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2012/02/05 (Sun)
 身体が落下し、浮遊し、引き伸ばされる。
 慣れない感覚に眩暈を感じた頃、それは唐突に終わった。

 視界に入るのはもはや石の壁ではなく、薄暗く深い森の情景だった。
 今のはルシェイドがよく使う転移の魔法だ。
 ほぼ一瞬で大抵の場所に移動が出来るので便利と言えば便利なのだが。

「……おい」
「何だ、まだ慣れないの?」
 低く声をかけると、彼は悪びれた様子もなくからりと笑った。
 あの酩酊するような感覚が嫌なのだと何回言っても覚えない。
 否、こいつはむしろ覚えた上でやりそうだな。
 しかし顔色はまだ悪いがだいぶ回復してきているようだ。
 足取りはしっかりしている。

「……此処は?」
 感心したように、ウォルファーが囁く。
 足元のふらつきを手近な木に寄りかかることでやり過ごしつつ、周りを見回す。

 見覚えは、あった。
 昔は此処まで足を伸ばす事もあったからだ。
「南の……施設か」
「正解ー」
 何が楽しいのか弾むように答え、くるりとその場で回転した。
「ウォルファーは南の施設行った事ある?」
 俺からは、ルシェイドは背を向けているので表情は見えない。

 そしてふと気づく。
 彼が向いているのは、その施設がある方向だ。
 俺たち二人に背を向け、ルシェイドは視線を戻さない。
「俺は……行った事無い」
「そっか。ライナートは中までは?」
「最奥は行ってない」
 途中までなら行った事はある。
 それ以上は気分が悪くて進まなかった。

「……そう。なら、覚悟しておくと良いよ。見て気分のいいものは、おそらく無いだろうからね」

 その声の響きに、背筋が粟立つ。
 嫌な、声だ。

 だが、くるりと振り返った顔はいつもの表情だった。
 一片の影も無いような。
 笑顔。
「さ、行こうか」
 食えねぇ、と思うのはこんな時だ。
 何考えてんだか分からねぇ。
 つかみ所がない。

 だけど此処で問い詰めたところでのらりくらりとかわされるに決まってる。
 俺は溜め息をつくと、歩き出した二人を追った。
2012/02/05 (Sun)
 南の施設がいつからあるのか、知ってる奴は居ないだろう。
 酷く古くから、そこは施設として存在した。
 何の施設なのか知ってる者も、行った事のある者も殆ど無く、ただ忌まわしいものとして皆に認識されているだけだ。
 俺が中に入ったのは、まだリーヴァセウスに拾われる前、森で暮らしていたときの事だ。
 単調な森の暮らしに飽きていた。
 一言で言うなら暇つぶしだ。
 一見すると普通の建物なのに、入って直ぐのいくつかある扉の中は、普通とは言い難い、見たことの無いものが多数あった。
 生き物、と言って良いかはわからない。
 それらの殆どは蠢き、生きていた。
 すでにその原型は留めていなかったにしても。
 細かいところは、よく覚えていない。
 ただ、それ以来一度として近寄らなかったのは確かだ。
 おぞましい、感情だけは残っている。

 そんな事を思い出しながら、施設へと向かっていると変な顔をしたルシェイドと視線が合った。
 変な顔、と言っても面白い顔をしているわけじゃなく、ただ、痛みを堪えるような、何ともいえない顔になっている。

「どうかしたか」
 問うと、彼は何でもないと言ってさっさと歩を進めた。
 よくわからない。
 相変わらず謎だ。

 中は薄暗く、湿り気を帯びていた。
 不快な湿度だ。
 微かに鉄錆の臭いがする。
「あ、待てよ!」
 ウォルファーの声にはっとする。
 周りにばかり気を取られていたが、その隙にルシェイドはさっさと先に進んでいた。
 左右の扉には見向きもしない。
 この施設に、何があるか知っているようだった。
 おそらく見たくないのだろう。
 後を追って走るウォルファーについていく。
 薄暗い中、ルシェイドは迷う素振りも見せずに進んでいる。
「ルシェイド、道は判っているのか?」
「うん」
 答える声は短い。

 どうしたのだ、と問おうと肩に手を伸ばした。
2012/02/05 (Sun)
 その視界の隅で何かが動いた次の瞬間、俺は伸ばした手でそのままルシェイドの肩を掴み、自分の後ろへ追いやった。
 かばうように、立つ。

 それはゆっくりと姿を現した。

 動きを見ればどこか狼のように、それはしなやかに眼前に立ちふさがった。
 体毛の一つも無いその身体はぬめりを帯びて僅かの明かりに光り、所々がグロテスクに節くれ立ち、脈動に合わせて波打っている。
 動きはしなやかなのに優雅さは欠片も無い。

「ライナート」
 低い、抑えた声。
 ウォルファーか。
「何だ」
 視線は目の前のモノに据えたまま、短く答える。
「囲まれてる」

「……判ってる」
 舌打ちしたい気分だ。
「ルシェイド、防御を頼む」
 後ろに居る彼に囁くが、返事が返ってこない。

「おい」
 少し声を大きくして呼ぶが、それでも動きが無い。
 再度声をかけようとしたとき、目の前の獣が動いた。
 姿勢を低く構える。
 飛び掛る気か。
 注意を目の前の、そして周りの獣に振り分けた時、背後からぽつりと小さな声が聞こえた。

「ごめんね」

 何、と振り返ろうとして、いきなり吹き掛けてきた熱気に目を細める。
 熱源はルシェイドだ。
 緩く差し招かれるように伸ばした手に、赤く輝く炎が形作られていた。
 徐々に姿を変え、大きくなっていく。

 火の、魔法。
 こんな、閉鎖空間でか!

 火はこういう空間で使うには加減が難しい。
 弱すぎれば敵は倒れず、強すぎれば味方も死ぬ。
 火の勢いはどんどん強くなっていく。
 視線は獣に送ったまま。

 その時、別の気配が感じ取れた。
 ぼんやりと周囲の壁が青白く光る。
 複雑に描かれた模様。
 構成は読み取れる。

 これは魔法、だ。
 効果は、反射。
 炎を返されたらひとたまりもない。
2012/02/05 (Sun)
「ルシェイド! 『止めろ』ッ!」

 ルシェイドがびくりと動きを止める。
 彼の魔法耐性はかなり高いので、完全に炎の魔法を止める事は出来なかったが、まだ発動はしていない。
 壁の模様も完全に効果を発揮する前だ。

 ほっと安堵の息を吐いた途端、獣が飛び掛ってきた。
 舌打ちをして、袖に隠してある短剣を投げつけた。
 耳障りな声をあげて倒れる獣を横目に、周囲を確認する。
 獣たちの幾匹かは既にウォルファーの足元に倒れていた。
 残りの獣も見事に捌いている。
 あの分なら心配は無いだろう。
 ルシェイドに向かった獣を薙ぎ払い、群がる獣を叩き伏せていく。
 彼は接近戦には向かない。
 魔力に特化した分、腕力は弱い。
 見た目相応、と言ったところか。
 ルシェイドは炎の残滓を腕に巻きつかせたまま、俺達の戦闘を見ていた。
 獣の数を見て少してこずるか、と思ったが、意外と早く片付いた。
 思ったよりウォルファーが強かった所為だろう。
 軽く肩で息をしているが、まだ余力はありそうだ。
「意外とやるんだな」
「……」
 声をかけるが、何か言いたそうに視線をさまよわせている。

「何だ」
 促すと、視線を獣に当てて、口を開いた。
「いや、あんた素手なのに強いなと思って」
「……あぁ、お前にはそう見えるのか。言っておくが俺は素手じゃないぞ」
 ぽかんとした表情のウォルファーに、肩を竦めてみせる。
 あえて手の内を明かす必要もない。
 明かしていい武器でもないしな。

 視界の隅で何かが動いた。
 見るとルシェイドが獣の傍らに膝をついていた。
「汚れるぞ」
 一応声をかけるが、答えは無い。
 背を向けているので表情は見えない。

「……知り合いか」
 獣に触れる手つきが優しくて、ついそう聞いていた。
「……昔、町にいた子だよ」
 ぽつりとルシェイドが呟く。
「少し、臥せりがちだったけど、良い子でね……」

 はぁ、と大きく溜め息を吐くと、何かを振り切るかのように勢いよく立ち上がる。
「さ、行こうか。まだもう少し先だから、こんな所でぐずぐずしているわけにもいかないからね」

 じっと表情を見つめる。
 いつもの笑顔。
 だけど。
 目は、笑っていなかった。

 ウォルファーが、一歩踏み出す。
2012/02/05 (Sun)
「……あんた、それで良いの?」
「何が?」
 笑顔は変わらない。
 なのに、一瞬で空気が張り詰めた。

「ウォルファー」
 たしなめるように名前を呼ぶ。
 けれど彼はルシェイドを見たままだ。
 非難するような視線で。

「知り合いだったんだろ? それで良いのかよ!」
「……おい」

 ルシェイドは何も言わない。
 ただ、じっとウォルファーを見ているだけだ。
 笑顔を、貼り付けたまま。

「止めろ、ウォルファー」
「……でも!」
「止めろ、と言っているんだ」
 静かに繰り返す。
「お前は此処に何をしに来たんだ。ルシェイドに文句を言いにか」
「……っ……!」
 ウォルファーが言葉に詰まる。
 会って間もない相手に、そこまで感情移入することは無いだろうに。

「目的を忘れるな。俺たちは此処に城の者を探しに来たんだ。感傷は後にしろ」
 きっぱりと断言し、まだ何か言いたそうな二人をせかす。
 こんな事で、時間を食うわけにはいかない。
 なんとなく重たい空気のまま、先に進む。

 襲撃は何度かあったが最初に比べると全然楽で、大した問題も無かった。
 進むにつれ、周りは暗く、出てくる獣も異常になっていく。

「気をつけて」
 唐突に、それまで黙っていたルシェイドが言った。
「近いのか」
「多分……」
 問うと、彼にしては珍しく歯切れの悪い返答をした。
「……城の者が何処に居るか判るか?」
 危険にはあえて触れずに聞いてみた。
 ルシェイドは、うーんと首を傾げ、虚空を見つめて呟いた。
「……右の、奥、かな」
 断言されたわけではないが、他に道も無い。
 どこか悲しそうな表情が気になったが、俺たちは特に何も言わず、その方向に進んだ。
 もはや獣とさえ言えない生き物を倒しつつ、暫く進むと行き止まりになった。
 正面にある扉は、今まで延々と続いていた廊下にあった扉よりも、頑丈そうな造りをしている。
「この奥か」
 呟いて、扉に手をかける。
 鍵はかかっていないのか、扉は抵抗無く開いた。
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