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2024/11/24 (Sun)
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2012/03/21 (Wed)
「設定はエールの裏路地。ディリクの店の近くにしたんだけど……」
 良いかな? と伺うように見られ、ルベアは頷いた。
「もとより其処に行く予定だ。問題はない」
「じゃあ行こう。用意は良い?」
 皆が一様に頷く。
 全員側の中に入ったのを確認して、ヴィオルウスは両手を翳した。

 淡く光が灯る。
 それは陣の内側に溢れ、視界を白く覆い尽くした。
 視界が利かなくなったとき、落ちるような浮遊感に包まれた。
 ぐらりと傾ぐ。
 ルベアは眩暈がして目を閉じ、荷物を握り締めた。

 不意に、空気が変わった。
 家の中の、木の匂いではない。
 乾いた砂と、土の匂い。
 目を開けると薄暗い路地だった。
 移動したのだ、と分かったのは、そこが見覚えのある場所だったからだ。
 ディリクの店と、表通りの丁度中間あたりの場所だ。
 空気の抜けるような音が聞こえたのでそちらを見ると、ぽかんとした表情でオルカーンが周りを見ていた。
 その左右にアィルとヴィオルウスが立っている。
 全員無事のようだ。

「行こう」
 促して、歩き出す。
 狭い路地に足音が響いた。
 程なく、古びた扉の前に来た。
 前に来た時と変わらない、店とは思えない扉だ。
 押し開けると、中の闇が押出されるかのようだった。
 相変わらず暗い。
 躊躇することなく扉からの明かりを頼りに進むと、カウンターに明かりが灯った。
 赤い火がちらつく。
「……来たか」
 ディリクが、カンテラを手に立っていた。
 扉が完全に閉まると、明かりは目の前の火だけになった。
「相変わらず商売できなさそうな店だよな」
 呆れたようにアィルが呟く。
 ディリクは片目を眇めてアィルを見ると、口を開いた。
「託さず持ってきたのか」
「あぁ。丁度町にも用事があったから、ついでにと思って」
 そう言ってアィルは手に持った包みをディリクへと渡した。
 にやりと笑って付け足す。
「あとヴィオルウスの弟ってやつも見てみたかった」
「……」
 ディリクは特に何も言わずに踵を返すと、奥へと向かった。
 少し進んで振り返る。
「少し待て」
 低く囁き、ディリクは奥の部屋へと消えた。
 カウンターの上にはカンテラが乗っている。
 その明かりを頼りに店内を見回すが、相変わらず用途はよくわからなかった。

「レインとは、何時会ったの?」
 唐突に、ヴィオルウスが問うた。
 一瞬考え、オルカーンへと視線を移す。
「いつだ?」
「……えっ」
 突然振られたオルカーンは驚いたように尻尾を立てた。
「何で俺に聞くの」
「拾ってきたのはお前だろ」
「……拾った?」
 アィルが怪訝そうに問う。
「こいつが拾ってきたんだ」
「あー……何か気になって行ったら倒れてたんだよ。……いつだったかなぁ。そんなに前じゃないよ」
「そう……」
 ヴィオルウスは考え込むように視線を落とした。

 何故聞くのかと問おうと口を開いた時、奥の扉が開いた。
2012/03/28 (Wed)
「来い」
 出てきたディリクは短く一言告げると、左の部屋へ消えた。
 呆れたような表情をしながら、アィルがディリクの後を追う。
 それに習って、皆移動した。
 明かりは必要ないかと思いつつ、持っていく。
 部屋の中に入ると、一瞬光が走った。
 強い光に目が眩むが、それは直ぐに消え、室内はやはり薄暗い状態にあった。
 部屋の中央にはレインがいた。
 ぼんやりと上体を起こしている。
 その向うにディリクが立っていた。

「……レイン?」
 オルカーンが不安そうに問う。
 声にぴくりと反応して、レインがのろのろとこちらを振り返った。
 何処か夢見がちな表情だ。
 焦点が定まっていない。

「起こせ」
 ディリクが一言、囁いた。

 起きていない、ということなのだろうか。
「レイン」
 呼びかけ、肩に手をかけようと手を伸ばす。
 途端、ばちりと火花が散って手が弾かれた。
 驚いてレインを見、次いでディリクへと視線を投げる。
 彼は一つ頷くと、懐から何かを取り出し、レインの上に振りかけた。
 一見砂のようだったが、僅かな明かりに反射してきらきらと光っている。
 それは真っ直ぐには落ちず、レインの周囲を漂うかのように舞い、弾けた。
 レインがゆっくりと瞬く。
「レイン」
 もう一度呼びかける。
 口が開く。
 言葉を出そうとして、戸惑っているかのようにまた閉ざされた。
 思わずディリクを振り仰ぐと、彼は小声で何かを唱えていた。
 苦痛を感じたかのようにレインが顔をゆがめる。
 オルカーンがそろりと近寄り、レインの手を舐めた。
 労わるように。
 レインが手元に視線を落とす。
「……オルカーン?」
 まだ覚醒しきらないかのようなぼんやりとした声だったが、レインはちゃんとこちらが分かるようだった。
 ふ、とディリクが軽く息を吐く。
 レインは視線を上げるとルベアを見て、首を傾げた。
「ルベア? ……何処此処」
 答えようと口を開いた時、レインは目を閉じて後ろに倒れた。
 床に触れる寸前で、ディリクが支える。
 半ば呆然としながら、ディリクに視線を向けた。
「解毒できたんじゃないのか」
 ディリクはレインの首筋の脈を取ってから、ルベアへと顔を向けた。
「呼びかけには応えられた。解毒は成功している」
「じゃあ何で倒れたの」
 オルカーンが僅かに苛立った声で言う。
 尻尾が不安定にぱさりと揺れた。
「疲労だ。体力が回復していない」
 ディリクの返答はにべも無い。
2012/03/28 (Wed)
 意識を失ってぐったりとしているレインを抱え上げると、ディリクは扉へと歩き出した。
 途中で足を止める。
「すまんな。話をするにはもう少し時間がかかりそうだ」
 視線はヴィオルウスとアィルの方へ。
 アィルが気遣わしげにヴィオルウスを見ると、彼は目を伏せて首を左右に振った。
「生きていれば良い」
 囁く声は小さかったが、静寂に包まれた部屋の中でははっきりと響いた。
 ディリクはそれには特に何も言わず、部屋を出て行った。
 後を追うようにヴィオルウスが外に出ると、他の者も全員外へ出た。
 ルベアが出ると、丁度向かいの部屋からディリクが出てきたところだった。
 彼は微かに眉を顰めると、更に奥の部屋への扉を開けた。
「外に出ないのならばこっちにいろ。邪魔だ」
 確かに廊下は狭く、全員がいるには窮屈だった。
 ぞろぞろとそちらに向かう。

 開かれた扉の向うは、眩しいほどの日が差していた。
「わぁ」
 アィルが溜め息に似た声を出した。
「……中庭?」
 其処は暖かな日の当たる、庭のようだった。
 四方を壁に囲まれているが、緑は鮮やかにあちこちに生えていた。
 中央には机と椅子が置いてある。
 ゆっくり過ごすには快適そうな場所だ。
 だが、この綺麗な場所と薄暗い店を構える店主とが結びつかず、ルベアは思わずディリクへと視線を送った。
 彼はルベアの眼差しの意味を悟ったのか、淡々と言った。
「私が手がけたものではない。昔、戯れでルシェイドが作ったものだ」
 戯れで、こんな綺麗な場所を作ったのかと、ルベアは半分呆れて考える。
 他の三人はそれぞれ中庭へと歩を進めており、ルベアも向かおうとしたところで視線を感じて振り返った。
 じっと、感情のあまり伺えない表情でディリクが見ていた。
「何だ?」
「……お前は、大丈夫か」
 静かに言われた言葉に、意味が分からずに首を傾げる。
「分からないのならば、良い」
 ふいと視線を逸らされ、ルベアは眉をひそめた。
 聞いても語ってくれそうな気配は無い。
 ルベアは踵を返し、庭へと足を踏み入れた。
「……これも、予定の内か。ルシェイド……」
 本当に微かな囁きが聞こえて、ルベアは振り返った。
 扉が、ゆっくりと閉まっていくところだった。
「どうかしたのか?」
 扉を振り返っているルベアに気づいたのか、アィルが声をかけてきた。
「……いや」
 なんでもない、と言ってルベアは扉から離れた。










 閉ざされた扉の向う、薄暗い廊下で、ディリクはひとり佇んでいた。
 じっと床を見詰める彼の表情から、感情は読み取れない。
 暫くそのままの姿勢でいた彼は、不意に顔を上げると左の部屋へと入っていった。
 魔方陣はまだ描かれたままだ。
 小声で何かを呟くと、僅かにその陣が変化した。

 中央に立ち、呼吸を整える。
「『ルシェイド』、聞こえるか」
 捜索の魔法に、言葉を載せる。

 名前で呼びかければ、仮令どんな所にいたとしても聞こえるのだと、ルシェイドから聞いたことがあった。
 だが今、彼は呼びかけに応じない。
 いつもなら忙しくても姿を見せるはずなのに。

「……『ルシェイド』」
 もう一度、今度は捜索の範囲を広げて呼ぶ。
 本当ならこんな魔法など使わなくても届くのだ。
 嫌な、予感がしていた。
 ディリクはそっと片目へと手を伸ばした。
 目の色は、金だ。
 この世界では「ルシェイド」にのみ表れる色。
 本来存在しないはずのその色を宿しているということは、彼に次ぐ力を持つということだ。
 それでも、自分はきっとルシェイドの力の足元にも及ばない。
 彼が完全に隠れようと思えば、声など通じるはずは無いのは分かっていた。
 現界に居ない事は分かっていた。
 魔界や神界へも探しに行きたかったが、レインをこのままにしておくわけにもいかない。
 僅かに眉をよせ、溜め息を吐く。
 異界へは、ディリクは移動できない。
 そちらに行っているのだとしたらどうすれば良いのだろう。
 焦燥感は募るものの、ディリクは成す術が無かった。
 ルシェイドのように先読みが出来るわけではない。
 何故こうも嫌な予感がするのか、ディリクには分からなかった。
 もう一度溜め息を吐き、彼はレインの眠る部屋へと向かった。
2012/04/02 (Mon)
「丁度広いんだしまたやらねぇ?」
 アィルが目を輝かせてルベアに言った。
 返事をするにはためらいがあった。
 身体の不調は治っていない。
 むしろ少しずつ、酷くなってきている気がしていた。
 ふとオルカーンへと視線を滑らせ、にやりと笑う。
「オルカーンと戦って、勝てたら相手してやろう」
 アィルが驚いたようにオルカーンへ視線を向けると、オルカーンも硬直して視線を返した。
「何で俺!」
「暇だろ?」
 言って、椅子の一つに腰を下ろす。
「うー……そうだけど……慣れないと加減が難しいんだよ」
 加減、という言葉にむっとしたのか、アィルが憤然と声を上げた。
「良いぜ! オルカーン、加減なんていらねぇよ!」
 呆れた溜め息を吐いてヴィオルウスが椅子に座る。
 アィルの性格はよくわかっているようだ。
「結構速いぞ。負けるなよ」
 仕方なさそうに、広い場所へ移動するオルカーンの背に声をかける。
「そうなの?」
 意外、という顔でオルカーンが振り返った。
 薄く笑んだままルベアは頷き、追い払うように手を振った。
 アィルは既に臨戦態勢だ。

 オルカーンが向かい側に立つと、アィルは切っ先をオルカーンへと向けた。
「本当にやるの?」
「あぁ」
 静かに答えるアィルからは、闘志が伺えた。
 覚悟を決めたのか、オルカーンは溜め息を吐くと姿勢を低くした。
 殺気が膨れ上がる。
 視線に力を込めて、両者がにらみ合う。

 オルカーンが低く喉を鳴らした。
 牙を剥き出し、相手を睨みつけているところを見るとやはり魔獣なんだなと思う。
 普段はどこかのんびりしているくせに、戦闘となると容赦が無い。
 加減が難しいと言っていた、あの言葉に嘘は無いだろう。
 いつでも飛び出せるように準備しながら、ルベアは二人を見守った。

 中庭に、雰囲気にそぐわない殺気が満ちた。
 先に動いたのは、アィルだった。
 短く呼気を吐いてオルカーンへと剣を振るう。
 それを待っていたかのように、オルカーンがアィルの懐へ飛び込んだ。
「……!」
 爪の一撃を、アィルが身を捻ってかわす。
 先程と立ち位置は逆になっていた。
 双方がじり、と距離を狭める。
 オルカーンが飛び出す。
 牙を剥いて飛び掛ってくるオルカーンへアィルが剣を立てて防ぐ。
 だが重さを考慮していなかったらしい。
 飛び掛られた衝撃のまま、アィルは短い悲鳴を上げて地面へと引き倒された。
 爪がアィルの肩へと食い込み、顔が苦痛にゆがめられる。
 オルカーンは頓着せずに牙を剥いた。

 瞬間、ルベアが飛び出す。
 喉笛に噛み付こうとしていた牙の、間へと刃を滑らせた。
 重い音がして、ルベアの剣にオルカーンの牙がぶつかる。
「其処までだ」
 低く声をかける。
2012/04/02 (Mon)
 牙を刃にぶつけたまま、オルカーンは喉の奥で唸っていたが、やがて徐にアィルから離れた。
 アィルは荒い息をして、立ち上がれない。
 軽く息を吐いて剣を鞘に収める。
「……ごめん。大丈夫?」
 申し訳なさそうにオルカーンがアィルの手を舐める。
 アィルは盛大に溜め息を吐くと、身体から力を抜いた。
「……手加減なんてされてたまるか、って思ってたのに、全然駄目だなー……」
 オルカーンが首を傾げる。
「反応とか斬り方とか良かったんだけど、足がついていってないんだよね」
「体力がまだ無いんだろう」
 ルベアが同意すると、アィルは恨めしそうに唸った。
「薬師だから体力作りとか難しいんだよ……。これでもヴィオルウスよりは体力あるんだぞ」
 突然矛先を向けられ、ヴィオルウスが目を白黒させる。
「あいつは剣は使わないんだろう? 魔法使いは総じて体力が無いぞ」
 ルベアが断言すると、ヴィオルウスは困ったように微笑んだ。

「何をやっている」
 声に僅かに呆れを滲ませ、店主が顔を出した。
「剣の相手をオルカーンにしてもらってたんだ」
 アィルはそう言って上半身を起こす。
「戦専門の魔獣に? 良く無事だったな」
 片眉を跳ね上げてディリクが言う。
 アィルはきょとんとした表情でオルカーンを見た。
「そうなのか?」
「まぁ一応」
 何処か決まり悪そうに視線を逸らすオルカーンに不思議そうな顔をした後、彼は立ち上がって服についた砂を払い落とした。
「あ、暇ならディリク相手してくれないか?」
 オルカーンに負かされた後なのにあっさりとしている。
 一見したところ、ディリクは細身だ。
 体力があまりあるようにも見えないが、動作はなめらかで隙がない。
 武術の心得があるなら相当強いのではないかと思う。
 ルベアが観察しているように見ていることに気づいているのか、彼はちらりとこちらに一瞥を与えてから視線だけで背後を振り返った。

 僅かな間があって、ディリクはアィルに頷いて見せた。
「良いだろう」
 やった、と歓声を上げ、アィルは広場へと歩を進めた。
 オルカーンはルベアと共に椅子のあるところまで下がる。
 ゆっくりとした動作でディリクがアィルを追って広場へと進んだ。

 その手には、何時の間に出したものか棍が握られている。
 剣ではないのか、と不思議な感じがしてつい凝視してしまう。
 一般に広く普及している武器は剣だ。
 魔獣を相手にする場合、棍では殺傷能力が低い所為だ。
 それでもあえてそれを使うということは、刃物が苦手かそれで十分ということか、大抵そのどちらかだった。
 ディリクは棍を持った右側を後ろに引かせ、立ち止まった。
 視線はアィルへ固定している。
 凪いだ水面のように静かに佇むディリクへ、アィルは抜き身の刃先を向けた。
 視線を絡ませ、二人はそのまま静止した。

 先に動いたのは、やはりアィルの方だった。
 左側から掬い上げるように打ちかかるアィルに、ディリクは半歩、下がるだけで避けた。
 風圧でディリクの前髪が舞う。
 更に突進しながら、アィルが剣を振り下ろした。
 ディリクは円を描くような足取りでそれを避ける。
 次の瞬間、アィルの背後に回ったディリクが、棍を動かした。
 こつ、と小さな音が響く。
 剣を振り下ろした姿勢のまま固まるアィルの後頭部に、棍が当たった音だ。
 ルベア達も驚いたようにその光景に見入っている。
 速い。
 ほんの数瞬で、ディリクは完全に背後に回っている。
 彼は殆ど動かずに、アィルに勝利したのだ。

「……ふむ」
 一つ息を吐くと、ディリクは棍を収めた。
 同時にアィルも姿勢を戻して振り返る。
 視線が合った時、ディリクが呟いた。
「実戦不足だな」
 アィルはショックを受けたような顔でディリクを見返した。
「命を賭けたぎりぎりの戦いで強くなった奴らに、勝てるわけが無い」
 言い切られ、全員が絶句した。
「お、俺だって実戦くらいしてる!」
「この大陸はレーウィスの統括地だ。強い魔獣は排除している。手におえない輩が居たことは無いだろう」
 アィルが言葉に詰まる。
 そのとおりなのだろう。
「強くなりたいならレーウィスに言っておくと良い。連れて行ってくれるだろう」
 言い過ぎじゃないかとオルカーンが隣でオロオロしているのが分かる。
 悔しそうに顔を歪めたアィルを見て、ディリクが視線を和らげた。
「……だが、筋は良い。もっと精進するなら、直ぐに追いつける」
 微かに笑んで言われた言葉に、アィルが驚いて顔を上げる。
 ぽかんとしている皆の視線に頓着せず、ディリクは表情を消すと扉を振り返った。
「起きたな。来い」
 言い捨てて、扉へと歩き出した。
 いつのまにか、その手から棍は消えている。
 慌てて立ち上がり、扉へと向かった。
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