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2012/02/03 (Fri)
 天界の者には無い色。
 ここに住む者の大半は緑か青のはずだ。
 アルファル自身も、深い青色の眼をしている。

「神様……。私を呼んだ理由は何でしょう」
 その男の視線に耐えられず、無理に神に視線を合わせる。
 神はそれ自体光を放っているかのようで、体の輪郭ぐらいしかわからない。
 顔の陰影もわからない、その口にあたる場所が動く気配も無い。

 けれど、声は響く。
 『その者が、お前に会いたいと』
 「……何故」
 信じられないというように目を見開く。

 神を従わせる?
 この男が?

 驚きに目を見開いたまま男を見ると、彼は不敵な笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「俺の名前はアルジェンテウス。お前の名は……アルファルか。面白い名前だな」
 からかうような口調に、アルジェンテウスを睨み付ける。
「ははッ! そう怒るなよ」
 両手を挙げて笑うと、彼は神を振り返った。
「とりあえずこいつ連れてくぜ。じゃあな」
 軽く手を振り、アルファルの腕をつかむと扉のほうに向かって歩き出す。
「ちょ……ッ! 離してください!」
 腕を振り解こうとするが、思いのほか強い力で掴まれているらしく、びくともしない。
 半ば引きずられたまま、外に連れ出されてしまう。
「神さ……ッ……!」
 振り返るが、無常にも扉は閉じられた。
「別に取って食おうってんじゃねぇんだから、そこまで拒否することねぇだろ?」
「……手を……離してください!」
 精一杯睨み付けて言う。
「じゃあついて来い」
 そう言うとあっさりと腕を開放してくれた。
 背を向けて歩き出す。
 このまま反対方向に行ってしまおうかと思ったが、それも何か釈然としない。

「おい、さっさとついて来いよ」
 肩越しに声をかけられ、意を決して後についていく。
 何も目算があったわけではない。

 神を従わせるこの男に、興味がわいたのかもしれない。
2012/02/03 (Fri)
「どこまで、行くんですか?」
 長い長い回廊を迷うことなく進んで行く彼の背に向かって、怪訝そうに聞いてみる。
「見晴らしのいいとこ」
 答えを返され、けれどアルファルは今向かっている方向には行ったことが無かった。

 そしてまた沈黙が落ちた。
 不意に彼が振り返る。
「怖いか?」
「まさか」
 反射的にそう答えていた。
 実を言えば、このまま進んでいくことが良いことなのかわからなかった。
 進めば、戻ってこられないような。
 そんな気がしていた。

「……おい?」
 怪訝そうな声にはっとして顔を上げると、目の前に男が立っていた。
 こちらよりも少し目線が高い。
 あわてて一歩下がる。
「そんなびびんなって。着いたぜ。ここだ」
 顎で指し示すのはひとつの扉。
 彼は一歩下がって、道を譲る。

 開けろと、いうことか。
 戸惑いながら、アルファルは扉に手を伸ばした。
 少し重いその扉は、深い緑の色をしていた。
 今までの場所にそぐわない、暗い色だ。

 恐れと戸惑いと。
 恐怖のほうが強かったかもしれない。

 そんな心で扉を引こうとすると、勢いよく閉じられた。
 目の前にアルジェンテウスの手がある。
 繊細そうには見えない、細いけれど無骨な手。

「それじゃ駄目だ」

「……え……?」
「もうちょっと軽い気持ちで開けろよ。別に変なもんは出てこねぇから」
 そう言うと手を離す。
 不思議に思いながらも、気持ちを落ち着けるために深呼吸をする。
 落ち着け、と言い聞かせ、脳裏に天界の広場を思い浮かべる。
 年中花が咲き乱れ、笑い声が耐えないその場所を。
「笑い声はちょっといらねぇけど……まぁいいか」
 心の中で思い浮かべただけなのに言葉を返され、驚いてそちらを見る。
「あ? 気にすんなって、ほら、開けろよ」
 手を引かれ、扉に手をかけさせられる。
 余計なことは考えないようにして、一気に開け放った。
2012/02/03 (Fri)
「目を開けてみろよ」
 笑いを含んだ声に、自分が目を閉じていたことに気づく。
 目を開けると、そこは天界の広場だった。
 色とりどりの花も、輝く光も。
 記憶と大差ないほどの。
「何……」
 あっけにとられて景色に見入っていると、アルジェンテウスはさっさと中に入ってしまう。
「ま、上出来、かな」
 顎に手を当ててぐるりと見回している。
「何が……ここは……?」
 混乱する頭で問いかけると、彼は笑って歩いてきた。

「ここなら誰も来ない」

「そうではなくて、……ここはどこなんですか?」
「ここは『深遠の間』。まぁ簡単に言うとお前の頭ん中だな」
 実にあっさりと言い放ってくる。
「そんなことより話があるんだ」
 彼はそう言うと扉を閉めた。

「単刀直入に聞く。お前、死にたいか?」
「……え?」

 問われた言葉の意味を図りかねて、思わず聞き返す。
 天使に厳密な、『死』というものは存在しない。
 あるのは消滅だけ。
 それも特殊な場合以外は適用されない。
 その天使である自分に、何を聞くのだろうこの男は。

「死にたいのか、死にたくねぇのか、どっちだ」
「何を……言っているんです。私は法を犯すつもりはありませんよ」

 特殊な場合。
 それは天界で定められた法を犯すことだった。
「そうじゃねぇ。お前……法を犯すことだけが死に繋がる訳じゃねぇんだぜ?」
 一瞬よぎった、悲しみの表情に息を呑む。
「何……」
「……まだ、そういう目にはあってねぇんだな……。まぁいい。それじゃ、俺の力を半分与えよう」
 呟くように言うと、強い力で手首を掴む。
「痛……ッ!」

「俺の名前はアルジェンテウス。すべてにおいて最初の契約者。人ならざりし彼の者が作り上げた世界の器。世界の運営を司るこの力を、今は半分だけ、こいつに譲る。この者の名はアルファル。2代目の……ルシェイドだ」

 吐き捨てるように言われた言葉のほとんどは聞こえていなかった。
 掴まれた手首から、何か暖かな力が流れ込んできて。
 頭がふらふらする。
「……おい、しっかりしろ」
2012/02/03 (Fri)
 目を開けると、アルジェンテウスの後ろの空が見えた。
 作り物の青い色が。

 どうやら倒れていたらしい。
 差し伸べられた手にすがって、身体を起こす。
 ふと、耳に届いた声。
 何かの、歓声のような。
 けれど喜びの響きではなく、これは恐怖。

 喧騒。……悲鳴。
「お前にも聞こえるか」
「何が……」
 慌てて立ち上がるとまだ頭がふらふらしたが、そんなことを言っている場合ではない。
「……戦争だよ。知らなかったのか?」

 戦争。
 誰と、誰の?

「その様子じゃ、知らなかったみたいだな。……天界人の一人がへまをしたのさ。魔界と天界の戦争だ」
 愕然とした。
 そんなことは知らなかった。
 空にある天界と、地にある魔界でそんなことがあるなんて。
 それに、両者は不可侵だったはずだ。

 へまを、した?
 アルファルはきびすを返すと、扉を開け放つ。
「どこへ行く」
「決まってます。皆を助けないと」
「お前ひとりが行ったところで何も変わんねぇぞ」
 もっともな意見に唇をかみ締める。
「……わかっています。私ひとりが行ったところでどうにもならないことなんて。でも、行かなければ私はここにいる意味が無い」
 言い捨てると返事も待たずに回廊を走る。
 回廊は翼を広げて飛べるほどには広くない。
 急いで走っていくうちに、錆びた鉄の臭いが強くなってきた。

 血の臭い。
 顔をしかめて回廊を曲がる。

「!」
 足元に天使の死体があった。
 足がすくむ。
 翼は引きちぎられ、一目で絶命していることが見て取れる。
 見覚えのある姿。
 今朝は笑っていた。
 唇をかみ締めて傍らに落ちていた剣を拾うと、その死体を超えてまた走り出した。
 血の臭いはさらに濃くなってきている。
 それにつれて戦う音や、声も大きくなってきていた。

「天使ダ!ここにもイるゾ!」
 ざらざらした魔族の声に振り返ると、すぐ近くにそれはいた。

 黒く変色した肌。
 蝙蝠のような羽根。
 それは槍を突き出してきた。
 とっさにかわし、剣で斬り付ける。
 浅い、と思ったが、剣で斬ったところから魔族の身体が崩れていくのを目にして、自分がさっき拾った剣が破邪の剣だったことに気づく。
2012/02/03 (Fri)
「アルファル! 何故来た……!」
 聞こえてきた声はなじみの声。

「……ハゼル……! 大丈夫ですか!?」
 こちらに近づいてくる彼の腕が血を流していることに気づき、慌てて駆け寄る。
 けれど彼は差し伸べたこちらの手を無視して問いかけてきた。
「アルジェンテウス殿は? 一緒ではないのか?」
「先ほどまで一緒でしたが……貴方は彼を知っているのですか?」
 逆に聞くと、彼ははっとしてアルファルをその肩で押した。
 勢いに負けて床に倒れる。

「ハゼル……ッ!」
 目の前に、立ちふさがるようにして立っている彼の。
 胸から剣先が生えていた。
 痛みを堪えながら、彼は手にした剣を振るう。
 魔族は断末魔の叫びを残して消えうせ、また彼も膝をついた。
「ハゼル……! あぁ何てこと……!」
 慌てて彼の傍らに跪く。
 剣を抜いたとたんに溢れ出す血の量。
 明らかに致命傷だ。

「早く……逃げろ……!」

 血反吐を吐きながら、アルファルの肩を押す。
 ごふ、と血を吐き大きく咳き込んで、彼は動かなくなった。
 涙が溢れた。
 泣くつもりはなかった。
 ただとめどなく流れる涙を感じながら、あぁ、天使でも血は流れるんだな、などとぼんやりとした頭で考えていた。
 呆然と、ただ亡骸を前にしていると、誰か、否、何かが近寄って来た。
 顔を上げるまもなく殴られる。
「……ッ……!」
 それは武器を持っていないのか、アルファルはそのまま床に押さえつけられ、首を絞められる。

 魔族の、ざらついた手の感触。
 その手から逃れようと、手足を動かすが、ほとんど無意味だった。
 自らが手に持っていた剣は先ほど突き飛ばされたときに手から離れている。
 息ができずに意識が遠くなっていく。

 ここで死ぬのか。

 法を犯す以外の死。
 それが今まさに自分に当てはまるとは、考えてもいなかった。

 と、突然手の感覚がなくなった。
 目を開けると目の前にいた魔族が消えている。
 急に入ってきた酸素に咳き込みながら、周りを見回す。
「何やってやがる」
 いたのはアルジェンテウスだ。
 不機嫌そうに歩いてくる。
「……ッ……が……!」
 のどの痛みでうまく声が出ない。
「あん?」
 片眉を上げてアルジェンテウスが聞き返す。
「ハゼル……が……」
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