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2024/11/23 (Sat)
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2012/02/05 (Sun)
 市を一通り回ってから、サキ達は残りの書類を片付けるためもと来た道を戻った。
 のんびり景色を見つつ、物思いにふける。

 強い風がレイラの金色の髪を背後に泳がせている。
 きらきらと目に映るそれは、じっと見ていると意識が途切れそうなほどだ。

 光の色。
 まぶしい。

「どうか、しましたか? サキ様……」
 心配そうに聞くレイラに、思わずサキは笑みをこぼす。
「今日、何回目だ? その言葉は……。なんでもないよ。考え事を、していただけさ」
「そう、ですか?」
 まだ釈然としないものを感じているようなレイラに、ふと思いついて聞いてみる。

「レイラ、君、金色の瞳をしている少年を知っているか?」
「……金色の、瞳の、ですか? ……いえ、存じませんが……」

「そうか」

 サキはそれ以上言わず、ただ黙々と歩を進めた。
2012/02/05 (Sun)
 建物の前に立つと、なぜか少しほっとする。

 いつもここにいたからか、それとも喧騒になれていなかったからなのか。
 それはわからないけれど。

「レイラ、中に入ったら、お茶を入れてくれるかい?」
「はい」
 扉に手をかけて言うと、レイラはほころぶように笑った。

 サキは開けるために手に力をこめるが、それは内側に引っ張られた。
 つられて前につんのめるサキを、内側に立っていた人物が受け止める。
 訳もわからずその人物の手を借りて何とか立ち上がると、後ろからレイラの声が耳に飛び込んだ。

「ミカゲ様!?」
「え、ミカゲ?」

 ぱっと顔をあげてみると、たしかにそこには良く見知った顔がいた。
 ミカゲはオリエーンスの国主である。中央の大地を挟んで向かいにあるが、そんな距離はたいした意味もないほどミカゲはよく来る。
 彼は温和な顔をして、少しずれたメガネを押し上げて口を開く。
「こんにちは。お久しぶりです。……元気そうで何よりですね」
 ミカゲは誰に対しても丁寧な口調だ。
「いや、そちらこそ……どうかしたのか?」
 サキはミカゲがここに来たことを疑問に思って聞いてみる。

 今オリエーンスはかなり酷い状態になってきているはずだ。こんなところに国主がいてもいいのだろうか。
「えぇ、少し……」
 ふと、国主の付き人がいないことに気づく。
「シルウァは?」
「彼には少しお使いを。……この館は誰もいないのでしょうか。どうしたらいいか迷っていたのですけれど」
「ああ、……人手不足で、市がたっているから、街には人がいるんだけど」

「お茶、入れてきますね」
 レイラがそう言って小走りに去っていく。
「じゃあ、こちらに」
 玄関に立ったままだったので、サキはミカゲを伴って歩き出す。
2012/02/05 (Sun)
 日の多く入る回廊を歩くとき、ミカゲはいつも外を見て足を止める。
 サキにとっては日常の、何の変哲もない外を。

「ここは、いつ来ても風が気持ちよいですね」

 その言葉に、オリエーンスがもうここ何ヶ月も風が吹かないことに思い至った。
 そのため、木が枯れはじめているとのことだ。
 つい言葉を失ってしまったサキに気づいて、ミカゲがふり返る。
「どうしたんですか、そんな顔をして」
 ミカゲが淡く微笑む。
 消え入りそうな笑顔。
「まぁ、このごろ災難続きなんです。今日来たのもそのことなんですよ」
 苦笑するミカゲは、どこか陰を含んでいて、日の光によってできる影のように感じた。
 背筋を冷たいものが伝う。

「それで、どこに行けば良いんですか?」
 立ち止まっていたことに気づき、サキが慌てて歩き出す。

 しばらく歩いて、視線を足元に落としたまま、サキはポツリと呟く。
「世界が滅びるって、どういうことだろうね」
「……何ですって?」
 呟きを聞きとがめて、眉間にしわを寄せる。

「宝玉って言ったら、何を思いつく?」
 先に言った質問と違ったことを、不意にサキが問う。
「それは、あれでしょう」

 大地にそれぞれある、5つの宝石を。
 思い浮かべてミカゲが言う。

 サキは額にかかる髪をかきあげて、視線を上げる。
「じゃあ、柱は?」
「柱? ……どうしたんです、さっきから」

 怪訝な顔でミカゲが問いただす。
 曖昧な返事をして、サキは目を閉じた。
2012/02/05 (Sun)
 サキの私室である部屋にミカゲを通してしばらく。
 廊下を足音が近づいてくるのに気づいて、ふたりは扉を見やった。
 急いでいるような、そんな足音。

「ミカゲ様!」
「シルウァ」
 扉を開けて入ってきた少年に、ミカゲが微笑む。

 シルウァはミカゲの付き人だ。
 まだ少年だが、よく働くとの評判の。
 少し気弱そうな瞳をミカゲに向け、それからサキに向ける。

「こんにちは、サキ様」
 礼儀正しく言うシルウァに、サキも挨拶を返す。

「あの……」
「ああ、かまいません。今渡してくださいますか?」
 シルウァの態度に微笑み、ミカゲが促す。
 彼がすっと差し出したのは、苗だった。
 オッカースゥスでよく育つ、木の苗。
「ミカゲ、それは?」
「これですか? ……いい木があれば買ってくるように、頼んだんです。国で育つかどうかは疑問なんですが」
 苦笑して、苗を受取る。
 ゆっくりとそれを見てから、シルウァを見上げ、微笑む。

「ああ、いいですね。ご苦労様です。シルウァ」
 その言葉に、シルウァが相好を崩す。
 花がほころぶような、笑顔。
「皆さん、お茶、いかがですか?」

 その時ちょうどレイラが戻ってきた。

 どうやら苗を買いに来ただけのようで、ミカゲ達はしばらくして帰ってしまった。
 帰り際に、不吉なことを言い残して。

 彼は神妙な顔で、まっすぐサキを見て言った。
「……占者が言っていました。近いうちに、赤い石が割れると」
 サキはその言葉を聞いて、半ば呆然とミカゲの顔を見た。
「よくは、わからなかったんですが」
 そう言って笑った彼に、サキは何か腑に落ちないものを感じた。

 何かがあるような。
 違和感が。
2012/02/05 (Sun)
 石が割れる。

 それがどういう意味を持つのか。
 この時点ですべてわかっている人物はほとんどいなかった。

 カタン、と音がして、薄暗い建物の影からひとつの人影が現われた。
 ウェーブの髪を背に流し、ふらりと歩いている。

 そこは中央の大地。
 国主アンスリウムが治める国、メディウム・トゥッリスの塔の中。

 幾枚もの薄布が天井から垂れ下がる場所を、彼女は迷うことなく歩く。

 国主の付き人である彼女にとって、この塔の中は庭のようなものだ。
 ほんのかすかな衣擦れの音しかしない空間の中で、つと、彼女は足を止めた。

 目の前には大きな扉。
 身長の4倍はあろうかというそれは、彼女が軽く触れるだけで開いた。

「……アザミか」

 奥から聞こえる深い声に、彼女、アザミは部屋の中に入った。
 背後で扉が閉まる。
「思うように運びませんわ。……アンスリウム様」
「良いよ。期待はしていなかった」
 アンスリウムは大して面白くもなさそうに笑った。
 暗く、低い、笑い声。
「どのみち、落ちるのは時間の問題だ……」





 その時突然地震があった。

 家具が倒れ、お茶の入ったカップが床に落ちる。
 サキはレイラを庇い机の下に隠れ、その地震をやり過ごした。
 時間的には10分もなかっただろう。けれどその地震のせいで、かなりの被害が出たことはたしかだった。
 そのことを思い、ため息をついて机から出る。

「怪我は、ないか?」
「大丈夫です……。大きかったですね」

「ああ、何か、いやな予感がする」
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