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2012/02/04 (Sat)
「また、さぼってるの?」
 はるか遠くを見ていた彼は、聞こえた声に振り返る。

 昔。
 まだ主席ではなかった頃だった。
 彼女に会ったのは。

「……」
 しばらくその顔を見つめて。
 そうして彼はまた視線を移す。
 空を。
 小さく見える海を。
 目に焼き付けるかのように。
 その緑色の瞳で。
「……」
 彼女もまた何も言わず、彼の、ラインシェーグの隣に立つ。
 風が、吹き抜けていく。
「……何の用だ?」
 ぼそりと、聞き取りにくい声でラインシェーグが言う。
「何を、しているのかなって……思っただけ」
 ラインシェーグの方を見ずに、ファレルが応える。
 静かな吐息。

 幼い頃から学院にいるラインシェーグと違い、ファレルはつい最近ここに来た。
 ファレルの力に気づいた両親が、彼女を売ったのだと。
 そう、聞いていた。
 考えて、自分も似たようなものかと淡く笑う。
 捨て子の、自分には。
 両親なんか知らない。
 その分だけ、ファレルよりは辛くない。
 捨てられて良かったと今は思う。
 自分の、力にも気づけた。
 たとえここに自分の居場所がなくても。

「ここは、空が高いね」
 柔らかな草の上に身を横たえて、彼女は笑う。
 屈託のない、顔で。
 ラインシェーグは淡く微笑み、応える。
「そうだな……」
「やっと、笑ったね」
 嬉しそうな声に苦笑して。
 そういえばここ最近笑っていなかったと、気づく。
 笑う必要さえ見出せなかったから。
 だから彼はいつも何も言わず、笑わず、近寄りがたい雰囲気をもっていたのだ。
「みんな、ラインシェーグが怖いって言うの。何でだろうね」
 本当に不思議そうに聞いてくるその様子に、思わずラインシェーグは笑う。
「いつもそうやって笑っていれば良いのに」

 そう言って笑った彼女はもうどこにもいない。


 そうして、鮮やかな残像だけを残し、自分の半身はいなくなった。
 こんなにも唐突に、人間は死んでしまう。
 なんて、脆い生き物なのか。
 口の端が、笑みの形に歪む。
 正気ではありえないような、微笑み。
 虚ろな目は。

 どこも見ていなかった。
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