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2012/03/13 (Tue)
 路地を出ると明るさに目が痛んだ。
「シオンの村ってどのくらい?」
 額に布を巻きなおしたオルカーンが、目を瞬かせながら聞いてきた。
「此処から南東へ2日程だな」
 半ば上の空で答え、オルカーンを見下ろす。
「馬車があるか聞いてみるか?」
「え、……いや、うーん……まぁ良いけど……」
 歯切れの悪い返事をすると、ルベアは通りを東へ向かった。
 大抵馬車があるのは通りの終わりに近いところだ。
 町外れまで行くと、小さな荷馬車の近くにいる二人組みが見えた。
 少し足早にそちらへ向かう。
 近くへ行くと、一人が振り返った。
 薄い茶色の髪を肩の辺りまで伸ばした女性だ。
 その動きで気づいたのか、もう一人もこちらを見る。
 金の髪を襟足で束ねている。
 長さは此処からだと分からないが、雰囲気から男性か。
「こんにちは」
 女性のほうがにこやかに挨拶をしてきた。
 それに返しながら、話し掛ける。
「これは何処へ行くんだ?」
「シオンの村よ」
 その答えに、ルベアとオルカーンが顔を見合わせる。
「乗せて行ってくれないだろうか?」
 今度は彼女らが顔を見合わせた。
 青年が静かに頷き、それを見て女性が微笑んだ。
「もう少しで最後の荷が届くの。それからでも良いかしら?」
 ルベアが頷く。
「あたしはアリア。こっちはレーウィスよ。貴方方は?」
「ルベア。と、オルカーンだ」
「貴方魔獣なのね」
 笑顔で言われ、オルカーンが身体を強張らせた。
 くすくす笑って、アリアが言った。
「そんなに警戒しなくても、何もしないわ。貴方が何かする気なら、別だけれど」
 最後だけ少し声を低めて。
 オルカーンが思わず、といったふうに半歩後ずさる。
「……アリア。初対面の方で遊ばないように、と再三言っているはずですが?」
 アリアは、はぁいと返事をして視線を通りに投げた。
「あ、荷が来たみたいだわ。受け取ってくるわね」
「すみません。騒がしくて」
 走っていくアリアを見ながら、どことなく諦めたような表情を浮かべて、レーウィスが謝罪した。
「いや……」
 程なく戻ってきた彼女は、両手にひとつずつ大きな籠を持っていた。
「手伝おう」
 ルベアが籠の一つを取ると、アリアはきょとんとしてからありがとう、と笑った。
「レーウィスは力仕事向かないのよね」
「貴方は馬の扱いに長けてないでしょう」
 しれっとしてレーウィスが言い返す。
2012/03/13 (Tue)
「さぁ、乗ってください。早ければ明日には着きますよ」
 促され、ルベアとオルカーン、アリアは荷台に乗り込んだ。
 レーウィスは御者台に座り、全員が乗り込んだのを確認して、馬を前に進ませた。
 町が遠ざかり、建物の影が朧にしか見えなくなった頃、アリアは突然オルカーンの布を取り去った。
「此処まで来たらもう平気よ。これつけてるのって窮屈でしょ?」
「あんたも驚かないんだな」
 思わず言ってしまってから、あ、とオルカーンが耳を寝かせる。
 アリアはきょとんとして、首を傾げた。
「も? 他に誰か居たの?」
「ディリクが」
 ルベアは反射的に答え、アリアも知り合いが居るのかと思った。
 魔獣の中で、人語を解すものは多くはないからだ。
 ルベアの答えに納得したようにアリアは数回頷いた。
「そうねー。彼なら驚かないわね」
「知り合いが居るといっていた。貴方にもいるのか?」
 アリアは思わぬことを言われた、という顔をして、うーんと唸った。
「あたしは知り合いじゃないけど……レーウィス知ってる?」
 御者台の彼は前方を見たまま答えた。
「私も知り合いではないですが……。城に一人いると聞きましたよ。貴方のほうが詳しいでしょう、アリア?」
 その会話に、ルベアは内心首を傾げた。
 城といえば王都だが、魔獣が居ると聞いた覚えはない。
 それとも何処か人目につかない場所に居るのだろうか。
 アリアは暫く額に指を当て目を瞑っていたが、不意に開くと怪訝そうに聞いた。
「貴方、アレンって知ってる?」
 ルベアとオルカーンは目を見開いて互いに顔を見合わせた。
「アレン?」
 御者台からレーウィスが怪訝そうに問いかける。
「城に入った魔獣族っていったら彼しか覚えがないもの」
「城ってまさか……魔界城?」
 恐る恐る、といった口調でオルカーンが聞く。
 ルベアには馴染みのない名前だ。
 アリアは視線を戻すと、何でもないことのように頷いた。
「じゃああんたたちは魔族なのか?」
「そうよ。……そんなに珍しいかしら?」
「おい、さっきから何の話だ」
 少し険悪になりかけた雰囲気を遮って、ルベアが怪訝そうに問う。
 オルカーンはこちらを見ると少し首を傾げた。
「言わなかったっけ? 魔界に人族は入れないんだって」
「……あぁ、だから魔族ってことになるのか。ところでそのアレンってやつはお前の何だ」
「ということはやっぱり知り合いなのね!」
 二人から視線を浴びて、オルカーンはぺたりと耳を伏せた。
「あー……友達だよ。施設に居たとき一緒だったんだ」
 何故か歯切れの悪い言い方だ。
「……南の施設?」
 僅かに眉をひそめて問われ、オルカーンが頷く。
「そいつが、探してるやつか」
「うん……まぁ、会えたら良いんだけど。とりあえず無事みたいだからそれでも良いかなぁとも思うよ」
「魔界に行けば会えるわよ」
 あっさりとアリアが言う。
 オルカーンが一度、尻尾を振った。
「そうできれば手っ取り早いんだけど。俺は移動の手段がないんだよ」
2012/03/13 (Tue)
「アリア」
 何か言いかけたアリアを遮って、レーウィスが声をかけた。
 何、と言いかけて目を眇める。
「ちょっと行ってくるわね」
 言い置いて、ひらりと馬車から飛び降りる。
 視界から消えた。
 馬車から出たからではない。
 馬車の横にも、後ろにも影は見えなかった。
「何かあったのか?」
 移動したのか、と思い御者台へと問いを投げる。
「あぁ、前方に魔獣の群れがいるようですので、アリアに散らしに行かせたんですよ」
「女の子一人に!?」
 勢いよく立ち上がって、オルカーンが驚愕の声を上げた。
 だが、レーウィスは軽やかに笑いながら言った。
「大丈夫ですよ。あの程度ならアリア一人で十分です」
「でも……」
「手に負えないような相手なら私が出たほうが早いんですが……彼女は馬を扱うのが下手ですので」
 それでも女性一人で、と思い口を開こうとすると、不意にレーウィスが前方を指した。
「ほら、片付いたようですよ」
 示された先に目を凝らす。
 遠く木々の間に、茶色の髪が見えた。
 向うはこちらに気づいたのか、大きく手を振っている。
 無事な姿にほっとした途端、目の前の荷台にアリアが現れた。
「……大丈夫か」
 驚きを押し隠して尋ねると、アリアは驚いた顔をしてから破顔した。
「ありがとう。でもあのくらいならあたし一人でも大丈夫よ」
「強いんだな」
 妙に感心したようにオルカーンが呟く。
「レーウィスの方がまだ強いんだけどね。……そうだ」
 ふと真面目な顔になって手を叩く。
「魔界に行きたいのならヴィオルウスに頼むと良いわよ。ディリクも良いけど、……何を要求されるか分からないしね」
「誰だ?」
 聞き覚えのない名前だ。
 村の人だろうかと思いながら聞いてみる。
「今はアィルの家にいるわ。見れば直ぐ分かるはずよ」
 ルベアとオルカーンはまたも顔を見合わせた。
「……何か都合よくない?」
「……そうだな」
「何の話?」
 きょとんとアリアが首を傾げた。
「いや……今まで全く手がかりがなかったのに、今は芋づる式にどんどん繋がっていくのが何かね……釈然としないというか」
「探してるつもりで全く近くに居なかったんじゃない?」
 あっさりとアリアが言い切った。
「うーん……そうなのかなぁ。でもレインが倒れてからだよね。いろいろ情報が入るのって」
「レイン?」
 アリアが聞き返す。
 見れば先程とは違い、真剣な面差しだ。
 心なしかその表情が硬い。
「知っているのか?」
「さぁ。知らないわ」
 何気なく聞いた問いだった。
 だが、アリアは硬い声でそれ以上の詮索を拒絶した。
 知っているようではあるが、教えてくれそうな雰囲気ではない。
 視線を下に下げて、アリアが気後れした様子で問う。
「その人、倒れたって言ってたけど、大丈夫なの?」
 ルベアは虚を突かれながらも、何とか表情に出さないように答えた。
「あぁ。その為に、シオンに行くんだ」
「そう……」
 何処かほっとしたような口調に、やはり知り合いなのだろうかと考える。
 けれど、知っていることを隠さねばならないような何かがあるのだろうか。
 取りとめもなくそんなことを考えながら、視線を外に向ける。
 馬車は順調に進んでいた。
 この分なら、遅くとも今日中にはつけるかもしれない。
2012/03/14 (Wed)
 村に着いたのは、日も暮れてからだった。
 予想していたよりは早い。
 うつらうつらしていたオルカーンを起こし、アリアとレーウィスに礼を言う。
 そのついでに宿を聞くと、無いと言われた。
「小さな村だもの。商売にならないのよ」
 苦笑と共に言われ、ルベアは村を見回した。
 所々に明かりが灯っているが、人の気配はあまりない。
 ぽつりぽつりと家が並び、窓から僅かに漏れる明かり以外の場所は闇が深い。
「アィルの処に行くんでしょう? それなら行ってみなさいな」
「しかし……」
 時刻はすでに深夜に近い。
 普通の人間ならまず寝ている時間だ。
「大丈夫よ。結構遅くまで起きてるもの」
 そういう問題ではないのだが、オルカーンに促すように視線を向けられ、ルベアは行ってみることにした。
「この道を真っ直ぐ行って、左側よ。結構大きい家だから、分かりやすいと思うわ」
 そう言って、アリアはレーウィスと共に村へ入っていった。
 直ぐに曲がり、視界から消えてしまう。
 遠ざかる音を聞きながら、ルベアは溜め息と共に言った。
「……行くか」
 そして二人は村へと足を踏み入れた。

 言われた通りに道を歩くが、人の気配の少なさに首を傾げる。
「随分少ない村だな」
「んー……」
 オルカーンが不思議そうな声を出して答えた。
「……どうした?」
「何か、変な気配が多い。此処って本当に人族の村?」
 ルベアは怪訝そうにオルカーンを見、次いで村を見回した。
「俺には良く分からないな」
「さっきの二人も魔族だった。この村は純粋な人族が少ないのかも……」
 そう言われてみても、ルベアにはその差は分からない。
 注意深く村の気配を探ってみるが、やはり判別は難しい。
 そうやって進んでいるうちに、道は直ぐに終わりになった。
「あれ?」
「此処じゃないか?」
 首を傾げながら周りを見回すオルカーンに、ルベアが傍らを指し示す。
 示された先の建物は、小さ目の宿屋の大きさだ。
 今通ってきた道の脇に建っていた建物より、かなり大きい。
「……これ、一般家屋?」
 不思議そうに、半ば呆然とした口調でオルカーンが問う。
「とりあえず行ってみよう」
 問いには答えず、ルベアはその建物へと歩を進めた。
 特に躊躇うことなく扉を叩く。
 暫く待つが中からは何の反応もなかったので再度叩く。
 今度は少し強めに。
 がたん、と中の何処かで音がした。
 そのまま待つと、軽めの足音が聞こえ、それから扉が開かれた。
「はい?」
 現れたのは、黒髪に緑の目の少年だった。
 ルベアより頭一つ分ほど背が低い。
2012/03/14 (Wed)
 不意に、オルカーンがその少年を見て声を上げた。
「アレン?」
「違う。あいつはもっと髪が長い。……あんたたち、誰?」
 驚愕の声を一蹴して、少年は怪訝そうにこちらを交互に見た。
「ディリクから、此処に来るよう言われた。アィルという人物はいるか?」
「アィルは俺だ。……用件は?」
 どうやら目の前の少年が、目的の人物らしい。
 彼は不信そうな目でこちらを伺っている。
 ルベアはディリクから貰った紙片を取り出すと、アィルに手渡した。
 彼はそれにざっと目を通すと、一瞬険しい顔をした後、扉を大きく開けて脇にずれた。
「入って。お客さんみたいだ」
 ルベアとオルカーンは少し躊躇いつつ、中に足を踏み入れた。
「俺たちはその品が手に入れば良いんだが……」
「これちょっと手間かかるし、材料足らないのあるから直ぐには渡せないんだ。今日はもう遅いし、泊まっていきなよ」
 そう言って扉を閉め、廊下を少し進んだところで振り返った。
「夕飯は、食べたか?」
「いや……」
 馬車の上で軽く食べただけだ。
 質問の意図がよくわからず曖昧に返事をすると、じゃあそれからか、と呟いて、右の部屋に消えた。
 どうしたら良いのか分からずに立ち竦む。
 泊まると返事をしたわけでもない。
 軽く溜め息をつきながら周りを見回す。
 正面、廊下の先には二階へと続く階段。
 階段の脇にも道があって、奥へ行くことが出来るようだ。
 階段の陰になって見難いが、奥に扉が見える。
 廊下の左右にはそれぞれ扉がある。
 それだけ見ても広い内装だ。
 家の中に、気配は感じられない。
 アィルしか住んでいないとしたら広すぎる気がした。
 その時、アィルがひょいと頭を覗かせた。
「何やってんの。こっち入って」
 言われるままに入ると、良い匂いがした。
 其処は食堂のようだった。
 中央辺りに仕切りがあり、右側に机と椅子が、左側に調理器具などが並べてある。
 アィルは左側から、椅子に座るよう促す。
 程なく、幾つかの簡単な料理が運ばれてきた。
「これ食ったら片付けはしなくていいから。風呂は階段の横、部屋は2階の、鍵のかかってないとこ勝手に使っていいよ」
 言い置いて出て行こうとするアィルに、ルベアが声をかける。
「……まだ泊まるとは行っていないんだが」
 アィルは扉の前で肩越しに振り返りながら、ほんの僅かに苛立たしげな口調で言った。
「泊まれる所は此処以外ない。この辺、夜は危ないんだ。野宿なんて以ての外だぞ」
 家から出るなよ、と言い捨て、アィルは足早に部屋を出て行った。
「……食べようよ」
 足音を追っていたルベアは、オルカーンの声に振り返り、有り難く頂く事にした。
「……初対面の人間を家に上げて自由にさせとくっていうのも随分無用心だと思うんだが……」
 料理を口に運びながらルベアが言う。
 料理は美味しかった。
 暫く手の込んだ温かい料理を食べていなかった所為もあるだろうが、身体に染み込むような気がした。
 飢えた獣のように料理を平らげていたオルカーンは、ルベアの言葉に一瞬考え込んでから答えた。
「特に問題ないんじゃないかな」
「……そうか?」
「うん。ご飯美味しいし、変な気配はしなかったし」
 こういうのを餌付けって言うんだろうな。
 などと考えながら、ルベアは大人しく食事を再開した。
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