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2012/02/05 (Sun)
 薄氷が帰ってきたのはもう日付が変わろうとする時間だった。
 たまたま寝付けず外に出ていたら、うつむき加減に歩いていた。
 昼間見たときと違って服が少し汚れている。
 山に登ったのかと思い、声をかけようと近くに行くと、薄氷はこちらを見た。

「……おまえ、こんな時間に何やってるんだ?」
「な、何って……おまえこそ何やってんだよ」
 薄氷は表情を変えずにじっと見つめる。
 深い青の目が、微かな月の光で仄かに輝く。
 不意にその目が逸らされた。
「……おまえには関係ない」
「え、おい、薄氷?」
 てっきり冷笑とともに言われると思っていたので拍子抜けしてしまう。
 どうやらそれが習慣になっていたようだ。
 いつもと違う薄氷の様子に首を傾げていると、薄氷はきびすを返してその場を去ろうとした。

「ちょっと待てよ!」

 思わず制止の声をあげる。
 胡散臭そうにこちらを見る薄氷を見て、しどろもどろになりながら言う。
「や、えっと……いつもと違うからさ……どうかしたのか?」
「生憎だが、おまえと違っていろいろ考えているんだよ」
「何だそりゃ、それじゃ俺が何にも考えていないみたいじゃないか」
「違うのか?」
 フンと鼻で笑う薄氷に、心配することもなかったかとため息をつく。

 その時、一瞬、本当に一瞬だけ、薄氷は表情をまったく消した。

 それは仮面が剥がれ落ちるかのように。
 唐突に。

 驚いて瞬きを繰り返すが、そのときにはもういつもと大して変わりない様子に戻っていた。
「……薄氷」
「何だよ」
 機嫌の悪そうな声。
「おまえ、大丈夫か?」
 つい、そう聞いていた。
 いつもと違ったから。
 けれど、薄氷にはそれが酷く気に障ったらしかった。

「煩いよ! おまえには関係ないだろ!」

「……ッ……!」
 思わず息を呑む。
「……私はおまえほど、人生気楽に生きてきたわけじゃないんだよ!!」
 叩きつけるように言うと、ほんの少しばつの悪そうな顔をして、足早にその場から去っていった。
 反射的に伸ばした手は彼の背中を見て、下におろされた。
 どうしたらいいものか。

 馬鹿みたいに突っ立っていたら、後ろから声が聞こえた。
「……喧嘩でもしたのかね? ずいぶん機嫌が悪そうだったが」
「冬杣……」
 少し遠くから歩いてきたのは冬杣だった。
 寒いのか薄い上着を羽織っている。
 薄氷が去ったほうを見ながらこちらに近づいてくると、不審そうな視線に気づいたのかこちらを見て首を傾げる。
「何だ。私がここにいるのがおかしいか?」
「いや、そういうわけじゃねぇけど……聞いてたのか?」
 薄氷の声は決して大きい方ではないはずなのに。
 遠くにいたはずの冬杣には聞こえていたのか。
「私は耳が良いんだよ」
 冬杣はそういうとその問題は終わりだとばかりに口を開いた。
「あんたたちはいつも仲がいいんだから、変なことでこじれないようにな」
「こじれるっつーか……。なぁ、俺と薄氷って仲良いのか?」
 疑わしげに聞くと、苦笑で返された。
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