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2012/02/05 (Sun)
「レイラ、ちょっと待ってくれ」
 街に行くと、市のおかげで人ごみがすごかった。

 ともすれば見失ってしまうであろうレイラを追いながら、サキは少し浮かれていた。
 こんなににぎやかなのは久しぶりだ。

 レイラは時々立ち止まりながら、人に飲み込まれることなく進んでいく。
 どうやったらああいう風に進めるのか、サキにはわからない。

「レイラ?」

 人にぶつかってそちらに気をとられた隙に、サキはレイラを見失ってしまった。
 どこに行ったのか周りを見回すが、どこにもレイラの影は見当たらない。

「……」

「……え?」

 不意に聞きなれない声が耳に飛び込んできた。
 たくさんの人ごみの中で、なぜかその声だけが耳につく。
「……誰だ……?」
 目を凝らして声の主を見つけようとするが、なかなかうまくいかない。


「この世界は滅びる」


「何だって?」
 すぐ後ろから聞こえた声と、その内容に、思わず聞き返す。
 呆然と立ち尽くす彼はたぶん人ごみの中では邪魔だろうに、誰も注意を払わない。
 そのことに気を取られる前に、サキは振り向いて声の主を見つけた。

 そこにいたのは、黒いマントを頭までかぶった人影だった。
 身長が、サキの胸のあたりまでしかない。
 わずかに覗く顔の、瞳が金に輝いている。

「愚かな人間たち。彼らの所為で今、この世界は確実に滅びへと進む」

 淡々と、子供特有の少し高い声で、その人物は言葉をつむぐ。

「宝玉は柱と共に。それを動かすことはならなかったはず。……何故、動かした?」

「ちょっと待て……。何の話だ?」
 困惑と共に聞き返すと、彼はわずかに首を傾げた。

「本意ではないと、そう言いたいのか? ……国主だなどと愚かなことだな。この世界の本当の意味も知らないくせに」

「どういうことだ、おまえは……何者だ?」
「知らないのはおまえも愚か者だからだ」
 吐き捨てるように言い放ち、彼は背を向けた。
 人の波を縫うようにして、その姿はあっという間に消えてしまう。
 呆然として、サキは彼が消えた後を見ていた。


「サキ様!」

「レイ、ラ?」
 息を切らせてレイラが駆け寄る。
「突然いなくなってしまわれるので、どうしたのかと……サキ様?」
 視線を遠くにやるサキを見て、レイラは首を傾げた。
「いや、なんでもない」

 サキは、にぎやかな市の喧騒がどこか遠くに行ってしまったように感じた。

 すぐそこに、
 あるものなのに。
2012/02/05 (Sun)
 市を一通り回ってから、サキ達は残りの書類を片付けるためもと来た道を戻った。
 のんびり景色を見つつ、物思いにふける。

 強い風がレイラの金色の髪を背後に泳がせている。
 きらきらと目に映るそれは、じっと見ていると意識が途切れそうなほどだ。

 光の色。
 まぶしい。

「どうか、しましたか? サキ様……」
 心配そうに聞くレイラに、思わずサキは笑みをこぼす。
「今日、何回目だ? その言葉は……。なんでもないよ。考え事を、していただけさ」
「そう、ですか?」
 まだ釈然としないものを感じているようなレイラに、ふと思いついて聞いてみる。

「レイラ、君、金色の瞳をしている少年を知っているか?」
「……金色の、瞳の、ですか? ……いえ、存じませんが……」

「そうか」

 サキはそれ以上言わず、ただ黙々と歩を進めた。
2012/02/05 (Sun)
 建物の前に立つと、なぜか少しほっとする。

 いつもここにいたからか、それとも喧騒になれていなかったからなのか。
 それはわからないけれど。

「レイラ、中に入ったら、お茶を入れてくれるかい?」
「はい」
 扉に手をかけて言うと、レイラはほころぶように笑った。

 サキは開けるために手に力をこめるが、それは内側に引っ張られた。
 つられて前につんのめるサキを、内側に立っていた人物が受け止める。
 訳もわからずその人物の手を借りて何とか立ち上がると、後ろからレイラの声が耳に飛び込んだ。

「ミカゲ様!?」
「え、ミカゲ?」

 ぱっと顔をあげてみると、たしかにそこには良く見知った顔がいた。
 ミカゲはオリエーンスの国主である。中央の大地を挟んで向かいにあるが、そんな距離はたいした意味もないほどミカゲはよく来る。
 彼は温和な顔をして、少しずれたメガネを押し上げて口を開く。
「こんにちは。お久しぶりです。……元気そうで何よりですね」
 ミカゲは誰に対しても丁寧な口調だ。
「いや、そちらこそ……どうかしたのか?」
 サキはミカゲがここに来たことを疑問に思って聞いてみる。

 今オリエーンスはかなり酷い状態になってきているはずだ。こんなところに国主がいてもいいのだろうか。
「えぇ、少し……」
 ふと、国主の付き人がいないことに気づく。
「シルウァは?」
「彼には少しお使いを。……この館は誰もいないのでしょうか。どうしたらいいか迷っていたのですけれど」
「ああ、……人手不足で、市がたっているから、街には人がいるんだけど」

「お茶、入れてきますね」
 レイラがそう言って小走りに去っていく。
「じゃあ、こちらに」
 玄関に立ったままだったので、サキはミカゲを伴って歩き出す。
2012/02/05 (Sun)
 日の多く入る回廊を歩くとき、ミカゲはいつも外を見て足を止める。
 サキにとっては日常の、何の変哲もない外を。

「ここは、いつ来ても風が気持ちよいですね」

 その言葉に、オリエーンスがもうここ何ヶ月も風が吹かないことに思い至った。
 そのため、木が枯れはじめているとのことだ。
 つい言葉を失ってしまったサキに気づいて、ミカゲがふり返る。
「どうしたんですか、そんな顔をして」
 ミカゲが淡く微笑む。
 消え入りそうな笑顔。
「まぁ、このごろ災難続きなんです。今日来たのもそのことなんですよ」
 苦笑するミカゲは、どこか陰を含んでいて、日の光によってできる影のように感じた。
 背筋を冷たいものが伝う。

「それで、どこに行けば良いんですか?」
 立ち止まっていたことに気づき、サキが慌てて歩き出す。

 しばらく歩いて、視線を足元に落としたまま、サキはポツリと呟く。
「世界が滅びるって、どういうことだろうね」
「……何ですって?」
 呟きを聞きとがめて、眉間にしわを寄せる。

「宝玉って言ったら、何を思いつく?」
 先に言った質問と違ったことを、不意にサキが問う。
「それは、あれでしょう」

 大地にそれぞれある、5つの宝石を。
 思い浮かべてミカゲが言う。

 サキは額にかかる髪をかきあげて、視線を上げる。
「じゃあ、柱は?」
「柱? ……どうしたんです、さっきから」

 怪訝な顔でミカゲが問いただす。
 曖昧な返事をして、サキは目を閉じた。
2012/02/05 (Sun)
 サキの私室である部屋にミカゲを通してしばらく。
 廊下を足音が近づいてくるのに気づいて、ふたりは扉を見やった。
 急いでいるような、そんな足音。

「ミカゲ様!」
「シルウァ」
 扉を開けて入ってきた少年に、ミカゲが微笑む。

 シルウァはミカゲの付き人だ。
 まだ少年だが、よく働くとの評判の。
 少し気弱そうな瞳をミカゲに向け、それからサキに向ける。

「こんにちは、サキ様」
 礼儀正しく言うシルウァに、サキも挨拶を返す。

「あの……」
「ああ、かまいません。今渡してくださいますか?」
 シルウァの態度に微笑み、ミカゲが促す。
 彼がすっと差し出したのは、苗だった。
 オッカースゥスでよく育つ、木の苗。
「ミカゲ、それは?」
「これですか? ……いい木があれば買ってくるように、頼んだんです。国で育つかどうかは疑問なんですが」
 苦笑して、苗を受取る。
 ゆっくりとそれを見てから、シルウァを見上げ、微笑む。

「ああ、いいですね。ご苦労様です。シルウァ」
 その言葉に、シルウァが相好を崩す。
 花がほころぶような、笑顔。
「皆さん、お茶、いかがですか?」

 その時ちょうどレイラが戻ってきた。

 どうやら苗を買いに来ただけのようで、ミカゲ達はしばらくして帰ってしまった。
 帰り際に、不吉なことを言い残して。

 彼は神妙な顔で、まっすぐサキを見て言った。
「……占者が言っていました。近いうちに、赤い石が割れると」
 サキはその言葉を聞いて、半ば呆然とミカゲの顔を見た。
「よくは、わからなかったんですが」
 そう言って笑った彼に、サキは何か腑に落ちないものを感じた。

 何かがあるような。
 違和感が。
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