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2012/02/04 (Sat)
 ざわざわと、周りの者たちが騒いでいた。
 ラインシェーグはその中で何をするでもなく佇む。
 他の院生たちとは、一線を引いて。
 それが彼を遠ざけることになるとも気づかずに。

「今日は、実技テストの最終審査です」
 長い黒髪をなびかせて、盲目の教師が皆に話し掛ける。
 何故彼の目が見えなくなったのか、その理由を話しているのを聞いた気がするのに、ラインシェーグは覚えていなかった。
「……ラインシェーグ、ファレル。……前へ」
 静かな声に従って、教師に近寄る。
「あなた方ふたりが、今期の学院生たちの中で最も力が強いです。……ですが、一応主席はひとりということになっていますので、これから出す課題をクリアしてください」
 にっこりと微笑みながら。
 そうして彼が出した課題は。

「召喚の、実技です」
 精霊の召喚。
 力のある6種の精霊と、さらに上にいる聖霊の。
 そのどれかを。
 周りのざわめきがいっそう高くなる。
 召喚の魔法はきわめて難しく、院生たちはほとんどできない。
 それを、あえて。

「……なんでも良いんですか?」
 ファレルがあっけらかんとして問う。
 その声音に苦笑して、教師が応える。

「えぇ、召喚することが大事なので。……ですが、試験ですので、自分のできる最高のものを召喚してください」
 聞いている途中で聞こえないように溜息をつき、ラインシェーグは天井を見上げる。
 綺麗なレリーフの施された、高い天井。
 中央にあるのは6つの力の象徴か。
 ふと、周りの声が遠ざかる。
「では、始めてください」
 教師の声に視線を戻す。

 ファレルはすぐに召喚の集中に入った。
 それをしばらく見る。
「どうしたんですか?」
 不思議そうに、教師が聞いてくる。
「……別に」
 静かに答えてから、意識を集中させる。
 空間を伝い、空に、大地に、すべての感覚を解き放つ。
 風など吹かない空間のはずなのに、煽られたようにラインシェーグの髪が波立つ。
 それはまわりにも影響した。

 ありえない風を受けて生徒たちが一様に押し黙る。
 そんなことはお構いなしにラインシェーグは続けている。
 ゆっくりと、目を閉じ、右手を前に差し出す。
 右手の先に、何かが形を取ろうとしている。
 それは最初、空間の歪みのようで。
 けれど確かな、力の存在。
「形を、成せ」
 目を開け、静かに呟くその声に呼応するかのように、それは形をあらわした。
 金の、光。
 流れる黄金の髪を足元まで垂らし、そうして彼を見つめるその瞳の色は白に近い、銀色。
 緩やかに、無い風を受けて髪が揺れている。
 輝くばかりの光に包まれたそれは、確かに人間ではなく。
 だけど人型をとれる精霊は、それだけど力の強い証。
「……これで、良いか?」
 呆然としている教師に、低く呟く。
「ラインシェーグ……貴方は……」

「私も召喚、できましたよ」
 さらりと、ファレルが言ってくる。
 彼女の前にいるのは、ラインシェーグが召喚したのとは正反対の存在だった。
 暗色の。

「……今まで召喚の実技で、光と闇の高位精霊を呼んだのはあなた方ふたりだけですよ」
 呆れたように言う教師を一瞥してから、ラインシェーグは視線を移す。
「もういい」
 その一言で、彼の召喚した聖霊は消えうせた。
 痕跡すら残さず。
 ファレルも同じように聖霊を解放している。
 それを確認した教師が、溜息をつく。
「……今すぐはちょっと決められませんから、発表はまた後日にします」
 言い置いて、部屋から出ていく。
「私たちも戻ろうよ」
 笑って言うファレルに、ラインシェーグが薄く微笑み返す。
 そのことに周りの者たちがなにやら騒いだが、彼は気にした風でもなく部屋から出た。
 廊下を歩きながら、ファレルが興奮した面持ちで言う。
「でもびっくりしちゃった。やっぱりラインシェーグって凄いね! いきなり光の高位聖霊呼んじゃうんだもの!」
「それを言うなら君もだろう」
「私のは闇のほうだもの。……光の方がずっと難しいわ」
 拗ねたように言う様がおかしくて、つい笑ってしまう。
「闇が呼べるなら、そのうち光も呼べるようになるさ」
「本当かしら」
「ああ」

 それを言ったときの、嬉しそうな顔。
 ああ、本当に彼女は綺麗に微笑う。
 ふたりとも主席だといわれたのは、その数日後だった。
 主席なんてめんどくさいと思ったけれど。
 隣に、いつもあの笑顔があったから、何とかやってこれたのに。
 彼女の存在は、本当に自分にとって救いになっていたのだと。
 失うまで、わからなかった。
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