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ずっと、この時間が永遠に続くのだと思っていた。
信じて疑わなかった。
ずっと一緒にいるのだと。
半ば盲目的に。
だけどあの時。
それが幻想だと、思い知らされた。
砂塵の舞う、あの場所で。
漂う異臭は血の臭い。
「……ファレル!」
探すのは、金の髪の。
自分の半身。
存在のすべて。
唯一の、光。
安らぎ。
なのに見つからない。
そのことが、焦りを生む。
「ファレル……!」
叫ぶ。
絞り出すような、声。
「……ラインシェーグ!!」
聞こえてきた、いつも聞きなれた声がした次の瞬間。
視界は金色に染められた。
それが自分を庇ったファレルの髪だと気づいたのは、彼女が自分に倒れかかってきた後だ。
流れ出る血が、ぬるりと手にすべる。
「……良かった……無事、みたいね……」
微笑んで、彼女は目を閉じた。
青ざめていく彼女の口から、一筋の赤い糸が伝った。
鮮やかな。
血の。
色。
その後のことは、あまり覚えていなかった。
気づけば、周りにいた人たちはすべて事切れていて。
ただ冷たくなっていくファレルの亡骸を抱きしめていた。
涙も流さずに。
ただ。
信じて疑わなかった。
ずっと一緒にいるのだと。
半ば盲目的に。
だけどあの時。
それが幻想だと、思い知らされた。
砂塵の舞う、あの場所で。
漂う異臭は血の臭い。
「……ファレル!」
探すのは、金の髪の。
自分の半身。
存在のすべて。
唯一の、光。
安らぎ。
なのに見つからない。
そのことが、焦りを生む。
「ファレル……!」
叫ぶ。
絞り出すような、声。
「……ラインシェーグ!!」
聞こえてきた、いつも聞きなれた声がした次の瞬間。
視界は金色に染められた。
それが自分を庇ったファレルの髪だと気づいたのは、彼女が自分に倒れかかってきた後だ。
流れ出る血が、ぬるりと手にすべる。
「……良かった……無事、みたいね……」
微笑んで、彼女は目を閉じた。
青ざめていく彼女の口から、一筋の赤い糸が伝った。
鮮やかな。
血の。
色。
その後のことは、あまり覚えていなかった。
気づけば、周りにいた人たちはすべて事切れていて。
ただ冷たくなっていくファレルの亡骸を抱きしめていた。
涙も流さずに。
ただ。
「……若き魔法士・・・・・・ファレル=リィン=ゼードが安らかに眠らんことを……」
弔いの鐘の音が。
耳に、つく。
ざわめき。
人の話す声。
棺に入れられたファレルはまるで眠っているようで。
すぐに起きてきそうなほどに。
綺麗な、顔を。
薄く微笑ませている。
彼女はもう二度とその口を開くことも、目を開けることもないのだ。
棺を囲んで、魔法学院の生徒たちが囁く。
真ん中の地位を示す、緑のラインの入ったローブと、緑色のブローチをしている。
下の地位は赤、上の地位は青になる。
最高学年の者はごく少数だ。
三大大陸のひとつ、ユーディリス大陸の真ん中ほどに位置するミッシュローアの近くに、この学院は存在する。
現界でも少数の魔法氏たちを育成するこの学院は、ユーディリス大陸の中でも特別の位置にあった。
神聖なる魔法学院。
その中でも主席を取った者はかなりの確率で王都に仕える。
だが最近は治安が悪くなってきており、しばしば野党まがいの者が出始めていた。
魔法を使う集中力を欠けば、魔法士たちは無力だ。
それこそ赤子を殺すより簡単だろう。
だからあの時、大半の魔法士たちは何もできなかった。
奇襲。
深夜にたたき起こされ、何もわからぬうちに。
魔法士たちの半数以上が、命を落した。
そして主席の片方も。
「……まさかファレルが死ぬなんてな……」
「この学院の主席なのに……」
「そういえば、相方のラインシェーグはどうしたんだ? 姿が見えないようだが……」
「……!」
遠くで、叫ぶ声が聞こえる。
そちらを見て、学生たちがざわめいた。
「ラインシェーグだ。……何を騒いでいるんだ?」
ざわざわと話す学生たちのところまで、声が届いてくる。
「離せ……ッ! ファレルは……!」
ラインシェーグは、押し留めようとする教師たちを振りほどこうとしながら近づいてきた。
普段は整えられた緑に近い黒髪を、振り乱している。
「やめなさい!」
「どうか、落ち着いて……」
暴れようとするラインシェーグの前で、ファレルの入った棺が運ばれようとしていた。
棺はこのまま墓地の方まで運ばれて行く。
「……ファレル……ッ!」
「ラインシェーグ! ……ファレルは死んだんだよ……!」
彼女が。
死んだ?
そんなのは、信じない。
だって、あんなに、綺麗な死に顔なんて。
叫ぶラインシェーグを無視して、棺が遠ざかっていく。
弔いの鐘の音が耳に入る。
それは酷く耳障りで。
体の力が抜けていく。
ラインシェーグはその場に膝をついた。
「さぁ、戻りなさい。もうすぐ次の授業でしょう」
傍らに立つ教師の言葉も、ただ抜けていくだけで。
何も考えられず。
呆然と。
ただ彼女の微笑みだけが、瞼の裏に映る。
弔いの鐘の音が。
耳に、つく。
ざわめき。
人の話す声。
棺に入れられたファレルはまるで眠っているようで。
すぐに起きてきそうなほどに。
綺麗な、顔を。
薄く微笑ませている。
彼女はもう二度とその口を開くことも、目を開けることもないのだ。
棺を囲んで、魔法学院の生徒たちが囁く。
真ん中の地位を示す、緑のラインの入ったローブと、緑色のブローチをしている。
下の地位は赤、上の地位は青になる。
最高学年の者はごく少数だ。
三大大陸のひとつ、ユーディリス大陸の真ん中ほどに位置するミッシュローアの近くに、この学院は存在する。
現界でも少数の魔法氏たちを育成するこの学院は、ユーディリス大陸の中でも特別の位置にあった。
神聖なる魔法学院。
その中でも主席を取った者はかなりの確率で王都に仕える。
だが最近は治安が悪くなってきており、しばしば野党まがいの者が出始めていた。
魔法を使う集中力を欠けば、魔法士たちは無力だ。
それこそ赤子を殺すより簡単だろう。
だからあの時、大半の魔法士たちは何もできなかった。
奇襲。
深夜にたたき起こされ、何もわからぬうちに。
魔法士たちの半数以上が、命を落した。
そして主席の片方も。
「……まさかファレルが死ぬなんてな……」
「この学院の主席なのに……」
「そういえば、相方のラインシェーグはどうしたんだ? 姿が見えないようだが……」
「……!」
遠くで、叫ぶ声が聞こえる。
そちらを見て、学生たちがざわめいた。
「ラインシェーグだ。……何を騒いでいるんだ?」
ざわざわと話す学生たちのところまで、声が届いてくる。
「離せ……ッ! ファレルは……!」
ラインシェーグは、押し留めようとする教師たちを振りほどこうとしながら近づいてきた。
普段は整えられた緑に近い黒髪を、振り乱している。
「やめなさい!」
「どうか、落ち着いて……」
暴れようとするラインシェーグの前で、ファレルの入った棺が運ばれようとしていた。
棺はこのまま墓地の方まで運ばれて行く。
「……ファレル……ッ!」
「ラインシェーグ! ……ファレルは死んだんだよ……!」
彼女が。
死んだ?
そんなのは、信じない。
だって、あんなに、綺麗な死に顔なんて。
叫ぶラインシェーグを無視して、棺が遠ざかっていく。
弔いの鐘の音が耳に入る。
それは酷く耳障りで。
体の力が抜けていく。
ラインシェーグはその場に膝をついた。
「さぁ、戻りなさい。もうすぐ次の授業でしょう」
傍らに立つ教師の言葉も、ただ抜けていくだけで。
何も考えられず。
呆然と。
ただ彼女の微笑みだけが、瞼の裏に映る。
「また、さぼってるの?」
はるか遠くを見ていた彼は、聞こえた声に振り返る。
昔。
まだ主席ではなかった頃だった。
彼女に会ったのは。
「……」
しばらくその顔を見つめて。
そうして彼はまた視線を移す。
空を。
小さく見える海を。
目に焼き付けるかのように。
その緑色の瞳で。
「……」
彼女もまた何も言わず、彼の、ラインシェーグの隣に立つ。
風が、吹き抜けていく。
「……何の用だ?」
ぼそりと、聞き取りにくい声でラインシェーグが言う。
「何を、しているのかなって……思っただけ」
ラインシェーグの方を見ずに、ファレルが応える。
静かな吐息。
幼い頃から学院にいるラインシェーグと違い、ファレルはつい最近ここに来た。
ファレルの力に気づいた両親が、彼女を売ったのだと。
そう、聞いていた。
考えて、自分も似たようなものかと淡く笑う。
捨て子の、自分には。
両親なんか知らない。
その分だけ、ファレルよりは辛くない。
捨てられて良かったと今は思う。
自分の、力にも気づけた。
たとえここに自分の居場所がなくても。
「ここは、空が高いね」
柔らかな草の上に身を横たえて、彼女は笑う。
屈託のない、顔で。
ラインシェーグは淡く微笑み、応える。
「そうだな……」
「やっと、笑ったね」
嬉しそうな声に苦笑して。
そういえばここ最近笑っていなかったと、気づく。
笑う必要さえ見出せなかったから。
だから彼はいつも何も言わず、笑わず、近寄りがたい雰囲気をもっていたのだ。
「みんな、ラインシェーグが怖いって言うの。何でだろうね」
本当に不思議そうに聞いてくるその様子に、思わずラインシェーグは笑う。
「いつもそうやって笑っていれば良いのに」
そう言って笑った彼女はもうどこにもいない。
そうして、鮮やかな残像だけを残し、自分の半身はいなくなった。
こんなにも唐突に、人間は死んでしまう。
なんて、脆い生き物なのか。
口の端が、笑みの形に歪む。
正気ではありえないような、微笑み。
虚ろな目は。
どこも見ていなかった。
はるか遠くを見ていた彼は、聞こえた声に振り返る。
昔。
まだ主席ではなかった頃だった。
彼女に会ったのは。
「……」
しばらくその顔を見つめて。
そうして彼はまた視線を移す。
空を。
小さく見える海を。
目に焼き付けるかのように。
その緑色の瞳で。
「……」
彼女もまた何も言わず、彼の、ラインシェーグの隣に立つ。
風が、吹き抜けていく。
「……何の用だ?」
ぼそりと、聞き取りにくい声でラインシェーグが言う。
「何を、しているのかなって……思っただけ」
ラインシェーグの方を見ずに、ファレルが応える。
静かな吐息。
幼い頃から学院にいるラインシェーグと違い、ファレルはつい最近ここに来た。
ファレルの力に気づいた両親が、彼女を売ったのだと。
そう、聞いていた。
考えて、自分も似たようなものかと淡く笑う。
捨て子の、自分には。
両親なんか知らない。
その分だけ、ファレルよりは辛くない。
捨てられて良かったと今は思う。
自分の、力にも気づけた。
たとえここに自分の居場所がなくても。
「ここは、空が高いね」
柔らかな草の上に身を横たえて、彼女は笑う。
屈託のない、顔で。
ラインシェーグは淡く微笑み、応える。
「そうだな……」
「やっと、笑ったね」
嬉しそうな声に苦笑して。
そういえばここ最近笑っていなかったと、気づく。
笑う必要さえ見出せなかったから。
だから彼はいつも何も言わず、笑わず、近寄りがたい雰囲気をもっていたのだ。
「みんな、ラインシェーグが怖いって言うの。何でだろうね」
本当に不思議そうに聞いてくるその様子に、思わずラインシェーグは笑う。
「いつもそうやって笑っていれば良いのに」
そう言って笑った彼女はもうどこにもいない。
そうして、鮮やかな残像だけを残し、自分の半身はいなくなった。
こんなにも唐突に、人間は死んでしまう。
なんて、脆い生き物なのか。
口の端が、笑みの形に歪む。
正気ではありえないような、微笑み。
虚ろな目は。
どこも見ていなかった。
ざわざわと、周りの者たちが騒いでいた。
ラインシェーグはその中で何をするでもなく佇む。
他の院生たちとは、一線を引いて。
それが彼を遠ざけることになるとも気づかずに。
「今日は、実技テストの最終審査です」
長い黒髪をなびかせて、盲目の教師が皆に話し掛ける。
何故彼の目が見えなくなったのか、その理由を話しているのを聞いた気がするのに、ラインシェーグは覚えていなかった。
「……ラインシェーグ、ファレル。……前へ」
静かな声に従って、教師に近寄る。
「あなた方ふたりが、今期の学院生たちの中で最も力が強いです。……ですが、一応主席はひとりということになっていますので、これから出す課題をクリアしてください」
にっこりと微笑みながら。
そうして彼が出した課題は。
「召喚の、実技です」
精霊の召喚。
力のある6種の精霊と、さらに上にいる聖霊の。
そのどれかを。
周りのざわめきがいっそう高くなる。
召喚の魔法はきわめて難しく、院生たちはほとんどできない。
それを、あえて。
「……なんでも良いんですか?」
ファレルがあっけらかんとして問う。
その声音に苦笑して、教師が応える。
「えぇ、召喚することが大事なので。……ですが、試験ですので、自分のできる最高のものを召喚してください」
聞いている途中で聞こえないように溜息をつき、ラインシェーグは天井を見上げる。
綺麗なレリーフの施された、高い天井。
中央にあるのは6つの力の象徴か。
ふと、周りの声が遠ざかる。
「では、始めてください」
教師の声に視線を戻す。
ファレルはすぐに召喚の集中に入った。
それをしばらく見る。
「どうしたんですか?」
不思議そうに、教師が聞いてくる。
「……別に」
静かに答えてから、意識を集中させる。
空間を伝い、空に、大地に、すべての感覚を解き放つ。
風など吹かない空間のはずなのに、煽られたようにラインシェーグの髪が波立つ。
それはまわりにも影響した。
ありえない風を受けて生徒たちが一様に押し黙る。
そんなことはお構いなしにラインシェーグは続けている。
ゆっくりと、目を閉じ、右手を前に差し出す。
右手の先に、何かが形を取ろうとしている。
それは最初、空間の歪みのようで。
けれど確かな、力の存在。
「形を、成せ」
目を開け、静かに呟くその声に呼応するかのように、それは形をあらわした。
金の、光。
流れる黄金の髪を足元まで垂らし、そうして彼を見つめるその瞳の色は白に近い、銀色。
緩やかに、無い風を受けて髪が揺れている。
輝くばかりの光に包まれたそれは、確かに人間ではなく。
だけど人型をとれる精霊は、それだけど力の強い証。
「……これで、良いか?」
呆然としている教師に、低く呟く。
「ラインシェーグ……貴方は……」
「私も召喚、できましたよ」
さらりと、ファレルが言ってくる。
彼女の前にいるのは、ラインシェーグが召喚したのとは正反対の存在だった。
暗色の。
「……今まで召喚の実技で、光と闇の高位精霊を呼んだのはあなた方ふたりだけですよ」
呆れたように言う教師を一瞥してから、ラインシェーグは視線を移す。
「もういい」
その一言で、彼の召喚した聖霊は消えうせた。
痕跡すら残さず。
ファレルも同じように聖霊を解放している。
それを確認した教師が、溜息をつく。
「……今すぐはちょっと決められませんから、発表はまた後日にします」
言い置いて、部屋から出ていく。
「私たちも戻ろうよ」
笑って言うファレルに、ラインシェーグが薄く微笑み返す。
そのことに周りの者たちがなにやら騒いだが、彼は気にした風でもなく部屋から出た。
廊下を歩きながら、ファレルが興奮した面持ちで言う。
「でもびっくりしちゃった。やっぱりラインシェーグって凄いね! いきなり光の高位聖霊呼んじゃうんだもの!」
「それを言うなら君もだろう」
「私のは闇のほうだもの。……光の方がずっと難しいわ」
拗ねたように言う様がおかしくて、つい笑ってしまう。
「闇が呼べるなら、そのうち光も呼べるようになるさ」
「本当かしら」
「ああ」
それを言ったときの、嬉しそうな顔。
ああ、本当に彼女は綺麗に微笑う。
ふたりとも主席だといわれたのは、その数日後だった。
主席なんてめんどくさいと思ったけれど。
隣に、いつもあの笑顔があったから、何とかやってこれたのに。
彼女の存在は、本当に自分にとって救いになっていたのだと。
失うまで、わからなかった。
ラインシェーグはその中で何をするでもなく佇む。
他の院生たちとは、一線を引いて。
それが彼を遠ざけることになるとも気づかずに。
「今日は、実技テストの最終審査です」
長い黒髪をなびかせて、盲目の教師が皆に話し掛ける。
何故彼の目が見えなくなったのか、その理由を話しているのを聞いた気がするのに、ラインシェーグは覚えていなかった。
「……ラインシェーグ、ファレル。……前へ」
静かな声に従って、教師に近寄る。
「あなた方ふたりが、今期の学院生たちの中で最も力が強いです。……ですが、一応主席はひとりということになっていますので、これから出す課題をクリアしてください」
にっこりと微笑みながら。
そうして彼が出した課題は。
「召喚の、実技です」
精霊の召喚。
力のある6種の精霊と、さらに上にいる聖霊の。
そのどれかを。
周りのざわめきがいっそう高くなる。
召喚の魔法はきわめて難しく、院生たちはほとんどできない。
それを、あえて。
「……なんでも良いんですか?」
ファレルがあっけらかんとして問う。
その声音に苦笑して、教師が応える。
「えぇ、召喚することが大事なので。……ですが、試験ですので、自分のできる最高のものを召喚してください」
聞いている途中で聞こえないように溜息をつき、ラインシェーグは天井を見上げる。
綺麗なレリーフの施された、高い天井。
中央にあるのは6つの力の象徴か。
ふと、周りの声が遠ざかる。
「では、始めてください」
教師の声に視線を戻す。
ファレルはすぐに召喚の集中に入った。
それをしばらく見る。
「どうしたんですか?」
不思議そうに、教師が聞いてくる。
「……別に」
静かに答えてから、意識を集中させる。
空間を伝い、空に、大地に、すべての感覚を解き放つ。
風など吹かない空間のはずなのに、煽られたようにラインシェーグの髪が波立つ。
それはまわりにも影響した。
ありえない風を受けて生徒たちが一様に押し黙る。
そんなことはお構いなしにラインシェーグは続けている。
ゆっくりと、目を閉じ、右手を前に差し出す。
右手の先に、何かが形を取ろうとしている。
それは最初、空間の歪みのようで。
けれど確かな、力の存在。
「形を、成せ」
目を開け、静かに呟くその声に呼応するかのように、それは形をあらわした。
金の、光。
流れる黄金の髪を足元まで垂らし、そうして彼を見つめるその瞳の色は白に近い、銀色。
緩やかに、無い風を受けて髪が揺れている。
輝くばかりの光に包まれたそれは、確かに人間ではなく。
だけど人型をとれる精霊は、それだけど力の強い証。
「……これで、良いか?」
呆然としている教師に、低く呟く。
「ラインシェーグ……貴方は……」
「私も召喚、できましたよ」
さらりと、ファレルが言ってくる。
彼女の前にいるのは、ラインシェーグが召喚したのとは正反対の存在だった。
暗色の。
「……今まで召喚の実技で、光と闇の高位精霊を呼んだのはあなた方ふたりだけですよ」
呆れたように言う教師を一瞥してから、ラインシェーグは視線を移す。
「もういい」
その一言で、彼の召喚した聖霊は消えうせた。
痕跡すら残さず。
ファレルも同じように聖霊を解放している。
それを確認した教師が、溜息をつく。
「……今すぐはちょっと決められませんから、発表はまた後日にします」
言い置いて、部屋から出ていく。
「私たちも戻ろうよ」
笑って言うファレルに、ラインシェーグが薄く微笑み返す。
そのことに周りの者たちがなにやら騒いだが、彼は気にした風でもなく部屋から出た。
廊下を歩きながら、ファレルが興奮した面持ちで言う。
「でもびっくりしちゃった。やっぱりラインシェーグって凄いね! いきなり光の高位聖霊呼んじゃうんだもの!」
「それを言うなら君もだろう」
「私のは闇のほうだもの。……光の方がずっと難しいわ」
拗ねたように言う様がおかしくて、つい笑ってしまう。
「闇が呼べるなら、そのうち光も呼べるようになるさ」
「本当かしら」
「ああ」
それを言ったときの、嬉しそうな顔。
ああ、本当に彼女は綺麗に微笑う。
ふたりとも主席だといわれたのは、その数日後だった。
主席なんてめんどくさいと思ったけれど。
隣に、いつもあの笑顔があったから、何とかやってこれたのに。
彼女の存在は、本当に自分にとって救いになっていたのだと。
失うまで、わからなかった。
彼は考えていた。
誰もいない、暗い自身の部屋の中で。
どうしたら。
どうすれば。
それは祈りのよう。
それとも何かの呪文のように。
ただそれだけを、長い長い、時間をかけて。
彼は思う。
その、方法を。
そして。
学院の屋上に上がって月を、空を見ていた。
静かな、自分だけの空間。
自分がまわりに溶け込んでいるような。
世界を構成するものと一体になっているような。
不確かな感覚。
吹き抜ける風の音を感じていると、背後の階段から、誰か来る気配がした。
気づかないふりで、空を見つづける。
誰もいなくなるまで。
きっとそれは。
「……」
すぐにいなくなるだろうと思っていたが、なかなか立ち去る気配が無い。
不審に思った彼は振り返って驚く。
「……ファレル……?」
肩にショールをかけて、静かにラインシェーグを見ている。
「……眠れないのか?」
ファレルは応えない。
不審に思って近寄ってみる。
近くに行くに連れて、彼女が震えているのがわかった。
唇をかみ締め、青い顔でじっと見つめている。
そのきんの髪に触れると、ファレルは一度痙攣して、それからラインシェーグに抱きついた。
「……ファレル?」
「……お願いだから、……しばらくこのままで……」
途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
ラインシェーグはどうして良いかわからず、ゆっくりと、背中に手を回して撫でる。
落ち着くようにと。
頬に触れる髪がくすぐったい。
けれどそれよりも、いつもと違うファレルの様子にラインシェーグはうろたえていた。
どうすればいいのかわからない。
どのくらいそうしていたのか、ファレルは身じろぎすると彼から身体を離した。
「……ごめんなさい」
「いや……」
「……やっぱり、ラインシェーグは優しいよね」
泣きそうな顔で、それでも笑って彼は言う。
「……泣きたければ、泣けばいい。……ここにいるから、だから……」
だから。
何と言うつもりだったのだろう。
自分に、そんなことを言う資格が、あるのだろうか。
確かな存在になることに不安を感じる自分に。
ファレルは驚いた顔をして、それから笑った。
いつもの、笑い方。
こちらの気分まで明るくさせるような。
「ありがとう」
彼女は屋上の縁に歩いていくと、空に向かって両手を広げた。
「夜になれば、空気が綺麗になるね」
何が言いたいのかわからず、首を傾げる。
何かをこらえるような、そんな表情でファレルが口を開く。
「私は、夜の方が好きだな……。日の光にも、憧れるけど……」
自分には、届かないから。
声にならない声が、聞こえた気がして。
「闇は、すべてを覆ってくれるの。……そう、何もかもを」
「ファレル……」
いたたまれずに呼びかけると、くるりとこちらを向いた。
彼女はためらいがちに、けれどきっぱりと言い切った。
「私は、ラインシェーグが好きよ」
誰もいない、暗い自身の部屋の中で。
どうしたら。
どうすれば。
それは祈りのよう。
それとも何かの呪文のように。
ただそれだけを、長い長い、時間をかけて。
彼は思う。
その、方法を。
そして。
学院の屋上に上がって月を、空を見ていた。
静かな、自分だけの空間。
自分がまわりに溶け込んでいるような。
世界を構成するものと一体になっているような。
不確かな感覚。
吹き抜ける風の音を感じていると、背後の階段から、誰か来る気配がした。
気づかないふりで、空を見つづける。
誰もいなくなるまで。
きっとそれは。
「……」
すぐにいなくなるだろうと思っていたが、なかなか立ち去る気配が無い。
不審に思った彼は振り返って驚く。
「……ファレル……?」
肩にショールをかけて、静かにラインシェーグを見ている。
「……眠れないのか?」
ファレルは応えない。
不審に思って近寄ってみる。
近くに行くに連れて、彼女が震えているのがわかった。
唇をかみ締め、青い顔でじっと見つめている。
そのきんの髪に触れると、ファレルは一度痙攣して、それからラインシェーグに抱きついた。
「……ファレル?」
「……お願いだから、……しばらくこのままで……」
途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
ラインシェーグはどうして良いかわからず、ゆっくりと、背中に手を回して撫でる。
落ち着くようにと。
頬に触れる髪がくすぐったい。
けれどそれよりも、いつもと違うファレルの様子にラインシェーグはうろたえていた。
どうすればいいのかわからない。
どのくらいそうしていたのか、ファレルは身じろぎすると彼から身体を離した。
「……ごめんなさい」
「いや……」
「……やっぱり、ラインシェーグは優しいよね」
泣きそうな顔で、それでも笑って彼は言う。
「……泣きたければ、泣けばいい。……ここにいるから、だから……」
だから。
何と言うつもりだったのだろう。
自分に、そんなことを言う資格が、あるのだろうか。
確かな存在になることに不安を感じる自分に。
ファレルは驚いた顔をして、それから笑った。
いつもの、笑い方。
こちらの気分まで明るくさせるような。
「ありがとう」
彼女は屋上の縁に歩いていくと、空に向かって両手を広げた。
「夜になれば、空気が綺麗になるね」
何が言いたいのかわからず、首を傾げる。
何かをこらえるような、そんな表情でファレルが口を開く。
「私は、夜の方が好きだな……。日の光にも、憧れるけど……」
自分には、届かないから。
声にならない声が、聞こえた気がして。
「闇は、すべてを覆ってくれるの。……そう、何もかもを」
「ファレル……」
いたたまれずに呼びかけると、くるりとこちらを向いた。
彼女はためらいがちに、けれどきっぱりと言い切った。
「私は、ラインシェーグが好きよ」
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管理者:西(逆凪)、または沖縞
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