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2024/12/04 (Wed)
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2012/02/11 (Sat)
 かなりの数を斬り捨てた。
 何処から沸いてくるのか。
 段々息があがってきた。
 黙々と、こなす作業のように襲われては斬り、斬っては襲われと繰り返すうちに思考が単調になっていく。
 気がついたときには周囲を囲む輪は狭まり、そして周りの魔獣が一斉に飛び掛ってきて。

「光を!」

 聞きなれない、高い声が響いた。
 瞬間、目も眩むほどの光がその場を覆った。
 思わず腕で目を庇う。
 光が消え、閉じていた目を開くと、あれだけ数のいた魔獣は一匹残らずいなくなっていた。
 オルカーンが傍らに走り寄ってくる。
 剣は抜き身のまま、周囲を見回す。
 がさりと大きな音がして、そちらに刃先を向けた。
 これ以上何が出てくるのか。
 派手な音を立てて草むらを掻き分け、出てきた物は。

 こげ茶色の髪を耳の上で束ねた、少女だった。
 ルベアは刃先を突きつけたまま、驚きに目を見開いた。
 少女は憮然とした表情で近くまで来ると、薄い青の瞳を細めて言った。
「いつまでか弱い女の子に向けて刃を向けているんですの。もう何も居ないのだから、仕舞った方が宜しくてよ」
 少女特有の、細く、高い声。
 だがその声には凛とした響きがあった。
「全く貴方方は。あんなもの相手に剣や牙で敵うと思ってるんですの? 呆れて物も言えませんわ」
 ゆっくりと剣を鞘に戻すルベアに、少女は腰に手を当てて憤慨しているようだ。
 馬鹿にしているようにも聞こえるのだが。
 と、少女の背後からレインが現れた。
「はーやっと追いついた……。速いよー」
「貴方が遅いんですわ」
 肩で息をするレインを横目で見て少女が吐き捨てる。

「君誰?」
 オルカーンが不思議そうに聞く。
「助けてもらっておいて礼の一つもないの? それに、貴方方はわたくしを捜していたのではなくて?」
「じゃあ貴方がシェンディル?」
「そうよ。貴方、わたくしを『視て』いたでしょう? それで何でわからないの」
 この少女が?
 そう思うと同時に、名前しか知らなかったことに今更気づく。
「助けてもらった、というのは?」
 袖を叩いて汚れを落としながら、ルベアが問う。
「先程の魔獣のことですわ。あれには物理攻撃が効きませんもの。光を当てるのが一番です」
 そう言って、少女、シェンディルは掌を差し出すように掲げた。
 たおやかな、少女の手。
 その手の先から、丸い光の珠が浮かび上がった。
 それは瞬く間に拳ほどの大きさになり、周囲を照らし出した。
「わたくし暗いのはあまり好きではありませんの」
 にこりと笑うとシェンディルは背を向けて数歩歩き、肩越しに振り返った。
「もう少し行くと休める場所がありますわ」
 ついて来い、ということらしい。
2012/02/11 (Sat)
 放置していた荷物をそれぞれ持つと、誰からとも無く顔を見合わせてから、移動していく光を追った。
「……君は、何故ひとりでこんな場所に?」
 前を行く小さな背中に追いついてから、ルベアが聞いた。
「……大した事じゃありませんのよ。ただ、嫌な予感がしたものだから、占ってみようとしたのだけれど上手くいかなくて、最も力の満ちるこの場所に来ただけですわ」
「占いは上手くいったの?」
 レインが問うと、シェンディルは少し歩調を弱めた。
「いいえ。上手くいきませんでしたわ。何度やっても同じ……真っ暗で何も見えませんの」
「んー、ルシェイドに聞いてみるとか」
 魔法関係だったらと、この間知り合ったばかりの相手の名前を告げると、シェンディルは驚いたようにレインを見た。
「彼を知っているんですの……。……いいえ。彼は調停者ですもの。聞いたところで答えてはくれませんわ」
 言い切ったその表情には、何処か諦めにも似た色があった。
「どういうことだ?」
「彼は世界の運命を調停する者ですの。人々の営みは彼には意味の無いものですのよ」
 レインが不思議そうに首を傾げる。
「そうかなぁ。そうは見えなかったけど」

 シェンディルは俯き加減に足を速めた。
 不意にぴたりと足を止めると、彼女は小さく呟いた。
「わたくしは昔彼の話を聞いたときは純粋に憧れましたわ。羨ましい、と思いました。だって現存する全ての魔法が使えるんですのよ? けれどそれに伴うものも聞いてしまってからは、そうは思わなくなった……。わたくしだったら、あんなふうに振舞えませんわ。きっと……狂ってしまいますもの」
 拳を握り締めて俯くシェンディルにどう声をかけたら良いのか分からずにただ見つめていると、慌てたように振り返って笑った。
「嫌だわわたくしったら。初対面の方に失礼ですわね。忘れてくださる?」
 先程までの暗い口調ではない、不自然に明るい声でシェンディルは言い、さぁ、着きましたわと前方を示した。
 示された先には小ぢんまりとしたテントが張ってあった。
「さぁ、お入りになって」
 そう言って、シェンディルは躊躇うことなくテントの中へ消えた。
 ルベア達は互いに顔を見合わせ、レインが困ったように眉を寄せてから、テントの中へ入った。
 オルカーンがそれに続き、最後にルベアが周囲を一瞥してから入った。

 テントの見た目は子供が三人入れば窮屈そうなほどの大きさだった。
 中に入った途端、驚きに目を見開く。
 子供が三人どころか十人は入れそうな空間が其処にあった。
 天井も高い。
 テントの中、というより何処かの室内のようだった。
「座ってくださる? お客様が来る予定なんて無かったものだから、椅子は無いのだけれど」
 床にいくつか置かれたクッションを示しながら、シェンディルが声をかける。
 其処へ移動するまでに彼女はテキパキとお茶の支度を始めていた。
「貴方はカップ? それともお皿かしら?」
 振り返ってオルカーンに問う。
 オルカーンは一瞬驚いたように動きを止め、レインの傍らに腰をおろしながら答える。
「お皿が良いな」
「分かりましたわ」
 程なく、香ばしいお茶の香りが部屋に満ちた。
「どうぞ」
「わぁありがとうー」
 嬉しそうにレインが言い、口に含む。
「美味しい」
 皆でお茶を飲んで一息つく。
2012/02/23 (Thu)
 シェンディルはお茶を一口飲んでからカップを横に置き、三人に向き直った。
「それで、わたくしに会いに来た用件を伺いましょう」
 かたりと小さな音を立ててレインがカップを下ろした。
「あのね、オレは自分の記憶が無いんだ。だからそれを探してるの。何か手がかりでも良いからわかるかなって」
「記憶……?」
 シェンディルは小首を傾げてレインを凝視した後、視線を伏せた。
「分かりましたわ。……やってみましょう」
 言って、姿勢を正す。
 空気が張り詰めた。
「……古より深き者……」
 歌うような旋律が、シェンディルの薄く開いた唇から流れていく。
 俗に言う詠唱魔法の類らしい。
 ルベアは魔法に詳しくないので分からないが、詠唱魔法の類だけは音律がないと発動しないという。
 風も無いのに、シェンディルの纏められた髪がふわりと靡く。
 最初見たときからただの小さな子供の印象しかなかったが、詠唱中の彼女はどこか神秘的な雰囲気を醸し出していた。
 思わず見とれていると、シェンディルは僅かに眉を顰めた。
 じっと見ていなければ判らないほどの微かな変化。
 けれど次の瞬間、音律が乱れた。
 詠唱魔法にとって何より大事なのは言葉と音。
 それが崩れてしまっては発動はありえない。
 そして失敗には手酷い返しがある。
 シェンディルは目を見開き、詠唱を打ち切った。
 音は乱れ、部屋は風が吹き始めていた。
 床に置いたカップが揺れる。
「言の葉は我が内より出で、世界を震わす音となる。世界の無い場所では音は霧散し響かない!」
 一息にそこまで言い終えると、シェンディルは息を吐いた。
 途端、風が嘘のように静まり返る。
 シェンディルは難しい顔をして長い溜め息をはいた。
「ど、どうしたの?」
 不安そうに問い掛けるレインに視線を向け、シェンディルは表情を引き締めた。
「妨害があるなんて聞いてませんわよ……。もう一度、やります」
 ぼそりと小声で悪態を吐いて、彼女はまた詠唱を始めた。
 ルベアが訝しげに眉をひそめる。
 先程聞いた詠唱と、僅かに違う気がしたからだ。
 見た目は先程と変わらない。
 あまり詳しくない自分がとやかく言っても時間の無駄だ。
 そう思い、ルベアはお茶を一口、口に含んだ。
 流れるような詠唱。
 高く、低く、部屋に満ちるかのような音の波。
 オルカーンがうっとりとした様子で聞き入っているのが視界の隅に入った。
「……!」
 シェンディルの詠唱が途切れると同時に、レインが驚きに息を呑む。
 きらきらとした光の糸が、レインの周りを取り囲んでいた。
 何処から現れているのかは判らない。
 空間に直接生えているかのようだ。
 シェンディルが伏せていた目を開く。
 それと同時に光の糸は微かな軌跡を残して消えうせた。
2012/02/23 (Thu)
 じっとレインの顔を凝視し、シェンディルは徐に口を開いた。
「誰かの魔法がありましたわ」
 きょとんとしてレインはルベアを見、次いでオルカーンを見た。
「俺たち見たって知らないよ」
「うー……どういうこと?」
「事故があったとか、そういうのではなく、貴方の記憶が消えたことに魔法が関与している、ということですわ」
「誰かがレインの記憶を魔法で消したのか?」
 ルベアが眉間に皺を寄せて問うと、シェンディルは困ったように瞬きをした。
「其処までは判りませんわ。当事者じゃありませんもの。最初に一度失敗したのは、魔法が関わっているとは思わなかったからですし。……あぁでも一つだけ」
 ふと、思い出したかのようにシェンディルが呟く。
「今の魔法と、同じ気配を昔感じたことがありますわ」
「何処で?」
 オルカーンが腰を浮かせて聞く。
「あれは確か東の……トゥーディス大陸だったと思います。聞き覚えはありませんか? 東で、一つの町が滅びた話を」
 全員の視線がルベアに集まる。
 レインは記憶が無い。
 多分オルカーンも知らないのだろう。
 その話は知っていた。
 伝え聞く渦中の人物。
「……そういうことか」
 呟くと、シェンディルが不安そうに眉を寄せて頷いた。
「何? 二人で分かってないで教えてよー」
 レインがもどかしげに服の裾を掴む。
「20年ほど前の話だ。一つの町が一夜の内に滅びた。町の住民はただ一人を除いて全員が殺されたんだ」
 其処彼処に死体があった。
 いつもと変わりなかったはずの夜は重苦しい静寂に支配された。
 血に濡れた石畳は月光を浴びて光り、空気は血と汚物、焼かれた肉の臭いに満ちていた。
 瞼の裏に蘇る光景を振り切るように、ルベアは言葉を紡いだ。
「その町を滅ぼした人物は青銀の髪を長く伸ばしていた……。お前の、髪に少し似ている」
 そう言って、ルベアはレインを指差した。
 オルカーンが、あ、と声を上げる。
 まだ分かってないらしいレインは首を傾げたままだ。
 溜め息を一つ吐く。
「……ルシェイドが、お前の血縁者が居ると言っていただろう」
「あ、じゃあその人がオレの記憶に関係してるのかな」
「可能性だがな。もしその話の人物が血縁者なら、この世界の何処かに居るって事だ」
「じゃあその人捜せば良いんだねー」
「一つの町を滅ぼした人物を?」
 あっけらかんと笑うレインに、オルカーンが嫌そうな顔をする。
「まぁ問題は無いんじゃない?」
 根拠の無い自信に、ルベアとオルカーンが同時に溜め息を吐く。
 シェンディルがくすくすと笑った。
「ルシェイドは随分貴方達を気にいっているようですわね」
「そうか?」
「えぇ。助言なんて珍しいですわ」
 笑いながら、ウェルと同じようなことを言う。
「さて、あまり直接的な役には立てなかったようですが、一つ、お願いをしても宜しいかしら?」
 にこりと笑んだ表情に、ルベアが顔を顰める。
 占いの対価として、というなら引き受けるしかない。
「何を?」
「手伝って欲しいことがありますのよ。此処から山頂へ行く途中に、毒を放つ魔獣がいるんですの。それを退治して欲しいのですわ」
「……毒?」
 訝しげに問い掛ける横で、レインが声を上げた。
「近くにあれない?」
「……あれ、とは何ですの?」
 眉を寄せて首を傾げる。
 当然の反応だろう。
「何だっけ?」
 レインがルベアを見て首を傾げた。
「……覚えて置けそのくらい。貴葉石樹だ」
 溜め息と共に言うと、シェンディルは軽く頷いた。
「ありますわよ。あのままでは周りへの被害が広がる一方ですし、わたくし移植しておきましたから」
 それが欲しいんですの? と問われ、オルカーンが頷く。
「なら明日にでも行こうよ!」
 はしゃぐレインを見てルベアが溜め息を吐く。
 ふと、シェンディルが見ていることに気づく。
 射るような視線。
 敵意ではなく。
 強い意思でもって。
 しかし直ぐに視線をレインに移すと、では早く寝ないといけませんわねと言って笑った。
2012/02/23 (Thu)
「何か言いたいことがあるのか」
 夜もふけた頃、ルベアは傍らに立つシェンディルに問い掛けた。
 他の二人はテントで眠っている。
 問い掛けた理由は、視線の意味。
 シェンディルは暫く空を眺めていた。
 先程の問いが聞こえなかったかのように。
 つられてルベアも空を見上げる。
 木々は濃い影となり、紺色の空との境目をはっきりと主張していた。
 月が半分、山頂に隠れている。
 その周りで星が瞬いているのが見えた。
 標高が高い所為か、外は肌寒い。
「生き残りは、貴方ですわね」
 ぽつりと、小声でシェンディルが言った。
 囁きに近かった声音は、周りの静寂の為にはっきりと聞こえた。
 滅びた町の生き残り。
 ただ一人の。
 ルベアは何も言わない。
 けれどその沈黙は肯定の証。
「……殺気立たないでくださいまし。別に言いふらしたりなど趣味の悪い真似は致しませんわ」
 溜め息と共に言われて、ルベアは視線を空から地面に落とす。
 淡い自分の影は、地面との堺すら曖昧だ。
「貴方、何を考えてますの? 先程お話したときは平静を保っていたようでしたけど、わたくしの目は誤魔化せなくてよ。……まだ、立ち直れてはいなさそうですし」
 立ち直る。
 そんな事が出来るのだろうか?
 あの日、あの場所で。
 世界が赤く暗く染め上げられたその場に居合わせながら。
 唇が笑みの形に歪む。
「敵討ちというなら止めておきなさい。あんなものはただの自己満足に過ぎない……失ったものは戻ってこない。いえ、かえって失うものの方が大きいですわ」
「……知った風な口を聞く」
 自嘲気味に吐き捨てると、シェンディルは怯むことなく胸を張って見せた。
「年長者の言うことは聞いておくべきでしてよ」
 暗い思考に沈んでいこうとしていた頭が、一瞬空白に陥る。
「え」
「あら、気づきませんでしたの? わたくしもあの場に行きましたのよ。……尤も、行った時はすべて終わってましたけど」
 そこではじめて、シェンディルはルベアに視線を向けた。
「貴方のことも、覚えていましてよ。……まさかこんな格好いい青年に成長するとは思ってませんでしたけど」
 おどけたように肩を竦めて見せるシェンディルに、ルベアは片眉をあげて応えた。
「俺は覚えていない」
「それはそうでしょう。貴方あの時周り何も見てませんでしたもの」
 きっぱりと言う。
 ルベアの記憶は、あの夜以降は曖昧に霧がかかったようになっている。
 気がつけば剣を習い始めていた。
 師に聞くと、自分から申し出たらしい。
「……赦すことは、できませんの?」
「赦せると、思うのか?」
 淡々と問い返す。
 案の定、シェンディルは言葉に詰まった。
 困らせようと思って言っているわけではない。
「……あまり、思いませんわ」
 思いがけない答えに、ルベアは目を見開く。
 頭ごなしに止めろと言われると思っていた。
「止められない思いは、わたくしにもわかりますもの。……意外そうな顔ですわね」
 ルベアの顔を見て苦笑し、視線を空に戻す。
「敵討ちなんて虚しいだけですわ。……だからこそ、貴方を止めたいと思いますの。……あんな虚無は、他の誰にも、味わって欲しくは無いものですわ」
 何処か遠くを見る目。
 長い、苦渋を見てきた目だ。
 その目を見て、はじめて彼女が年上であると実感できた。
 彼女も、復讐に立ったことがあるのだろうか。
「貴方の敵を見つけたとき、自分に問うてくださいまし。本当にそれでいいのか。本当にそれで……後悔しないのか。貴方を想う者も居る事を、忘れないで欲しいのですわ」
「想う、者?」
 怪訝そうに問うと、シェンディルは面白そうに笑って言った。
「あら、近くにいるじゃありませんの。あの二人のことですわ。……もちろん、わたくしもでしてよ」
 片目を瞑ってみせたシェンディルに、ルベアは苦笑した。
「……覚えておこう」
 その答えに、シェンディルは満足そうに笑った。
「さぁ、そろそろ寝てくださいまし。睡眠不足で動けない、とか甘いこと言いましたら、叩きますわよ」
 両手を腰に当てて言い放つシェンディルに、もの問いたそうに見やると、彼女はきょとんとしてから納得したように頷いた。
「わたくしはまだやることが残ってますの。お先に寝ていてくださいまし」
「……分かった」
 軽く手を上げて、ルベアはテントの中へ入った。
 用意された寝台に入ると、オルカーンが傍に寄ってきて丸くなった。
 ふかふかした毛皮が手に触れる。
 暖かい。
 傍に寄って来た理由に直ぐに思い当たったルベアは、オルカーンの頭を小突いた。
「お前聞いてたな」
「……聞こえるんだよ。俺は耳が良いから」
 言い訳がましく言って、ルベアに擦り寄る。
 ルベアは溜め息を吐いた。
 押し退ける事も出来たが、暖かいから良いか、と思い直してそのまま横になった。
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