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2024/11/23 (Sat)
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2012/02/11 (Sat)
 町からでも聖山が見える。
 近いわけではない。
 それほど大きく、標高が高いということだ。
「見えるから案内はいらないと思うが、一つだけ」
 町境についたときにそう前置きして、ラナは山の右手側を指差した。
「行くのなら向こうへ迂回すると良い。遠回りに思えるだろうが直進するより早い」
「……分かった」
 礼を言って町から出る。

 途端に冷気が全身を襲った。
「わー寒いー」
 間の抜けた声でレインが感想を言う。
 苦笑しながら振り返ると、其処には既にラナの姿はなかった。
「もう行ったのか。早いなぁ」
 オルカーンが感心したように鼻を鳴らす。
「ねぇ行こうよー。このまま此処に立ってたら雪だるまになっちゃうよ」
 情けない声で言われ、ルベアは荷物を担ぎなおした。

 道のりは特に迷うこともなく進めた。
 誰かが踏み固めたのだろう獣道が、視界から消えることなくあったからだ。
「山へ行く人とか結構いるのかなぁ?」
「どうだろうなぁ。最近人が通った形跡は無いよ」
 顔を低くして地面を見ていたオルカーンが応えた。
 その答えに、レインが首を傾げる。
「シェンディルが通ったんじゃないのかな?」
「通らなかったんじゃないか?」
 言いながら進んでいくうちに、周囲の木々が鬱蒼としてきた。
 自分達三人以外の息遣いが、徐々に増えていく。
2012/02/11 (Sat)
「オルカーン」

 周囲を警戒しながら手前を行くオルカーンの名を呼ぶ。
 周囲の気配に敵意は無い。
 ただ純粋に、様子を伺っているようだ。
「……何もしなければ、特に問題はなさそうだよ」
 低い声で言われたことに、ルベアは少し眉を顰めた。
 この中で問題を起こしそうなのは一人しかいない。

「レイン。何処へ行く気だ」
 早速道の脇にある木に近寄っていったレインを、腕を掴んで引き戻す。
「不用意にふらふらするな。囲まれてるんだぞ」
「何に?」
 きょとんと、レインは周囲を見回した。
「見えないよ?」
「見えないようにしてるんだよ」
 オルカーンが諭すように言うとレインは首を傾げて二人を見た。
「何で?」
「さぁな。こっちの出方を伺ってるんだろう。良いからさっさと抜けるぞ」
 掴んだままだったレインの腕を引っ張りながら、ルベアは足を速めた。

 駆け足で、オルカーンが先に立つ。
 ちらりと左右に視線をやると、木々と見紛うような深い緑色の何かが動いたような気がした。
 様子を伺っている割には追いかけては来ない。
 そのままの状態で暫く進み、気配が薄れたところで漸くオルカーンが歩調を弱めた。

「ル、ルベアー。腕が痛い」
 息を切らしながら、レインが訴える。
「あぁ、すまん」
 手を離すと、レインはその場にへたり込んだ。
「もー、二人していきなり早くなるんだもん。もうちょっとゆっくり行こうよ」
「ゆっくり行ってたら入れ違いになるかもしれないだろうが」
 その時、何処に行っていたのかオルカーンが戻ってきた。
「もう少し行った所に開けた所があったから、そこで少し休んでいこう」
「だ、そうだ。ほら早く立て」
「うぅルベア酷いー」
 情けない声を出しながら、レインが渋々立ち上がる。
 足元は少し覚束ない。
「……もうちょっと体力つけろよ」
 思わず言うと、彼は頬を膨らませた。
 子供じみたその仕草に笑いを押し殺しながら、先に進むオルカーンの後をついて行く。

 オルカーンが見つけたその場所は、本当にぽっかりと開けた場所だった。
 鬱蒼とした中の、唯一の明るい場所。
「……此処は、その、あれだ。……安全なのか?」
 歯切れ悪く問うと、オルカーンは渋い顔で頷いた。
「まぁ、見た目は怪しいかもしれないけど、害意あるものは近づけないよ」
 そう言う彼は少し辛そうだ。
「……お前も害意があるのか?」
 からかい半分に言うと、尻尾を一度ぱたりと振った。
 此処も魔法に関係した場所なのだろうか。
 ルベア自身は何とも無い。
 ただ場所に違和感があるだけだ。
2012/02/11 (Sat)
 レインは、と見ると、彼は開けたその中央に仰向けに横たわっていた。
 町の時も少し鈍かった。

 気づかずに倒れてしまったのかと傍らに行くと、彼は目を開いて笑った。
「此処、日が射しててあったかいね」
 無駄な心配だったようだ。
「お前はなんともないのか?」
 聞くと、不思議そうに上体を起こした。
 ゆっくりと近づいてきたオルカーンを見て、レインはもらった包みを掲げた。
「それよりこれ開けてみようよ」
 言われて開くと、彼らが作ったのだろう、パンが入っていた。
 触ってみるとまだ暖かい。
「外寒いのにまだあったかいんだね」
「……そうだな」
 一つとって食べる。
 パンは焼き立ての状態を保たれているようだった。
 いろいろな所に、惜しげも無く魔法が使われているようだった。

 暫く休みながらパンを食べ、荷物をまとめる。
 町を出たときから見えていた山は、周りの木々の所為で頂上が僅かに覗くだけだ。
 それでも未だ遠い。
 三人は誰からとも無く顔を見合わせると、また歩き始めた。


 麓の森に漸く着いたのは、あれからさらに3日がたってからだった。
 予想より遅い。
 本来なら1日2日でつくはずだ。
 原因は主に体力の無いレインだが、幸いにしてまだ連絡は無い。
「……おい、いつまでへばってる。早く行くぞ」
 ルベアが容赦なく言うと、もうちょっと、と言ってレインが項垂れた。

「どっちから行くんだ?」
 蹲ったレインの横に座って、オルカーンが問う。
 少し考えて、ルベアが答えた。
「シェンディルの方からだ」
 帰りで良いと言われている。
 急ぐものでもないだろう。
「どの辺にいるか、わかるか?」
 オルカーンは山に向けて三つの目を向けると、そのまま凝視した。

 ふわりと、毛が逆立つ。
 瞳は淡く輝き、けれど身体は微動だにしない。
 オルカーンは隠されたものでなければ、魔法の気配を視ることが出来る。
 探し人であるシェンディルは、隠れる必要の無い人間だ。
 範囲は広いが、探すのは比較的容易だろう。
2012/02/11 (Sat)
「見つけた」
 不意に、オルカーンが声を上げた。
 視線は前方を向いたまま。
 否。
 ある一点を、凝視している。
「何処だ」
「此処から真っ直ぐ、少し開けたところが見えるだろ? あの辺だ」
 見ると、山の中腹辺りに木々の緑ではない場所があった。
 多分其処がオルカーンの言う場所だろう。
「よし。じゃあ行くぞ……って何やってるんだレイン」
 荷物を担ぎなおし、レインを振り返ると、彼はオルカーンの尻尾をじっと見ていた。
「何でオルカーンの尻尾っていつもふかふかなんだろー」
「……いいから行くぞ」
 出鼻を挫かれた気分で、レインの首根っこを掴む。
 半ば引き摺って歩き始めると、観念したのかレインもきちんと歩き出した。
「動く様子は?」
「今の所無いなぁ。寝てるのか動けないのか」
 そうか、と言いかけて眉をひそめる。
「……動けない?」
「かも、ってこと。何もいないわけじゃないだろ? 此処って」
 聖山は他に比べて魔物や魔獣の出現率は低い。
 だが低いだけであって、出ないわけではなかった。
 ただ、周りに注意をしていれば遭遇は防げるほどの小物ばかりなので、大して警戒はしていなかった。
「……でかいのがいるかもしれないってことか……」
 憮然とした顔で呟く。
 戦うことは嫌いではない。
 時間に制限が無いのなら。
「とにかく急ごう」
 二人を急かし、ルベアは歩を早めた。

 オルカーンの言う場所に着いた時には、もはや日は暮れかかっていた。
「此処か?」
「うん……」
 オルカーンの返事は歯切れが悪い。
 何だ、と思ってみると、オルカーンは顔を上げて遠くを見ていた。
 否、実際には見ていないのかもしれない。
 何を。
 見ているのか。
 レインは歩きつかれたのか、近くの木にもたれかかって座り込んでいる。
 周囲に視線を走らせながら、ルベアはオルカーンの次の言葉を待った。
「こっちだ」
 短く言って、鼻先を右へと向けた。
 周囲は既に薄暗くなり、視界があまり利かなくなって来ている。
 視線を向けた先は木々が壁のようで、幹の間に僅かに覗く奥は闇に覆われていた。
「動けないわけではなさそうだな」
「特に怪我はしてなさそうだけど……」
「レイン、動けるか?」
 振り返ると、レインは木の根元に丸くなって眠っていた。
 呆れて起こそうとすると、オルカーンが遮った。
「動きはゆっくりだし、そう遠くまで行く気はなさそうだから、今は少し休もう。無理してもレインが動けなかったら意味無いんだし」
 ルベアは僅かの逡巡の後、溜め息と共に頷いた。
「仕方ない。それならレインが起きたら行くことにしよう」
2012/02/11 (Sat)
「ルベア」
 眠っていたらしい。
 オルカーンの呼び声で目が覚めた。
「……どうした」
「気をつけて。囲まれるよ」
 低く抑えた囁き。
 ルベアは完全に目を覚ますと、剣の柄に手を添えて周りを見回した。
 レインの姿が無い。
「レインは?」
 何かの気配が近づいてくるのを感じつつ、ルベアが問う。
「……ちょっと散歩、って。追えてるから大丈夫」

 オルカーンは視線を上げると嫌そうな顔をした。
「見つかった」
 何に、とは聞かない。
 周囲の気配は囲うように近づいてきていた。
 レインがいなくて良かった、と思う。
 彼は戦闘には向かない。
 柄にかけた手に力をこめる。
「数は」
「数えられないな。細かいよ」

 さわさわと、葉ずれの音がする。
 風は吹いていない。
 不意に音が止まった。
 感じる気配が圧倒的に重くなっていく。
 排除しようとする、完全な敵意。
 神経が研ぎ澄まされていく。
 オルカーンが姿勢を低くして警戒する。
 いつでも跳びかかれる体勢だ。
 がさり、と前方の繁みが音を立て、黒い塊が向かってきた。
 居合の要領でそれに合わせて刃を滑らせる。
 と、それは瞬時に後退し、間合いから逃げた。
 僅かの明かりに見えたそれは、黒い鼬のような魔獣だった。
 大きさは拳二つ分ほど。
 確かに細かくはある。
 数は多くいたはずだ、と思った時、最初の一匹の後ろから次々と同じ形の魔獣が飛び出してきた。
 視線の先が闇色に染まっていく。
 がさりと音がして、それは横や後ろからも現れた。
「多いなぁ」
「数だけだ」
 ぼやくオルカーンに短く応え、ルベアは剣を構えた。

 思ったより速かった。
 ただ、殺傷能力は低そうだ。
 攻撃を受けても大怪我にはならないだろうが、数だけは厄介だった。
 めんどくさいなと思いつつ、一歩、前に足を進める。
 それを合図にして魔獣は一斉に飛び掛ってきた。
 間合いに入ったものから斬り伏せていく。
 斬られたそれは声もなく塵となって消えていった。
 その様をのんびり見る暇も無く、片端から斬っていくが、彼らは仲間が斬られても動揺もせず、襲い掛かってくる。
 変だ、と思った時、背後にいたはずのオルカーンはかなり離れた位置にいて、そして魔獣の数は減りもしていなかった。
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