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2012/02/05 (Sun)
 ほとんど子供たちの姿が見えなくなってから、母親の方に顔を向ける。
「ところで、アタシの他に誰か来ませんでしたか?」
「海にかい? いいや。あんたの他にはいないはずだよ」

 にやりと笑うと、背後の家を指差して言った。
「外じゃ寒いからね。お入り」
「はぁ。お邪魔します」
 おとなしく後について家に入る。

 暖かい空間だった。
 暖炉に火が入っていて、それが部屋を暖めているようだ。
「……で、何であんた海にいたんだい? へたすりゃ死んでたよ」
 温かいお茶を差し出しながら彼女が聞いてくる。
「いえ、ホントはヴェリィサに行きたかったんですヨ。けど嵐に会っちまって、気がついたらさっきの子達がいたってわけで」
「ヴェリィサに? 何しに」
 彼女はきょとんとして聞いてくる。
「いえ、目的地はロスウェルなんですが」
 そういうと、納得したという表情を浮かべて肩を叩いてきた。
「そうか、あんた祭りを見にきたのかい」

 ロスウェルでは風華月に祭りが開かれる。
 暖かくなってくるこの時期に。
 風花祭と呼ばれるそれでは、スティリールから大量の花を持ってきて開催される。
 大陸のほとんどの人が集まる大きな祭りだ。
 ここでそれを聞くのも変に思われるだろうと思い、素直に頷く。

「じゃあ、明日にはここを出ないと間に合わなくなっちまうねぇ」
「そうなンですよ……ここからだとスティリールを通った方が早いですか?」
 頬に手を当てて首を傾げる彼女に同意するかのように頷き、とりあえず道のりを聞いてみる。
「そうだね。でも今の時期は馬車も込んでいるだろうし」
「まァ何とかなりますヨ」
「そうかい? ……今日はここに泊まっていくといいよ。外は寒いからね」
「ありがとうございます」
 目を細めて笑い、礼を言う。

 外を見ると、どうやら雪が降ってきたらしい。
「ここら辺は寒そうですネ」
「そうだね。だけど、ここはイーアリーサだよ。聞いたこと無いかい?」
 にやりと笑って言う彼女に、首を傾げることで聞き返す。

「ここは魔法使いが集まるのさ」
2012/02/05 (Sun)
「魔法使いが集まる町」

 その答えはすぐにわかった。

 暖炉の火は薪をくべなくとも消えず、部屋の中はともかく、暖炉から遠く離れた場所さえ暖かい。家全体が暖かくなっているらしい。
 町にも結界が張ってあり、外よりもまだ暖かいらしい。
 まだ外に出ていないのでなんともいえないのだが。
 イーアリーサの町は長の家を囲む形で、円形に広がる家並みで構成される。
 それも結界の一種だとウェルたちの母親は笑って言った。
 この地は寒さに耐えるには厳しすぎるから、と。
 少し寂しそうな顔で。

 長とはこの村で一番の魔力の持ち主であり、一部には人間ではないとさえ言われる(もちろん悪意は無い)。
 小耳に挟んだところによると、今度の長はウェルたちになるらしい。
 あんな子供が一番の魔力を、と思うが、3人そろって、というところが引っかかる。
(まァ明日にはここから離れるんですが)
 その日はウェルたちの家にお世話になった。
 家の中は暖炉の火が落されても暖かいままだった。

「おはよう!」
「今日もいい天気だよ!」

 朝、目が覚めるとそんな声が聞こえてきた。
 ウェルたちが母親に挨拶しているらしい。
 いつもなら朝早くには目が覚めるのに今日は寝過ごしたようだ。
 割り当てられた部屋の、ベッドから見を起こすと、小さな足音が近づいてくるのに気づいた。
 かたりとドアが開けられる。
 慎重に、音を立てないように開けようとしていたのか、細く開けられたドアはしばらくそのままだった。
 ゆっくりと扉が開くと、目を輝かせた子供が顔を見せた。

「起きてる?」
 その様子がなんだか微笑ましくてつい頬が緩む。
「えェ、起きてますよ。おはよう、リィ」
 名前を呼ぶと、リィは顔を輝かせた。
「すごい! ぼくの名前覚えてたんだ!」

 子供特有の素直な反応。
 無邪気に。
 リィは部屋に入ってくると、手に持っていたものを差し出した。

「あのね、これあげる」
 差し出されたものは暖かそうな手袋だった。
「村の外は寒いから……」
「……良いんですか?」
 聞くと、リィは小さな頭を縦に振った。
「ありがとうございます」
 礼を言って微笑む。
「それじゃね!」

 リィはすごく嬉しそうな顔をしてくるりときびすを返し、軽い足音を立てて部屋から出ていく。
 ドアを閉めようとしたところで何かを思い出したのかこちらを振り返った。
「あのね、お母さんが、ご飯あるからって!」
 それだけ言うと、あとは脱兎のごとく部屋から遠ざかっていった。

「……」
 手に渡された手袋はどう見てもあの子供たちのものではなさそうだった。
 ためしにと思って手を入れてみると、驚くほどにぴったりだ。
「『お父さん』のものかな……」
 呟いてから手袋を外し、『ご飯』を食べるために部屋から出た。
2012/02/05 (Sun)
「やぁ起きたね。さ、そこに座って。これでも飲んで」

 暖炉のある部屋に入ると、母親は笑顔を見せて机に導くと湯気のたったカップを手渡した。
 すぐに料理が運ばれてくる。
 温かいスープと麦のパン。

「足りるかい?」
「はい。十分ですヨ」
 ありがたくそれらを食べ、馬車の時間までのんびり過ごす。

 お弁当に、といって包んでくれた食べ物を持って、馬車が来るという場所にいく。
 丁度今からスティリールに行くという馬車を見つけた。
 訳を言って乗せてもらう。

 村から離れるととたんに寒くなる。
 結界から離れたからだと、御者が教えてくれた。
 遠ざかっていく村を見て、シャイレア島を出たときを思い出す。
 あの時は東旭がいた。
 そして手を振ってくれていた。


 スティリールは花の街だ。
 文字通り植物の花を売っているところも多いが、花街も多い。
 街中いたるところが花だらけだった。

 ウェルたちの母親が言っていたとおり、ここからロスウェルに行く馬車はほぼ満員だった。
 何とかもぐりこむことに成功する。
 にぎやかな街を見て、東旭たちもたまにはこういうところにくればいいのにと思った。
 すでに予定より1週間ほど遅れているので、スティリールは唯通過しただけだった。
 祭りもあることだし、できれば花のひとつでも買っていけばいいのだが、時間が無いためただ見送る。

 この仕事が終われば、島に帰れる。

 そう考えて、薄く笑う。
 いつの間にあの島が自分の帰るところになったのだろう。
 昔にいたところよりはまだましだけれども。

 それでも。
2012/02/05 (Sun)
 ロスウェルについたのは、スティリールを出てから約3日後だった。

 馬車を使ったので、本来なら1日ちょっとで着くはずが、途中で故障したりとずいぶん遅れた。
 壊れるはず無いんだけど御者はぼやいていたが、何とか辿り着けたのは彼の腕のおかげだろう。
 いつ崩壊しても仕方ないと思えるほどに馬車はいくら直しても壊れた。
 時には車輪が外れ、危うく横転する事態に陥ったときもあった。
 そのことに違和感をもったが、そのときはたいして気にもとめなかった。


 ロスウェルはスティリールほどではないが花が溢れていた。

 それと同時に風もあるので、花は常に空を舞っている。
 この祭りが風花祭と呼ばれる所以だ。
 シェスタ王家が、聖霊を呼んで風を吹かせているという一説もある。

 とりあえず、目的地には着くことができた。
 あとは、どうやって城に近づくか、だ。


 そのチャンスは割合早くやってきた。
 広場で何かがあるらしく、祭りにやってきた者もほとんどがそっちに行ってしまっている。
 なるべく目立たないように広場を進み、城に向かう。
 城の警備の者たちも祭りが気になっているのか上の空だ。
 音を立てずに、影の中を移動するように走っていく。

 城の中に入ったときでも、誰にも気づかれなかった。
(簡単すぎる)
 緊張を解かないように気をつけながら、部屋があるであろう最上階に向かって走る。

 足音はまったくしない。
 流れる影のような。


「まるで猫のようだね」


 突然響いた、囁くような高い声に、思わず柱の陰に隠れる。

 どこから聞こえたのかとまわりを見回すが、視界に入る場所にはいない。
 性別の測りにくい高い声。
 子供のようだった。

「そんなに警戒しなくても、このまま帰れば見逃すよ?」
 笑いを含んだ声で、子供が言う。

 観念して柱から出ると、その子供は廊下の真ん中に立ってこちらを見ていた。
2012/02/05 (Sun)
 一瞬前までは誰もいなかったはずだ。
 そして。
(子供?)
 透き通るような肌に、薄い青緑の色の髪が映える。

 きれいな顔立ちをしていた。
 彼はこの場所にそぐわないような気もしたが、警戒しながら近寄っていく。

「帰る気は、無いということ?」

 隙だらけだ。
(倒せる)
 けれどこの肌を刺すような感覚。

 はるか昔に一度だけ出会ったそれに似ていた。
 その時もこのちりちりする違和感があった。

 そう、これは。
(魔法使い)
 彼ら相手に生身で勝つのは難しい。
 生身、ならば。

 けれど今のこの感覚はあのときよりさらに激しく強い。

「あんたは、誰なんだ?」

 つい口調がいつもと違ってしまっていたが、それには気づかなかった。

 問い掛けると、彼は薄く笑った。
 子供ではない表情で。
 普通の子供ならば、このような表情はしないだろう。
 それは。
 長く生きた人間の。

「僕の、問いには答えてもらえないのかな。……レイヴァル?」
「! ……どこでその名を?」
 睨みつけながら問う。

 それはもうこの世界の誰も知らない名前のはずだった。

 知っている者は皆死んだはずだった。
 そう、死んだのだ。
 なぜなら皆この手で殺したのだから。

 捨てたはずの。
 名前。

「……今は、酒星だっけ?」
 くすくす。
 表情は笑っているのに、目だけは笑っていない。

 何もかもを見透かすような。
 金色の。
「怖い怖い。そんなに睨まないでよ」
 何も言わずにいると、彼は一歩こちらに踏み出した。

「警告は……したはずだね? 君の今回の仕事を成就させるわけにはいかないんだ」
 警告。
 ではあの嵐や、馬車の故障もこの子供の所為だというのか。
 けれどこんな子供の魔法ではあんな大きな規模の嵐は起こせるはずが。

 ない、はずだ。
 なのに見慣れない金の瞳が頭の奥を揺さぶる。
「何故邪魔を……」
 言ってから舌打ちする。

 昔のような感覚が戻ってきてしまっている。
 心が死んだ状態の。
 あの時。
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