小説用倉庫。
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それから数日は特に何事もなく過ぎた。
珍しく雨の降った日。
もうそろそろ咲きそうだった花を見に、山の麓まで行く。
希少な花で、雨の日にしか咲かない。
咲きそうでも雨が降らなければ、そのまま枯れるだけの、花だ。
目当ての花を見つけ、花びらを3枚、掴み取る。
丁寧に小さな布に包み、懐にしまった。
ふと顔を上げると、近くに雷が落ちた。
揺れる地面に顔をしかめると、戻るためにきびすを返す。
町に行く途中。
豪雨のためにぼんやりと人影が見える。
「?」
見慣れない姿。
その人影が判別できるようになったところで、ぎくりと足を止めた。
雨に濡れそぼった姿は、昔見たままの。
ふいに彼はこちらを見た。
違和感のある笑顔。
「兄上……!」
「……ロウ……」
苦しげに声を出すが、雨の音に紛れて向こうには届かなかったようだ。
「迎えにきました、兄上。……ぼくと一緒に帰りましょう」
変わらない笑顔。けれど子供のころとは明らかに違う。
歪んだ顔。
張り付いた笑顔。
声だけは代わらずにそのまま。
「……私は、帰らない」
きつく睨みつけるように言うと、ロウは笑っていた口を閉じた。
「では、死んでくれますか?」
「ごめんこうむる」
「どうしてです」
本当にわからないというように首を傾げる。
頬に当たる雨も、滴る水の重さも気にはならないかのように。
「……帰れ」
「兄上も一緒でなければいやです」
頑固に言い張る。
その矛盾に気づかずに。
「お前は……どうして私に死んでほしいんだ?」
ロウはその言葉に一瞬動きを止めた。
空白。
そう言って良いほどの虚無が、顔を覗かせた。
「貴方がいなくなれば、ぼくが領主……に……」
「それが、お前の望みなのか。……本当に」
「……違う……ぼくは、兄上と……」
混乱。
しているのか。
虚ろな目を向けられ、肌があわ立つ。
雨の寒さではないもので。
「何が……何があったんだ……」
『殺してしまいなさい。そうすれば貴方の望みは叶う』
雨の中、消えそうになりながらも響いた声。
艶のある、女の。
「誰だ……!」
女の声を反芻しているのか、ロウは口の中で何かを呟く。
「……死んでください、兄上……。そうすれば、ぼくは救われるんだ」
救われる。
何から?
「……やめろ……」
ロウは腰に佩いていた剣を引き抜く。
シャン、と音を立てて、切っ先が向けられる。
表情のない顔で、踏み切ってくる。
勝つわけにも、負けるわけにもいかない。
どうすれば。
常に持ち歩く護身用の短剣で、ロウの攻撃を捌いていく。
動きがバラバラで統一性がない。
少なくとも、剣の腕はそこそこあったはずなのに。
(ここまで、弱かったのか――……)
ためしに、とばかりに踏み込んでみる。
剣と剣がぶつかり合う。
途端、バランスを崩したロウは地面に膝を突く。
見上げた彼と、見下ろした自分と。
目があった気がした。
殺してくれと。
言われた気がした。
珍しく雨の降った日。
もうそろそろ咲きそうだった花を見に、山の麓まで行く。
希少な花で、雨の日にしか咲かない。
咲きそうでも雨が降らなければ、そのまま枯れるだけの、花だ。
目当ての花を見つけ、花びらを3枚、掴み取る。
丁寧に小さな布に包み、懐にしまった。
ふと顔を上げると、近くに雷が落ちた。
揺れる地面に顔をしかめると、戻るためにきびすを返す。
町に行く途中。
豪雨のためにぼんやりと人影が見える。
「?」
見慣れない姿。
その人影が判別できるようになったところで、ぎくりと足を止めた。
雨に濡れそぼった姿は、昔見たままの。
ふいに彼はこちらを見た。
違和感のある笑顔。
「兄上……!」
「……ロウ……」
苦しげに声を出すが、雨の音に紛れて向こうには届かなかったようだ。
「迎えにきました、兄上。……ぼくと一緒に帰りましょう」
変わらない笑顔。けれど子供のころとは明らかに違う。
歪んだ顔。
張り付いた笑顔。
声だけは代わらずにそのまま。
「……私は、帰らない」
きつく睨みつけるように言うと、ロウは笑っていた口を閉じた。
「では、死んでくれますか?」
「ごめんこうむる」
「どうしてです」
本当にわからないというように首を傾げる。
頬に当たる雨も、滴る水の重さも気にはならないかのように。
「……帰れ」
「兄上も一緒でなければいやです」
頑固に言い張る。
その矛盾に気づかずに。
「お前は……どうして私に死んでほしいんだ?」
ロウはその言葉に一瞬動きを止めた。
空白。
そう言って良いほどの虚無が、顔を覗かせた。
「貴方がいなくなれば、ぼくが領主……に……」
「それが、お前の望みなのか。……本当に」
「……違う……ぼくは、兄上と……」
混乱。
しているのか。
虚ろな目を向けられ、肌があわ立つ。
雨の寒さではないもので。
「何が……何があったんだ……」
『殺してしまいなさい。そうすれば貴方の望みは叶う』
雨の中、消えそうになりながらも響いた声。
艶のある、女の。
「誰だ……!」
女の声を反芻しているのか、ロウは口の中で何かを呟く。
「……死んでください、兄上……。そうすれば、ぼくは救われるんだ」
救われる。
何から?
「……やめろ……」
ロウは腰に佩いていた剣を引き抜く。
シャン、と音を立てて、切っ先が向けられる。
表情のない顔で、踏み切ってくる。
勝つわけにも、負けるわけにもいかない。
どうすれば。
常に持ち歩く護身用の短剣で、ロウの攻撃を捌いていく。
動きがバラバラで統一性がない。
少なくとも、剣の腕はそこそこあったはずなのに。
(ここまで、弱かったのか――……)
ためしに、とばかりに踏み込んでみる。
剣と剣がぶつかり合う。
途端、バランスを崩したロウは地面に膝を突く。
見上げた彼と、見下ろした自分と。
目があった気がした。
殺してくれと。
言われた気がした。
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