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2024/05/21 (Tue)
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2012/02/11 (Sat)
 やがてその沈黙を打ち破るかのようにオルカーンが伸びをしながら言った。
「まぁ、此処で考え込んでても仕方ないだろうし、まずは俺たちの目的を達成してから考えようぜ」
「……そうだな。ルートはどうする?」
 言いながら、改めて地図を眺める。
「とりあえずウェリアに行って、其処から海路でシュイザかなぁ」
「そのままイーアリーサに行けないの?」
 イーアリーサは北の海沿いだ。
 船でそのまま行けるのではないかと、そういうことだろう。

「……無理だ。北は海流が激しいし、船をつける岸が無いからな」
 場所を思い出しながらルベアが言う。
 この中であそこまで行った事があるのは彼だけだ。

 否。
 レインも、行った事があるかもしれないが。

「まぁ街道があるし、楽といえば楽なんじゃないかな」
 のんびりと言うオルカーンを、二人が驚いたように見た。
「……」

 ややあって、オルカーンがぼそりと呟く。
「……悪かったよ」

 人を襲う魔獣と同様の姿を持つオルカーンは、普通に街道を歩くとかなりの騒ぎを起こす。
 時には討伐隊まで組まれるほどだ。
 というよりその魔獣と同じ種族なのだが。
 元々この種族は知性を持たず、手当たり次第に人を襲う。
 退治しようにも生半な相手では返り討ちにあうのが関の山だ。
 そんな中、オルカーンのような存在は極めて稀で、一般の人にはあまり受け入れてもらえない。

「んー、額の目を隠してみるとか」
「……ついでに尻尾も結ぶか。そうすればそう見分けはつかなさそうだ」
 ルベアがにやりと笑ってレインの提案に付け足す。
 頭を伏せ、オルカーンは喉の奥で唸った。
「以前それで失敗したろ。またあんな大騒ぎになるのは嫌だよ」
 辟易した様子にルベアとレインが笑う。
「街道に近いところを選べばそれなりに楽だろう。そろそろ出発するぞ。今日中に川向こうに行きたい」
 言って、ルベアは手早く荷物をまとめた。
 地図も折りたたんで仕舞う。
 レインも荷物をまとめながら、ふと首を傾げた。
「エールを通るの?」
「いや。少し南下すれば橋があるはずだ。其処を渡る」
「え、橋?」
 驚いたように身を起こすオルカーンを見て、ルベアが苦笑する。
「心配しなくても、人通りはそう多くない。騒がれる事はあまり無いだろう」
 準備が整ったところで周りを見回す。
 人が居たという気配は特に残っていない。
 残してはいない。
 問題は無いだろう。

「行くぞ」
 促して、その場を後にする。
 特に何も無ければ、明日中にはウェリアに着くはずだ。
2012/02/11 (Sat)
 目的、と言ってもそう大仰なものではない。
 殆ど成り行きで同行する事になった、レインという人物に関するものだ。

 彼には記憶が無いらしい。

 生活する上で必要な事はそれなりに知っていたが、地名や物の事は殆ど覚えていないようだった。
 大陸があることすらよくわかっていなかったらしい。
 まるでこの世界を知らないかのような、そんな気がしたのを覚えている。
 記憶を探して各地を旅するのは、自分の目的とも合致する。
 そうでなければこんな厄介そうな相手と共に旅するなど考えなかっただろう。

 ふと、同行している二人に視線を送る。

 リズミカルに足を運びながら、オルカーンが先頭を歩いている。
 最初に出会った時は他の魔獣のように殺そうと思った。
 なのに思ったより手強くて苦戦し、結局は相打ちになった。
 その後、少し話をして、何故か一緒に行動する事になった。
 暇だから、と本人は言っていたが、本当の目的はよく知らない。
 彼も、自分の目的を知らないのだから相子だろう。

 もう一人の同行者、レインを見た。
 何処で取ったのか先に葉のいくつかついた枝を持っている。
 彼は、行き倒れていたのをオルカーンが見つけてきたのだ。
 何処の地域でも見かけない、薄い銀色の髪をしている。
 瞳は紫がかった青。

 見るたびに、ちりりと心臓がうずく。
 似た人物を、見た事があるからだ。
 彼の記憶が無い事を知り、各地を回りながら聞くようになった。
 情報を集め、知っていそうな人物を尋ねたりした。
 最初は次の目的地や、会う予定の人物を伏せたりはしなかった。
 記憶を戻す目的も、伏せはしなかった。

 だが、聞き込むにつれて次の相手先が行方不明になったりした。
 おかしい、と思ったのは、次に会うはずだった人物が惨殺され、魔獣の襲撃を受けてからだ。
 本来徒党を組まないはずの種族が、群れをなして襲ってきた時はさすがに驚いた。
 全て撃退はできたが。

 それからは次に行く場所は伏せ、極力人目につかない場所を選んで行動するようにした。
 そうしてからは襲撃も殆ど無くなった為、以来目的地は誰にも言わないようにしてきた。
 知っている人物が居たのは驚いたが。

 ふぅ、と溜め息をついてその人物の事を思い出す。

 名前はディリク。
 エールの町で道具屋を営んでいる。
 道具屋、といっても置いてあるのは普通の店にあるようなものではない。
 主に呪術系の道具が多いらしいが、魔法を使わないルベアには用途はさっぱりだ。
 裏道にある為に知名度は高くない。
 鬱蒼とした裏道の、何の変哲もない扉が入り口だ。
 看板も何もあったものではない。
 どことなく胡散臭い感じがするが、何故かレインは懐いているみたいだった。

 ふと視線を感じて目を上げると、レインがこちらを見ていた。
 人形のような無表情に、ぎくりとした。
 だがそれは一瞬で、直ぐに相好を崩すと、手に持った枝を振りながら言った。
「ディリクがね、何かあったらおいでって言ってたよ」
「……何か?」
 怪訝そうに問い返すと、レインはそう、とだけ言って前を歩くオルカーンの元へ走っていった。

 胸の奥に不安が広がる。
 何があるのだろう。
 頭を左右に振ると、嫌な予感を振り切るように二人を追った。
 イーアリーサは失せ物探しで高名な人物がいるという。
 その人物に会えば何かわかるかもしれない。
 そう願いながら、日が落ちる前にと足を速めて行った。
2012/02/11 (Sat)
「うぁー。やっと着いたねー」
 レインが大仰な溜め息と共に言う。
「思ったより早く着いたな」
「まぁ無事に、かなぁ」
 あれだけ警戒して特に何も無かったので何とも拍子抜けした気分だ。
 何事も無くて幸いだと思うべきなのだろうが。

 イーアリーサの町は直ぐ目の前だ。
「寒いから早く行こうよ」
 レインが促し、一行は改めて荷物を担ぎなおした。

 一年の内半分以上を雪に覆われるこの北の地方では、イーアリーサだけが町として機能している。
 人が住むに適さない土地を、魔法で快適にしているという。
 だからあの町は魔法使いの町、と呼ばれる事も多い。
 今も足元は雪が深い。
 遠目から見ても特に何が違うとは判らないが、町に一歩足を踏み入れて気づいた。
 雪は相変わらず降っているが、肌に感じる寒さは激減していた。


「ぅわッ!」
「痛!」
 二人の声に振り返る。
 見ると、二人とも怪訝そうな顔で首を傾げていた。
「何やってんだ?」
「ばちっていって痛いー」
「結界みたいだ。入れないのかなぁ」
 要領を得ないレインの言葉に、オルカーンが結論付ける。
「俺は何とも無かったぞ」
「差別だー」
 むくれて、レインが手を伸ばす。
 途端、バチッと火花と共に手を引く。
 オルカーンも同様に弾かれているらしい。



「お困りですか?」



 ぎくり、として振り返る。

 周囲に人影は無かった。
 一瞬前までは誰もいなかったはずだ。

 しかし、それは其処にいた。
 先程から居たかのように微笑むその人物は、見た目は普通の青年のそれだった。
 深い青色の瞳を何処か楽しそうに細め、彼はこちらを見ていた。

 印象的なのは、彼のその髪の色だ。
 まるで周囲の雪に溶けるかのような、白色をしていた。
 レインのようにほんの少し青みがかった銀髪ではない。

 ただ、白い。

 大陸の人間としては酷く珍しい。
 大抵はルベアのような黒髪や、茶色、金色が多い。
 警戒するルベアの後ろから、レインが声をかけた。
「ねー、入れないよー」
 その言葉に、青年は僅かに困ったような表情をして言った。
「魔法を使用する方や、それに関わっている方を阻むように出来ているんです。……崩されては困りますから」
「オルカーンは分かるけど何でオレまで入れないの?」
 不思議そうにレインが問うと、青年は酷く驚いた顔をした。
 笑んだ状態から殆ど表情を変えなかったので、それは何だか珍しいもののような気がした。
 青年はルベア達に近づき過ぎない位置に立っている。
 一歩踏み出せば剣は届くだろう。
 だが、相手の出方が分からない。
 剣の柄に手を掛け、いつでも反応できるように呼吸を整えた。
2012/02/11 (Sat)
 青年は驚きから立ち直ると、首を僅かに傾げて言った。
「貴方は魔法を使うでしょう?」

 一瞬、思わずレインの顔を見てしまった。
 だが、彼もぽかんとした表情をしている。
 オルカーンはそんな二人を見て驚いているのか、奇妙な表情をしていた。

 三人の反応を見て、途方にくれたように青年が言った。
「……知らなかったんですか?」
「……お前一言もそんなこと言わなかったじゃないか」
「え、ていうかそうなの?」
「何で二人とも知らないんだよ」
「そんな素振り無かっただろう」
「だって使った覚えないよー」
「何でお前知ってたんだ」
「纏う気配違うし。分かるだろルベア」
「俺はそういうのは分からないぞ」
 不意に、背後で小さく吹き出す音が聞こえた。
 見ると、青年が口元に手を当てて面白そうにこちらを見ていた。

「……確かに、リィの言った通りだ」
 青年は小声で呟くと、笑みを湛えたまま姿勢を正した。
「貴方達の、目的を聞きましょう」
 ルベアが見定めるように青年を見ている横で、レインが手を上げた。
「あのねー俺の」
「レイン!」
 オルカーンとルベアが同時に遮る。
「お前何言う気だよ」
「だって聞かれたから」
「だからって簡単に答えるな。何の為に秘してると思ってる」
 二人に窘められ、レインは困ったように青年を見た。
 青年は静かに三人を見ていた。

「聞かれて、正直に答えると思っていたのか?」
「いいえ。ですが、何も聞かずに通すわけにもいきませんから」
 低く、凄むようなルベアの問いに、青年がさらりと答える。
 二人が見詰め合うのを、レインがおろおろと見ている。

 その時、オルカーンが口を開いた。
「俺達は、シェンディルって人に会いに来たんだ」
「オルカーン!?」
 レインが驚いたように声を上げた。
 非難するようなルベアの視線に、オルカーンが頭を伏せる。
「此処で言い合ってても仕方ないだろ。それに此処寒いんだよ」
 ルベアが素早く視線を戻すと、青年は一歩、近づいてきていた。
「分かりました。貴方達の、町への侵入を許します」
 青年が厳かに宣言すると、彼の身体が淡く輝いた。
 ゆらり、と空間が歪む。
 眩暈にも似た感覚に、足元がふらつく。

 けれどそれは、始まったときと同じように唐突に終わった。

「どうぞ。もう入れますよ」

 にこりと言われた言葉にレインが恐る恐る手を伸ばす。
 だがその手は弾かれる事無く通り抜けられたようだ。
 驚いた顔をしてレインが一歩踏み出し、ルベアの隣に並ぶ。
 オルカーンもそれに続いた。
 二人が通った事を確認すると青年は一つ頷いて、片手を軽く振った。
「ご案内しましょう。ついてきてください」
 そう言うと青年は背を向けて歩き出した。
 警戒しながらルベアが続く。
2012/02/11 (Sat)
 ふと青年が肩越しに振り返った。

「そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。……私はウェンラーディルといいます。どうぞ、ウェル、と」
「オレはレインていうの。そんでルベアと、オルカーン」
 後を追いかけながらレインが応える。
 一行は町の中心に向かっているようだった。
「この中ってあったかいね。でも雪は通るんだ」
 空を見ながら言うレインに、ウェルが笑う。
「家の中はもっと暖かいですよ。積雪量も外よりは少ないんです」
「へぇ。どうやってるの?」
 ウェルは困ったように首を傾げた。
「説明するのは……少し、難しいですね」
「全部魔法なの?」
「えぇ。造形を使った複合魔法ですから、この町自体が魔法といえるかもしれません」
 レインが驚いたように周囲を見回す。
「でもこの町結構大きいよ? これ全部?」
 何故か嬉しそうに、ウェルが笑って頷く。
「随分大掛かりなんだなー」
 二人の話を聞いていたオルカーンが声を上げる。
「見た目が大きいだけですよ。魔法を使うものにとっては仕掛けは単純だと思います」
 言って、ウェルは足を止めた。

 其処は町の中心のようだった。

 一際大きな家が、目の前に建っている。
 同心円状に建ち並ぶ家々の、ほぼ中心にあたるようだ。
「まずは長に会ってもらいます。……お客様ですから」
 笑んで建物の扉に目を向けると、不意に扉が開いた。

「……ん?」
 扉を内側から開けた人物は、こちらを見て訝しげに眉をひそめた。
「やぁ、ラナ」
「……ウェル。誰だ、そいつら?」
 にこやかなウェルと対照的に不機嫌そうな顔をしたその人。

「……同じ顔?」
 思わず声が漏れた。
 二人は表情を除けば殆ど違いは無かった。
 ただ、瞳の色が違うだけだ。
 ウェルが深い青色に対し、このラナという青年は鮮やかな緑色をしている。
「……あぁ。そういやリィが呼んでたぜ。いつものところにいるって」
 肩越しに背後を指差し、そのまま立ち去ろうとするラナへ、ウェルが声を掛けた。
「ラナ! 何処へ?」
「見回り」
 短い返事と共に、その姿が掻き消えた。
「わ、消えたよ?」
「えぇ、ですが町の何処かには居るでしょう」
 動じることなく、ウェルは改めて扉を大きく引き開けた。

「さぁ、どうぞ」
 ほんの僅かの躊躇いを振り切って一歩中に踏み込む。 中に入って直ぐ、空気の違いに気づいた。
「わ、あったかい」
 隣でレインが声を洩らす。
 中は驚くほど暖かかった。
 外が雪であることが信じられないくらいの。
 暖炉のような暖房とは少し違う。
 暑すぎず、寒すぎない、丁度良い温度だ。
「これも、魔法、か?」
 皮肉な思いを込めてウェルへと尋ねる。
 彼は笑みをほんの少し深くすると、頷いて答えた。
「殆どの事柄が、ここでは魔法でできているんですよ」
 当たり前の事だ、というウェルの態度に、ルベアは微かに眉をひそめる。

 成る程此処では当たり前の事だろう。
 例え他の町で見かけないことだとしても。
 そもそも魔法を使える人間のほうが少ない。
 だからこそ、此処まで大規模に魔法を使っていることに違和感がある。
 そんな不信な感情を読み取ったのか、ウェルは苦笑すると、扉を閉めて奥へと促した。
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