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2012/03/28 (Wed)
 意識を失ってぐったりとしているレインを抱え上げると、ディリクは扉へと歩き出した。
 途中で足を止める。
「すまんな。話をするにはもう少し時間がかかりそうだ」
 視線はヴィオルウスとアィルの方へ。
 アィルが気遣わしげにヴィオルウスを見ると、彼は目を伏せて首を左右に振った。
「生きていれば良い」
 囁く声は小さかったが、静寂に包まれた部屋の中でははっきりと響いた。
 ディリクはそれには特に何も言わず、部屋を出て行った。
 後を追うようにヴィオルウスが外に出ると、他の者も全員外へ出た。
 ルベアが出ると、丁度向かいの部屋からディリクが出てきたところだった。
 彼は微かに眉を顰めると、更に奥の部屋への扉を開けた。
「外に出ないのならばこっちにいろ。邪魔だ」
 確かに廊下は狭く、全員がいるには窮屈だった。
 ぞろぞろとそちらに向かう。

 開かれた扉の向うは、眩しいほどの日が差していた。
「わぁ」
 アィルが溜め息に似た声を出した。
「……中庭?」
 其処は暖かな日の当たる、庭のようだった。
 四方を壁に囲まれているが、緑は鮮やかにあちこちに生えていた。
 中央には机と椅子が置いてある。
 ゆっくり過ごすには快適そうな場所だ。
 だが、この綺麗な場所と薄暗い店を構える店主とが結びつかず、ルベアは思わずディリクへと視線を送った。
 彼はルベアの眼差しの意味を悟ったのか、淡々と言った。
「私が手がけたものではない。昔、戯れでルシェイドが作ったものだ」
 戯れで、こんな綺麗な場所を作ったのかと、ルベアは半分呆れて考える。
 他の三人はそれぞれ中庭へと歩を進めており、ルベアも向かおうとしたところで視線を感じて振り返った。
 じっと、感情のあまり伺えない表情でディリクが見ていた。
「何だ?」
「……お前は、大丈夫か」
 静かに言われた言葉に、意味が分からずに首を傾げる。
「分からないのならば、良い」
 ふいと視線を逸らされ、ルベアは眉をひそめた。
 聞いても語ってくれそうな気配は無い。
 ルベアは踵を返し、庭へと足を踏み入れた。
「……これも、予定の内か。ルシェイド……」
 本当に微かな囁きが聞こえて、ルベアは振り返った。
 扉が、ゆっくりと閉まっていくところだった。
「どうかしたのか?」
 扉を振り返っているルベアに気づいたのか、アィルが声をかけてきた。
「……いや」
 なんでもない、と言ってルベアは扉から離れた。










 閉ざされた扉の向う、薄暗い廊下で、ディリクはひとり佇んでいた。
 じっと床を見詰める彼の表情から、感情は読み取れない。
 暫くそのままの姿勢でいた彼は、不意に顔を上げると左の部屋へと入っていった。
 魔方陣はまだ描かれたままだ。
 小声で何かを呟くと、僅かにその陣が変化した。

 中央に立ち、呼吸を整える。
「『ルシェイド』、聞こえるか」
 捜索の魔法に、言葉を載せる。

 名前で呼びかければ、仮令どんな所にいたとしても聞こえるのだと、ルシェイドから聞いたことがあった。
 だが今、彼は呼びかけに応じない。
 いつもなら忙しくても姿を見せるはずなのに。

「……『ルシェイド』」
 もう一度、今度は捜索の範囲を広げて呼ぶ。
 本当ならこんな魔法など使わなくても届くのだ。
 嫌な、予感がしていた。
 ディリクはそっと片目へと手を伸ばした。
 目の色は、金だ。
 この世界では「ルシェイド」にのみ表れる色。
 本来存在しないはずのその色を宿しているということは、彼に次ぐ力を持つということだ。
 それでも、自分はきっとルシェイドの力の足元にも及ばない。
 彼が完全に隠れようと思えば、声など通じるはずは無いのは分かっていた。
 現界に居ない事は分かっていた。
 魔界や神界へも探しに行きたかったが、レインをこのままにしておくわけにもいかない。
 僅かに眉をよせ、溜め息を吐く。
 異界へは、ディリクは移動できない。
 そちらに行っているのだとしたらどうすれば良いのだろう。
 焦燥感は募るものの、ディリクは成す術が無かった。
 ルシェイドのように先読みが出来るわけではない。
 何故こうも嫌な予感がするのか、ディリクには分からなかった。
 もう一度溜め息を吐き、彼はレインの眠る部屋へと向かった。
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