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2024/05/21 (Tue)
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2012/02/05 (Sun)
「最初、どうしようかと思ったんだ」

 声が聞こえる。
 静かな声。
 聞き覚えのある。

「ねぇ、本当に、僕は君を――」


「……高西風……?」
 息を切らしながら呟いた声に、頂上で対峙しているふたりはこちらを振り向いた。

 突きつけられた刃。
 一瞬、自分の目が信じられなかった。

 刃を突きつけていたのは、高西風だった。
 薄氷に、向けて。

「何……やってんだよ……お前ら……」

 ふたりは顔を見合わせると、首を傾げた。
「何って……見てわからないか?」
「仕事だよ」
 ふたりが当然とばかりに言ってくる。
「だ、だからって何で薄氷に……!」
「うん。それで困ってるんだよね」
 それでも刃を収めようとせず、高西風がぼやく。

「……お前には関係ないだろ。さっさと家に帰れよ」
 薄氷が嫌そうに言う。
「いいじゃん。ねぇ踏青、君は知らないかな。薄氷って何したの?」
「何って……」

 困惑して聞き返す。
 高西風は薄氷の方に意識を集中しながら、こちらを見てくる。
「殺しを依頼されるようなこと」
2012/02/05 (Sun)
「え……」
 思わず間の抜けた声が出てしまう。

「それって、高西風に、薄氷の殺人依頼が来てるって事か?」
「お前今の状況と、話を聞いていてそのくらいわからないのか? ほんっとに馬鹿だな」
 こんな状況なのに薄氷に対して腹が立つ。

「殺しを依頼に来たのは黒髪の子だったよ。薄氷と……そうだね、たいして年のかわらなそうな」
 ぴくりと、薄氷の肩が動く。
「あ、でも目の色はもう少し薄い色だったよ」
 強張った表情の薄氷に気づかないのか、高西風は依頼者について語っている。

「明かしていいのかよ。普通秘密なんじゃないのか。そういうのって」
 とりあえず刃を収めて欲しかったが、先ほどから突きつけた状態で微動だにしていない。
 高西風はこちらには答えず、薄氷に視線を移す。
「ねぇ、心当たりない?」
「ないね」
 即答。
 それが意外だったのか、高西風が首を傾げる。

「本当に?」
 明らかに嘘だと思うのだが、高西風は半分信じたようだ。
「じゃあ何で殺そうと思ったんだろ。結構依頼料高いのに」
「金が余ってんだろ」
 吐き捨てるように言うと、そこでやっと高西風は刃を収めた。
「まぁいいや。どうせ乗り気じゃなかったし」
「……そんなあっさりいいのか?」
「うん。それとも殺ってほしいの?」
 物騒な言葉に思い切り首を左右に振った。
 そういえば高西風は殺人者だった……と改めて認識しなおす。
「それじゃ、私はもう行くからな。用、ないんだろ?」
 溜息をついて、薄氷が山道を下りて行く。
「あ、待ってよ、僕も帰る!」
 どうしたら良いかわからず目で追っていると、高西風が振り返って手を振った。
「先に帰ってるよー?」
「あ、ああ……」

 とりあえず手を振り返す。
「なんだったんだ……一体……」

 ふたりが見えなくなるのを、半ば呆然と見送った。

「……まぁ、帰るか……」
 安堵と困惑。
 何ともいえない心を持て余したままで、山を下りる。

 通りなれた道。
 昔から慣れていないと、半分も登れないと言われるこの険しい山は、貴重な薬草がたくさんある。
 だから気が向けば山に登っていた。
「そういや、いつも薄氷と一緒だったな……」
 口喧嘩ばかりだけれど。

 唯一、同じ位置にいてくれる気がする。
2012/02/05 (Sun)
 ガサッ!


 突然の物音に、息を飲んでそちらを見る。
 この山にはほとんど動物はいないのに、こんな音がするなんて。
 薄氷か誰かかと思っていたのに、そこにいたのはまったく見たこともない青年で。
 印象的なのは背に流した青緑の髪。

「誰だ……?」

「金の髪をした青年を知らないか」
 唐突に聞かれて面食らう。

 涼やかな声音を裏切るかのような表情。
 金の髪。
 まさか、酒星のことかと思い警戒する。

「この辺にいるはずなんだ」
「……誰だよおまえ」
「お前には関係ない」
 切り捨てるような声に、カチンとくる。
「見つけてどうするんだ。教えないならこっちだって教えるもんか」

「邪魔なら、殺す」
「何だって!?」

 ふいと、青年は視線を逸らした。
 山の麓、町に向けて。
「あそこか……」
 つられてそちらを見た一瞬の隙をついて、青年は走り出した。

(まさか)
 愕然としながらも追いかける。
 近道を繰り返しながら町に、シンズィスに向かって。

 山道ならこちらの方が詳しい。
2012/02/05 (Sun)
 茂みをいくつか突っ切ってきたので頭やら身体やらに葉がたくさんついてしまった。
 けれどどうやら先についたようだ。
 そのまま町に向かって走る。
 だいぶ離れたところで振り返ると、人影が出てくるのが見えた。
(早い)
 もっと遅いと思っていたのに。

 ふと視線を前に戻し、そこに見慣れた金髪の人影を目に留める。

「酒星……!」

 半ば呆然と呟いてから、全速力で彼のもとに向かう。
 酒星はこちらに気づいて笑顔で手を上げかけ、表情を強張らせた。
「……踏青サン……? どうしたんです」

「……駄目だッ! 逃げろ……ッ!」
 必死に言うが、酒星は訝しげにこちらを見ているだけだ。
「何かあったんですか?」
「人、が……ッ……!」
 全力で走ったので息が切れてうまく話せない。

「お前……お前が邪魔をするのかッ!」

(追いつかれた)
 すぐ後ろから声がして、絶望的な気分で振り返る。

 酒星を半ば隠すように立ち位置を変える。
「誰です」
 よく状況がつかめていないらしい。

 けれどこちらを排除しようと、目の前の人物が行動してくる。

 魔法力。
(魔法使い……!)
 力が凝縮していくのがわかる。
 魔力があるわけではないが、そういうものを感じ取る力は備わっていた。
 だからある程度はわかる。

 それが、自分を殺すためのものだということが。

 腰の後ろに手を持っていき、そこに隠してある護身用の短剣を握る。
 魔法使いは物理攻撃に弱い。
 短剣を握りなおし、思い切り投げた。

 狙ったのは、心臓。
2012/02/05 (Sun)
 けれど。
 見えない壁に跳ね返されて、短剣は虚しく地に落ちた。
 その瞬間に、青年は魔力を形あるものに変える。

 見えない人はたぶん何も見えないであろうそれは、巨大な鎌の形をしていた。
 避ける術はない。
 避けたら酒星が殺されてしまう。

 どうすれば。

 逡巡のうちに青年が走った。
 ほぼ一瞬のうちに間合いを詰められる。
(駄目だ)
 彼は大きく鎌を振りかぶって
(避けきれない!)


 そこで動きを止めた。


「踏青! 酒星!」


 聞きなれた声。
 いつもの。

「邪魔をするなッ!!」

 青年は叫ぶと、身体の自由を取り戻した。
 その時点で、何故青年が動きを止めたのかがわかった。

 邪眼。

 使われるはずのなかった力。
 あってはならないもの。

 自分が知る、数少ない薄氷の、力。
 自分が知っているということを彼は知らないはずだけれども。
 こんな、咄嗟の時に。

「踏青! 逃げろッ!」

 薄氷の声で我に返る。
 気がつくと目の前に刃が迫っていた。

 それはまるでスローモーションのように。
 実感もなく。
 脈絡もなく
(ああ)
 もう駄目だと思った。
(死ぬのか)

 潔く目を閉じるなんてできなかったけれど。
 薄氷のその必死な表情ははじめて見た気がして。

 少し。
 ほんの少しだけ。

 嬉しかった。
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