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2012/02/05 (Sun)
 忘れることは許されない。
 多くの者を殺めたことを。

 罪有る者を。
 罪無き者を。
 老人を、幼子を。

 全ての生ある者を、お前が殺したのだということを。

 その罪ゆえに呪いをかけよう。

 忘れるな。
 その瞳は呪いの証。

 それを見るたびに思い出せ。
 お前が殺した者たちのことを。

 永遠に許されない罪を。
2012/02/05 (Sun)
 頭上には暖かな日差しが降り注いでいる。

 緩やかに流れる風と、木の間を飛んでいる鳥との声が心を落ち着かせる。
 適当な木に寄りかかるようにして腰をおろす。
 穏やかな気候はこの土地特有のものだという。

 町を出てからすでに2日。
 もう一番近い村に着いていて良いものなのに、まだ影も形も見えない。

 ため息をついて目を閉じた。
 長く伸ばした銀青色の髪が風に揺れる。
 額にかかった髪を手で払って空を見上げた。
 時間の流れが止まったような感覚。

 このまま、ここで。

 ふと思い、自嘲気味に薄く笑う。
 そんなことできるわけ無いのに。
 何かを振り払うように首を振って、立ち上がる。
 少ない荷物を手にとって歩き出した。

 村のあるであろう方角に向かって。
2012/02/05 (Sun)
 途中何度か休憩を入れながら歩いたが、ついにその日は村にたどり着けなかった。
 日が暮れてきたので火を起こすための木切れを拾いに森に入る。
 拾っているうちに、気がつけば足元すら見えない程に暗くなってきていた。
 ある程度まで拾い終えたので、そのままきびすを返してもと来た道を引き返す。

 と、途中で何かに躓いた。
 その拍子にせっかく拾った木切れを地面にばら撒いてしまう。
 何を踏んだのだろうと足で探ると、それはなにやら柔らかかった。
 疑問に思って手で触れてみる。
 布の感触。
 さらりとした髪。
(髪?)
 わずかな月明かりのあたる場所までそれを引きずっていくと、それは人間だった。

 短い黒髪。
 幼い顔。
 まだ若い。
 少年といって良いほどの。

 とりあえずその場に置いておいて、さっきばら撒いてしまった木切れを拾いなおす。
 しばらくその作業をして、何とか集め終わったところで火を起こす。
 そのまましばらくは炎だけを見ていた。

 ふと、その少年が身じろぎした。

「……?」

 炎の照り返しを受けたその顔は、目を開いてもやはり幼く見えた。
 赤に負けないほどに鮮やかな緑の瞳。
「……ここは……? あんた、誰だ……?」
 思ったよりも低い声に多少驚く。
 少年は頭に手を当ててうつむいた。
「……そうか、……助けてもらったんだな。礼を言うよ」
 そしてまっすぐにこちらを見る。

「俺の名前はアィル=ディーン=ウィステリアス。ここから南にある村に住んでるんだ」
2012/02/05 (Sun)
 きっぱりと言った意志の強い瞳を眩しそうに見つめる。
 ぼうっと見ているだけだったので、彼、アィルが不思議そうな顔をした。
「……なんか、俺変なこと言ったか?」
「……あ、いや……。私はヴィオルウス。これからシオンの村に行く予定なんだけど……」
 そう言うと、アィルは顔を輝かせた。

 無邪気な顔。
 何の警戒心も見せずに。

「それなら一緒に行こう。どうせ俺も帰るつもりだったし」
 返す言葉が見つからなくて黙っていると、アィルはきょとんとした。
「もしかして用事があるのか?」
「……そんなことないけど……」
「……? だって、ここは村からかなり離れてるぞ?」
 不思議そうに聞いてくる彼に、ヴィオルウスは驚く。

「……え?」

「いや、だからさ……」
 困ったように頭を掻いて、手近にあった木を拾う。

 それで地面に長細い丸を書いた。
 どうやらそれがこの地方のつもりらしい。
 大陸であればただの楕円ではありえない。
「ここがシオンの村だろ?」
 そう言って、丸の南寄りに円をひとつ書く。
「そんでここがエールの町」
 描いた円より少し左斜め上あたりにもうひとつ書く。
 そこはヴィオルウスが何日か前に出発した町だった。
「それで、ここが現在地、だな」
 アィルが示したのは、シオンの村よりはるかに上のほうだった。エールより遠い。

「……あれ?」
2012/02/05 (Sun)
「もしかして、道間違えてたのか?」
 呆れたようにきいてくるアィルに、困惑した瞳を向ける。
「……まぁ、見たところ方角器も持っていないみたいだし……」

「……君は、どうして、ここに?」
「俺? どうしてって、薬草を取りに」
 ほらと示した小さな袋の中には、いろいろな種類の草が入っていた。
 これをどうするのだろうと首を傾げていると、彼は袋をしまいながら言う。
「これは大抵シオンの村で売るか、そうじゃないときはエールまで持っていくんだ」
「……大変じゃない?」
「まぁ大変だけど。……さっきみたいにいろいろあるから」
 表情が翳ったのをみて、ヴィオルウスが口を閉ざす。
 さっきは気がつかなかったが、どうやら足を怪我しているらしい。
 微妙に庇っている。

 ヴィオルウスは無言で自分の荷物の中から薬を出す。
 きょとんとしたアィルの足を取って、傷口を調べる。
 どうやら何かに噛み付かれたらしい。
 裂傷のような傷の周りに、乾いた血がこびりついている。

 よく見れば顔色も悪い。
「平気だよ、このくらいなら……」
 慌てて後ろに下がろうとするアィルを制して、ヴィオルウスは傷口を水筒の水で流した。
 少し綺麗になったのを見てから薬を塗り、布を巻く。
 流れるような動き。
 どうやら慣れているらしい。
「へぇ。すごいなぁ」
 素直に感心したようなアィルの声。

「どうして、怪我を?」
「実は剣を落しちゃって。そこに運悪く獣がな……」

 困ったような口調だが、表情にはあまり困った様子がない。
 むしろ照れているような。

「その剣は?」
「ああ、明るくなったら探そうと思って」
 そう言って、アィルはその場に横になった。
「ごめん。少し疲れた。……しばらくしたら起こしてくれ」
 何を言う暇もなく、アィルは静かな寝息を立て始めた。
 ヴィオルウスはしばらくその顔を見ていたが、おもむろに炎を見つめるとその中に手を入れた。
 救い上げるように手を動かして、炎の中から手を出す。
 袖には焼け焦げ一つなく、手も綺麗なままだ。

 眠るアィルに一瞥を投げると、ヴィオルウスはアィルの倒れていた森のほうに入っていった。
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