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2012/02/05 (Sun)
 それから何事も無く過ぎ、戴冠式前日。

 王の名のもとに、フォリィアとルークは謁見の間に呼ばれていた。
 フォリィアは王座に座る父、フェイネスを毅然とした眼差しで見据える。
 対してルークは落ちつかなげに周りを見ていた。

「今日呼んだのはほかでもない、戴冠のことだ」

 フェイネスの国王としての在位はそう長くない。
 国政にあまり興味の無い父は、そのすべての権限を宰相のアルウィに託し、自分はそれを受け入れる、というような形になっていた。
 王という名の傀儡に過ぎないと、フォリィアはそんなフェイネスがあまり好きではなかった。
 むしろ軽蔑していると言って良い。
 決める意志さえ無いくせに。
 そんな思いを顔に出さずにただ次の言葉を待つ。

「次の国王はフォリィア。……ふたりとも、やることはわかっているな?」
 それを。
 あなたこそが、わかっていないのだ。
 苦々しく思いつつも、素直に頭を下げる。
「わかっております……」
「なんで俺じゃないんだよっ!」
「おまえの素行はアルウィから聞いている。適任だと思えるのはフォリィアだと……」
 噛み付くようなルークの態度に、曖昧な返事でフェイネスが答える。

「父上。退がってもよいか」
 凛としたフォリィアの声に、驚いたように目を開けてから言う。
「あ、ああ、ふたりとも、退がりなさい」
 追い払うように手を振る。
 それに合わせてふたりが退出すると、フェイネスは深いため息をついた。

「おい、これで終わったと思うなよ!」

 謁見の間を出たとたん、ルークがフォリィアに対してすごむ。
 そんな彼を淡々と見ていると、耐え切れなくなったのか物言いたげな視線を残してその場を去った。
「何なんだ……?」
 何か釈然としないものを感じながらも、自室に向かって、ルークが去ったのと反対方向に進む。
 歩きなれた自室への道。
 ある意味政務のようなことをしている今、王になったからといって書類の束が増えるだけのような気がしないでもない。
 民たちの要望を聞き、それに応える。
 それはサファに言われたことだが、フォリィア自身は別に信頼を得ようと思ってしたことではない。
 民がいてこその王。
 その民が苦しんでいるのに、ほうっておこうとは思わないだけだ。

 ふとフェイネスの顔が浮かぶ。
 あんな王では、民は潤わない。
2012/02/05 (Sun)
「おかえりー。早かったね。フェイネス、何だって?」

「仮にも国王を呼び捨てにするのなんて、おまえだけだろうな……」
 自室の扉を開けたとたんにこやかに笑いかけてきたルシェイドに、フォリィアが苦笑して答える。
「そうかなぁ。他にもいると思うんだけど」
 腕組みをして唸る彼の前のソファから、赤い髪がはみ出していた。
 覗きこんでみるとエディウスが横になって眠っていた。
 どうやら彼は寝るのが好きなようで、放っておくとぼうっとしているか眠ってしまう。
「あ、今日はディリク、来れないって言ってたよ」
「そうなのか? ……っていつ私の部屋に集まる相談をしていたんだ」
「細かいことは気にしない。それより、ついに明日、だね」
 それとなくうれしそうなルシェイドの様子に、フォリィアはため息をつく。
「そうだが……私はルークが気になる」

「何で? なんかやるの?」
「運命の調停者とかいうんだったら、そのくらいわかるんじゃないのか?」
 憮然として言うと、ルシェイドはほんの少し顔を曇らせた。
「僕が何でもわかると思ったら大間違いだよ。……僕がわかるのは運命と呼ばれるものだけさ」
 いつもと違って暗く感じるその表情に何も言えないでいると、ルシェイドは立ち上がって言った。
「明日は僕もそれなりに見ておくから、大事にはならないと思うよ」
「そう願おう」
「はは。それじゃね」
「……ああ」
 フォリィアの返事の途中で、ルシェイドは宙に掻き消えた。
 どうやら彼が帰ってくるのを待っていただけらしい。

 ため息をついて、エディウスがいることを思い出す。
「……おい、起きろ。こんなところで寝ると風邪を引く」
「……うん……」
 返事をして身じろぎしたものの、彼はそのまま寝返りをうって目を開けない。
「……返事をするなら起きろよ……。まいったな」
 髪をかきあげてエディウスを見下ろしてから、彼の肩に手をかける。
「寝るなら寝室に行けと言っただろう」
「……ぅ、ん……」
 返事が曖昧だ。
 仕方なしにエディウスを担ぎ上げ、隣の部屋に運ぶ。
「ほんとに、子供のようなやつだな」
2012/02/05 (Sun)
「…………厭だ……」

「え?」
 ふと、エディウスがつぶやくのが聞こえて、聞き返す。
 とりあえず担いだままでは表情すら見えないので、ベッドの上に降ろすと、エディウスは薄く目を開いた。
「……どうして……? こんな……」
「なんだ?」
「……て……意味が……じゃないか……」
「……もしかして寝ぼけてるのか」
「……答え……ない、なら……ぼくは…………」
 眉根を寄せて閉じた彼の目から、涙がこぼれる。
 フォリィアは枕もとにあった布を取ると、それを丁寧に拭う。

「……起きろ、エディウス」
「……フォリィア……?」
「そうだ、私だ」
 潤んだ瞳で、エディウスは不思議そうに見ている。
「ここ、……どこ……?」
「私の部屋だが?」
 いつも以上にゆっくりとした動作で起き上がったエディウスは、ぼんやりと周りを見回す。
 そうしてからまたフォリィアに視線を合わせると、口を開いた。
「……ルシェイドは……?」
「帰った。何か用があったのか?」
「……別に、そうじゃ、ないけど……」
「おい、しっかりしてくれ」
 困った様子のフォリィアに微笑んで、少し目を閉じる。
「……用事、何だったの……?」
「……王は私だそうだ。私自身はそう忙しくなるわけではないのだがな」

 用意やらは城の者がたいていやってくれる。
 フォリィア自身はいつもどおりだ。
「……明日、フォリィアは何を、するの……」
「何って……ロスウェルの大通りを一周ぐるりと回ってから城に戻って、父上から王冠を戴くんだ」
「……それ、ぼくが一緒にいたら……だめかな……」
「駄目ということはないだろうが……何故だ?」

「……うん……」
 ためらいがちに、エディウスは厭な予感がするといった。
 落ち着かなくなるような、不安がある。

 何か。
 あるような。

「……わかった。そう伝えておこう。……顔色がまだ少し悪い。このまま寝ておけ」
 エディウスの額を指で押して寝かせると、フォリィアはツェリーシュを呼ぶために部屋を出て行った。
 残されたエディウスは、隣の部屋の足音や声を聞くとはなしに聞いていたが、ゆっくりと意識を沈めていった。
2012/02/05 (Sun)
 いつも共にいた。
 兄弟のように。
 何でも話せる友人だった。

 気圧されるほど元気なその人の。
 自分は横に、常に。

 明るい空がよく似合う笑顔はその人だけのもの。
 その人が誘うように手を差し伸べた。

 掴む。

 その手が。
 ぬるりとすべる。

 一瞬なんだかわからなかった。
 凍りついたその人の笑顔の。
 眼差しが虚ろで。
 ゆっくりと、額から赤い筋が流れる。

 それは徐々に数を増やし、細かった筋は太くなり。
 やがてすべてが赤く
(鮮やかな)
 染まった。
 それと同時に風景がすべて赤く暗い闇へと落ちる。

 足元の、生暖かいぬるりとした感触。
 闇の中なのに、その赤だけはやけにくっきりしている。
 目の前のその人からは人の
(黒く)
 輪郭は失われていって。

 ぼんやりと、だんだん歪んでくる景色に、自分はただこう思った。
 ああ、なんて赤いんだろう、ただ、それだけを。
 その時の。

 涙の意味さえわからずに。
2012/02/05 (Sun)
 戴冠式当日。

 その日は午前中にロスウェルをまわることが決定されていて、その支度に忙しかった。
 スケジュールやそれに伴う準備はその殆どをフォリィアが采配を揮い、終わらせていた。
 後は衣装の合わせ。
 フォリィアは着せ替え人形のように服を変えられ、そのことに多少うんざりしたような表情をしながらもただ黙って受け入れている。
 一緒に行くならとエディウスの服も用意され、ようやくそれが終わったのは時間ぎりぎりだった。
 一息つく暇もない。
 普段着る服よりもきちんとした礼服の為、エディウスは窮屈な感じがして無意味に服の裾を引っ張ったりしている。
 華美というほどではないが細かな装飾の施された服を着たフォリィアが、エディウスを促す。
「おい、早くしないと」
「……そうだね……」
 部屋を出て、そのまま城の外に出る。
 外には護衛のための衛兵と、行進に参加するための人々がいた。
「まるで何かの祭りのようだ」
 呆れたようなため息と共にフォリィアがつぶやく。
 つぶやきは小さくてエディウス以外には聞こえなかったらしい。
 忙しく動く皆を見て、エディウスは微笑みを持って答えた。
 それを見てフォリィアが苦笑して、ひらりと馬に跨った。

 扉が音を立てて開かれる。
 遮られていた歓声が、圧倒するように押し寄せてきた。
 声と、光に、エディウスが僅かに目を細める。
 その中、フォリィアは毅然とした態度で扉を抜けた。

 これから、戴冠の式が始まる。
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