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2024/11/22 (Fri)
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2012/02/24 (Fri)
「起きてくださいまし。朝ですわよ」
 何処か呆れを含んだ声に、ルベアは重い瞼をこじ開けた。
 手を伸ばすと、柔らかい毛に触れる。
 薄い茶色。
 オルカーンか、と思い身を起こそうとすると、もう片方の腕が動かなかった。
 何かと思って視線を向けると、レインがくっついている。
「貴方たち、仲良いですわね」
「……レインの寝相が悪いだけだ」
 寝起きの不機嫌な声でルベアが答え、レインを引き剥がす。
「お昼までに魔獣の所に着きたいので、……起こせますの?」
 呆れた声音。
 二人はまだ夢の中だ。
「起きろ」
「うーん……あと……」
 あと少し、とでも言うつもりか。
 揺り起こそうと手を伸ばす。
「……あと1日……」
 一瞬手が止まった。
 シェンディルも同じように止まっているのが気配でわかった。
「……そんなに寝かせられるか! 起きろ!」
 声を大きくしながら揺り動かすと、何とも言えない声を出しながらレインが目を開けた。
「お前も笑ってないで起きろよ」
 横目でオルカーンを睨む。
 丸めた毛皮が小刻みに震えている。
 漸く皆が起き、支度が出来ると、シェンディルの指示でテントの外に出された。
 小さな荷物だけになった彼女はテントから出ると入り口に置いてあった石を二つ、取り去った。
 小さく、何かを唱える。
 途端、テントは消えうせた。
「さぁ、行きますわよ」
 振り返った彼女の手には、小さな木と布の欠片。
「それは?」
 レインが指差すと、シェンディルはそれを仕舞いながら答えた。
「これは先程のテントですわ。これを媒体にしてあの大きさにしてたんですの」
 にこりと何でもないことのように笑って歩き出したシェンディルに従って、ルベア達もその場を後にした。
 歩き出して暫くしてから、シェンディルが不意に聞いた。
「そういえば、貴葉石樹を探してどうするんですの?」
「頼まれたんだよ」
 レインが何の衒いも無く答えた。
「頼まれた? 誰にですの?」
「何故そんなことを聞く?」
 答えようとするレインを遮って、ルベアが問う。
「あぁ、いえ、詮索するつもりではないのですけれども、使用方法が封魔具の媒体しか思い当たらないものですから、何に使うのかと思いましたのよ」
 お二人は魔法を使ってられないでしょう? とシェンディルがレインとオルカーンを指して言った。
「……苦手なんだ」
 ぽつりとオルカーンが呟く。
「オレは使い方知らないもん。あ、頼んだのはディリクだよ」
「まぁ、そうでしたの。それなら、納得ですわ」
 合点がいった、というふうに頷くシェンディルに、レインが首を傾げる。
「何で、納得なの?」
「彼はルシェイドに最も近い者ですもの。それに道具屋さんですし」
「知り合い?」
「蛇の道は蛇ですわ」
 軽く笑って、シェンディルは足を止めた。
2012/02/27 (Mon)
 空気が少しずつ張り詰めていく。
「この先か?」
「えぇ」
 慎重に歩を進めていく。
 ゆっくりと、極力音を立てないように。
「レイン」
 ついていこうとした彼を呼び止める。
「何?」
「お前は下がってろ」
 小声で言うと、レインは不満そうな表情をした後、渋々その場で足を止めた。
 自分が戦力にならないことは、弁えているらしい。
 レインが繁みに潜むのを確認して、注意を前方に戻す。
 進むうちに、周囲を異臭が漂い始めた。
「何だこの臭い」
 オルカーンが顔を顰めながら言う。
 嗅覚に優れた彼には辛いだろう。
「魔獣が近いということですわ」
 声が心なしか硬い。
 不意に前方を歩いていたシェンディルが沈む。
 慌てて傍によると、しゃがむよう指示された。
 襲撃があったわけではないと知って胸をなでおろし、その場にしゃがむ。
「居ましたわ」
 短く言い、前方を指差す。
 声には嫌悪感が滲んでいた。
 それの姿を見た瞬間、ルベアにもその意味が分かった。
 それは、明確な何かの形はしていなかった。
 ドロドロと流動し、蠢いている。
 ルベアよりも頭一つ分低い高さの、泥の山という表現が近いかもしれない。
 臭気を発する泥だが。
 何かの目的があるように、それは山頂を目指して進んでいた。
 移動した跡の地面は、ぬめりを帯びて黒く変色してしまっている。
 あれが、毒だろうかと考えて、訝しげにシェンディルに問う。
「……おい、あれに物理攻撃は利くのか?」
「周りのドロドロしたものには利きませんわ。むしろ剣が侵食されます。あれはわたくしが引き剥がしますから、中身をお願い致しますわ」
「分かった」
 ルベアとオルカーンが頷くのと同時に、シェンディルは両手を前に突き出した。
 頬に感じる熱風。
「炎!」
 鋭く吐き出された言葉に合わせて、両の掌から炎が噴出した。
 それは狙い違わず泥の塊にぶつかり、燃え上がらせた。
「耐熱防御をかけます。お二方、お願いしますわ」
 視線は前方に見据えたまま、シェンディルが声をかける。
 その声を合図に、ルベアとオルカーンが飛び出す。
 先程までの熱風はあまり感じない。
 近づくと同時に炎が渦を巻き、焼け爛れた泥が周囲に撒き散らされる。
 オルカーンが先行して飛び掛り、僅かに見えた泥の中へ牙を突きたてた。
 身を振って逃れようとする泥を、牙と爪で引き剥がす。
 黒い半身を露わにしたそれを、ルベアが両断した。
 斬られた所からずるりと溶けはじめると、火を上げていた周りの泥も地面に吸い込まれるように消えていった。
 後には黒く染まった地面だけが残った。
2012/02/27 (Mon)
「何か意外とあっさりだったな」
 オルカーンが黒い地面を見ながら言う。
 頷く事でそれに答え、ルベアはシェンディルへ視線を移した。
「助力を頼むほどか?」
 シェンディルは服についた葉や泥を叩き落としながら、顔を顰めて言った。
「わたくし、あのようなドロドロと蠢くものは好きではありませんの。出来れば見たくも無いですわ」
 成る程ね、とオルカーンが鼻を鳴らす。
 半ば呆れたようにシェンディルに、次いでその後ろに視線を送り、ルベアが口を開いた。
「オルカーン。レインは?」
「少し離れたところに居る」
 オルカーンの視線の先を見やって、シェンディルが、あぁ、と呟いた。
「貴葉石樹の生えている辺りですわ」
 何気ないふうな口調に、ルベアが眉を顰める。
 次いで、苦虫を噛み潰したような表情でそちらに歩き出した。
「レインは貴葉石樹のことを何も知らない。不用意に抜けばどうなるかも、な」
 低く吐き出された言葉に、シェンディルが顔色を変える。
「教えておかなかったんですの!?」
「単独で辿り着くとは思っていなかった」
 声には何処か悔やむ響きがあったが、表情に大した変化は無い。
 盛大な音を立てて茂みを掻き分け、前に進んでいくと、レインの銀色の頭が見えた。
 どうやらしゃがんでいるらしい。
 嫌な予感を覚えつつ、邪魔な茂みを退かす。
 茂みから一歩抜け出す。
 前方にレインがしゃがんでいるのが見えた。
 そして、その手には。
「レイン! 止めろ!」
 レインは振り向きざま、花の咲いた貴葉石樹を地面から引き抜いた。
 駆け寄ろうとしたルベアの腕を、小さな手が掴んで引き寄せる。
 苛立たしげに見ると、シェンディルは真剣な表情で腕を掴んでいるのとは反対の手を前に突き出していた。
「下がってくださいまし。花の咲いた貴葉石樹は、最も危険ですのに……!」
 視線をレインに戻す。
 生々しく開いた地面の穴から、どす黒い靄が覆い尽くさんばかりに広がろうとしていた。
 驚愕の面持ちで、レインがそれを見ている。
 靄は一帯に流れ出した。
 レインの姿は胸から下が靄に包まれてしまっている。
 それはルベア達に届く寸前で消えた。
 霧散したのではない。
 吸い込まれたのだ。
 薄紅色から深紅へと花びらの色を変えた、貴葉席樹に。
2012/03/01 (Thu)
 がくり、と膝から力が抜ける。
 視界がゆっくりと上に堕ちていく。
 否。
 堕ちているのは自分の身体か。
 意識が遠ざかっていく。
 手足は冷たく、感覚は無い。
 動かせない。
 動かない。
 倒れる行為を止められない。
 痛みは無い。
 何も感じない。
 どうして。
 オレは、倒れようとしているんだろう。
 視界が揺れる。
 衝撃。
 倒れたと判ったのは、視界に緑が入ったからだ。
 あぁ、でも。
 起き上がる力も、ないみたいで。
 視界は先程の黒い靄を、白くしたように、端から覆われていく。
 意識を手放す時に、聞きなれた、声を聞いたような。
 気がした。
2012/03/01 (Thu)
 靄が完全に消えると、レインが支えを失ったかのように膝を折った。
 そのままゆっくりと、その場に倒れた。
「レイン!」
 驚いて駆け寄る。
 今度はシェンディルも邪魔はしなかった。
 傍らに膝をつき、レインを抱き起こす。
 意識を失い、脱力した身体はわずかに重い。
 死体のような感触に血の気が引く思いをしながら、微かに息のあることに安堵する。
 レインの手には、花の咲いた貴葉石樹がまだ抱えられていた。
「少し見せてくださるかしら」
 成す術もなく半ば呆然としていたルベアは、シェンディルのその声に、はっとして身を引いた。
 貴葉石樹はその場の毒素を常に吸収、浄化している。
 毒素が枯渇すれば自然と枯れ、あまりに強い場合は花を咲かせる。
 花が咲いている貴葉石樹というのは毒素が強く、また吸収途中であるということだ。
 引き抜かれても暫くは浄化しようと、毒を周囲に引き付け、集めようとする。
 その為に引き抜いた者は本来地中で集められる毒素を浴びることになるので、解毒剤を飲んでおくか、それを防ぐ結界を張るのが常だ。
 レインはどちらもしていなかった。
 最も強い、深紅の毒素を直に浴びてしまったのだ。
「解毒剤を持っているのか?」
 低い、平静を保った声でルベアが聞く。
 オルカーンも心配そうに近くに来ていた。
「……いいえ。防御の結界しか用意していませんでしたわ。まさか引き抜くとは思いませんでしたもの」
 脈を取り、呼吸の速度と深さを測りながら、シェンディルが答える。
「レインは、平気?」
 小声で、オルカーンが問う。
 見た目は昏睡状態。
 ルベアもオルカーンも毒には明るくない。
 どの種類の毒で、何をすれば解毒が出来るのか見当もつかなかった。
「薬師か医師に――……」
「……難しいですわね」
 見せたらどうか、と言おうとしたところでシェンディルが小声で呟いた。
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