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「何やってんの二人とも。こんな所で」
言いかけたアィルの言葉にかぶさるように、第三者の声が響いた。
二人でそちらを向くと、オルカーンが建物の影から出てきたところだった。
「何って……見ればわかるだろう」
「剣の相手をしてもらってたんだよ」
答えながら、アィルはちらりとルベアを伺った。
先程の暗い光は見えない。
そのことに少し緊張を緩め、オルカーンの方へ歩み寄る。
ルベアはそんなアィルの様子に気づいてはいたが、特に何かしようとは思わなかった。
仇討ちで、強くなろうとしたのは事実だ。
果たせようと果たせまいと、それは変わらない。
表情にこそあまり出さないが、ルベアは倦怠感を覚えていた。
身体が重い。
疲れているのだろうか。
二人に気づかれないように溜め息を吐く。
疲れたとは言っていられない。
レインが倒れたままだし、何も終わっていないのだから。
オルカーンが怪訝そうにルベアを見て首を傾げた。
「どうかした?」
「……いや?」
首を傾げながら返すと、オルカーンは納得していないような顔で口を噤んだ。
「そろそろかな」
アィルが呟く。
日はかなり高くなってきていた。
様子を見てくる、と言い置いて、アィルが家へと戻っていった。
「俺たちも行くか。……出発の準備は出来ているのか?」
「俺は荷物持ってないよ」
それもそうかと思い、ルベアも家へと向かう。
その後をオルカーンが躊躇いがちについていった。
中へ入ると、丁度ヴィオルウスが降りてきたところだった。
心なしか顔色が悪い。
彼はルベアを見つけると一瞬身体を強張らせ、直ぐに吐息と共に言葉を吐き出した。
「こっちの準備は出来たよ。……アィルは?」
怪訝そうに問われ、首を傾げる。
ルベアたちより先に家に入っているはずだ。
「奥の部屋じゃないか?」
視線を奥へとやりながら言うと、それを見計らったかのように扉が開き、アィルが顔を見せた。
布の塊を大事そうに抱えている。
「あぁ、アィル。準備できたよ」
「俺の方も完成だ」
「じゃあすぐ行く?」
首を傾げながら、ヴィオルウスが皆を見回す。
皆が頷くと、二階に、と言って階段を上がった。
彼が使っていない部屋に入るのを見て、ルベアは自分たちの荷物を取りに行った為に、遅れて部屋に入る。
部屋の中は、床と天井に魔方陣が描かれていた。
「落ちんのかこれ」
「実際に描いてあるわけじゃないから大丈夫だよ。発動すれば消えるから」
「へぇ」
アィルが興味深そうに陣を覗き込む。
言いかけたアィルの言葉にかぶさるように、第三者の声が響いた。
二人でそちらを向くと、オルカーンが建物の影から出てきたところだった。
「何って……見ればわかるだろう」
「剣の相手をしてもらってたんだよ」
答えながら、アィルはちらりとルベアを伺った。
先程の暗い光は見えない。
そのことに少し緊張を緩め、オルカーンの方へ歩み寄る。
ルベアはそんなアィルの様子に気づいてはいたが、特に何かしようとは思わなかった。
仇討ちで、強くなろうとしたのは事実だ。
果たせようと果たせまいと、それは変わらない。
表情にこそあまり出さないが、ルベアは倦怠感を覚えていた。
身体が重い。
疲れているのだろうか。
二人に気づかれないように溜め息を吐く。
疲れたとは言っていられない。
レインが倒れたままだし、何も終わっていないのだから。
オルカーンが怪訝そうにルベアを見て首を傾げた。
「どうかした?」
「……いや?」
首を傾げながら返すと、オルカーンは納得していないような顔で口を噤んだ。
「そろそろかな」
アィルが呟く。
日はかなり高くなってきていた。
様子を見てくる、と言い置いて、アィルが家へと戻っていった。
「俺たちも行くか。……出発の準備は出来ているのか?」
「俺は荷物持ってないよ」
それもそうかと思い、ルベアも家へと向かう。
その後をオルカーンが躊躇いがちについていった。
中へ入ると、丁度ヴィオルウスが降りてきたところだった。
心なしか顔色が悪い。
彼はルベアを見つけると一瞬身体を強張らせ、直ぐに吐息と共に言葉を吐き出した。
「こっちの準備は出来たよ。……アィルは?」
怪訝そうに問われ、首を傾げる。
ルベアたちより先に家に入っているはずだ。
「奥の部屋じゃないか?」
視線を奥へとやりながら言うと、それを見計らったかのように扉が開き、アィルが顔を見せた。
布の塊を大事そうに抱えている。
「あぁ、アィル。準備できたよ」
「俺の方も完成だ」
「じゃあすぐ行く?」
首を傾げながら、ヴィオルウスが皆を見回す。
皆が頷くと、二階に、と言って階段を上がった。
彼が使っていない部屋に入るのを見て、ルベアは自分たちの荷物を取りに行った為に、遅れて部屋に入る。
部屋の中は、床と天井に魔方陣が描かれていた。
「落ちんのかこれ」
「実際に描いてあるわけじゃないから大丈夫だよ。発動すれば消えるから」
「へぇ」
アィルが興味深そうに陣を覗き込む。
「設定はエールの裏路地。ディリクの店の近くにしたんだけど……」
良いかな? と伺うように見られ、ルベアは頷いた。
「もとより其処に行く予定だ。問題はない」
「じゃあ行こう。用意は良い?」
皆が一様に頷く。
全員側の中に入ったのを確認して、ヴィオルウスは両手を翳した。
淡く光が灯る。
それは陣の内側に溢れ、視界を白く覆い尽くした。
視界が利かなくなったとき、落ちるような浮遊感に包まれた。
ぐらりと傾ぐ。
ルベアは眩暈がして目を閉じ、荷物を握り締めた。
不意に、空気が変わった。
家の中の、木の匂いではない。
乾いた砂と、土の匂い。
目を開けると薄暗い路地だった。
移動したのだ、と分かったのは、そこが見覚えのある場所だったからだ。
ディリクの店と、表通りの丁度中間あたりの場所だ。
空気の抜けるような音が聞こえたのでそちらを見ると、ぽかんとした表情でオルカーンが周りを見ていた。
その左右にアィルとヴィオルウスが立っている。
全員無事のようだ。
「行こう」
促して、歩き出す。
狭い路地に足音が響いた。
程なく、古びた扉の前に来た。
前に来た時と変わらない、店とは思えない扉だ。
押し開けると、中の闇が押出されるかのようだった。
相変わらず暗い。
躊躇することなく扉からの明かりを頼りに進むと、カウンターに明かりが灯った。
赤い火がちらつく。
「……来たか」
ディリクが、カンテラを手に立っていた。
扉が完全に閉まると、明かりは目の前の火だけになった。
「相変わらず商売できなさそうな店だよな」
呆れたようにアィルが呟く。
ディリクは片目を眇めてアィルを見ると、口を開いた。
「託さず持ってきたのか」
「あぁ。丁度町にも用事があったから、ついでにと思って」
そう言ってアィルは手に持った包みをディリクへと渡した。
にやりと笑って付け足す。
「あとヴィオルウスの弟ってやつも見てみたかった」
「……」
ディリクは特に何も言わずに踵を返すと、奥へと向かった。
少し進んで振り返る。
「少し待て」
低く囁き、ディリクは奥の部屋へと消えた。
カウンターの上にはカンテラが乗っている。
その明かりを頼りに店内を見回すが、相変わらず用途はよくわからなかった。
「レインとは、何時会ったの?」
唐突に、ヴィオルウスが問うた。
一瞬考え、オルカーンへと視線を移す。
「いつだ?」
「……えっ」
突然振られたオルカーンは驚いたように尻尾を立てた。
「何で俺に聞くの」
「拾ってきたのはお前だろ」
「……拾った?」
アィルが怪訝そうに問う。
「こいつが拾ってきたんだ」
「あー……何か気になって行ったら倒れてたんだよ。……いつだったかなぁ。そんなに前じゃないよ」
「そう……」
ヴィオルウスは考え込むように視線を落とした。
何故聞くのかと問おうと口を開いた時、奥の扉が開いた。
良いかな? と伺うように見られ、ルベアは頷いた。
「もとより其処に行く予定だ。問題はない」
「じゃあ行こう。用意は良い?」
皆が一様に頷く。
全員側の中に入ったのを確認して、ヴィオルウスは両手を翳した。
淡く光が灯る。
それは陣の内側に溢れ、視界を白く覆い尽くした。
視界が利かなくなったとき、落ちるような浮遊感に包まれた。
ぐらりと傾ぐ。
ルベアは眩暈がして目を閉じ、荷物を握り締めた。
不意に、空気が変わった。
家の中の、木の匂いではない。
乾いた砂と、土の匂い。
目を開けると薄暗い路地だった。
移動したのだ、と分かったのは、そこが見覚えのある場所だったからだ。
ディリクの店と、表通りの丁度中間あたりの場所だ。
空気の抜けるような音が聞こえたのでそちらを見ると、ぽかんとした表情でオルカーンが周りを見ていた。
その左右にアィルとヴィオルウスが立っている。
全員無事のようだ。
「行こう」
促して、歩き出す。
狭い路地に足音が響いた。
程なく、古びた扉の前に来た。
前に来た時と変わらない、店とは思えない扉だ。
押し開けると、中の闇が押出されるかのようだった。
相変わらず暗い。
躊躇することなく扉からの明かりを頼りに進むと、カウンターに明かりが灯った。
赤い火がちらつく。
「……来たか」
ディリクが、カンテラを手に立っていた。
扉が完全に閉まると、明かりは目の前の火だけになった。
「相変わらず商売できなさそうな店だよな」
呆れたようにアィルが呟く。
ディリクは片目を眇めてアィルを見ると、口を開いた。
「託さず持ってきたのか」
「あぁ。丁度町にも用事があったから、ついでにと思って」
そう言ってアィルは手に持った包みをディリクへと渡した。
にやりと笑って付け足す。
「あとヴィオルウスの弟ってやつも見てみたかった」
「……」
ディリクは特に何も言わずに踵を返すと、奥へと向かった。
少し進んで振り返る。
「少し待て」
低く囁き、ディリクは奥の部屋へと消えた。
カウンターの上にはカンテラが乗っている。
その明かりを頼りに店内を見回すが、相変わらず用途はよくわからなかった。
「レインとは、何時会ったの?」
唐突に、ヴィオルウスが問うた。
一瞬考え、オルカーンへと視線を移す。
「いつだ?」
「……えっ」
突然振られたオルカーンは驚いたように尻尾を立てた。
「何で俺に聞くの」
「拾ってきたのはお前だろ」
「……拾った?」
アィルが怪訝そうに問う。
「こいつが拾ってきたんだ」
「あー……何か気になって行ったら倒れてたんだよ。……いつだったかなぁ。そんなに前じゃないよ」
「そう……」
ヴィオルウスは考え込むように視線を落とした。
何故聞くのかと問おうと口を開いた時、奥の扉が開いた。
「来い」
出てきたディリクは短く一言告げると、左の部屋へ消えた。
呆れたような表情をしながら、アィルがディリクの後を追う。
それに習って、皆移動した。
明かりは必要ないかと思いつつ、持っていく。
部屋の中に入ると、一瞬光が走った。
強い光に目が眩むが、それは直ぐに消え、室内はやはり薄暗い状態にあった。
部屋の中央にはレインがいた。
ぼんやりと上体を起こしている。
その向うにディリクが立っていた。
「……レイン?」
オルカーンが不安そうに問う。
声にぴくりと反応して、レインがのろのろとこちらを振り返った。
何処か夢見がちな表情だ。
焦点が定まっていない。
「起こせ」
ディリクが一言、囁いた。
起きていない、ということなのだろうか。
「レイン」
呼びかけ、肩に手をかけようと手を伸ばす。
途端、ばちりと火花が散って手が弾かれた。
驚いてレインを見、次いでディリクへと視線を投げる。
彼は一つ頷くと、懐から何かを取り出し、レインの上に振りかけた。
一見砂のようだったが、僅かな明かりに反射してきらきらと光っている。
それは真っ直ぐには落ちず、レインの周囲を漂うかのように舞い、弾けた。
レインがゆっくりと瞬く。
「レイン」
もう一度呼びかける。
口が開く。
言葉を出そうとして、戸惑っているかのようにまた閉ざされた。
思わずディリクを振り仰ぐと、彼は小声で何かを唱えていた。
苦痛を感じたかのようにレインが顔をゆがめる。
オルカーンがそろりと近寄り、レインの手を舐めた。
労わるように。
レインが手元に視線を落とす。
「……オルカーン?」
まだ覚醒しきらないかのようなぼんやりとした声だったが、レインはちゃんとこちらが分かるようだった。
ふ、とディリクが軽く息を吐く。
レインは視線を上げるとルベアを見て、首を傾げた。
「ルベア? ……何処此処」
答えようと口を開いた時、レインは目を閉じて後ろに倒れた。
床に触れる寸前で、ディリクが支える。
半ば呆然としながら、ディリクに視線を向けた。
「解毒できたんじゃないのか」
ディリクはレインの首筋の脈を取ってから、ルベアへと顔を向けた。
「呼びかけには応えられた。解毒は成功している」
「じゃあ何で倒れたの」
オルカーンが僅かに苛立った声で言う。
尻尾が不安定にぱさりと揺れた。
「疲労だ。体力が回復していない」
ディリクの返答はにべも無い。
出てきたディリクは短く一言告げると、左の部屋へ消えた。
呆れたような表情をしながら、アィルがディリクの後を追う。
それに習って、皆移動した。
明かりは必要ないかと思いつつ、持っていく。
部屋の中に入ると、一瞬光が走った。
強い光に目が眩むが、それは直ぐに消え、室内はやはり薄暗い状態にあった。
部屋の中央にはレインがいた。
ぼんやりと上体を起こしている。
その向うにディリクが立っていた。
「……レイン?」
オルカーンが不安そうに問う。
声にぴくりと反応して、レインがのろのろとこちらを振り返った。
何処か夢見がちな表情だ。
焦点が定まっていない。
「起こせ」
ディリクが一言、囁いた。
起きていない、ということなのだろうか。
「レイン」
呼びかけ、肩に手をかけようと手を伸ばす。
途端、ばちりと火花が散って手が弾かれた。
驚いてレインを見、次いでディリクへと視線を投げる。
彼は一つ頷くと、懐から何かを取り出し、レインの上に振りかけた。
一見砂のようだったが、僅かな明かりに反射してきらきらと光っている。
それは真っ直ぐには落ちず、レインの周囲を漂うかのように舞い、弾けた。
レインがゆっくりと瞬く。
「レイン」
もう一度呼びかける。
口が開く。
言葉を出そうとして、戸惑っているかのようにまた閉ざされた。
思わずディリクを振り仰ぐと、彼は小声で何かを唱えていた。
苦痛を感じたかのようにレインが顔をゆがめる。
オルカーンがそろりと近寄り、レインの手を舐めた。
労わるように。
レインが手元に視線を落とす。
「……オルカーン?」
まだ覚醒しきらないかのようなぼんやりとした声だったが、レインはちゃんとこちらが分かるようだった。
ふ、とディリクが軽く息を吐く。
レインは視線を上げるとルベアを見て、首を傾げた。
「ルベア? ……何処此処」
答えようと口を開いた時、レインは目を閉じて後ろに倒れた。
床に触れる寸前で、ディリクが支える。
半ば呆然としながら、ディリクに視線を向けた。
「解毒できたんじゃないのか」
ディリクはレインの首筋の脈を取ってから、ルベアへと顔を向けた。
「呼びかけには応えられた。解毒は成功している」
「じゃあ何で倒れたの」
オルカーンが僅かに苛立った声で言う。
尻尾が不安定にぱさりと揺れた。
「疲労だ。体力が回復していない」
ディリクの返答はにべも無い。
意識を失ってぐったりとしているレインを抱え上げると、ディリクは扉へと歩き出した。
途中で足を止める。
「すまんな。話をするにはもう少し時間がかかりそうだ」
視線はヴィオルウスとアィルの方へ。
アィルが気遣わしげにヴィオルウスを見ると、彼は目を伏せて首を左右に振った。
「生きていれば良い」
囁く声は小さかったが、静寂に包まれた部屋の中でははっきりと響いた。
ディリクはそれには特に何も言わず、部屋を出て行った。
後を追うようにヴィオルウスが外に出ると、他の者も全員外へ出た。
ルベアが出ると、丁度向かいの部屋からディリクが出てきたところだった。
彼は微かに眉を顰めると、更に奥の部屋への扉を開けた。
「外に出ないのならばこっちにいろ。邪魔だ」
確かに廊下は狭く、全員がいるには窮屈だった。
ぞろぞろとそちらに向かう。
開かれた扉の向うは、眩しいほどの日が差していた。
「わぁ」
アィルが溜め息に似た声を出した。
「……中庭?」
其処は暖かな日の当たる、庭のようだった。
四方を壁に囲まれているが、緑は鮮やかにあちこちに生えていた。
中央には机と椅子が置いてある。
ゆっくり過ごすには快適そうな場所だ。
だが、この綺麗な場所と薄暗い店を構える店主とが結びつかず、ルベアは思わずディリクへと視線を送った。
彼はルベアの眼差しの意味を悟ったのか、淡々と言った。
「私が手がけたものではない。昔、戯れでルシェイドが作ったものだ」
戯れで、こんな綺麗な場所を作ったのかと、ルベアは半分呆れて考える。
他の三人はそれぞれ中庭へと歩を進めており、ルベアも向かおうとしたところで視線を感じて振り返った。
じっと、感情のあまり伺えない表情でディリクが見ていた。
「何だ?」
「……お前は、大丈夫か」
静かに言われた言葉に、意味が分からずに首を傾げる。
「分からないのならば、良い」
ふいと視線を逸らされ、ルベアは眉をひそめた。
聞いても語ってくれそうな気配は無い。
ルベアは踵を返し、庭へと足を踏み入れた。
「……これも、予定の内か。ルシェイド……」
本当に微かな囁きが聞こえて、ルベアは振り返った。
扉が、ゆっくりと閉まっていくところだった。
「どうかしたのか?」
扉を振り返っているルベアに気づいたのか、アィルが声をかけてきた。
「……いや」
なんでもない、と言ってルベアは扉から離れた。
閉ざされた扉の向う、薄暗い廊下で、ディリクはひとり佇んでいた。
じっと床を見詰める彼の表情から、感情は読み取れない。
暫くそのままの姿勢でいた彼は、不意に顔を上げると左の部屋へと入っていった。
魔方陣はまだ描かれたままだ。
小声で何かを呟くと、僅かにその陣が変化した。
中央に立ち、呼吸を整える。
「『ルシェイド』、聞こえるか」
捜索の魔法に、言葉を載せる。
名前で呼びかければ、仮令どんな所にいたとしても聞こえるのだと、ルシェイドから聞いたことがあった。
だが今、彼は呼びかけに応じない。
いつもなら忙しくても姿を見せるはずなのに。
「……『ルシェイド』」
もう一度、今度は捜索の範囲を広げて呼ぶ。
本当ならこんな魔法など使わなくても届くのだ。
嫌な、予感がしていた。
ディリクはそっと片目へと手を伸ばした。
目の色は、金だ。
この世界では「ルシェイド」にのみ表れる色。
本来存在しないはずのその色を宿しているということは、彼に次ぐ力を持つということだ。
それでも、自分はきっとルシェイドの力の足元にも及ばない。
彼が完全に隠れようと思えば、声など通じるはずは無いのは分かっていた。
現界に居ない事は分かっていた。
魔界や神界へも探しに行きたかったが、レインをこのままにしておくわけにもいかない。
僅かに眉をよせ、溜め息を吐く。
異界へは、ディリクは移動できない。
そちらに行っているのだとしたらどうすれば良いのだろう。
焦燥感は募るものの、ディリクは成す術が無かった。
ルシェイドのように先読みが出来るわけではない。
何故こうも嫌な予感がするのか、ディリクには分からなかった。
もう一度溜め息を吐き、彼はレインの眠る部屋へと向かった。
途中で足を止める。
「すまんな。話をするにはもう少し時間がかかりそうだ」
視線はヴィオルウスとアィルの方へ。
アィルが気遣わしげにヴィオルウスを見ると、彼は目を伏せて首を左右に振った。
「生きていれば良い」
囁く声は小さかったが、静寂に包まれた部屋の中でははっきりと響いた。
ディリクはそれには特に何も言わず、部屋を出て行った。
後を追うようにヴィオルウスが外に出ると、他の者も全員外へ出た。
ルベアが出ると、丁度向かいの部屋からディリクが出てきたところだった。
彼は微かに眉を顰めると、更に奥の部屋への扉を開けた。
「外に出ないのならばこっちにいろ。邪魔だ」
確かに廊下は狭く、全員がいるには窮屈だった。
ぞろぞろとそちらに向かう。
開かれた扉の向うは、眩しいほどの日が差していた。
「わぁ」
アィルが溜め息に似た声を出した。
「……中庭?」
其処は暖かな日の当たる、庭のようだった。
四方を壁に囲まれているが、緑は鮮やかにあちこちに生えていた。
中央には机と椅子が置いてある。
ゆっくり過ごすには快適そうな場所だ。
だが、この綺麗な場所と薄暗い店を構える店主とが結びつかず、ルベアは思わずディリクへと視線を送った。
彼はルベアの眼差しの意味を悟ったのか、淡々と言った。
「私が手がけたものではない。昔、戯れでルシェイドが作ったものだ」
戯れで、こんな綺麗な場所を作ったのかと、ルベアは半分呆れて考える。
他の三人はそれぞれ中庭へと歩を進めており、ルベアも向かおうとしたところで視線を感じて振り返った。
じっと、感情のあまり伺えない表情でディリクが見ていた。
「何だ?」
「……お前は、大丈夫か」
静かに言われた言葉に、意味が分からずに首を傾げる。
「分からないのならば、良い」
ふいと視線を逸らされ、ルベアは眉をひそめた。
聞いても語ってくれそうな気配は無い。
ルベアは踵を返し、庭へと足を踏み入れた。
「……これも、予定の内か。ルシェイド……」
本当に微かな囁きが聞こえて、ルベアは振り返った。
扉が、ゆっくりと閉まっていくところだった。
「どうかしたのか?」
扉を振り返っているルベアに気づいたのか、アィルが声をかけてきた。
「……いや」
なんでもない、と言ってルベアは扉から離れた。
閉ざされた扉の向う、薄暗い廊下で、ディリクはひとり佇んでいた。
じっと床を見詰める彼の表情から、感情は読み取れない。
暫くそのままの姿勢でいた彼は、不意に顔を上げると左の部屋へと入っていった。
魔方陣はまだ描かれたままだ。
小声で何かを呟くと、僅かにその陣が変化した。
中央に立ち、呼吸を整える。
「『ルシェイド』、聞こえるか」
捜索の魔法に、言葉を載せる。
名前で呼びかければ、仮令どんな所にいたとしても聞こえるのだと、ルシェイドから聞いたことがあった。
だが今、彼は呼びかけに応じない。
いつもなら忙しくても姿を見せるはずなのに。
「……『ルシェイド』」
もう一度、今度は捜索の範囲を広げて呼ぶ。
本当ならこんな魔法など使わなくても届くのだ。
嫌な、予感がしていた。
ディリクはそっと片目へと手を伸ばした。
目の色は、金だ。
この世界では「ルシェイド」にのみ表れる色。
本来存在しないはずのその色を宿しているということは、彼に次ぐ力を持つということだ。
それでも、自分はきっとルシェイドの力の足元にも及ばない。
彼が完全に隠れようと思えば、声など通じるはずは無いのは分かっていた。
現界に居ない事は分かっていた。
魔界や神界へも探しに行きたかったが、レインをこのままにしておくわけにもいかない。
僅かに眉をよせ、溜め息を吐く。
異界へは、ディリクは移動できない。
そちらに行っているのだとしたらどうすれば良いのだろう。
焦燥感は募るものの、ディリクは成す術が無かった。
ルシェイドのように先読みが出来るわけではない。
何故こうも嫌な予感がするのか、ディリクには分からなかった。
もう一度溜め息を吐き、彼はレインの眠る部屋へと向かった。
「丁度広いんだしまたやらねぇ?」
アィルが目を輝かせてルベアに言った。
返事をするにはためらいがあった。
身体の不調は治っていない。
むしろ少しずつ、酷くなってきている気がしていた。
ふとオルカーンへと視線を滑らせ、にやりと笑う。
「オルカーンと戦って、勝てたら相手してやろう」
アィルが驚いたようにオルカーンへ視線を向けると、オルカーンも硬直して視線を返した。
「何で俺!」
「暇だろ?」
言って、椅子の一つに腰を下ろす。
「うー……そうだけど……慣れないと加減が難しいんだよ」
加減、という言葉にむっとしたのか、アィルが憤然と声を上げた。
「良いぜ! オルカーン、加減なんていらねぇよ!」
呆れた溜め息を吐いてヴィオルウスが椅子に座る。
アィルの性格はよくわかっているようだ。
「結構速いぞ。負けるなよ」
仕方なさそうに、広い場所へ移動するオルカーンの背に声をかける。
「そうなの?」
意外、という顔でオルカーンが振り返った。
薄く笑んだままルベアは頷き、追い払うように手を振った。
アィルは既に臨戦態勢だ。
オルカーンが向かい側に立つと、アィルは切っ先をオルカーンへと向けた。
「本当にやるの?」
「あぁ」
静かに答えるアィルからは、闘志が伺えた。
覚悟を決めたのか、オルカーンは溜め息を吐くと姿勢を低くした。
殺気が膨れ上がる。
視線に力を込めて、両者がにらみ合う。
オルカーンが低く喉を鳴らした。
牙を剥き出し、相手を睨みつけているところを見るとやはり魔獣なんだなと思う。
普段はどこかのんびりしているくせに、戦闘となると容赦が無い。
加減が難しいと言っていた、あの言葉に嘘は無いだろう。
いつでも飛び出せるように準備しながら、ルベアは二人を見守った。
中庭に、雰囲気にそぐわない殺気が満ちた。
先に動いたのは、アィルだった。
短く呼気を吐いてオルカーンへと剣を振るう。
それを待っていたかのように、オルカーンがアィルの懐へ飛び込んだ。
「……!」
爪の一撃を、アィルが身を捻ってかわす。
先程と立ち位置は逆になっていた。
双方がじり、と距離を狭める。
オルカーンが飛び出す。
牙を剥いて飛び掛ってくるオルカーンへアィルが剣を立てて防ぐ。
だが重さを考慮していなかったらしい。
飛び掛られた衝撃のまま、アィルは短い悲鳴を上げて地面へと引き倒された。
爪がアィルの肩へと食い込み、顔が苦痛にゆがめられる。
オルカーンは頓着せずに牙を剥いた。
瞬間、ルベアが飛び出す。
喉笛に噛み付こうとしていた牙の、間へと刃を滑らせた。
重い音がして、ルベアの剣にオルカーンの牙がぶつかる。
「其処までだ」
低く声をかける。
アィルが目を輝かせてルベアに言った。
返事をするにはためらいがあった。
身体の不調は治っていない。
むしろ少しずつ、酷くなってきている気がしていた。
ふとオルカーンへと視線を滑らせ、にやりと笑う。
「オルカーンと戦って、勝てたら相手してやろう」
アィルが驚いたようにオルカーンへ視線を向けると、オルカーンも硬直して視線を返した。
「何で俺!」
「暇だろ?」
言って、椅子の一つに腰を下ろす。
「うー……そうだけど……慣れないと加減が難しいんだよ」
加減、という言葉にむっとしたのか、アィルが憤然と声を上げた。
「良いぜ! オルカーン、加減なんていらねぇよ!」
呆れた溜め息を吐いてヴィオルウスが椅子に座る。
アィルの性格はよくわかっているようだ。
「結構速いぞ。負けるなよ」
仕方なさそうに、広い場所へ移動するオルカーンの背に声をかける。
「そうなの?」
意外、という顔でオルカーンが振り返った。
薄く笑んだままルベアは頷き、追い払うように手を振った。
アィルは既に臨戦態勢だ。
オルカーンが向かい側に立つと、アィルは切っ先をオルカーンへと向けた。
「本当にやるの?」
「あぁ」
静かに答えるアィルからは、闘志が伺えた。
覚悟を決めたのか、オルカーンは溜め息を吐くと姿勢を低くした。
殺気が膨れ上がる。
視線に力を込めて、両者がにらみ合う。
オルカーンが低く喉を鳴らした。
牙を剥き出し、相手を睨みつけているところを見るとやはり魔獣なんだなと思う。
普段はどこかのんびりしているくせに、戦闘となると容赦が無い。
加減が難しいと言っていた、あの言葉に嘘は無いだろう。
いつでも飛び出せるように準備しながら、ルベアは二人を見守った。
中庭に、雰囲気にそぐわない殺気が満ちた。
先に動いたのは、アィルだった。
短く呼気を吐いてオルカーンへと剣を振るう。
それを待っていたかのように、オルカーンがアィルの懐へ飛び込んだ。
「……!」
爪の一撃を、アィルが身を捻ってかわす。
先程と立ち位置は逆になっていた。
双方がじり、と距離を狭める。
オルカーンが飛び出す。
牙を剥いて飛び掛ってくるオルカーンへアィルが剣を立てて防ぐ。
だが重さを考慮していなかったらしい。
飛び掛られた衝撃のまま、アィルは短い悲鳴を上げて地面へと引き倒された。
爪がアィルの肩へと食い込み、顔が苦痛にゆがめられる。
オルカーンは頓着せずに牙を剥いた。
瞬間、ルベアが飛び出す。
喉笛に噛み付こうとしていた牙の、間へと刃を滑らせた。
重い音がして、ルベアの剣にオルカーンの牙がぶつかる。
「其処までだ」
低く声をかける。
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管理者:西(逆凪)、または沖縞
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