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2012/02/05 (Sun)
 その日、俺はいつものように巨木の根元にいた。
 寝起きの重い瞼を開けてぼんやりと周囲を見回しても、目に入るのは鬱蒼と繁った森ばかりだ。
 俺が今いる巨木は、この辺り一帯の森でも群を抜いて大きい。
 上に登れば見晴らしは良いし、根元には一人分くらいの隠れ場所もある。
 何より少し離れたところで、よほどの方向音痴でもない限りは迷うことなく戻れるだろう。
 だからといって俺は方向音痴なわけじゃねぇんだが。

 森はいつものように薄暗く、静まり返っていた。
 まぁこの世界は常にうっすらと曇ってるから、薄暗くない森とかは俺は知らない。
 太陽も月も常に隠れていて、見たことはない。
 ただ知識としてそこにあることを知っているだけだ。
 光が欲しいと思うこともないし、無くても支障はない。
 この世界はそれで、問題なく機能しているのだから。


 ふと気づくと、奥の方が何やら騒がしかった。
 興味を引かれたので行ってみる。
 近づくにつれて、鉄錆の匂いが鼻をついた。
 思わず眉をひそめる。
 明らかな血の匂いは、そこで戦闘が起きている事を示していた。
 この辺りには、知性の低い獣じみた奴や、南の方から見たことの無い生き物がくる所為で、腕に自信があるか何も知らない馬鹿以外は殆ど近寄ってこない。
 だからどんな奴が来たのか興味を持った。
 何せ此処には話の出来る奴がいないからな。

 少し開けた場所に出ると、血臭が酷くなった。
 獣と、人。
 その、黒い獣の中心に人がいた。
 獣の方は見たことがある。
 ずいぶん前に南からきた奴らだ。
 鋭い牙や爪を持っているが、敵意を示したり縄張りに入ったりしなければ害はない。

 相手の方は見たことが無かった。
 どこか儚い印象がある気がした。
 袖は破れ、細い手足についた傷からは血が溢れていた。
 そいつは少し困った顔をして、手に持った杖で獣を退けていた。

 ……杖?

 これは珍しい。
 杖といえば魔法の媒介だが、俺たちはそういうものに頼らない。
 魔法は自らの内にあるもので、それを引き出したりするのは呼吸と等しい程に簡単な事だからだ。

 髪は白に近い薄い青。
 これは別に珍しくないし、むしろ俺たち魔族にとっては普通の色だ。
 あんまり濃い色の髪の奴はいないから。
 ふと自分の髪が目に入る。
 基本的に銀だが、何故か毛先だけが異様に鮮やかな緑をしている。
 薄い色が基本の魔族にしては、至極珍しいといえる。
 だから何だって訳でもないが。

 考え事をしている間にまたひとつ、そいつは傷を負った。
 俺は軽く息を溜めると、吐き出す息を圧力に変えて獣に放った。
 まともに食らった何匹かが弾かれたように吹き飛ぶ。
「大人しくしてろよ、獣ども。怪我したくないならな」
 言いながら近づく。
 獣の半数が俺に対して唸り声を上げた。
 怪我をさせるつもりはないが、大人しくさせるには仕方ないだろう。

 だが獣はそれ以上立ち向かってこようとしなかった。
 一匹が後退を始めると、残りがそれに倣い、森の中へ消えていく。
 最後の一匹まで完全に姿が見えなくなって、俺は溜め息をついた。
 文句のひとつも言おうと振り返る。

 そいつを目にして、俺は僅かに目を見開いた。
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