小説用倉庫。
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脅すように、声が低く響く。
ヴィオルウスは目を凝らして、声を出した。
かすれてはいたけれど。
「石を……手に入れた、から……ッ」
懐から石を取り出して前に差し出す。
アィルから貰った石。
声はさらに一段と低い声で答えた。
「それはお前の石ではないはずだ。謀る気か」
びくりと肩を震わせて、ヴィオルウスが一歩下がる。
とたんに背中が扉にぶつかった。
背後を見て、扉があるのを手で確かめる。
目では見えなかった。
深い、闇。
「……でも……じゃあ、どこにあるって……」
一瞬、闇が薄れた気がした。
はっとして顔をあげると、目の前に青年が立っていた。
きらりと輝く目の色が、闇の中に浮かんでいる感じがした。
色の違う、その目が、無感動に自分を見ている。
不意に炎が燈った。
自分と、青年のちょうど中間あたりに。
それがふたりの姿を映し出す。
けれど見えるはずの部屋の中は依然暗いままだ。
ヴィオルウスは目を凝らして、声を出した。
かすれてはいたけれど。
「石を……手に入れた、から……ッ」
懐から石を取り出して前に差し出す。
アィルから貰った石。
声はさらに一段と低い声で答えた。
「それはお前の石ではないはずだ。謀る気か」
びくりと肩を震わせて、ヴィオルウスが一歩下がる。
とたんに背中が扉にぶつかった。
背後を見て、扉があるのを手で確かめる。
目では見えなかった。
深い、闇。
「……でも……じゃあ、どこにあるって……」
一瞬、闇が薄れた気がした。
はっとして顔をあげると、目の前に青年が立っていた。
きらりと輝く目の色が、闇の中に浮かんでいる感じがした。
色の違う、その目が、無感動に自分を見ている。
不意に炎が燈った。
自分と、青年のちょうど中間あたりに。
それがふたりの姿を映し出す。
けれど見えるはずの部屋の中は依然暗いままだ。
「その石は黒髪の子に渡したはず。何故、おまえが持っている」
「……ッ」
言葉に詰まってうつむく。
「俺はお前の石を持ってこいと言ったはずだ」
「……わたしの、石って……」
「まだ……」
「無理だよ」
言いかけた青年の声にかぶせるように、どこからか声が響いた。
囁くような声音なのに、はっきりと聞き取れる。
「仕上げまで、まだ時間が要るんだ」
青年は右手の方を見やると、そちらを睨むかのように目を細めた。
ヴィオルウスは息を呑んでその様子をうかがう。
横を向いた青年はほとんど微動だにせず、彼にしか聞こえない何かを聞いているかのようだった。
かすかな風に煽られて、青年の茶色の髪がさらりと動く。
じっと見ていると不意に彼がこちらを見た。
「預かりものはまだ返せない。先の契約どおり、……おまえが自分の石を手に入れられたら返そう」
「そんな……!!」
「おまえが」
ヴィオルウスの言葉をさえぎって、青年が少し声を強くする。
「おまえが逃げなければ、こういう事態にはならなかったんだ。――帰れ。そして石を手に入れたら、もう一度ここに来い」
青年は言うと炎を握りつぶした。
とたん、まわりを闇が支配する。
慌てて目の前に手を伸ばすが、何も捕まえられない。
「……ク……!」
口を付いて出た言葉に、一瞬周りが変化した気がしたが、依然暗いままだ。
「……ディリク」
無意識に、唇を震わせる。
紡がれた言葉は名前。
ヴィオルウスが忘れていた、鍵となる力ある名前だ。
(なぜ)
知らない名前。
(わたしは)
知らないはずだ。
頭では知らないと思いたいのに、このこみ上げる懐かしさは。
これは。
なに。
鍵。
きらめく赤い色。
あの。
夜、の。
「ヴィオルウス!!」
「――――――――!!!!」
絶叫が闇を切り裂いた。
「……ッ」
言葉に詰まってうつむく。
「俺はお前の石を持ってこいと言ったはずだ」
「……わたしの、石って……」
「まだ……」
「無理だよ」
言いかけた青年の声にかぶせるように、どこからか声が響いた。
囁くような声音なのに、はっきりと聞き取れる。
「仕上げまで、まだ時間が要るんだ」
青年は右手の方を見やると、そちらを睨むかのように目を細めた。
ヴィオルウスは息を呑んでその様子をうかがう。
横を向いた青年はほとんど微動だにせず、彼にしか聞こえない何かを聞いているかのようだった。
かすかな風に煽られて、青年の茶色の髪がさらりと動く。
じっと見ていると不意に彼がこちらを見た。
「預かりものはまだ返せない。先の契約どおり、……おまえが自分の石を手に入れられたら返そう」
「そんな……!!」
「おまえが」
ヴィオルウスの言葉をさえぎって、青年が少し声を強くする。
「おまえが逃げなければ、こういう事態にはならなかったんだ。――帰れ。そして石を手に入れたら、もう一度ここに来い」
青年は言うと炎を握りつぶした。
とたん、まわりを闇が支配する。
慌てて目の前に手を伸ばすが、何も捕まえられない。
「……ク……!」
口を付いて出た言葉に、一瞬周りが変化した気がしたが、依然暗いままだ。
「……ディリク」
無意識に、唇を震わせる。
紡がれた言葉は名前。
ヴィオルウスが忘れていた、鍵となる力ある名前だ。
(なぜ)
知らない名前。
(わたしは)
知らないはずだ。
頭では知らないと思いたいのに、このこみ上げる懐かしさは。
これは。
なに。
鍵。
きらめく赤い色。
あの。
夜、の。
「ヴィオルウス!!」
「――――――――!!!!」
絶叫が闇を切り裂いた。
静寂を突き破り、痛いほど鼓膜に響く。
それは重圧を伴う声。
音量としては決して大きすぎることは無いはずなのに、臓腑が抉られるような感覚が残る。
悲しみと怒りと不安を。
様々な思考を入り乱れさせて、それは長く尾をひいて流れた。
止めようとした声は阻まれて届かず、悪戯に煽るだけだったこの音はすべての感覚を麻痺させられた。
耳を塞いでも目を閉じても遮断できない感覚に、思わず膝を突く。
閉じた瞼の裏に映る極彩色の洪水に飲み込まれそうになって、アィルは慌てて目を開いた。
「……なんだよ、これ……」
そこは先ほどまでいた空間ではなかった。
一瞬見たはずの、古い部屋などどこにもなく、ただそこに広がるのは深い森。
薄暗い曇り空。
幻覚かと思い目をこするが、変化はない。
『何をやっているんだ!?』
聞き覚えのある声。
アィルは振り返った。
誰もいない。
見渡す限り広がるのは木だけだ。
あの時確かにドアを開けたのに、そのドアもなくなっている。
『俺は何もやっていない!』
『まだ早いと言ったはずだよ』
「誰だ……?」
聞こえてくるのはその声だけ。
生物の気配もない。
答えも返ってこない。
『一体どうしたって言うんだ』
焦ったような声。
小さく舌打ちする音も聞こえる。
そこに留まっていても無駄だと思い、周りを見回しながら歩き始めた。
『ドアが……』
不意に声が途切れる。
と同時にどこからか鳥が飛び出した。
全部で10羽はいるだろうか。それらが一斉に木立から飛び立ったのだ。
鳥がいたのかと飛んでいった方をぼんやり眺める。
黒い影が曇り空に吸い込まれていく。
特に何も考えず、そちらの方向に足を向けた。
それは重圧を伴う声。
音量としては決して大きすぎることは無いはずなのに、臓腑が抉られるような感覚が残る。
悲しみと怒りと不安を。
様々な思考を入り乱れさせて、それは長く尾をひいて流れた。
止めようとした声は阻まれて届かず、悪戯に煽るだけだったこの音はすべての感覚を麻痺させられた。
耳を塞いでも目を閉じても遮断できない感覚に、思わず膝を突く。
閉じた瞼の裏に映る極彩色の洪水に飲み込まれそうになって、アィルは慌てて目を開いた。
「……なんだよ、これ……」
そこは先ほどまでいた空間ではなかった。
一瞬見たはずの、古い部屋などどこにもなく、ただそこに広がるのは深い森。
薄暗い曇り空。
幻覚かと思い目をこするが、変化はない。
『何をやっているんだ!?』
聞き覚えのある声。
アィルは振り返った。
誰もいない。
見渡す限り広がるのは木だけだ。
あの時確かにドアを開けたのに、そのドアもなくなっている。
『俺は何もやっていない!』
『まだ早いと言ったはずだよ』
「誰だ……?」
聞こえてくるのはその声だけ。
生物の気配もない。
答えも返ってこない。
『一体どうしたって言うんだ』
焦ったような声。
小さく舌打ちする音も聞こえる。
そこに留まっていても無駄だと思い、周りを見回しながら歩き始めた。
『ドアが……』
不意に声が途切れる。
と同時にどこからか鳥が飛び出した。
全部で10羽はいるだろうか。それらが一斉に木立から飛び立ったのだ。
鳥がいたのかと飛んでいった方をぼんやり眺める。
黒い影が曇り空に吸い込まれていく。
特に何も考えず、そちらの方向に足を向けた。
どのくらい歩いたのか。
もうすでに聞こえる声もなく、風も動かない。
変わらずどんよりと曇った空を、見上げながら歩いていたら何かに躓いた。
不意のことだったのでとっさに対応できず、転んでしまう。
「……いてぇ。何だ?」
手についた何かを払う。べとりとしたそれはなかなか離れなかった。
怪訝に思ってよく見ると、それは髪だった。
血糊もついている。
「何だ、ここ……ッ!」
あたりは一面血の海だった。
所々にもはや原形もとどめぬ肉の塊が転がっている。
あまりの惨状に思わず口を覆う。
――――――ザッ!
「……ッ!!」
突然目の前に落ちてきたそれは、アィルの胸に短剣を突き刺した。
ごぼりと、血が口元から溢れ出す。
鉄の味。
痛みをこらえ、それを見る。
紫の瞳を怒りに染めて、それは叫んだ。
「――失せろ! わたしの中に入ってくるなッ!!」
「ヴィ……!」
声に押された感じだった。
意識が拡散する。
押し流される感触。
(どこに――……)
もうすでに聞こえる声もなく、風も動かない。
変わらずどんよりと曇った空を、見上げながら歩いていたら何かに躓いた。
不意のことだったのでとっさに対応できず、転んでしまう。
「……いてぇ。何だ?」
手についた何かを払う。べとりとしたそれはなかなか離れなかった。
怪訝に思ってよく見ると、それは髪だった。
血糊もついている。
「何だ、ここ……ッ!」
あたりは一面血の海だった。
所々にもはや原形もとどめぬ肉の塊が転がっている。
あまりの惨状に思わず口を覆う。
――――――ザッ!
「……ッ!!」
突然目の前に落ちてきたそれは、アィルの胸に短剣を突き刺した。
ごぼりと、血が口元から溢れ出す。
鉄の味。
痛みをこらえ、それを見る。
紫の瞳を怒りに染めて、それは叫んだ。
「――失せろ! わたしの中に入ってくるなッ!!」
「ヴィ……!」
声に押された感じだった。
意識が拡散する。
押し流される感触。
(どこに――……)
『アィル!!』
一瞬視界が輝いたかと思うと、次には誰かの顔があった。
「……アィル」
見たことのある顔。
夜に。
アィルは弾かれたように半身を起こした。
「おまえ……ッ……!?」
起きたとたん強烈な吐き気に襲われる。
前かがみになって吐き気をこらえていると、誰かが背中をさすってくれた。
誰かと思ってそちらを見ると、茶色の髪の青年だった。
たしか裏道の道具屋の主人だ。
ディリクという名の。
「君は一体何をしているんだ?」
聞こえてきた不機嫌な声。
夜にヴィオルウスのところにいた金の瞳の少年だ。
「おまえこそ……ッ……!」
声を出そうとしたが、頭がぐらぐらしていてうまく言葉にならない。
「無茶だよ……。あんなことをして……生きているだけでもありがたいと思え……!」
「……何の、こと……だよ……ッ」
憤りの声を上げる彼は、けれどなぜか泣くのをこらえているようにも見えた。
「ルシェイド、落ちつけ」
「落ち着いていられるわけないだろ! こいつは自分がどんな危ないことをしたのかわかっていないんだよ!?」
ルシェイドは金の目で睨みつける。
「自分から、奥に入るなんて……!」
「……奥?」
吐き気をこらえながら怪訝そうにアィルはルシェイドを見た。
「……ヴィオルウスの、心の中だ」
押し殺した声でディリクが言う。
けれどアィルにはよくわからない。
「……ヴィオルウスは!?」
アィルは不意に顔を上げ、まわりを見回す。
そこは依然として暗かったが、何も見えないわけではなかった。
片膝を立てて懸命に目を凝らすが、その場で動いているものは自分を含めた3人だけだった。
「何で……どこに……?」
「おまえには見えないのか? すぐそこにいるじゃないか」
静かに、けれど訝しげにディリクが問う。
指差された場所を見て、アィルは首を横に振る。
アィルに見えたのはただの木の床だった。
何もない。
「見えない」
一瞬視界が輝いたかと思うと、次には誰かの顔があった。
「……アィル」
見たことのある顔。
夜に。
アィルは弾かれたように半身を起こした。
「おまえ……ッ……!?」
起きたとたん強烈な吐き気に襲われる。
前かがみになって吐き気をこらえていると、誰かが背中をさすってくれた。
誰かと思ってそちらを見ると、茶色の髪の青年だった。
たしか裏道の道具屋の主人だ。
ディリクという名の。
「君は一体何をしているんだ?」
聞こえてきた不機嫌な声。
夜にヴィオルウスのところにいた金の瞳の少年だ。
「おまえこそ……ッ……!」
声を出そうとしたが、頭がぐらぐらしていてうまく言葉にならない。
「無茶だよ……。あんなことをして……生きているだけでもありがたいと思え……!」
「……何の、こと……だよ……ッ」
憤りの声を上げる彼は、けれどなぜか泣くのをこらえているようにも見えた。
「ルシェイド、落ちつけ」
「落ち着いていられるわけないだろ! こいつは自分がどんな危ないことをしたのかわかっていないんだよ!?」
ルシェイドは金の目で睨みつける。
「自分から、奥に入るなんて……!」
「……奥?」
吐き気をこらえながら怪訝そうにアィルはルシェイドを見た。
「……ヴィオルウスの、心の中だ」
押し殺した声でディリクが言う。
けれどアィルにはよくわからない。
「……ヴィオルウスは!?」
アィルは不意に顔を上げ、まわりを見回す。
そこは依然として暗かったが、何も見えないわけではなかった。
片膝を立てて懸命に目を凝らすが、その場で動いているものは自分を含めた3人だけだった。
「何で……どこに……?」
「おまえには見えないのか? すぐそこにいるじゃないか」
静かに、けれど訝しげにディリクが問う。
指差された場所を見て、アィルは首を横に振る。
アィルに見えたのはただの木の床だった。
何もない。
「見えない」
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