小説用倉庫。
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
思考は、オルカーンの唸り声で途切れた。
はっとして振り返る。
凝ったような闇が、其処に在った。
――……何?
半ば混乱した頭で呟く。
ずるり、とその闇は黒色の獣を吐き出した。
開かれた獣の目を見て、レインは意識が途切れそうになった。
周囲を睨みつけるかのような、赤い目。
その獣からは容赦なく憤怒の感情が向けられている。
けれど、何故だろう。
どうして、これがルベアに似てるなんて思ってしまうんだろう!
『レインッ! 呑まれるな!』
オルカーンの鋭い声が飛ぶ。
レインははっとして、どきどきする心臓を押さえた。
そうだ、違う。
これは彼ではない!
確信と共に自分に言い聞かせた途端、獣の姿は薄れ、拡散するように闇へと溶けた。
「何だよォ。俺の、邪魔をすんのかァ?」
どこか、間延びした声が響く。
ぎくりとして目を凝らすと、獣が消えた辺りにぼんやりと何かが形作られようとしていた。
『レイン、あんなのに構うな。早く行こう』
静かに言われたことに、レインが驚いてオルカーンへ視線を向ける。
オルカーンは呆れたような視線を向けて言った。
『何しに此処へ来たか忘れたの? この中じゃこっちが不利なんだよ』
――そ、そうだね……。
レインは慌てて頷くと、ルベアの身体を引っ張った。
力を失った身体はぐったりとして、重い。
ふと、視界の隅できらりと何かが光った。
――?
不思議に思って、目を凝らす。
それは何かの糸のようだった。
見落としそうなほどに細い糸が、微かに光を放ちながら其処にあった。
良く見れば、それはルベアの身体から目の前の闇へと繋がっているようだった。
『レイン! 何やって……』
オルカーンが腹立たしげに振り返る。
瞬間、何かに突き動かされるようにその糸を引っ張っていた。
するすると殆ど抵抗を感じずに手繰り寄せられる。
これが何を意味しているのか分かっていなかった。
けれど、ほんの微かに抵抗を感じた時、闇が動揺するように揺れた。
「何してるんだよ……。お前ェ!」
苛立たしげな声に、思わず肩がぴくりと揺れた。
けれど糸は離さない。
引き寄せた糸は撓むことなく、吸い込まれるようにルベアの中に消えていく。
闇はそれ以上近づいてこない。
否。
近づけないのだ。
守るように、遮るようにオルカーンが間に立っている。
その身体からは、他を圧倒するほどの覇気が溢れていた。
はっとして振り返る。
凝ったような闇が、其処に在った。
――……何?
半ば混乱した頭で呟く。
ずるり、とその闇は黒色の獣を吐き出した。
開かれた獣の目を見て、レインは意識が途切れそうになった。
周囲を睨みつけるかのような、赤い目。
その獣からは容赦なく憤怒の感情が向けられている。
けれど、何故だろう。
どうして、これがルベアに似てるなんて思ってしまうんだろう!
『レインッ! 呑まれるな!』
オルカーンの鋭い声が飛ぶ。
レインははっとして、どきどきする心臓を押さえた。
そうだ、違う。
これは彼ではない!
確信と共に自分に言い聞かせた途端、獣の姿は薄れ、拡散するように闇へと溶けた。
「何だよォ。俺の、邪魔をすんのかァ?」
どこか、間延びした声が響く。
ぎくりとして目を凝らすと、獣が消えた辺りにぼんやりと何かが形作られようとしていた。
『レイン、あんなのに構うな。早く行こう』
静かに言われたことに、レインが驚いてオルカーンへ視線を向ける。
オルカーンは呆れたような視線を向けて言った。
『何しに此処へ来たか忘れたの? この中じゃこっちが不利なんだよ』
――そ、そうだね……。
レインは慌てて頷くと、ルベアの身体を引っ張った。
力を失った身体はぐったりとして、重い。
ふと、視界の隅できらりと何かが光った。
――?
不思議に思って、目を凝らす。
それは何かの糸のようだった。
見落としそうなほどに細い糸が、微かに光を放ちながら其処にあった。
良く見れば、それはルベアの身体から目の前の闇へと繋がっているようだった。
『レイン! 何やって……』
オルカーンが腹立たしげに振り返る。
瞬間、何かに突き動かされるようにその糸を引っ張っていた。
するすると殆ど抵抗を感じずに手繰り寄せられる。
これが何を意味しているのか分かっていなかった。
けれど、ほんの微かに抵抗を感じた時、闇が動揺するように揺れた。
「何してるんだよ……。お前ェ!」
苛立たしげな声に、思わず肩がぴくりと揺れた。
けれど糸は離さない。
引き寄せた糸は撓むことなく、吸い込まれるようにルベアの中に消えていく。
闇はそれ以上近づいてこない。
否。
近づけないのだ。
守るように、遮るようにオルカーンが間に立っている。
その身体からは、他を圧倒するほどの覇気が溢れていた。
ふと気がつけば、糸は流れるようにルベアに向かっていた。
手繰り寄せる力は必要ないほどに。
ほんの少し、ほっとして力を抜いたところで糸がぴたりと止まった。
「……よくも。ゆっくり喰らってやろうと思ってたのにさァ!」
ぶつん、と糸が切れた。
先を闇に残したまま、中ほどで。
切れてはならないものだったのに!
一際高く、オルカーンが唸り声を発した。
それに被せるように、密やかな笑い声が響く。
切られた糸はもう見えない。
全てルベアの中に納まったようだ。
闇に取られた分を除いて。
顔を見ると、目は硬く閉じられていた。
他に動きは、無い。
『レイン!』
――うん……!
頷いて、ルベアを抱えあげる。
力が足りなくて引きずる形になったが、何とか移動はできそうだ。
歩き出そうとした時、不意に引っ張られる感覚があった。
ぎくりとして抵抗しようとしたが、それが覚えのある人物の力だとすぐに気づいた。
ディリクだ。
――オルカーン!
叫んで、手を伸ばす。
意図を察した彼がレインに飛びつく。
それとほぼ同時に、レインは引っ張る力に身を任せた。
景色が無いので分かりにくいが、目の前にあった気配は驚くほどの速さで遠ざかっていった。
声が聞こえた気もしたが、もはや聞き取れるほどの距離ではないようだった。
落とさないようにとしっかりルベアとオルカーンを掴み、きつく目を閉じる。
意識がぐらぐらとして吐きそうだった。
不意に闇が晴れた。
眩しさにはっとして目を開けると、心配そうなヴィオルウスの顔が見えた。
斜めに倒れた身体を支えていたのはディリクだった。
しっかりと支え、床に倒れるのを防いでくれている。
腕を見下ろし、ルベアとオルカーンの姿を見て安堵する。
どうやら落とさずにすんだようだ。
「潰せ」
「駄目だ!」
冷やりとしたディリクの声が聞こえ、反射的にレインは叫んでいた。
驚きと怪訝さが混じった表情で、振り返ってくる二人に、レインが首を振る。
アィルはただじっと、成り行きを見ていた。
「何故だ」
険しい声。
「……駄目だ、だって、あの中には……」
切り残された、ルベアの。
手繰り寄せる力は必要ないほどに。
ほんの少し、ほっとして力を抜いたところで糸がぴたりと止まった。
「……よくも。ゆっくり喰らってやろうと思ってたのにさァ!」
ぶつん、と糸が切れた。
先を闇に残したまま、中ほどで。
切れてはならないものだったのに!
一際高く、オルカーンが唸り声を発した。
それに被せるように、密やかな笑い声が響く。
切られた糸はもう見えない。
全てルベアの中に納まったようだ。
闇に取られた分を除いて。
顔を見ると、目は硬く閉じられていた。
他に動きは、無い。
『レイン!』
――うん……!
頷いて、ルベアを抱えあげる。
力が足りなくて引きずる形になったが、何とか移動はできそうだ。
歩き出そうとした時、不意に引っ張られる感覚があった。
ぎくりとして抵抗しようとしたが、それが覚えのある人物の力だとすぐに気づいた。
ディリクだ。
――オルカーン!
叫んで、手を伸ばす。
意図を察した彼がレインに飛びつく。
それとほぼ同時に、レインは引っ張る力に身を任せた。
景色が無いので分かりにくいが、目の前にあった気配は驚くほどの速さで遠ざかっていった。
声が聞こえた気もしたが、もはや聞き取れるほどの距離ではないようだった。
落とさないようにとしっかりルベアとオルカーンを掴み、きつく目を閉じる。
意識がぐらぐらとして吐きそうだった。
不意に闇が晴れた。
眩しさにはっとして目を開けると、心配そうなヴィオルウスの顔が見えた。
斜めに倒れた身体を支えていたのはディリクだった。
しっかりと支え、床に倒れるのを防いでくれている。
腕を見下ろし、ルベアとオルカーンの姿を見て安堵する。
どうやら落とさずにすんだようだ。
「潰せ」
「駄目だ!」
冷やりとしたディリクの声が聞こえ、反射的にレインは叫んでいた。
驚きと怪訝さが混じった表情で、振り返ってくる二人に、レインが首を振る。
アィルはただじっと、成り行きを見ていた。
「何故だ」
険しい声。
「……駄目だ、だって、あの中には……」
切り残された、ルベアの。
「……良い。……構うな」
掠れた声が耳に届いた。
ルベアが、緩慢な動作で起き上がろうとしていた。
「けど……!」
言い募ろうとするレインを黙らせ、視線をディリクに向ける。
其処に何かを見て取ったのか、ディリクは浅く頷くと視線を上げた。
「……良いんだね」
ヴィオルウスの囁くような問いに頷いて返す。
瞬間、何も無い空間からどろりと闇が溢れた。
それは人の影のような形を模していたが、所々が溶けているような、不完全な姿をしていた。
返せ、とそれはわめいた。
陰鬱に響く声で。
「彼は君のものではないよ」
凛とした声と同時に闇は押しつぶされた。
音は、しなかった。
それは無音のまま凝固し、圧縮され、消えた。
しん、と沈黙が落ちた。
暫く時間が経ってから、オルカーンがぱさりと尻尾を振った。
それを視界の端に受け、レインが半ば呆然と口を開く。
「いなくなった、の?」
ディリクが空気を嗅ぐように僅かに顔を動かし、一言呟いた。
「もういない」
「死んだの?」
「手応えはあったよ」
「そのようだ」
それを聞いた途端、レインの全身から力が抜けた。
ルベアが呻いて、身体を起こそうとする。
「……っ、……」
異変に気づいたアィルがルベアの手を取った。
「お前……手が」
「あぁ、……喰われた」
淡々と言われた言葉に、レインが身体を強張らせる。
「……利き腕じゃないだけましだ」
ルベアは苦笑して、アィルの持つ右手へと視線を走らせた。
その腕は弾力を失い、石のように硬くなっていた。
「……でも、無事で――……」
よかった、と続けようとして、腕に増した重みに視線を向ける。
目を閉じて、ルベアがもたれ掛かっていた。
「……ルベア?」
ぽつり、と呟く。
不安そうにオルカーンが顔を覗き込む。
ディリクが素早く、何かを唱えながら手を取った。
暫くあちこち触れた後、短く息を吐いて顔を上げた。
「気を失っているだけだ。問題ない」
その言葉に、その場の全員がため息をついた。
「何だ、驚かせるなぁ」
言って、アィルが表情を崩した。
「とりあえず、無事、なんだよね」
レインが確認するように呟いて、後ろのベッドに倒れこんだ。
掠れた声が耳に届いた。
ルベアが、緩慢な動作で起き上がろうとしていた。
「けど……!」
言い募ろうとするレインを黙らせ、視線をディリクに向ける。
其処に何かを見て取ったのか、ディリクは浅く頷くと視線を上げた。
「……良いんだね」
ヴィオルウスの囁くような問いに頷いて返す。
瞬間、何も無い空間からどろりと闇が溢れた。
それは人の影のような形を模していたが、所々が溶けているような、不完全な姿をしていた。
返せ、とそれはわめいた。
陰鬱に響く声で。
「彼は君のものではないよ」
凛とした声と同時に闇は押しつぶされた。
音は、しなかった。
それは無音のまま凝固し、圧縮され、消えた。
しん、と沈黙が落ちた。
暫く時間が経ってから、オルカーンがぱさりと尻尾を振った。
それを視界の端に受け、レインが半ば呆然と口を開く。
「いなくなった、の?」
ディリクが空気を嗅ぐように僅かに顔を動かし、一言呟いた。
「もういない」
「死んだの?」
「手応えはあったよ」
「そのようだ」
それを聞いた途端、レインの全身から力が抜けた。
ルベアが呻いて、身体を起こそうとする。
「……っ、……」
異変に気づいたアィルがルベアの手を取った。
「お前……手が」
「あぁ、……喰われた」
淡々と言われた言葉に、レインが身体を強張らせる。
「……利き腕じゃないだけましだ」
ルベアは苦笑して、アィルの持つ右手へと視線を走らせた。
その腕は弾力を失い、石のように硬くなっていた。
「……でも、無事で――……」
よかった、と続けようとして、腕に増した重みに視線を向ける。
目を閉じて、ルベアがもたれ掛かっていた。
「……ルベア?」
ぽつり、と呟く。
不安そうにオルカーンが顔を覗き込む。
ディリクが素早く、何かを唱えながら手を取った。
暫くあちこち触れた後、短く息を吐いて顔を上げた。
「気を失っているだけだ。問題ない」
その言葉に、その場の全員がため息をついた。
「何だ、驚かせるなぁ」
言って、アィルが表情を崩した。
「とりあえず、無事、なんだよね」
レインが確認するように呟いて、後ろのベッドに倒れこんだ。
それから三日ほど経った。
つい先ほど目を覚ましたルベアは、体のふらつきを抑えながら廊下へと向かった。
扉を抜けると、店の方からディリクが顔を出した。
「起きたか」
声を出そうとして、一度咳き込む。
「……すまん。占領していたようだ」
少し掠れた声で言うと、ディリクは首を横に振った。
「店に居たから、平気だ」
ふと、静かなことに気づく。
「レインとオルカーンは」
「中庭に居る」
指で示すと、彼はそのまま店の中に消えた。
ルベアはディリクの消えた跡を暫く見ていたが、徐に踵を返すと中庭に向かった。
足は少しふらつくが、頭ははっきりしている。
扉を開ける。
眩しさに一瞬目が眩み、強い光は今が朝方なのだと感じさせた。
「あ!」
驚いたように叫ぶ、聞きなれた声がした。
目の上に手を翳しながら中庭を見ると、レインとオルカーンがこちらに駆けてくるところだった。
「起きたんだね!」
「ずっと寝たままだったよ」
「……あぁ」
二人に低く呟き、きょろ、と中庭を見回す。
他に人影は無い。
「あの二人は?」
問うと、レインが首を傾げて答えた。
「ヴィオルウスと、アィル?」
頷くと、オルカーンが帰ったよ、と言った。
そうか、とドアに背を預ける。
上半身が陰に入った。
少し暗くなった視界を瞬きで慣らし、レインに視線を向ける。
「お前、記憶は?」
レインは一瞬きょとんとしてから、首をかしげた。
「戻ってないのか?」
「うーん。良くわかんない」
怪訝に思ってオルカーンを見ると、尻尾をぱたりと振ってその場に伏せた。
「どっちなんだ」
「力は……使えるみたいなんだけど……、記憶とかはあんまり覚えてないっていうか」
「其処まで自我が確立していなかったからな。ただ覚えていないだけだろう」
不意に低い声が響いて、ルベアは驚いて振り返った。
音もさせずに、ディリクが立っていた。
手には盆を持っている。
それをルベアに向けながら、彼は静かに口を開いた。
「……お前が、こっちへ来たのは物心つくかつかないかくらいの時だ。覚えていなくても不思議は無い」
「……? じゃあ何で魔法は使えるの?」
きょとんと首を傾げてレインが問う。
ルベアはディリクから盆を受け取った。
その上には一人前の食事が載っていた。
「魔法というのは魔族にとって呼吸をするのと等しいほどに簡単なものだ。だが意思がなければ使えない。お前のそれは」
一旦言葉を区切り、ディリクはレインを指差す。
「その意思ごと消すようなものだ。それが戻ったから、また魔法が使えるようになったんだ」
言い終えて、ため息を吐く。
珍しい長口上に疲れたかのように。
「意思……」
分かったような、分からないような、そんな表情でレインが俯く。
「まぁ使えるって知らなかったら使おうとは思わないしね」
ぽつりとオルカーンが呟き、レインがなるほど、と手を打った。
「……そういうことだ。さっさと食え。冷めるぞ」
後半はルベアに言い、ディリクは踵を返した。
これを届けに来ただけのようだ。
つい先ほど目を覚ましたルベアは、体のふらつきを抑えながら廊下へと向かった。
扉を抜けると、店の方からディリクが顔を出した。
「起きたか」
声を出そうとして、一度咳き込む。
「……すまん。占領していたようだ」
少し掠れた声で言うと、ディリクは首を横に振った。
「店に居たから、平気だ」
ふと、静かなことに気づく。
「レインとオルカーンは」
「中庭に居る」
指で示すと、彼はそのまま店の中に消えた。
ルベアはディリクの消えた跡を暫く見ていたが、徐に踵を返すと中庭に向かった。
足は少しふらつくが、頭ははっきりしている。
扉を開ける。
眩しさに一瞬目が眩み、強い光は今が朝方なのだと感じさせた。
「あ!」
驚いたように叫ぶ、聞きなれた声がした。
目の上に手を翳しながら中庭を見ると、レインとオルカーンがこちらに駆けてくるところだった。
「起きたんだね!」
「ずっと寝たままだったよ」
「……あぁ」
二人に低く呟き、きょろ、と中庭を見回す。
他に人影は無い。
「あの二人は?」
問うと、レインが首を傾げて答えた。
「ヴィオルウスと、アィル?」
頷くと、オルカーンが帰ったよ、と言った。
そうか、とドアに背を預ける。
上半身が陰に入った。
少し暗くなった視界を瞬きで慣らし、レインに視線を向ける。
「お前、記憶は?」
レインは一瞬きょとんとしてから、首をかしげた。
「戻ってないのか?」
「うーん。良くわかんない」
怪訝に思ってオルカーンを見ると、尻尾をぱたりと振ってその場に伏せた。
「どっちなんだ」
「力は……使えるみたいなんだけど……、記憶とかはあんまり覚えてないっていうか」
「其処まで自我が確立していなかったからな。ただ覚えていないだけだろう」
不意に低い声が響いて、ルベアは驚いて振り返った。
音もさせずに、ディリクが立っていた。
手には盆を持っている。
それをルベアに向けながら、彼は静かに口を開いた。
「……お前が、こっちへ来たのは物心つくかつかないかくらいの時だ。覚えていなくても不思議は無い」
「……? じゃあ何で魔法は使えるの?」
きょとんと首を傾げてレインが問う。
ルベアはディリクから盆を受け取った。
その上には一人前の食事が載っていた。
「魔法というのは魔族にとって呼吸をするのと等しいほどに簡単なものだ。だが意思がなければ使えない。お前のそれは」
一旦言葉を区切り、ディリクはレインを指差す。
「その意思ごと消すようなものだ。それが戻ったから、また魔法が使えるようになったんだ」
言い終えて、ため息を吐く。
珍しい長口上に疲れたかのように。
「意思……」
分かったような、分からないような、そんな表情でレインが俯く。
「まぁ使えるって知らなかったら使おうとは思わないしね」
ぽつりとオルカーンが呟き、レインがなるほど、と手を打った。
「……そういうことだ。さっさと食え。冷めるぞ」
後半はルベアに言い、ディリクは踵を返した。
これを届けに来ただけのようだ。
「外で食べた方がきっと気持ち良いよ」
レインが笑ってルベアの袖を引っ張る。
落とさないように注意しながら、ルベアは後に続いて日の当たる中庭に入った。
「もう食べたのか」
「ご飯? うん。さっき食べ終わったんだよ」
もう少し待ってれば良かったね、とレインとオルカーンが笑った。
それには応えず、ルベアは盆に載った食事を食べ始めた。
食べながら、次はどうしようねと言っている二人に視線を向ける。
「とりあえずオレの目的ってもう達成しちゃったんだよね」
「あ、そっか、そうだね」
驚いたようにオルカーンが声を漏らした。
それから、ちらりと決まり悪そうにルベアへと視線を移す。
視線の意味に気づいたルベアは、口の中のものを咀嚼してから視線を落とした。
その先に、動かない右腕が映る。
「俺は……」
言いかけて、ヴィオルウスとアィルの顔を思い出す。
暫くの逡巡の後、彼はため息と共に囁くように言った。
「俺も、良い。目的はもう無い」
レインとオルカーンは少しほっとしたように頷いた。
「んー、じゃあ、オルカーンの探してる人見つけに行こう」
良い事を思いついた、とレインが嬉しそうに言うが、対照的にオルカーンが渋い顔で尻尾を振った。
「俺の場合は界渡りが必要だし、レインはともかくルベアは移動できないだろ」
「え、駄目なの?」
驚きに目を丸くするレインに、ため息で答える。
「ルベアは純粋な人間だろう? 無理だよ」
「うわぁ純粋じゃないって言われてる気分」
「違うの?」
「いやわかんないけど」
レインは胸元を押さえて斜めに傾いでいたが、気を取り直すと真っ直ぐ座りなおした。
「でも、会いたいんじゃないの?」
珍しく真剣な表情で言うレインに、オルカーンがうーんと唸る。
「会いたくないって言えば嘘になるけど、無事だって知ったから、良いよ」
尻尾をぱさぱさと振り、オルカーンがその場に寝そべった。
「そういうもんなの?」
「そういうもんだよ」
オルカーンが眠たげに目を閉じる。
「じゃあ、どうしようか?」
話は其処に戻るらしい。
食べ終え、食器を盆に戻す。
ディリクが作ったのだろうか。
質素なスープだったが、味は美味かった。
「ルベアはどうしたい?」
突然話を振られて顔を上げると、いつもと同じように、レインとオルカーンがこちらを見ていた。
「……」
無言で、視線を外す。
日の光は明るく暖かで、酷く平和だった。
何処かから飛んできた鳥が、中庭の隅に生えている木にとまった。
暫くそうして眺めてから視線を戻すと、二人はまだこちらを見ていた。
レインが笑ってルベアの袖を引っ張る。
落とさないように注意しながら、ルベアは後に続いて日の当たる中庭に入った。
「もう食べたのか」
「ご飯? うん。さっき食べ終わったんだよ」
もう少し待ってれば良かったね、とレインとオルカーンが笑った。
それには応えず、ルベアは盆に載った食事を食べ始めた。
食べながら、次はどうしようねと言っている二人に視線を向ける。
「とりあえずオレの目的ってもう達成しちゃったんだよね」
「あ、そっか、そうだね」
驚いたようにオルカーンが声を漏らした。
それから、ちらりと決まり悪そうにルベアへと視線を移す。
視線の意味に気づいたルベアは、口の中のものを咀嚼してから視線を落とした。
その先に、動かない右腕が映る。
「俺は……」
言いかけて、ヴィオルウスとアィルの顔を思い出す。
暫くの逡巡の後、彼はため息と共に囁くように言った。
「俺も、良い。目的はもう無い」
レインとオルカーンは少しほっとしたように頷いた。
「んー、じゃあ、オルカーンの探してる人見つけに行こう」
良い事を思いついた、とレインが嬉しそうに言うが、対照的にオルカーンが渋い顔で尻尾を振った。
「俺の場合は界渡りが必要だし、レインはともかくルベアは移動できないだろ」
「え、駄目なの?」
驚きに目を丸くするレインに、ため息で答える。
「ルベアは純粋な人間だろう? 無理だよ」
「うわぁ純粋じゃないって言われてる気分」
「違うの?」
「いやわかんないけど」
レインは胸元を押さえて斜めに傾いでいたが、気を取り直すと真っ直ぐ座りなおした。
「でも、会いたいんじゃないの?」
珍しく真剣な表情で言うレインに、オルカーンがうーんと唸る。
「会いたくないって言えば嘘になるけど、無事だって知ったから、良いよ」
尻尾をぱさぱさと振り、オルカーンがその場に寝そべった。
「そういうもんなの?」
「そういうもんだよ」
オルカーンが眠たげに目を閉じる。
「じゃあ、どうしようか?」
話は其処に戻るらしい。
食べ終え、食器を盆に戻す。
ディリクが作ったのだろうか。
質素なスープだったが、味は美味かった。
「ルベアはどうしたい?」
突然話を振られて顔を上げると、いつもと同じように、レインとオルカーンがこちらを見ていた。
「……」
無言で、視線を外す。
日の光は明るく暖かで、酷く平和だった。
何処かから飛んできた鳥が、中庭の隅に生えている木にとまった。
暫くそうして眺めてから視線を戻すと、二人はまだこちらを見ていた。
倉庫
管理者:西(逆凪)、または沖縞
文章の無断転載及び複製は禁止。
文章の無断転載及び複製は禁止。
カレンダー
10 | 2024/11 | 12 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | |||||
3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 |
17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 |
24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |
カテゴリー
- ご挨拶。(3)
- [長編] Reparationem damni(12)
- [長編] Nocte repono rubei(72)
- [長編] Sinister ocularis vulnus (30)
- [長編] Lux regnum(61)
- [長編] Pirata insula(47)
- [長編] Purpura discipulus(43)
- [長編] Quinque lapidem(29)
- [短編] Canticum Dei(3)
- [短編] Candidus Penna(9)
- [短編] Dignitate viveret,Mori dignitas (11)
- [短編] Praefiscine(3)