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2024/11/23 (Sat)
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2012/02/05 (Sun)
 少し不安になってフォリィアが問い掛ける。
「……死んでないよな?」
「……ディリクは死なないよ? ……一応ね」
「何だ一応って」
「まぁまぁ。……ホントに疲れたんだなー。起きないや」
 諦めたようにため息をついてソファに寝転がる。
「お前も疲れたんだろう? しばらく休んでおけ」
「ん。でも十分休んだよ。僕はね」
「その顔色でか?」
 片目を細めて意地悪く問い掛けると、ルシェイドは眉間にしわを寄せた。
「どうしてそうわかっちゃうかなぁ。……今までほとんどの人わかんなかったのに」
 フォリィアは答えず、書類を片付けにかかる。

「そうだ、フォリィア今暇?」
「お前にはこれが暇そうに見えるのか?」
 机の上に山とつまれた書類を見て、ルシェイドが口をつぐむ。
 処理済の方が多いが、やってない人間から見れば未処理はずいぶん多く見えるだろう。
 作業を続行したフォリィアは、けれど静かになってしまったルシェイドを怪訝そうに見上げた。
「何をじっと見てるんだ」
「それ、いつ頃終りそう?」
「……半刻くらいあれば何とかなるだろう」
 苦虫を噛み潰したような顔でフォリィアが答える。
 ぽんと手を打って、ルシェイドは朗らかに言った。
「じゃあ、それ終わったら起こしてね。いいとこ連れてってあげるから」
「何だ、それは」
「まあ、お楽しみってことで。早く終わらせなよ」
 フォリィアがなにか言うより早く、ルシェイドはソファに横になった。
 すぐに穏やかな寝息が聞こえてくる。
 ディリクは変わらず目を覚まさない。
 ため息をついて、フォリィアは天井を見上げた。
2012/02/05 (Sun)
「おい、起きろ」
「んー。何?」
 ぼんやりと薄目を開けるルシェイドに、フォリィアは呆れたような声を出した。
「お前が起こせと言ったんだろうが」

 ふと外を見ると太陽が見えた。
 眩しさに目を閉じる。
 少し赤味の増した外は、もうすぐ日暮れが近いことを示していた。
「あーそういや言ったっけ?」
 瞼を手の甲でこするその仕草が妙に子供っぽくて、フォリィアは変な顔をした。
 それを見てルシェイドが片眉を上げる。
「なんて顔してんのさ……。ディリクはまだ?」
「起きないな」
「じゃあ、行こうか……」
「行き先を聞いてないんだが……」
 立ち上がったルシェイドに、フォリィアが呟く。
「行ってからのお楽しみ。つかまって」
 言われたとおりにルシェイドの袖を掴む。

 一瞬の変化だった。
 ぐにゃりと世界が回ったような感じ。
 天と地が逆になって自分の上にのしかかってくるような。
 奇妙な圧迫感。

「フォリィア!」

 ルシェイドの声にはっとする。
 そこは見慣れない部屋だった。
 四面のうち一面がすべて窓だ。光はそこから入ってきている。

 眩しすぎるくらいの光量。
 光の世界。

 窓の向かいにドアがひとつ。その右の壁にも。
 左の壁には絵画が飾ってあった。
 それはこの部屋にそぐわない夜の
(現界の?)
 絵だった。
 中央には机と椅子。どうやら応接室のような、それ。
 他には棚があるくらいだ。
「ここは……」
「ホントは駄目なんだけど、お詫びにね」
 いたずらっぽく人差し指を口に当てて微笑む。
「僕がいいと言うまで、ここと、この隣の部屋から出てはいけないよ? いいね」
 ルシェイドは今立っている床と、右側の扉を指差して言った。

「あそこは?」

 正面の扉を指差してフォリィアが問う。
「あれは外に行ってしまう。駄目だよ」
「……」
「さあ、行きなよ。気が済んだら呼んでね。僕は寝ることにするから」
 そういうと、ルシェイドはかすむように宙に消えた。

 しばらくそこに立ち尽くしていたが、フォリィアはため息をつくと右側の部屋の扉に手を掛けた。
2012/02/05 (Sun)
 ゆっくりと開ける。
 そこも光が多かったが、最初の部屋に比べると幾分抑えてあるようだった。
 窓には薄手のカーテンが下がり、それのおかげで部屋の中はまぶしくない。
 部屋の中は棚と机、それからベッドがある。
 天蓋付きのそれの中に身じろぎしたものを見つけて、フォリィアは近くに寄った。
 さらりと衣擦れの音をさせて紗が退かれる。
 現われたのは。

「……フォリィア……?」
 フォリィアが驚きに目を見張る。
「……エディウス……」
 深い紺色の瞳を眠そうに細めて、エディウスが彼を見上げていた。
 白い枕やシーツに、緋色の髪が散っている。
「何で……」
 刺されて、倒れたはずの。
 けれどそこに居るのは普段通りの彼。
「……どうして、フォリィアがここに、……いるの……?」
 いつもの口調。
 けれど顔色が。
 まだ青い。
「ここは、どこなんだ? ……平気なのか? その……」
 言葉を濁した彼を見て、エディウスが半身を起こす。
「……神界には、人族は来れないって……聞いたんだけど……」
「ではここは神界なのか?」
「……知らないで、きたの……?」
 驚いたように言うエディウスに、憮然としてフォリィアが答える。
「連れて来られたんだ。行き先は聞いても答えなかった」
「……ルシェイドらしい……ッ!」
 笑おうとしたが、ふいに胸のあたりを抑えてかがむ。

 フォリィアは慌てて膝を落す。
「大丈夫か? ……まだ痛むのか」
「……このくらいは、仕方ないよ……彼も万能では、無いから……」
 弱々しく微笑む彼が痛ましくて、横にさせる。
「まだ寝ていたほうが良いだろう」
「……でも……」
「……生きていただけで、私は嬉しいよ」
 その言葉に、エディウスは目を見開いたが、すぐに微笑んだ。
 フォリィアも笑みを返す。
2012/02/05 (Sun)
 ふと真顔になって、フォリィアが呟く。
「けれど、その来てはいけない所に何故ルシェイドは私を呼んだのだろう」
 エディウスはじっと彼を見つめている。
 その表情に居たたまれなくなって、口を開く。
「……言いたいことがあるなら言ってくれないか」
 黙って見ていられると居心地が悪い。
「……ここは、神界の城なんだよ。……ぼくが、生活する、……空間だ……」
 ぽつりと、いつもよりさらに聞き取りにくい声。
 ただ黙して次の言葉を待つ。

「…………償いの、つもりかも……しれない……」
「え……?」
 ほとんど聞き取れなくて、思わずフォリィアが聞き返す。
 エディウスは彼に視線を向けると、目を閉じた。
「……何でも、ないよ……」
 青ざめたその顔を見て、フォリィアは眉を寄せる。
「やはり本調子ではないのだな。……すまない。安静にしていなければならないのだろう?」
「一応は……でも、皆……ルシェイドが診たんだからって……あんまり重病人、扱いは……してくれないよ……?」
 くすりと微笑んで、目を閉じる。
 フォリィアは憮然とした表情をして、腕を組んだ。
「だからといって過信するわけにもいかないだろう。刺されたんだから」
「……そういえば……あの子、は……?」
「あの子? ……ああ、ルークのことか?」
 エディウスが頷くと、フォリィアは怪訝そうな顔をした。
「多分大丈夫だといっていたが、……そう年も変わらなそうなのに、ずいぶん年下に対する言い方だなぁ」
 きょとんとしてエディウスが答える。
「……だって、……まだ100年くらいしか生きてないでしょう」
「そうだが……」
 答えると、わずかに頷いてエディウスは沈黙してしまう。

「……ぼくらは……寿命に差があるんだよ……」

 小声でささやかれた言葉に、フォリィアは首をかしげる。
「寿命に……差?」
「……ぼくは……まだ、半分しか……生きていない……」
 そのとき目を伏せたエディウスの表情がとても悲しそうで。
 フォリィアは口を噤んだ。

「……君も、ぼくより……先に、死ぬんだ」
 囁きは小さく、ともすれば聞き逃しそうなほどだった。
2012/02/05 (Sun)
「……エディウス?」
「……ッ……!」
 痛みに胸のあたりを手で抑え、顔をしかめる。
 額には脂汗が浮かんでいた。
 顔色はさらに白くなっている。
 半身を起こしている事に耐えられないのか、彼はそのまま横に倒れた。

「エディウスッ!」

 叫びに気づいたのか、ルシェイドがその時宙に現れた。
「何をした?」
「わからない。話をしていただけだ」
 問われて、答える。
 半ば混乱していた。
 話をしているだけではわからなかった。
 こんなに、悪かったのか。

 ルシェイドは無言でエディウスに近づくと、額と胸のあたりに手をかざして目を閉じた。
 淡い光がエディウスを包み込む。
 彼の呼吸が次第に収まっていく。
 表情も緩んできた。
 意識は、ないようだった。
「こんな感じかな」
 そう言うとルシェイドは手を離す。
 ふと、フォリィアのほうを見て苦笑する。
「大丈夫だよ。ただの発作さ。……まだ、完全には治っていないんだからね」
「そうか……」
 穏やかな顔をして目を瞑っているエディウスを見て、呟く。
「今は寝かせてあるから……もう戻る?」
「あぁ」
 頷くと、ルシェイドはフォリィアの手を取った。
「行くよ」

 視界が反転するような感覚。
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