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「魔獣の毒を解毒できる方なんて……滅多に居ませんわよ」
その声に潜む絶望的な色。
ぎり、と歯を食いしばる。
落ち着け、と自分に言い聞かせながら、ルベアはどうすればいいのかも分からず、ただ呆然とレインの横に膝をついていた。
不意にシェンディルがレインの手元から貴葉石樹を抜き取った。
「何を……?」
訝しげな声に、彼女はそれを捧げるかのように両手で目の前に翳した。
淡く、光が漏れる。
「このままでは直ぐに枯れてしまいますわ。……これが、入用なのでしょう?」
「あぁ……」
荷物の中から手早く布を取り出すと、器用に巻いていく。
「これで良いですわ。後は……」
ふとシェンディルが言葉を途切れさせた。
オルカーンが訝しげに、俯けていた顔をあげる。
「……どうした?」
「ディリク……でしたわね。この依頼は」
考え込むような表情でシェンディルが問う。
繋がりが分からずに、それでも頷くと、シェンディルは僅かに顔を輝かせた。
「それなら解毒法が分かるかもしれませんわ。彼は道具屋ですし、情報も集めていると聞いた事がありますもの。手立てが見つかると思いますわ」
「しかし、エールまではどんなに急いでも5日はかかる。そんなに保つのか?」
頭の中で道程を計算しながら言うと、シェンディルは自信のこもった笑みを浮かべた。
「大丈夫ですわ。シュイザまででしたら転移魔法で移動が可能です。1日とかからずに着けましてよ」
それ以上はさすがに無理ですけれど、と付け足して、レインの身体に両手を翳した。
「暫くの間でしたら現状を保てますわ」
「分かった。荷物を取ってくる」
言い置いて、ルベアは荷物を置いておいた場所へと走った。
戦闘前、邪魔になるからと退けておいたのだ。
急いで戻ると、オルカーンが背にレインを乗せていた。
シェンディルが、地面に何か書き付けている。
「さぁ、この円の中に入ってくださいまし。直ぐに起動させますわ」
ルベアとオルカーンが円の中に入る。
振り返ると、シェンディルは円の外側に留まっていた。
視線に気づいたのか、シェンディルは微笑みながら言った。
「わたくしは行けませんわ。やることも残ってますもの」
「しかし……」
言いかけたルベアを遮って、シェンディルが笑う。
「いつか、全て片付きましたら、遊びに来てくださいまし。お土産もあると嬉しいですわね。歓迎いたしますわ」
光に包まれ始めた円の中、ルベアとオルカーンが頷く。
「あぁ。全て終わったら、行くよ」
「お待ちしておりますわ。……では、いってらっしゃいまし」
言葉が終わるか終わらないかの内に、三人の姿は薄れて消えた。
「わたくしの力では、……あれが限界ですもの。ついて行くことはできませんわ」
光すら消えた後を見ながら、シェンディルが呟いた。
小さな再会の約束に微笑む。
その約束が、果たされないことも知らずに。
その声に潜む絶望的な色。
ぎり、と歯を食いしばる。
落ち着け、と自分に言い聞かせながら、ルベアはどうすればいいのかも分からず、ただ呆然とレインの横に膝をついていた。
不意にシェンディルがレインの手元から貴葉石樹を抜き取った。
「何を……?」
訝しげな声に、彼女はそれを捧げるかのように両手で目の前に翳した。
淡く、光が漏れる。
「このままでは直ぐに枯れてしまいますわ。……これが、入用なのでしょう?」
「あぁ……」
荷物の中から手早く布を取り出すと、器用に巻いていく。
「これで良いですわ。後は……」
ふとシェンディルが言葉を途切れさせた。
オルカーンが訝しげに、俯けていた顔をあげる。
「……どうした?」
「ディリク……でしたわね。この依頼は」
考え込むような表情でシェンディルが問う。
繋がりが分からずに、それでも頷くと、シェンディルは僅かに顔を輝かせた。
「それなら解毒法が分かるかもしれませんわ。彼は道具屋ですし、情報も集めていると聞いた事がありますもの。手立てが見つかると思いますわ」
「しかし、エールまではどんなに急いでも5日はかかる。そんなに保つのか?」
頭の中で道程を計算しながら言うと、シェンディルは自信のこもった笑みを浮かべた。
「大丈夫ですわ。シュイザまででしたら転移魔法で移動が可能です。1日とかからずに着けましてよ」
それ以上はさすがに無理ですけれど、と付け足して、レインの身体に両手を翳した。
「暫くの間でしたら現状を保てますわ」
「分かった。荷物を取ってくる」
言い置いて、ルベアは荷物を置いておいた場所へと走った。
戦闘前、邪魔になるからと退けておいたのだ。
急いで戻ると、オルカーンが背にレインを乗せていた。
シェンディルが、地面に何か書き付けている。
「さぁ、この円の中に入ってくださいまし。直ぐに起動させますわ」
ルベアとオルカーンが円の中に入る。
振り返ると、シェンディルは円の外側に留まっていた。
視線に気づいたのか、シェンディルは微笑みながら言った。
「わたくしは行けませんわ。やることも残ってますもの」
「しかし……」
言いかけたルベアを遮って、シェンディルが笑う。
「いつか、全て片付きましたら、遊びに来てくださいまし。お土産もあると嬉しいですわね。歓迎いたしますわ」
光に包まれ始めた円の中、ルベアとオルカーンが頷く。
「あぁ。全て終わったら、行くよ」
「お待ちしておりますわ。……では、いってらっしゃいまし」
言葉が終わるか終わらないかの内に、三人の姿は薄れて消えた。
「わたくしの力では、……あれが限界ですもの。ついて行くことはできませんわ」
光すら消えた後を見ながら、シェンディルが呟いた。
小さな再会の約束に微笑む。
その約束が、果たされないことも知らずに。
目を開けるとそこは既に別の場所だった。
見覚えのある街角。
港町。
シュイザだ。
オルカーンが身を強張らせる。
人気のない路地裏でよかった。
人通りの多いところにいきなり現れたら町の者は恐慌状態になるだろう。
手馴れた仕草でルベアはオルカーンの額に布を巻くと、にやりと笑って言った。
「いざとなったら脅しが使えるな」
「余計に足止めを食いそうだよ」
オルカーンが嫌そうに返す。
彼は騒ぎになるのはあまり好まない。
額の目を隠されるのもあまり好まないが、これは仕方がないと諦めているらしい。
船着場に行き、事情を説明すると直ぐに船を出してもらえた。
船頭はオルカーンを頭の良い犬だと思い込んでくれたらしい。
急いでいるのが分かったのか、船頭は予定よりも早く港町につけてくれた。
其処からエールまでは歩いて3日程。
どちらからとも無く顔を見合わせ、二人は走り出した。
馬を使うことも考えたが、オルカーンが居ると怯えてしまい使い物にならなくなってしまうので結局自分の足で何とかするしかなくなる。
途中何度か休憩を挟みながら、最短距離でエールへ向かう。
シェンディルのおかげかレインは特に何の変化も無いように見えた。
皮膚の色が変色したり呼吸が止まったりと言うことは無い。
二人共肩で息をしながら、エールについたのは翌日の夕方頃だった。
かかった時間は1日半。
「思ったより、早く着いたな」
はぁ、と溜め息とともにオルカーンが言った。
さすがに疲れたようだ。
ルベアは頷く事で答え、先に立って歩き出した。
少し休みたいところだが、それでは早く来た意味が無い。
オルカーンは目的の場所を知らないので、自然とルベアが先頭になる。
町は以前来た時と同じように、賑やかだった。
通りを行く者や露店商人などがオルカーンを興味深げに見ていたが、ルベアがそちらを睨むと慌てて視線を逸らした。
「この先だ」
言って、細い路地に入る。
オルカーンが躊躇いがちに言った。
「……本当に此処?」
片眉をあげて振り返り、路地へと視線を戻す。
人が二人並んで通ればいっぱいの幅。
路地の奥は暗く、微妙に婉曲している為、先を見通すことは困難だ。
普通ならこの路地を抜けた先に店があると思うだろう。
だが目指す店はこの路地の奥まった所だ。
「道は覚えている」
再び歩き始めたルベアを追って、オルカーンも溜め息混じりに歩を進めた。
爪が石畳に当たる、硬質な音が辺りに響く。
奥に行くにつれ、暗くなっていく。
其処彼処に人の気配を感じ、オルカーンは警戒しながら周りを見回した。
「害のあるものは居ないはずだ。そんなに警戒しなくても良い」
ルベアが小声で声をかけるが、オルカーンはまだ不安そうだ。
更に闇が深まってきた頃、漸くルベアが歩調を緩めた。
見覚えのある街角。
港町。
シュイザだ。
オルカーンが身を強張らせる。
人気のない路地裏でよかった。
人通りの多いところにいきなり現れたら町の者は恐慌状態になるだろう。
手馴れた仕草でルベアはオルカーンの額に布を巻くと、にやりと笑って言った。
「いざとなったら脅しが使えるな」
「余計に足止めを食いそうだよ」
オルカーンが嫌そうに返す。
彼は騒ぎになるのはあまり好まない。
額の目を隠されるのもあまり好まないが、これは仕方がないと諦めているらしい。
船着場に行き、事情を説明すると直ぐに船を出してもらえた。
船頭はオルカーンを頭の良い犬だと思い込んでくれたらしい。
急いでいるのが分かったのか、船頭は予定よりも早く港町につけてくれた。
其処からエールまでは歩いて3日程。
どちらからとも無く顔を見合わせ、二人は走り出した。
馬を使うことも考えたが、オルカーンが居ると怯えてしまい使い物にならなくなってしまうので結局自分の足で何とかするしかなくなる。
途中何度か休憩を挟みながら、最短距離でエールへ向かう。
シェンディルのおかげかレインは特に何の変化も無いように見えた。
皮膚の色が変色したり呼吸が止まったりと言うことは無い。
二人共肩で息をしながら、エールについたのは翌日の夕方頃だった。
かかった時間は1日半。
「思ったより、早く着いたな」
はぁ、と溜め息とともにオルカーンが言った。
さすがに疲れたようだ。
ルベアは頷く事で答え、先に立って歩き出した。
少し休みたいところだが、それでは早く来た意味が無い。
オルカーンは目的の場所を知らないので、自然とルベアが先頭になる。
町は以前来た時と同じように、賑やかだった。
通りを行く者や露店商人などがオルカーンを興味深げに見ていたが、ルベアがそちらを睨むと慌てて視線を逸らした。
「この先だ」
言って、細い路地に入る。
オルカーンが躊躇いがちに言った。
「……本当に此処?」
片眉をあげて振り返り、路地へと視線を戻す。
人が二人並んで通ればいっぱいの幅。
路地の奥は暗く、微妙に婉曲している為、先を見通すことは困難だ。
普通ならこの路地を抜けた先に店があると思うだろう。
だが目指す店はこの路地の奥まった所だ。
「道は覚えている」
再び歩き始めたルベアを追って、オルカーンも溜め息混じりに歩を進めた。
爪が石畳に当たる、硬質な音が辺りに響く。
奥に行くにつれ、暗くなっていく。
其処彼処に人の気配を感じ、オルカーンは警戒しながら周りを見回した。
「害のあるものは居ないはずだ。そんなに警戒しなくても良い」
ルベアが小声で声をかけるが、オルカーンはまだ不安そうだ。
更に闇が深まってきた頃、漸くルベアが歩調を緩めた。
立ち止まったのは、何の変哲も無い扉の前。
「此処だ」
「……え?」
怪訝そうな声をあげて、オルカーンは改めて扉と、その周囲を見た。
石造りの壁、何の装飾も無い、板のような扉。
色は薄暗い為によくわからないが、多分白か、灰色だろう。
どちらもそれなりの年月を感じるものだが、店の看板すらない。
一見普通の裏口だ。
半ば呆然と扉を見上げていると、ルベアがノックも無しに扉を開けた。
中を覗き込んで目を丸くする。
暗い。
明かりの一つも灯っているように見えない。
僅かな光源は、今開けた扉からのみ。
「……何かの間違いじゃなくて?」
ルベアを見上げて言う。
見上げた先の表情は、薄暗かったが困惑と、諦めが滲んでいるように見えた。
「……いいから入れ。閉めるぞ」
渋々ながら中に入ると、ルベアが扉を閉めた。
直ぐ目の前すら見えない闇に包まれる。
「これじゃ何にも……」
見えないよ、と言いかけたところで、前方に薄く明かりが灯ったのを感じた。
それに連鎖するように、部屋のあちこちから同じような薄い明かりが灯る。
部屋の中は漸く、見通せるようになった。
それほど広くも無い部屋の中は、背の高い棚がいくつか並び、そのそれぞれに用途もよくわからない瓶や書籍等が積まれている。
瓶の形も様々だ。
きょろきょろと周りを見回すオルカーンを置いて、ルベアは店の奥へと進んでいった。
「ディリク、いないのか?」
店の最奥にあるカウンターの向こうへ声をかける。
店内に人の気配は無い。
「奥へ連れて来い」
奥から声が響いた。
低いが、通りの良い声だ。
ルベアはオルカーンを振り返り、ついてくるように促す。
カウンターの奥は細い通路になっていて、左右と正面に扉がある。
「こっちだ」
声は左から聞こえた。
扉を押し開けると、中はやはり薄暗かった。
だがそれよりも、中の内装に目を見開く。
その部屋には窓は一つも無かった。
調度品すら置いていない。
あるのは幾つかの瓶、植物、書類の束。
そして床の中央には、魔方陣が敷かれていた。
陣の中心には店の主人であるディリクが立っている。
薄茶の髪。
青と、金の色違いの瞳。
背はルベアよりも高い。
だがひ弱な感じも、頑丈な感じも受けない。
左半身を向けていた彼は、ルベア達が入るのを見て正面に向き直った。
「此処だ」
「……え?」
怪訝そうな声をあげて、オルカーンは改めて扉と、その周囲を見た。
石造りの壁、何の装飾も無い、板のような扉。
色は薄暗い為によくわからないが、多分白か、灰色だろう。
どちらもそれなりの年月を感じるものだが、店の看板すらない。
一見普通の裏口だ。
半ば呆然と扉を見上げていると、ルベアがノックも無しに扉を開けた。
中を覗き込んで目を丸くする。
暗い。
明かりの一つも灯っているように見えない。
僅かな光源は、今開けた扉からのみ。
「……何かの間違いじゃなくて?」
ルベアを見上げて言う。
見上げた先の表情は、薄暗かったが困惑と、諦めが滲んでいるように見えた。
「……いいから入れ。閉めるぞ」
渋々ながら中に入ると、ルベアが扉を閉めた。
直ぐ目の前すら見えない闇に包まれる。
「これじゃ何にも……」
見えないよ、と言いかけたところで、前方に薄く明かりが灯ったのを感じた。
それに連鎖するように、部屋のあちこちから同じような薄い明かりが灯る。
部屋の中は漸く、見通せるようになった。
それほど広くも無い部屋の中は、背の高い棚がいくつか並び、そのそれぞれに用途もよくわからない瓶や書籍等が積まれている。
瓶の形も様々だ。
きょろきょろと周りを見回すオルカーンを置いて、ルベアは店の奥へと進んでいった。
「ディリク、いないのか?」
店の最奥にあるカウンターの向こうへ声をかける。
店内に人の気配は無い。
「奥へ連れて来い」
奥から声が響いた。
低いが、通りの良い声だ。
ルベアはオルカーンを振り返り、ついてくるように促す。
カウンターの奥は細い通路になっていて、左右と正面に扉がある。
「こっちだ」
声は左から聞こえた。
扉を押し開けると、中はやはり薄暗かった。
だがそれよりも、中の内装に目を見開く。
その部屋には窓は一つも無かった。
調度品すら置いていない。
あるのは幾つかの瓶、植物、書類の束。
そして床の中央には、魔方陣が敷かれていた。
陣の中心には店の主人であるディリクが立っている。
薄茶の髪。
青と、金の色違いの瞳。
背はルベアよりも高い。
だがひ弱な感じも、頑丈な感じも受けない。
左半身を向けていた彼は、ルベア達が入るのを見て正面に向き直った。
「……思ったより早かったな」
無表情に淡々と、ディリクが口を開く。
オルカーンへと視線を移すと、差し招いて足元を示す。
「レインを此処へ」
「……あんたは?」
オルカーンが警戒も露わに聞く。
そういえば紹介はしなかったなとルベアが思ったが、口を開くより早くディリクが答えた。
「ディリクだ。そんなことより早くしろ」
まだ警戒しながらも、オルカーンは示された場所へと進み、ルベアもレインを降ろすのに手伝った。
「貴葉石樹は」
「これだが」
荷物の中から布に包まれたそれを手渡す。
ディリクは包みを解いて中身を確認し、一つ頷くと扉に向かう。
「確かに受け取った。少し待て」
言い置いて部屋から出て行くディリクの背を見ながら、オルカーンが呟いた。
「……あの人あれで客商売できてんの?」
「……客はそれなりに入っているらしいぞ」
小声で返し、レインを見下ろす。
心なしか顔色が悪くなっている気がする。
唯一の外との接点である扉に視線を送り、周りを見渡す。
ディリクが戻ってこないことに苛立ち始めた頃、音も無く扉が開き、店の主人が姿を現した。
「ルベア」
名を呼ばれ、はっとして顔を上げる。
「シオンに行ってきてくれないか」
「え……」
何を言われたのか一瞬理解できなかった。
「レインを治して貰う条件ってこと?」
低く唸りながらオルカーンが口を挟む。
「いや。違う」
「じゃあ何で! レインの状態も良く見てなかったのに!」
オルカーンが声を張った。
どうやら待たされてイライラしていたのはルベアだけではないらしい。
「……状態? 魔獣の毒だろう? 毒性は調べたから問題は無い」
淡々と、オルカーンの声にも怯むことなく答える。
ルベアが訝しげに問う。
「調べた?」
「魔獣の毒であることは聞いていたから、その種類を調べていた」
「聞いてたって誰に」
「シェンディルに。何の魔獣かは知らなかったようだが」
「なら治せるのか?」
「あぁ。だからシオンの村に行ってこれを取ってきてくれ」
頷いて、小さな紙片を手渡してきた。
「レインは」
受け取らず、執拗なまでに質問を続ける。
ディリクは溜め息を吐いて、重々しく口を開いた。
「……魔獣の毒というのは普通の薬草だけでは解毒が出来ない。薬草と魔法を組み合わせて解毒する。その為の媒体を今切らしているんだ。だから取ってきて欲しいんだが」
不意にオルカーンがディリクに聞いた。
「魔獣の毒だって知ってたんだろ? 何で、その、媒体が無いんだ?」
「言っただろう。種類は特定できていなかったんだ。新しい魔獣ならばまだ楽だったんだが、かなり古いものだったからな」
差し出されたままの紙片を見ながら逡巡し、ルベアは徐にそれを受け取った。
無表情に淡々と、ディリクが口を開く。
オルカーンへと視線を移すと、差し招いて足元を示す。
「レインを此処へ」
「……あんたは?」
オルカーンが警戒も露わに聞く。
そういえば紹介はしなかったなとルベアが思ったが、口を開くより早くディリクが答えた。
「ディリクだ。そんなことより早くしろ」
まだ警戒しながらも、オルカーンは示された場所へと進み、ルベアもレインを降ろすのに手伝った。
「貴葉石樹は」
「これだが」
荷物の中から布に包まれたそれを手渡す。
ディリクは包みを解いて中身を確認し、一つ頷くと扉に向かう。
「確かに受け取った。少し待て」
言い置いて部屋から出て行くディリクの背を見ながら、オルカーンが呟いた。
「……あの人あれで客商売できてんの?」
「……客はそれなりに入っているらしいぞ」
小声で返し、レインを見下ろす。
心なしか顔色が悪くなっている気がする。
唯一の外との接点である扉に視線を送り、周りを見渡す。
ディリクが戻ってこないことに苛立ち始めた頃、音も無く扉が開き、店の主人が姿を現した。
「ルベア」
名を呼ばれ、はっとして顔を上げる。
「シオンに行ってきてくれないか」
「え……」
何を言われたのか一瞬理解できなかった。
「レインを治して貰う条件ってこと?」
低く唸りながらオルカーンが口を挟む。
「いや。違う」
「じゃあ何で! レインの状態も良く見てなかったのに!」
オルカーンが声を張った。
どうやら待たされてイライラしていたのはルベアだけではないらしい。
「……状態? 魔獣の毒だろう? 毒性は調べたから問題は無い」
淡々と、オルカーンの声にも怯むことなく答える。
ルベアが訝しげに問う。
「調べた?」
「魔獣の毒であることは聞いていたから、その種類を調べていた」
「聞いてたって誰に」
「シェンディルに。何の魔獣かは知らなかったようだが」
「なら治せるのか?」
「あぁ。だからシオンの村に行ってこれを取ってきてくれ」
頷いて、小さな紙片を手渡してきた。
「レインは」
受け取らず、執拗なまでに質問を続ける。
ディリクは溜め息を吐いて、重々しく口を開いた。
「……魔獣の毒というのは普通の薬草だけでは解毒が出来ない。薬草と魔法を組み合わせて解毒する。その為の媒体を今切らしているんだ。だから取ってきて欲しいんだが」
不意にオルカーンがディリクに聞いた。
「魔獣の毒だって知ってたんだろ? 何で、その、媒体が無いんだ?」
「言っただろう。種類は特定できていなかったんだ。新しい魔獣ならばまだ楽だったんだが、かなり古いものだったからな」
差し出されたままの紙片を見ながら逡巡し、ルベアは徐にそれを受け取った。
「自分で行けば早いんじゃないの?」
オルカーンが食い下がる。
其処ではじめて、ディリクが僅かに表情を変えた。
呆れたような表情だったが。
「毒の進行が食い止められるのか? シェンディルの魔法は進行を遅くするだけだ。私が薬草を取りに行っていたのでは間に合わない」
部屋に僅かに沈黙が落ちた。
誰も動かない。
ルベアは、ひたとディリクを見た。
その色違いの目を。
「これがあれば、治せるのか」
「あぁ」
答えは簡潔だった。
迷いや不安は微塵も感じない。
「分かった。行ってこよう」
ディリクはルベアに一つ頷いてみせると、オルカーンに視線を移した。
「お前も行ってくると良い。此処にいてもやることは無いぞ」
突然振られ、オルカーンが躊躇いがちに声を出した。
「でも、俺……」
「何か問題があるのか?」
そういえば驚かないな、と思いつつ、理由を察したルベアがオルカーンの額の布を取り去った。
現れた三つ目の目を見ても、ディリクは何の反応もしなかった。
「何か問題があるのか?」
ディリクはルベアとオルカーンに視線を向け、繰り返した。
「え……と」
見慣れない反応に、オルカーンの方が戸惑ってしまう。
「……俺はこんな姿だから、人目につくと騒ぎになるんだ」
「魔獣であることを気にしているのならば問題は無い。あの村の連中はそんなことでいちいち騒がない」
きっぱりと断言された。
騒がないとはどんな村なんだろうとルベアは少し興味を持った。
「……あんたも驚かないな」
「知り合いに同じ種類の魔獣がいる。状況もわかっている。驚くには値しない」
抑揚のあまり少ない口調で答えたディリクに、オルカーンが身を強張らせる。
「知り合い……がいるの、か? 同じ種類の魔獣と!?」
「そうだ」
「そいつの色は!」
「毛並みが黒、目が緑だ」
勢い込んで尋ねるオルカーンにほんの少し目を細めながら、それでも律儀に答えていく。
「そいつの、名前とかは?」
「アレンだ」
名を答えた途端、オルカーンがその場に伏せた。
長いため息が漏れる。
「そっか……」
「……もう良いか? ならば早く行ってきてくれ」
そう言って、ディリクは部屋の隅に置いてある幾つかの箱を取り、レインの傍らに膝をついた。
「アレンのことを教えてくれないか?」
ディリクは作業の手を止めて顔を上げると、オルカーンを見て言った。
「戻ったらな」
「……分かった」
渋々、といったふうにオルカーンが頷く。
傍らに置いた箱から砂のようなものを取り出し、不規則な模様を描いていく。
それを見ていると、不意にディリクが見ているのに気づいた。
「アィルという人物に会え。それを渡せば用意してくれるだろう」
ディリクの言葉に頷き、ルベアはオルカーンとともに部屋を後にした。
オルカーンが食い下がる。
其処ではじめて、ディリクが僅かに表情を変えた。
呆れたような表情だったが。
「毒の進行が食い止められるのか? シェンディルの魔法は進行を遅くするだけだ。私が薬草を取りに行っていたのでは間に合わない」
部屋に僅かに沈黙が落ちた。
誰も動かない。
ルベアは、ひたとディリクを見た。
その色違いの目を。
「これがあれば、治せるのか」
「あぁ」
答えは簡潔だった。
迷いや不安は微塵も感じない。
「分かった。行ってこよう」
ディリクはルベアに一つ頷いてみせると、オルカーンに視線を移した。
「お前も行ってくると良い。此処にいてもやることは無いぞ」
突然振られ、オルカーンが躊躇いがちに声を出した。
「でも、俺……」
「何か問題があるのか?」
そういえば驚かないな、と思いつつ、理由を察したルベアがオルカーンの額の布を取り去った。
現れた三つ目の目を見ても、ディリクは何の反応もしなかった。
「何か問題があるのか?」
ディリクはルベアとオルカーンに視線を向け、繰り返した。
「え……と」
見慣れない反応に、オルカーンの方が戸惑ってしまう。
「……俺はこんな姿だから、人目につくと騒ぎになるんだ」
「魔獣であることを気にしているのならば問題は無い。あの村の連中はそんなことでいちいち騒がない」
きっぱりと断言された。
騒がないとはどんな村なんだろうとルベアは少し興味を持った。
「……あんたも驚かないな」
「知り合いに同じ種類の魔獣がいる。状況もわかっている。驚くには値しない」
抑揚のあまり少ない口調で答えたディリクに、オルカーンが身を強張らせる。
「知り合い……がいるの、か? 同じ種類の魔獣と!?」
「そうだ」
「そいつの色は!」
「毛並みが黒、目が緑だ」
勢い込んで尋ねるオルカーンにほんの少し目を細めながら、それでも律儀に答えていく。
「そいつの、名前とかは?」
「アレンだ」
名を答えた途端、オルカーンがその場に伏せた。
長いため息が漏れる。
「そっか……」
「……もう良いか? ならば早く行ってきてくれ」
そう言って、ディリクは部屋の隅に置いてある幾つかの箱を取り、レインの傍らに膝をついた。
「アレンのことを教えてくれないか?」
ディリクは作業の手を止めて顔を上げると、オルカーンを見て言った。
「戻ったらな」
「……分かった」
渋々、といったふうにオルカーンが頷く。
傍らに置いた箱から砂のようなものを取り出し、不規則な模様を描いていく。
それを見ていると、不意にディリクが見ているのに気づいた。
「アィルという人物に会え。それを渡せば用意してくれるだろう」
ディリクの言葉に頷き、ルベアはオルカーンとともに部屋を後にした。
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