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2012/02/05 (Sun)
 舌打ちをしてエディウスの腕を引く。

「来い。話を聞くうちに日が暮れてしまう。……こんな所にいられても迷惑だ」
 最後の部分は吐き捨てるように言って、フォリィアはエディウスを馬に乗せる。
「……こんな、所って……?」
 先ほども耳についた言葉だった。
 この静かな湖の畔が、どうしたというのか。
「……何も知らないのか。このあたりは今のような魔獣や夜盗の類が出る。危険だからと近隣の者は近づくこともない」
 そこまで聞いてふと思い当たる。
 その危険な場所に彼がいたのは、多分見回りもかねてで。
 畔で見つけたエディウスを、起きるまで守っていたのだろう。

「……ありがとう」

 呟きを聞いたフォリィアは怪訝そうに眉をひそめたあと、すぐに視線をそらして歩き出した。

 心持ち早足で、馬を引いて森の出口に向かう。
 されるままに、エディウスは馬に揺られていた。
 見るともなしに廻りを見まわす。
 傍らを小走りに行く少年は前方を見据えたままだ。

 その彼がふと立ち止まった。
「……次から次へと……!」
 小さく毒づく。
 前方には何もないように思える。

 けれど。
 きらりと光って、矢が飛んできた。
 瞬時にフォリィアは剣で叩き落とす。
 そこに背後からも矢が飛んで来て、それに気づいたエディウスが魔法を使う。
 風を基盤に、空間に作用する魔法だ。
 歪んだ空間にぶつかり、矢は難なく落ちた。
 ついでとばかりにまわりにも魔法を放つ。
 何人かが落ちてきた。
 致命傷ではない傷を負わせて、気絶するように加減して。
 溜息を吐いてフォリィアが顔を向けてくる。
「すまない。どうやら私を狙う刺客のようだ」
 そしてまた進む。
2012/02/05 (Sun)
 暫くしてついた先は、大きな城の前だった。

「少しいいか」
 そう言って彼は、エディウスの腕に布を巻いた。
「……できれば、何も話さないでくれるか」

 エディウスは目を伏せている彼の頭を叩く。
 軽く。
 そして微笑む。
 それは肯定の印。
 フォリィアは照れたように横を向いて小さく礼を言った。

「戻りましたか! フォリィア様!」
 突然響いた声に、ふたりは声のほうを見る。

 青いマントを着けた若い衛兵が、走り寄ってきた。
「もう突然出かけるなんて言い出すんですから。まあ無事でよかったですけど」
「すまない」
 苦笑して謝る。
 ふと、衛兵がエディウスのほうを見た。
「こちらは?」
「ああ、この人は私の友人だ。怪我をしているので連れてきた」
 エディウスの腕に巻かれた布を見せながらフォリィアが笑う。
「そうですか。じゃあ、薬品持ってきますね」
「部屋に届けてくれるか?」
「はい、任せてください!」
 にこやかに笑って走り去る。
 フォリィアはエディウスを馬から下ろすと、手綱を引っ張った。
「馬を置いてくる。しばらく待っていてくれ」
 言い残して馬に飛び乗り、城の右手奥に走っていった。

 エディウスはまわりを見回して、首をかしげる。
 そういえば、ロスウェルにこんな城があったと思い至った。
 長く来ていないせいで思っていたよりかなり雰囲気が変わってしまっている。
2012/02/05 (Sun)
「こんなところで何してるんだ?」

 突然下卑た笑いとともに、声をかけられた。
 振り向くと、そこにひとりの青年がいた。
 くすんだ金の髪と、淡い緑の瞳をしている。
 口を開こうとして、フォリィアに言われたことを思い出す。
「どうしたんだよ、まさかしゃべれないのか?」
 馬鹿にしたような口調だが、エディウスは特に怒らない。
 反応を返さないエディウスに、青年は眉をひそめて口を開く。
「お前……ッ!」

「何をやっているんだ、ルーク」

 背後から聞えた声に、ルークと呼ばれたその青年は振り向き、顔を歪める。
「その人は私の友人だ。……何をやっているのかと、聞いているんだ」
 怒気を孕んだ声に、ルークが一歩下がる。
「こ、こんな所にいるから、声をかけてやったんだよ!」
「ではもういいだろう。……さあ行くぞ」
 フォリィアはエディウスの腕を掴んで城の中に引っ張った。
「外に女を作るなんて、お前ももうお終いだなぁ!」
「貴様はそんなことよりも勉学のほうに力を入れたらどうだ。サファが嘆いていたぞ」
「う、うるさい! よけいなお世話だっ!」
「ならこちらのことも放っておけ」
 赤い顔をしたルークをその場に残して、フォリィアはさっさとその場から去った。

 大きな扉を開けて中に入ると、外にいる者に何か言って扉を閉めた。
「ここならもういい」
「……あの……」
 ぼんやりと口を開いたエディウスに、フォリィアが視線を向ける。
「……ぼくは、男なんだけど……」
「そんなことは見れば分かるだろう。あいつが勝手に間違えただけだ」
「……」
 首をかしげてエディウスは沈黙する。
 近くに置いてあるソファに座るよう手で示す。
2012/02/05 (Sun)
「それより、君はどうして、あれが魔獣ではないと言った? なぜ、そんなことを知っている。それと、魔法使いか?」
 いきなり繰り出された問いに、エディウスはゆっくりと口を開く。
「……あの子は、ただ帰り道が分からなかっただけだよ……」
「私が聞きたいのはそれではない」
 苛立たしげにフォリィアが言う。
「……魔族の、なれの果てだ……。魔法の実験として扱われて、……揚句ここに捨てられたんだろう……」
 聞き慣れない単語に、フォリィアが眉をひそめる。
「魔族?」
 言いかけたエディウスは、扉を見て口を閉じる。

 数瞬後、控えめに扉を叩く音が聞えた。
「フォリィア様、薬持ってきましたよ」
 言って扉を開けたのは、ここに来る途中でであった衛兵だ。
 フォリィアは青年のほうに行って薬品を受け取る。
「ああ、すまないな」
「他に用事ってあります?」
「いや、もう充分だ。……何かあれば呼ぶから」
「わかりました。それじゃ!」
 にっこりと笑って部屋から出ていく。

 振り返った彼は苦笑して言った。
「悪いやつではないんだがな」
 タイミングが悪いというか。
 つられてエディウスも微笑む。
 フォリィアは部屋の少し奥にいくと、ポットなどを持って戻ってきた。
「……ありがとう……」
 カップに入れられたお茶を受け取って礼を言う。
 温かいそれを両手に持って、フォリィアを見る。
 彼は自分の分のカップを持って、エディウスの向かいのソファに座る。
「……それで?」
 視線を落として問うフォリィアに、エディウスは首をかしげる。

「魔族のこと。それから、君のことだ」
2012/02/05 (Sun)
「……そうだね、そういえば、知らないんだっけ……」
「だから聞いているんだろう」
 何を言っているのかといわんばかりに、フォリィアは眉をひそめた。
「この世界にある種族のうちのひとつだよ……」

「種族?」
「……人族と、魔族、神族、そして精霊……昔は獣族も、いたんだけれど……」
 一息ついてお茶を飲む。
 フォリィアは眉間に皺を寄せて考え込んでいる。
「しかし……そんな種族がいるなんて聞いたことがないぞ。精霊なら知っているが……」
「違う界にいるからね……」
「何だか知らないことだらけで嫌になるな」
 顔をしかめていう彼に、エディウスが薄く笑う。
「……ぼくも言われるまでは、ひとつしか知らなかったよ……」

「まあいいさ。……教えてもらえるんだろう?」
 年齢に似合わない笑みを浮べて、フォリィアが微笑う。
「……何から話せばいいの?」
「そうだな……まず、君が何者なのか」
 エディウスはそこでしばらく沈黙した。
 答えをいいあぐねているようにも見える。

「……ぼくは、人間ではないよ……」
 何の感情も表わさずにエディウスが囁く。
「では何だと?」
 動揺を表に出さないようにして、聞き返す。
 ゆっくりと、エディウスは口を開く。
「……神族。そう、言われた。……人界ではなく神界に住む、種族だ……」
「その神界とやらに、私は行けないのかな?」
 ふと思いついたように言うフォリィアに、エディウスは驚いた顔をした。
「……どうだろう……来れないことはないと、思うけれど……でも多分駄目だと思うよ……」
「なぜそう言いきれる?」

「……なぜって……」
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