑わいを見せている。
東大陸各地から様々な物が集まるので、何かないかとレインは情報収集もかねてその町に行っていた。
「レイン、どうやってこの地図を手に入れた?」
説明の途中で唐突に質問を投げると、彼はきょとんとして顔を上げた。
先ほどと似た問いだ。
だが。
「誤魔化すなよ」
まず釘をさしておく。
レインは困ったように眉間に皺を寄せると、地図に手を這わせた。
「買ったんじゃなくてもらったんだけど。……条件付きで」
最後の一言は小声だったがはっきりと聞こえた。
オルカーンが鼻を鳴らす。
「……まぁそんな事だと思ったよ」
「……何だ、その条件とやらは」
不機嫌そうな声でルベアが問う。
「えぇと、欲しい物があるから取ってきて欲しいって」
睨み付けるようなルベアの視線から目をそらしながら、レインが答える。
その答えに、オルカーンは首を傾げた。
きょとんとした表情は酷く人間くさい顔に見える。
「欲しい物って……そいつが取ってくれば早いんじゃないか?」
「うーん……そうなんだけど、何かね、今忙しいんだって。だから、イーアリーサに行く時に……帰りでも良いって言ってたけど、取ってきてくれないかって」
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管理者:西(逆凪)、または沖縞
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