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2024/12/04 (Wed)
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2012/02/11 (Sat)
 与えられた一室はかなり快適な部屋だった。
 入って左側にはソファや椅子、テーブルが置いてあり、右側にはベッドが置いてある。
 中央の壁には暖炉があり、今は火が灯っていた。

「……高い宿屋、みたいだね」
 もの珍しげにきょろきょろしていたレインが感嘆の溜め息と共に言った。
 使われていない、と言っていた割には手入れが行き届いている。
 これも魔法か、と軽く溜め息をついて荷物を降ろした。

 次の目的地は決定した。
 会えなかったのは残念だったが、一応ヒントらしきものは手に入った。
「そういえばオルカーンに捜してる人が居たなんてびっくりしたよー」
 暖炉の前にいくつかの枕を持ってきて座り込んでいたレインが、唐突に言った。
 その言葉に、傍に行っていたオルカーンが僅かに身体を震わせたのが目に入った。
「あー……、言ってなかったけ?」
 オルカーンが決まり悪そうに口を開く。
「うん。聞いてないよー」
 あっさりと肯定すると、レインは積み立てた枕の上にごろりと横になった。
「……俺は別に積極的に探してたわけじゃないからなぁ。見つかるといいな、ぐらいだったし。居ない可能性も……あったから」
 最後は囁くように言って、レインが置いた枕の内の大きめなそれの上に伏せた。
「でも、居るんでしょ? 良かったじゃない」
 えへへ、と締まりの無い顔で笑って、レインはソファの一つに座るルベアに視線を向けた。
「ルベアは何で旅してるの?」
 一度口を開き、また閉じる。

 今。
 平静に。
 言える自信はない。

「そんなことより」
 質問を素通りし、先程気になっていた言葉を聞いてみる。

「界渡りって何だ?」
 聞いた途端、オルカーンの尻尾が波打った。
「あ、それオレも聞きたい」
 枕から顔をあげてレインが言う。
 オルカーンは耳を伏せ、あーともうーともつかない声を出している。
 やがて意を決したのか、顔を上げると溜め息をついた。
「……上手く説明できるか自信ないんだけど」
 そう前置きして、首を傾げた。
「この世界以外にも世界があるって、知ってるか?」
「知らないー」
 レインが同じように首を傾げて答える。
 同意見だったので、ルベアも微かに首を傾げた。

「……えぇと、世界は全部で三つあるんだ。神界と、魔界、それと現界。神界はよく知らないけど、魔界は俺が昔居た所、現界は此処の事」
「……此処って……此処?」
 間の抜けた声でレインがおかしな質問をする。
「あー……そう。この三大陸とそれを囲む海を含めたこの世界のことだよ」
「他の世界なんて聞いたことが無いぞ」
「うん。普通の人は知らされないんだよ。人族は他の界では生きていけないから」
「生きて、いけない?」
 不穏な言葉に眉をひそめる。

「人族は魔力を持たないから、空気に耐えられないって聞いた。同じような理由で、神界に住む者は魔界に、魔界に住む者は神界に行けない。現界に来るのは大丈夫みたいなんだけど」
「……成る程。それでその世界を移動するのが界渡りか」
 ルベアが呟くように言う。

 オルカーンが頷いてレインに視線を移すと、彼は不思議そうな顔をしていた。
「……わかんない?」
 不安そうに聞くと、レインは違う、と言って首を振った。
2012/02/11 (Sat)
「そうじゃないんだ。何だか……その話を昔何処かで聞いたような気がして……」
「何処かって……」
 何処だ、と聞こうとしたところで、途方に暮れたようなレインの顔とぶつかった。
「うーん……」

「……それより、少し気になったんだが」
 混乱させすぎても駄目かと思い、話題を少し変える。
「聞いた、と言ったな。それは誰から聞いたんだ? おまえ自身の記憶ではないのか」
 問うと、オルカーンは困ったように尻尾を揺らした。
「……他の奴から聞いた……。否、学習させられた、って言う方が正しいかもしれない。……俺達魔獣族は、自然に生れるわけじゃないから、製造過程で頭に叩き込まれるんだよ」
 さらりと言われた言葉に色を失う。
「あぁでも神界の事は人づてに聞いたな。そいつは金の目をした奴に聞いたって言ってた」
 続いた言葉に首を傾げたのはレインだ。
「金の、目?」
「それってさっきの奴じゃ……」
 三人で顔を見合わせる。

 其処へ、扉を叩く音が響いた。
 一斉にそちらを見ると、入ってきたのはウェルだった。
「何か入用なものはありますか?」
「丁度良い所に」
「はい?」
「いや、こっちの話」
 訝しがるウェルに、レインがさっきの青年のことを尋ねる。
「あぁ、彼はルシェイドですよ」
 返ってきた答えはこの一言だ。
 これだけで話が通じると思っているらしい。
 皆が一様に疑問に満ちた顔で見つめると、ウェルは首を傾げた。
「ご存知ではありませんでしたか?」
「知らないな」
 ルベアが即答する。
 後の二人も頷くのを見て、ウェルが言う。

「彼は世界でただ一人の、金の目を持つ者ですよ」

「……あ!」
 オルカーンが短く声を上げる。
「知ってるのか」
 問うと、オルカーンは記憶を辿るように目を眇めて言った。
「確か、現存するあらゆる魔法に精通した調停者とか」
「そのとおりですよ」
 ウェルが笑顔で肯定する。

 ぽかんとしてレインが言った。
「現存するあらゆる魔法って……凄いんじゃないの?」
2012/02/11 (Sat)
「……何、僕の話?」
 唐突に響いた声は、レインの傍らから聞こえた。

 全員が驚いて見ると、話の人物、ルシェイドが枕の一つを手に暖炉の前に座っていた。
 炎の照り返しを受けて、青緑の髪が橙に染まっている。
「いつから其処に?」
「帰られたのでは?」

「今。ちょっと忠告しに戻ってきたんだよ」
 さらりと言って笑む。
 つかみ所の無い笑顔だ。
「忠告?」
「現存するあらゆる魔法って」
「世界にただ一人とはどういう意味だ」
「神界を知ってる?」

 全員がほぼ同時に聞き、ルシェイドが驚いたように瞬きをする。
「……落ち着きなよ。一人一人喋って欲しいところだけどね。……神界は知ってる。何度か行った事あるし。魔界が夜なら神界は朝のイメージだね。この世界だと金の目は僕だけだけど、他の世界には結構多いみたいだよ。魔法は現存するものも廃れたものも使える。……媒体依存系の魔法は媒体に拠るけど。それと忠告はこの町の結界の事。まだ時期には早いけど、……張り直したほうが良い」
 見渡しながらほぼ一息に言う。
 一人一人話して欲しいと言う割には全て聞き分けているらしい。

「他の世界って……さっき言ってた魔界とかか?」
 沈黙が落ちた瞬間を見計らって、ルベアが問う。
「違うよ」
 あっさりと否定し、さらに言葉を紡ぐ。
「全然別のとこ」
「ルシェイド、良いのですか? そんな事を話して」
 色を無くしたウェルがルシェイドを遮る。
 対してルシェイドはにこやかに笑って頷いた。
「大丈夫だよ。界渡りじゃ行けない所だし、行くだけの力を持った者はいないもの」
「……何だそれ」
 ルベアが憮然として呟く。
 脅威にもならないと、見下されているような気がする。

「ね、結界がどうのって、何?」
 少し考え込んでいた様子のレインが、唐突に振り返った。
「あぁ、うん。ちょっと綻びが目立ってきてるから、直したほうが良いと思って。あれだと何かあった時防げないよ」
「……分かりました。リィに伝えておきます」
 少し声のトーンを落としたルシェイドに、ウェルが神妙な顔で頷く。
 それを確認すると、ルシェイドは不意に立ち上がった。

「さて。それじゃ僕はもう行くよ」
 手に持っていた枕をレインへと渡す。
「お気をつけて」
 もう行くのか、と思ったがウェルが少し淋しそうに笑ったので、ルベアも何も言わず見送ることにした。
2012/02/11 (Sat)
「あぁそうそう。界渡りの魔法は、僕らの間ではただ扉、とだけ呼んでいるんだよ。それじゃあね」
 ひらりと笑顔で手を振った次の瞬間、彼の姿は跡形も無く消えていた。
「早いな」
 誰に言うとも無く呟く。

「と、びら……」

 ほんの微かな囁きは、かろうじて聞こえるくらいのものだった。
 何処から、と思い見渡す。
 呆然と、虚空を見つめているのはレインだった。

 ウェルが音も無く傍らに移動する。
「……オレ……、どうして……」
 絞り出すような声で囁くと、両手で顔を覆う。
 そっとウェルがレインの肩に手を置いた。
 それに押されるように、レインは自身が積み立てた枕の中に倒れこんだ。
「レイン!」
 驚いて腰を浮かす。
 レインの顔を覗き込んだウェルが、ルベアに顔を向けて言った。
「大丈夫です。気を失っているだけですから」
 声にはほんの僅かの焦りと、安堵があった。

「記憶に……関わるものだったのかな」
 オルカーンがぽつりと言う。
「……さぁな。俺達はまだ其処まで辿り着いてないからな」
 あの男は知っているだろうが、教えないと言った。
 教えられないと。
 与えられた僅かのヒントを元に、大陸を彷徨うしかないだろう。
 ルベアは立ち上がるとレインの傍らで膝をつき、意識を失った彼を抱え上げた。
 普段鍛えている彼からすれば、レインの身体は軽い。
 丈夫なのは知っているが、下手に力を入れると折れてしまいそうだ。
 ベッドに運んで寝かせてやる。
 顔色が少し悪いが、呼吸は乱れていない。
 振り返ると、ウェルが枕を持ってきた。
「何か、足りないものとかがあれば言ってください。出来る限り用意させましょう」
 ルベアはオルカーンに視線を合わせ、特に無いのを確認するとウェルへと視線を戻した。
「いや。十分だ。礼を言う」
 軽く頭を下げると、ウェルは微笑んで、それではと言って退室した。

「さ、じゃあ俺たちも寝ようぜ。明日早いんだろ?」
 オルカーンが言ってもう一つのベッドに飛び乗る。
「……」
 無言でオルカーンを見ると、布団に潜り込みながら溜め息と共に言った。
「……レインは寝相悪いんだよ」
 ルベアは溜め息をつくと、オルカーンの横に寝転がった。
2012/02/11 (Sat)
「んー、……あれ?」
 靄のかかった視界に、黒いものが移る。
 何だろうと思って手を伸ばすと、それが髪だという事がわかった。
「……?」
 レインはうとうととしながらその髪を掴むと、そのまま眠りに落ちた。

「……ッ」

 掴まれた手を乱暴に払って、ルベアはレインの頭を小突いた。
「……お前何で俺の横に居るんだよ」
「……えー……」
 レインが目をこすりながら顔を上げる。
 ルベアは半身を起き上がらせると、ベッドの上を見て溜め息をついた。

 もう一つのベッドは空だ。
 彼を真中に、レインとオルカーンが左右に寝ていたことになる。
「寝相悪いにも程があるだろうが」
「……だから、言ったじゃないか」
 半分寝ぼけた声でオルカーンがぼやく。

 再度溜め息をつきながら備え付けられた小さ目の窓を見る。
 今日も雪なのだろう。
 おかげで時間が判りにくいが、明るくなってきているようだった。
「ほら、起きろ」
 レインの肩を強く揺する。
「うー……朝?」
「そうだ。起きろ」
 辛抱強く繰り返す。
 と、重い瞼をこすり、レインが起き上がった。
 両手を上に上げて伸びをしている。
 その間にルベアは手早く荷造りを済ませた。
「……あれぇ? 何でオレベッドに寝てるの?」
 ようやく目が覚めてきたのか、レインは首を傾げてオルカーンを起こしにかかった。

 皆の目も覚めて支度も出来た頃、控えめなノックの音がした。
「どうぞー」
 のんびりとした声でレインが応える。
 扉が開き、入ってきた人物に一瞬迷う。
 白い髪。
「あ、おはよう、ラナ」
 レインは迷いもせずにその人物の名を呼んだ。
 一瞬怯んだ様子を見せたラナは、けれど直ぐに表情を改めて手に持った包みを差し出した。
「? 何これ?」
「直ぐに出てくって聞いたから。持っていけ」
 ぶっきらぼうに。
 差し出されたそれはほのかに暖かい。
「そうか。ありがとう」
 素直に礼を言っておく。
「行くんだろう? ついて来い。町境まで送る」
 投げやりに言って背を向けたラナの、僅かに覗く首元が赤い。
 あまり素直な性格ではないらしい。
 笑みを隠しながら、ルベア達はラナに続いて部屋を出た。
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