小説用倉庫。
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がたんと、大きな音がした。
目を開けばそこは見慣れた自分の部屋で。
ベッドに仰向けに寝転んで、眠っていたらしい。
傍らの床に本が落ちていた。
黒い、本。
手を伸ばしてそれを拾う。
慎重に、書庫から持ってきたものだ。
けれど、そんなことよりも。
「夢か……」
ポツリと、どこか自嘲気味に笑う。
夢などいくら見ても、彼には関係ない。
彼が求めるのは、唯一つだから。
眩い空を見て、彼は笑った。
明るい空とは正反対な、暗い微笑いで。
「ラインシェーグ!」
「……セルファ……?」
振り向いて、掛けて来る相手の名を呼ぶ。
「やっと部屋から出てきたな。何やってたんだ?」
「別に……瞑想していただけだ」
「ふぅん」
首を傾げて、セルファが呟く。
「それより、急いでたんじゃないのか?」
「あ、そうそう。カウェラル様に呼ばれてたんだよ。忘れてた」
じゃあと片手を挙げて、走っていく。
その後ろ姿に手を振りながら、ラインシェーグは笑っていた。
底なしの闇のような、暗い笑みを。
その笑みを瞬時に消すと、表情を無くし、彼はきびすを返す。
ああ今までのことがすべて夢だったら良かったのに。
どこから?
出会う前から。
いっそ。
けれど待っているのは残酷な真実。
それは変わることのない事実で。
たとえ夢を見たとしても意味はない。
そう、意味はないのだ。
だから彼は決意する。
唯一つの、願いをかなえるために。
目を開けばそこは見慣れた自分の部屋で。
ベッドに仰向けに寝転んで、眠っていたらしい。
傍らの床に本が落ちていた。
黒い、本。
手を伸ばしてそれを拾う。
慎重に、書庫から持ってきたものだ。
けれど、そんなことよりも。
「夢か……」
ポツリと、どこか自嘲気味に笑う。
夢などいくら見ても、彼には関係ない。
彼が求めるのは、唯一つだから。
眩い空を見て、彼は笑った。
明るい空とは正反対な、暗い微笑いで。
「ラインシェーグ!」
「……セルファ……?」
振り向いて、掛けて来る相手の名を呼ぶ。
「やっと部屋から出てきたな。何やってたんだ?」
「別に……瞑想していただけだ」
「ふぅん」
首を傾げて、セルファが呟く。
「それより、急いでたんじゃないのか?」
「あ、そうそう。カウェラル様に呼ばれてたんだよ。忘れてた」
じゃあと片手を挙げて、走っていく。
その後ろ姿に手を振りながら、ラインシェーグは笑っていた。
底なしの闇のような、暗い笑みを。
その笑みを瞬時に消すと、表情を無くし、彼はきびすを返す。
ああ今までのことがすべて夢だったら良かったのに。
どこから?
出会う前から。
いっそ。
けれど待っているのは残酷な真実。
それは変わることのない事実で。
たとえ夢を見たとしても意味はない。
そう、意味はないのだ。
だから彼は決意する。
唯一つの、願いをかなえるために。
「カウェラル様ー! すいません遅れましたぁ!」
「……何かあったんですか? セルファ」
勢いよく扉を開けたセルファに、盲目の教師、カウェラルは苦笑して聞く。
書庫には今、彼らのふたりしかいない。
脚立に座って指でなぞっていた本を閉じると、カウェラルは身軽に降り立った。
その瞳は閉じられたままで。
背中に垂れた黒髪をなびかせて、セルファの近くに行く。
「カウェラル様ってほんとに目、見えないんですか?」
驚きをこめて問い掛ける。
カウェラルはそんなセルファに微笑んだ。
「ほんとに見えませんよ……。この眼ではね」
彼は物理的にではなく魔力を使ってモノを見る。
そう言われても、目の見えるセルファには良くわからない。
「それで、何かあったのですか?」
先ほどと同じ問いを、カウェラルは繰り返した。
「あ、はいー。さっきそこでラインシェーグと会ったんですよぅ」
「ラインシェーグと? ……平気そうでしたか?」
不安そうに顔をゆがめるカウェラルを見て、セルファは能天気に笑う。
「平気じゃないですか? 別段変わった様子はなかったですけど」
「……それなら良いんですけど」
相変わらずのセルファに僅かに苦笑して、カウェラルは俯く。
「そういえば、ラインシェーグ、何かの本持ってましたよ。黒い本」
思い出したように手を売って言われたことに、カウェラルは表情を変えた。
「それは、金の文字が描かれた本ですか?」
「えーと、はい、たぶんそれですね」
間の抜けたような返事を聞いて、カウェラルは持っていた本を机に置くと部屋から飛び出した。
それを慌ててセルファが追う。
「ど、どうしたんですか?」
「ラインシェーグが持っていたのは、おそらく禁書と呼ばれるものです。いつもは厳重に保管してあるはずなのに……!」
「禁書?」
半ば走りながら、カウェラルに追いついて聞く。
セルファはそれなりに足が速い。
「運命を司り、何者にも縛られない……すべてを超越するもの。そういう者のことが、書いてあるんです」
「何で知ってるんですか?」
「……昔、好奇心で開いてみました。……おかげでこの有様です」
自嘲気味に、カウェラルは自分の目に触れる。
「けれど、ラインシェーグには力がある」
自分よりも強く、そしておそらく学院でも最強の、魔法力。
「彼ならば……こんなことにはならないでしょうが……」
「大変そうですねーとにかく急ぎましょう。……ラインシェーグは多分こっちですよ」
へらりと笑って、セルファが言う。
彼は魔法力はあまり高くないが、気配を読む力は人並みはずれてある。
カウェラルは頷いて、足を速めた。
「……何かあったんですか? セルファ」
勢いよく扉を開けたセルファに、盲目の教師、カウェラルは苦笑して聞く。
書庫には今、彼らのふたりしかいない。
脚立に座って指でなぞっていた本を閉じると、カウェラルは身軽に降り立った。
その瞳は閉じられたままで。
背中に垂れた黒髪をなびかせて、セルファの近くに行く。
「カウェラル様ってほんとに目、見えないんですか?」
驚きをこめて問い掛ける。
カウェラルはそんなセルファに微笑んだ。
「ほんとに見えませんよ……。この眼ではね」
彼は物理的にではなく魔力を使ってモノを見る。
そう言われても、目の見えるセルファには良くわからない。
「それで、何かあったのですか?」
先ほどと同じ問いを、カウェラルは繰り返した。
「あ、はいー。さっきそこでラインシェーグと会ったんですよぅ」
「ラインシェーグと? ……平気そうでしたか?」
不安そうに顔をゆがめるカウェラルを見て、セルファは能天気に笑う。
「平気じゃないですか? 別段変わった様子はなかったですけど」
「……それなら良いんですけど」
相変わらずのセルファに僅かに苦笑して、カウェラルは俯く。
「そういえば、ラインシェーグ、何かの本持ってましたよ。黒い本」
思い出したように手を売って言われたことに、カウェラルは表情を変えた。
「それは、金の文字が描かれた本ですか?」
「えーと、はい、たぶんそれですね」
間の抜けたような返事を聞いて、カウェラルは持っていた本を机に置くと部屋から飛び出した。
それを慌ててセルファが追う。
「ど、どうしたんですか?」
「ラインシェーグが持っていたのは、おそらく禁書と呼ばれるものです。いつもは厳重に保管してあるはずなのに……!」
「禁書?」
半ば走りながら、カウェラルに追いついて聞く。
セルファはそれなりに足が速い。
「運命を司り、何者にも縛られない……すべてを超越するもの。そういう者のことが、書いてあるんです」
「何で知ってるんですか?」
「……昔、好奇心で開いてみました。……おかげでこの有様です」
自嘲気味に、カウェラルは自分の目に触れる。
「けれど、ラインシェーグには力がある」
自分よりも強く、そしておそらく学院でも最強の、魔法力。
「彼ならば……こんなことにはならないでしょうが……」
「大変そうですねーとにかく急ぎましょう。……ラインシェーグは多分こっちですよ」
へらりと笑って、セルファが言う。
彼は魔法力はあまり高くないが、気配を読む力は人並みはずれてある。
カウェラルは頷いて、足を速めた。
もうすぐ。
魔法陣が完成する。
いまだ誰も成功したことのない、魔法の力。
ラインシェーグは何のためらいもなく進めていく。
狂ったような瞳と、唇は相変わらず歪んだままで。
一心不乱に行動する彼は他人の目には奇異に映ることだろう。
けれどそんなことは彼には関係ない。
唯、自分の思うとおりにやるだけだ。
何を犠牲にしても。
描き終わった魔法陣を前にして、黒の本を片手に持って息を吸い込む。
「……我は汝に乞い願う。金色の後継者。運命の調停者よ。我は汝の名を知る者。契約において我汝が名を呼ばん。汝我が問いかけに応え、我が前に現われ出でよ。……ノーメン・スポンディエーレ・ロータ……」
長い呪文を途切れることなく滑らかに唱える。
詠唱の呪文は一気に発音を間違えずに唱えなければならない。
それは集中力も試される。
けれど今の彼はひとつの事しか頭にないから。
そうして呪文は完成した。
詠唱を終えた途端、部屋の扉が開かれた。
「ラインシェーグ!」
カウェラルとセルファの姿を認めて、ラインシェーグが笑う。
病んだ笑み。
「もう、遅い……!」
魔法陣からは吹き飛ばされそうなほどの風が巻き起こっている。
その風に煽られながら、ラインシェーグは一瞬、微笑んだ。
綺麗な、笑顔で。
「まさか、成功したのですか……?」
呆然と、カウェラルが呟く。
それを鼻で笑い、魔法陣に視線を移す。
「さぁ、出て来い! そして……」
私の願いを、叶えろ。
声に出さずに、呟く。
ゆらりと、魔法陣の中心に黒い影が出てきた。
長い黒髪。
しなやかな肢体を薄布で包み。
そして、金色の目が、鮮やかにその場にいる三人を貫く。
何もかもを見透かすような、そんな眼で周りを睥睨して。
『我が名はルシェイド……。私を呼んだのは、お前か』
頭に直接響く、けれど澄んだ、綺麗な声。
現われたその女性、ルシェイドは、冷たく光る瞳で周りを威圧する。
「そうだ。私の願いを叶えてほしい」
『……』
「ラインシェーグ! やめなさい!」
カウェラルが必死に声を出す。
彼女が放つ空気に押されて、苦しそうだ。
セルファはすでに気を失って倒れている。
高位のものが放つ存在感は、耐久力のない者にとっては死ぬほどに、それは圧力を伴って周りを襲う。
ルシェイドは魔法使いの最高位に位置する。
ほとんどの者にとっては実際に見たこともなく、伝説のようなもの。
ラインシェーグは、制止の声をあげるカウェラルを無視して、叫んだ。
「ルシェイド……私の願いはひとつだけだ……。ファレルを……ファレル=リィン=ゼードを甦らせろ!」
絞り出すような声で、彼は必死に訴える。
彼女が死んでから、本当に唯それだけを、願ってきたから。
ルシェイドはしばらくじっと、ラインシェーグを見つめる。
そして溜息とともに呟いた。
『……それはできない』
魔法陣が完成する。
いまだ誰も成功したことのない、魔法の力。
ラインシェーグは何のためらいもなく進めていく。
狂ったような瞳と、唇は相変わらず歪んだままで。
一心不乱に行動する彼は他人の目には奇異に映ることだろう。
けれどそんなことは彼には関係ない。
唯、自分の思うとおりにやるだけだ。
何を犠牲にしても。
描き終わった魔法陣を前にして、黒の本を片手に持って息を吸い込む。
「……我は汝に乞い願う。金色の後継者。運命の調停者よ。我は汝の名を知る者。契約において我汝が名を呼ばん。汝我が問いかけに応え、我が前に現われ出でよ。……ノーメン・スポンディエーレ・ロータ……」
長い呪文を途切れることなく滑らかに唱える。
詠唱の呪文は一気に発音を間違えずに唱えなければならない。
それは集中力も試される。
けれど今の彼はひとつの事しか頭にないから。
そうして呪文は完成した。
詠唱を終えた途端、部屋の扉が開かれた。
「ラインシェーグ!」
カウェラルとセルファの姿を認めて、ラインシェーグが笑う。
病んだ笑み。
「もう、遅い……!」
魔法陣からは吹き飛ばされそうなほどの風が巻き起こっている。
その風に煽られながら、ラインシェーグは一瞬、微笑んだ。
綺麗な、笑顔で。
「まさか、成功したのですか……?」
呆然と、カウェラルが呟く。
それを鼻で笑い、魔法陣に視線を移す。
「さぁ、出て来い! そして……」
私の願いを、叶えろ。
声に出さずに、呟く。
ゆらりと、魔法陣の中心に黒い影が出てきた。
長い黒髪。
しなやかな肢体を薄布で包み。
そして、金色の目が、鮮やかにその場にいる三人を貫く。
何もかもを見透かすような、そんな眼で周りを睥睨して。
『我が名はルシェイド……。私を呼んだのは、お前か』
頭に直接響く、けれど澄んだ、綺麗な声。
現われたその女性、ルシェイドは、冷たく光る瞳で周りを威圧する。
「そうだ。私の願いを叶えてほしい」
『……』
「ラインシェーグ! やめなさい!」
カウェラルが必死に声を出す。
彼女が放つ空気に押されて、苦しそうだ。
セルファはすでに気を失って倒れている。
高位のものが放つ存在感は、耐久力のない者にとっては死ぬほどに、それは圧力を伴って周りを襲う。
ルシェイドは魔法使いの最高位に位置する。
ほとんどの者にとっては実際に見たこともなく、伝説のようなもの。
ラインシェーグは、制止の声をあげるカウェラルを無視して、叫んだ。
「ルシェイド……私の願いはひとつだけだ……。ファレルを……ファレル=リィン=ゼードを甦らせろ!」
絞り出すような声で、彼は必死に訴える。
彼女が死んでから、本当に唯それだけを、願ってきたから。
ルシェイドはしばらくじっと、ラインシェーグを見つめる。
そして溜息とともに呟いた。
『……それはできない』
轟然と言い放つルシェイドに一瞬呆然として、ラインシェーグは怒鳴った。
「何だと!? お前は生と死をも司ると聞いた! 出来ぬことは無いと!!」
『……確かにできないことはない』
「じゃあ……!」
『……言い方が悪かったか。……私は、そんなことはしない』
表情も変えずに、淡々と。
「何故だ! お前は願いを叶えてくれるんだろう!」
『願いを叶えるのは、それが必要なときのみ。……それに』
ラインシェーグを見つめたまま、そこで一旦言葉を切る。
『……彼の者の魂はお前のものではない。お前が、勝手にかき回すこともできない。……それにお前も言っていただろう。私は運命の調停者。自らがその運命を変えることは許されない』
言いながら少し表情を曇らせて。
『許されないんだ……』
カウェラルはその言葉に含まれた響きに、視線を上げる。
哀しそうな、声と眼で。
それすらも見えないのか、ラインシェーグは声を荒げる。
「ならばやり方を教えろ! お前がやらないというなら私がやる!」
『無理だ。人間如きに扱える術ではない』
ルシェイドはにべもない。
『いくらお前の魔力が強くても……蘇生の術に関しては、素人だからな』
肩を震わせて、ラインシェーグはルシェイドを睨みつける。
「蘇生の術なんか、誰もやったことなどないだろう。けれど、できるかもしれないじゃないか」
何も言わずに、ルシェイドはラインシェーグを見据える。
「どうして、どうして叶えてくれないんだ……! 私は彼女以外いらないのに……ッ!」
『駄目だ。……やるわけにはいかないし、教えるわけにもいかない』
きっぱりとした拒絶。
それを聞いてラインシェーグは片手で顔を覆う。
「……ッ……!」
そうしてしばらく沈黙が下りた。
不意に、彼は手を下ろす。
拳を握るでもなく自然に。
カウェラルははっとして顔を上げた。
魔法力が、集っていく。
ラインシェーグの、ところに。
何をするのか一瞬にして悟ったカウェラルは、止めようと手を伸ばす。
身体が重い。
泥の中にいるかのような動きづらさがもどかしい。
「……止めなさい……! ラインシェーグ……!」
苦しげに言う言葉はもはや彼には届かない。
もう、届かない。
ルシェイドは眉をひそめてラインシェーグを見る。
『何を、する気だ……。ラインシェーグ=レイズ=アヴェロス』
それは彼の真名。
彼を縛る、唯一の。
けれど彼は暗く、微笑んで呟く。
「ファレルが、いないなら……」
こんな世界なんて。
自分は、要らない。
弾けるような音と共に、集められた魔力は一気に解放され、そしてあたりは閃光に包まれた。
(ラインシェーグ……)
ファレルが微笑む。
けれどそれは金の残像を残して白い光に飲み込まれ、もう見えない。
永遠に。
彼のことを好きだといったファレルは、もう、二度と彼に微笑みかけることはない。
叶うなら、もう一度。
彼女と、一緒に。
「何だと!? お前は生と死をも司ると聞いた! 出来ぬことは無いと!!」
『……確かにできないことはない』
「じゃあ……!」
『……言い方が悪かったか。……私は、そんなことはしない』
表情も変えずに、淡々と。
「何故だ! お前は願いを叶えてくれるんだろう!」
『願いを叶えるのは、それが必要なときのみ。……それに』
ラインシェーグを見つめたまま、そこで一旦言葉を切る。
『……彼の者の魂はお前のものではない。お前が、勝手にかき回すこともできない。……それにお前も言っていただろう。私は運命の調停者。自らがその運命を変えることは許されない』
言いながら少し表情を曇らせて。
『許されないんだ……』
カウェラルはその言葉に含まれた響きに、視線を上げる。
哀しそうな、声と眼で。
それすらも見えないのか、ラインシェーグは声を荒げる。
「ならばやり方を教えろ! お前がやらないというなら私がやる!」
『無理だ。人間如きに扱える術ではない』
ルシェイドはにべもない。
『いくらお前の魔力が強くても……蘇生の術に関しては、素人だからな』
肩を震わせて、ラインシェーグはルシェイドを睨みつける。
「蘇生の術なんか、誰もやったことなどないだろう。けれど、できるかもしれないじゃないか」
何も言わずに、ルシェイドはラインシェーグを見据える。
「どうして、どうして叶えてくれないんだ……! 私は彼女以外いらないのに……ッ!」
『駄目だ。……やるわけにはいかないし、教えるわけにもいかない』
きっぱりとした拒絶。
それを聞いてラインシェーグは片手で顔を覆う。
「……ッ……!」
そうしてしばらく沈黙が下りた。
不意に、彼は手を下ろす。
拳を握るでもなく自然に。
カウェラルははっとして顔を上げた。
魔法力が、集っていく。
ラインシェーグの、ところに。
何をするのか一瞬にして悟ったカウェラルは、止めようと手を伸ばす。
身体が重い。
泥の中にいるかのような動きづらさがもどかしい。
「……止めなさい……! ラインシェーグ……!」
苦しげに言う言葉はもはや彼には届かない。
もう、届かない。
ルシェイドは眉をひそめてラインシェーグを見る。
『何を、する気だ……。ラインシェーグ=レイズ=アヴェロス』
それは彼の真名。
彼を縛る、唯一の。
けれど彼は暗く、微笑んで呟く。
「ファレルが、いないなら……」
こんな世界なんて。
自分は、要らない。
弾けるような音と共に、集められた魔力は一気に解放され、そしてあたりは閃光に包まれた。
(ラインシェーグ……)
ファレルが微笑む。
けれどそれは金の残像を残して白い光に飲み込まれ、もう見えない。
永遠に。
彼のことを好きだといったファレルは、もう、二度と彼に微笑みかけることはない。
叶うなら、もう一度。
彼女と、一緒に。
『愚かな……』
ルシェイドの声に、カウェラルは意識を取り戻す。
そこはラインシェーグが魔法陣を作った部屋ではなく、青空の広がる空の下、学院の裏にある草原だった。
風が、通り抜ける。
「何を……」
『空間を切り離して転移させた。……ここを今、滅ぼすわけにはいかない』
冷淡ともとれる口調で。
カウェラルはそんなルシェイドの声を聞き、そして周りに意識を向ける。
傍らにはセルファが倒れている。
「……ラインシェーグは……どうしたのですか?」
嫌な予感に胸を抑えながら聞く。
ちらりとカウェラルを一瞥して、ルシェイドはその金の瞳を伏せた。
『……封じた。彼を、殺すわけにはいかなかったから……』
愕然と、カウェラルはルシェイドの方に顔を向ける。
「どうして……」
『ここを滅ぼすわけにも、そして彼を死なせるわけにもいかなかった。ただそれだけのこと。……彼は、もうこの世界には戻らないかもしれないが……』
どこか哀しそうに、ルシェイドは言う。
カウェラルはまだどこかふらふらする身体で立ち上がった。
「彼が、最後に放った魔力は……」
この大陸が壊れるかと思うほどの、強い力。
あれを、どうしたのか。
『相殺させた』
さらりと、なんでもないことのように言うルシェイドのことを、今更ながら思い出す。
すべてを超越する者。
『……もう、時間がないようだ……』
呟かれた言葉に、顔を上げる。
どこか、気配が弱くなっている。
薄く、かすれるように。
「何が……」
『……たかが、人間と侮っていた。……まさか……』
「まさか?」
『……いや……』
そこで言葉をとぎらせると、ルシェイドは片手に持った黒い本を翳した。
それは風化するかのようにさらさらと形を崩し、風に吹かれて跡形もなく消えた。
『……カウェラル=ヴァゼス。お前の目を、治していこうか?』
不意に真名を呼ばれて、思わず聞き返す。
「今、なんて……」
どこか釈然としない表情で、ルシェイドが言う。
『お前が願えば目くらい治せる。……元はといえば、あの本を開いたからなのだろう』
「……治せるのですか?」
『そのくらいの力はある』
憮然として応えるルシェイドに、カウェラルは苦笑した。
少し考えて、応える。
「……では、お願いします」
『わかった。……私の、最後の、仕事だ』
それだけを言って、ルシェイドは消えうせた。
存在の消失。
空間から消えたのではなく、その存在が。
驚いて、カウェラルは思わず目を開く。
途端飛び込んだ光の色。
その鮮やかな色彩に、思わず涙を流す。
ラインシェーグのことも同時に思い出され、その場に膝をつく。
学院の主席は、もうふたりともいなくなってしまった。
ルシェイドの声に、カウェラルは意識を取り戻す。
そこはラインシェーグが魔法陣を作った部屋ではなく、青空の広がる空の下、学院の裏にある草原だった。
風が、通り抜ける。
「何を……」
『空間を切り離して転移させた。……ここを今、滅ぼすわけにはいかない』
冷淡ともとれる口調で。
カウェラルはそんなルシェイドの声を聞き、そして周りに意識を向ける。
傍らにはセルファが倒れている。
「……ラインシェーグは……どうしたのですか?」
嫌な予感に胸を抑えながら聞く。
ちらりとカウェラルを一瞥して、ルシェイドはその金の瞳を伏せた。
『……封じた。彼を、殺すわけにはいかなかったから……』
愕然と、カウェラルはルシェイドの方に顔を向ける。
「どうして……」
『ここを滅ぼすわけにも、そして彼を死なせるわけにもいかなかった。ただそれだけのこと。……彼は、もうこの世界には戻らないかもしれないが……』
どこか哀しそうに、ルシェイドは言う。
カウェラルはまだどこかふらふらする身体で立ち上がった。
「彼が、最後に放った魔力は……」
この大陸が壊れるかと思うほどの、強い力。
あれを、どうしたのか。
『相殺させた』
さらりと、なんでもないことのように言うルシェイドのことを、今更ながら思い出す。
すべてを超越する者。
『……もう、時間がないようだ……』
呟かれた言葉に、顔を上げる。
どこか、気配が弱くなっている。
薄く、かすれるように。
「何が……」
『……たかが、人間と侮っていた。……まさか……』
「まさか?」
『……いや……』
そこで言葉をとぎらせると、ルシェイドは片手に持った黒い本を翳した。
それは風化するかのようにさらさらと形を崩し、風に吹かれて跡形もなく消えた。
『……カウェラル=ヴァゼス。お前の目を、治していこうか?』
不意に真名を呼ばれて、思わず聞き返す。
「今、なんて……」
どこか釈然としない表情で、ルシェイドが言う。
『お前が願えば目くらい治せる。……元はといえば、あの本を開いたからなのだろう』
「……治せるのですか?」
『そのくらいの力はある』
憮然として応えるルシェイドに、カウェラルは苦笑した。
少し考えて、応える。
「……では、お願いします」
『わかった。……私の、最後の、仕事だ』
それだけを言って、ルシェイドは消えうせた。
存在の消失。
空間から消えたのではなく、その存在が。
驚いて、カウェラルは思わず目を開く。
途端飛び込んだ光の色。
その鮮やかな色彩に、思わず涙を流す。
ラインシェーグのことも同時に思い出され、その場に膝をつく。
学院の主席は、もうふたりともいなくなってしまった。
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管理者:西(逆凪)、または沖縞
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